鬼の岩屋
村井茂×村井布美枝


(やっと、少しは慣れてきたか・・・?)

下腹部に顔を寄せ、雄芯を口に含んで懸命に愛しているフミエを、茂は下目づかいでこそばゆげに
見下ろした。目の前には、少し開いて枕を貸したものの、肝心な部分はきゅっと力を入れて閉じた
フミエの白い太腿が迫っている。

上になった脚の膝頭を持って拡げ、内側の柔らかい肌に歯をあてると、フミエの口の動きが
ぴたりと止まった。くぐもった悲鳴とともに、逃れようとする大腿を頭で押さえ、紅く暴かれた
秘裂に口づけると、フミエはあわてて雄芯を口から離し、抗議の声をあげた。

「・・・ゎ・・・私はっ・・・ええですけん!」
「だら・・・何のためにこげなかっこしとると思うとるんだ?」

ふたりはお互いに相手の大腿に頭を乗せ、逆向きに向かい合う二つ巴の体勢で横たわっていた。

閨ごとの始まりに、ふたりがお互いを口唇で愛するようになったのは、つい最近のことだった。
とは言え、もう何度も施されているというのに、フミエはいまだにこの行為に慣れることができない
ようだ。他のどんな行為よりも羞ずかしがって、そこを舌で侵されるたび、初めてのように抗うの
だが、その様がかえって茂をかきたててしまっていることには気づかないらしい。

(こっちの方は素直なんだがな・・・。)

言葉とはうらはらに、フミエの花は蜜をこぼし、紅く濡れて茂の唇を誘っている。女体というもの
には、どんな羞ずかしい行為でも受け入れ、やがて悦楽へと昇華させてしまう柔軟さと貪婪さがある。
だが、その身体の持ち主の、心はいまだ初心でものなれていないのだった。

「ぃや・・・ゃめ・・・ほんとに・・・だめ、なの・・・。」

哀願する声を聞き流し、さらに強く大腿を押さえつけ、もう片方の脚をフミエに持たせる。
さらされた蕾を指の腹でゆるりと撫でると、フミエが悲鳴をあげて茂の大腿にしがみついた。
唇にするように秘裂に口づけして、花びらに舌をからめながら指を秘口にしのびこませる。
見えないフミエの顔がどんなに乱れ、許しを乞うているかを想像しながら、指で快いところを圧迫し、
舌を蕾に押しつけた。

「・・・めぇっ・・・っちゃ・・・ぅう―――――!」

フミエが脚にしがみついた指が皮膚にめりこみ、大腿は無意識に茂の頭をはさんで締めつけた。
茂は、顔は見えなくともフミエの身体が伝えてくる絶頂をつぶさに感じとっていた。

頭を締めつける脚と大腿に喰いこむ爪の力がゆるみ、絶頂に張りつめたフミエの身体が徐々に
弛緩していく。そっと舌と指を離すと、開かされたまま硬直していた脚を伸ばしてやり、
身体の向きを変えてゆっくりと覆いかぶさった。少し汗ばんで一段と柔らかく吸いつくような肌に
このまま溶けていってしまいそうな自分を奮い立たせ、半ば開いた唇を喰らうように奪う。

「・・・んんっ・・・ぅ・・・ん・・・。」

自らの蜜の残る舌に口じゅうを翻弄され、フミエは夢中で応えながら広い背にしがみついた。
今味わわされたばかりの絶頂に頭も身体も痺れ、両脚はしどけなく開いたまま・・・。

「・・・んんっ――!ん―――っ!!」

とろとろに蕩け、無防備にほどけていた秘所を、なんの前触れもなく剛直がつらぬいた。
悲鳴はふさがれた口の中で鈍くひびき、ぎゅっと閉じられた目尻から涙がこぼれ落ちた。

「・・・っはぁっ・・・はぁ・・・ぁ・・・。」

唇を離すと、フミエが夢中で息を吸い込んだ。少し呼吸がととのったところを見計らって、
つながったままくるりと反転し、上にさせる。

「きゃ・・・ゃ・・・んっ・・・。」

不安定さにもがいて、思わぬ快感に貫かれ、フミエは必死で膝で身体を支えた。自らの
身体の重みに、ずん、と一段ふかく呑みこまされ、喉に悲鳴がこみあげてくる。

「お・・・ねがっ・・・いま、上は・・・だめ・・・。」

達かされたばかりですぐに充たされた場所から、甘い毒のような悦びが全身にじんじんと拡がる。
フミエは身体を起こしていられず、茂の胸にすがりついて身悶えた。

「・・・だめだめ言っとらんで、自分で快うなってみい。」

指に指をからませて、手をぐっと押してやると、フミエはしかたなくその手にすがるようにして
身を起こし、ぎこちなく前後に腰を揺らし始めた。

「ぁっ・・・あん・・・ぁ・・・ぁぁっ・・・。」

見られている羞恥に肌を染めながらも、腰の動きは次第に滑らかになっていく。茂が下から動きを
添えてやると、フミエは茂の肩にしがみついて、夢中で自分のいい所を固い芯にこすりつけた。

「・・・だめ・・・だめぇっ・・・も・・・ぁあ―――――!」

繰り返し到達を訴えながら、フミエは茂の胸に倒れこんだ。フミエのやわやわとした重みは、
まだ天上に魂があそんだままのせいか、はかなく軽く、その軽さはなぜか茂の胸を衝いた。

・・・とくん、とくん・・・胸に伝わる脈動が、フミエの身体にいやというほど刻みこまれた絶頂を
伝えてくる。フミエは涙に濡れた顔を胸に埋めたまま身動きもしない。

「ゃぁっ・・・も・・・ぁ・・・ふっ・・・ぅ・・・。」

茂が、大きな手で臀をわしづかみにして自らの下腹部にこすりつけるようにしながら、下から
腰を使い始めた。弛緩していた身体がぴくりと引き締まり、顔を胸にうずめたままのフミエが
肩にしがみつく指が再び強まった。

「・・・めっ・・・ま・・・た・・・っちゃうぅっ・・・。」

腰が自分の意思とは全く関係なく前後左右めちゃくちゃに踊り、フミエをみたびの絶頂へと
追い上げていく。

「くぅ・・・ん・・・んぅ・・・ん―――――!」

爪が食い込むほど茂の肩をつかみしめ、肩口につよく唇を押しつけると、哀切な悲鳴は
頭蓋骨の中で鳴り響き、フミエの意識を遠のかせた。

がくがくと激しく動かされていた腰の動きが止まり、フミエは死んだように茂の身体の上に
覆いかぶさったまま、またぴくりとも動かなくなった。

「どげした?・・・エラかったか?」

・・・やさしい声に、まっ白な世界から呼び戻される。容赦のない行為とは裏腹なその声に、
こらえていたものがあふれ出した。

「ふ・・・ふぁ・・・ぅ・・・ぅえ・・・ぅっ・・・。」

フミエは汗ばんだ胸に顔を押しつけたまま、肩をふるわせて泣きだした。

(ちょっこし、やりすぎたか、な・・・?)

いまだ慣れぬ口淫の味を刻み込まれるだけでも、おぼこっぽさの抜けきらないフミエには
刺激が強すぎるのかもしれない。そのうえ、休む間も与えずつらぬいて、自分で快感を追わせ、
一度の絶頂では飽き足らずにさらにもう一度音をあげさせた・・・。

(また、泣かれてしもうた・・・。)

あきれるほどおぼこだったフミエが、悦びを素直に表現することを覚え、魂が抜け出るような
絶頂を初めて味わってからまだ日も浅かった。未知のことを教えるたび、フミエは羞恥に戸惑い
ながらもけなげに応え、新しい悦びを知っていく。まだおののきやすい心と身体をやさしく抱いて
やろうと思っているのに、気がつけば奪いつくし、むさぼりつくしてしまうのは、

(俺にも、余裕なぞないということか・・・。)

罪悪感がちくりと胸を刺し、茂は身体の上で震える妻をせめて泣きたいだけ泣かせてやっていた。

しゃくりあげが徐々におさまり、我に返ったものの、子供のように泣きじゃくってしまった
ことや、終わりを迎えたというのにまだ茂の上に乗ったままの自分が恥ずかしく、フミエは
どうしていいかわからずにじっとしていた。

「ぁん・・・。」

ずるりと引き出される感触に、フミエが思わず声を上げて身をふるわせた。肩を抱いてそっと
降ろしてやると、胸に顔をうずめてくる。

ほおに残る幾筋もの涙の痕を指でふいてやると、顔を上げたフミエの瞳はもの問いたげに揺れ、
また新たな涙をふくらませていた。初めて会った時から、茂の心をとらえて離さないその大きな瞳が

(なして、こげに・・・いじめるの?)

と問うているように思え、茂は心の中で自分でもよくわからない論理を叫んだ。

(あんたが、あんただけん・・・いけんのだ!)

長いこと独りで暮らしてきたが、その間女がいなくても特に不自由は感じてこなかった茂だった。
夫婦の交わりなどというものはもっと淡いものと思っていたのに、フミエを抱くたび、のめり込む
ように奪いつくしてしまう自分が意外だった。

フミエの中にある何か、たとえて言えば磁力のようなものが、茂の本能を呼び覚ましている・・・
としか言いようがない。そしてまた、奪えば奪うほどその磁力は強くなっていくのだ。

(そげな眼で、見るな・・・!)

まっすぐな視線に耐えられず、また唇を盗んだ。

「ふ・・・ぅぅ・・・ん・・・んんっ・・・。」

なだめる為の口づけのはずが、柔らかい感触に思わずむさぼる。フミエの苦しげなあえぎに、
再び嗜虐的な衝動がよみがえってくる。

(いけん・・・これではきりがないが。)

今夜のように激しく責めた後は、何か言葉をかけてやった方がいいのだろうか。だが、結婚前は
おろか、結ばれてからでさえ、わかりやすい愛の言葉など囁いたことのない茂にそんなことは
できそうもない。今の自分のこころが自分でも説明しかねて、茂はただ目の前の唇を奪いつづけた。


翌日。茂は今日も、読者からの手紙で『神が差し』、復活が決まった鬼太郎の執筆に没頭
していた。ふと昨夜のことを思い出し、ペンが止まる。

「そういえばあいつ・・・最近なんだかおかしいな。」

ここ数日、フミエの様子はなんとなくいつもと違うようだった。台所にいる後ろ姿に声をかけた
だけなのに、飛び上がるほど驚いたかと思うと、つくろいものの手を止めたまま、大きな瞳をぼうと
潤ませてぼんやりしていたり・・・。さらに昨夜は、茂が手を触れた瞬間、びくりと身体をすくませ、
明らかな震えを隠して無理やり微笑んでみせた・・・。

(今さら、怖いというわけでもあるまい・・・?)

結婚してからもうじき半年が経とうとしていた。最初の頃は夫婦の間でそういう空気になる
たびドギマギしていたフミエも、慣れてくるにつれ、しっとりと身をまかせ、何もかもを受け入れて
くれるようになっていた。だが、この頃ではそれをよいことに、熱情の赴くままフミエをむさぼり
尽くしすぎてはいなかったか・・・?

(あんまりいじめ過ぎて、嫌われてもいけんか・・・。)

涙をいっぱいにたたえたあの瞳を思い出すと少し不安になり、茂には珍しく、少しは「反省」
などという気持ちもわいてくる。

(だいたいあいつは、お固過ぎるところがある。まあ、そこがええんだが・・・。)

ふだん貞淑なフミエだからこそ、あらがいながらも乱れ、やがて身も世もなく奪いつくされる
様子がたまらなくそそる・・・さっきまで少しは反省していたというのに、もうやにさがっている
自分に気づいて、茂は苦笑した。

「いや・・・今はこんなことを考えとる時ではない!しめ切りに向かってばく進だ!」

頭をぼりぼりとかきむしると、また原稿に向かって没入していった。

それから数日後。しめ切りは明日に迫り、徹夜もふた晩めに突入した茂は、せめて顔でも
洗って眠気を覚まそうと、仕事部屋のフスマを開けた。

「おい、何をしとる・・・?まだ寝とらんかったのか?」

深夜というのに台所でフミエが何かやっているのに驚き、茂は少し責めるようにそう言った。

「おばばに教えてもらった、ショウガの湿布をつくっとるんです。」

女房はうちのことに専念していればいい、自分の仕事は自分だけが責任をもつ・・・それが茂の
考え方だった。フミエがいくら献身的な妻でも、自分の仕事のペースに巻き込みたくなかった。

「そげなこと、せんでええ。肩こりは漫画家の宿命みたいなもんだ。」
「私もなんか・・・役にたちたいんです。」

フミエは大量のショウガをすりおろしつづけた。しばらくその後ろ姿をみつめていた茂は、
もう何も言わなかった。フミエが温かいタオルにおろしたショウガを包み、パンパンに張った
肩に乗せてくれた時、茂は素直にそのじんわり沁みこんで来る熱さに身をまかせた。

「ああ・・・ぽかぽかして具合がええ。」

昔ながらの年寄りの知恵と言うものもバカにはできない。ショウガの成分が血のめぐりを良く
してくれ、たまらなく気持ちがよかった。

「・・・あんた、そこに座ってくれんか。その『スミ』と書いてあるとこな、そこにこれ塗ってくれ。」

明らかに顔色さえ良くなった茂が、意外なことを言い出した。戸惑いながらも、フミエはおずおず
隣の机に座って筆をとったが、固まってしまって筆をおろすことができない。

「私・・・こげなことするの初めてで。・・・私がやってもええんですか?」
「・・・あんたならできる。手先が器用なのはわかっとるけん。」

フミエがこれ以上ないというくらい嬉しそうな顔をした。息をつめて小さな枠の中に墨を塗っていく。
机の前に正座して精神を統一し、一心不乱に筆を動かすフミエを、茂はこそばゆい思いで眺め、
自分もまた原稿に没頭していった。
・・・朝の光が射し込んで来た時、完成した原稿を前に、二人は机に向かったまま、身体を寄せ合って
眠っていた。

原稿を届けに行った茂は、帰るなり仕事部屋に敷いた布団に倒れこみ、徹夜つづきの疲れから
夜になるまで眠り続けた。自分の腹の音で目が覚め、遅っぱぐれの夕飯をかきこみ、風呂に入った。

「あんたも早こと寝ろよ。昨夜はほとんど寝てないだけん。」

茂はまたすぐ眠るつもりで風呂へ向かうフミエにそう言ったが、ふと次回作の構想がわいて、
スタンドの灯だけをつけ、机に向かって鉛筆をはしらせた。

ちょっとメモをとるだけのつもりが、時計を見るともう30分も経っていた。ふと気配を
感じてフスマの方を見ると、暗闇に電灯の光を映して大きな目玉がひとつ。茂はギョッとして
フスマをガラリと開け放った。

「きゃ・・・。」

フスマの向こうには、妖怪ひとつ目小僧ならぬフミエがびっくりした顔でのけぞり気味に座っていた。

「あ・・・す、すんません。寝とられるかと思ったら、電気がついとったけん・・・。」

フミエはドギマギして、言い訳にもならぬことを口ばしった。

「・・・用があるんなら声をかけえ。のぞく必要がどこにある?」

茂はなんだかおかしくなった。見合いのときといい、この女は自分の目玉が人一倍大きいことを
自覚していないらしい。

「なんか言いにくい事でもあるのか?」
「・・・今日は、ほとんどお話ができんだったけん・・・。今朝あなたが出かけられる時、私、
目も覚まさんで・・・すんませんでした。」
「なんだ、そげなことか・・・ええよ。徹夜なんてしたの、初めてだろ?ゆうべはあんたが
手伝ってくれて、えらいこと助かったぞ。」
「ほ、本当に・・・?」
「ああ、ほんとだ。」

茂を見つめるフミエの瞳が、また涙をたたえてぼうっと霞んでいた。

(あれ?また、この眼だ・・・。)

それは、茂を責めている眼ではなかった。言葉には出さなくとも、その眼はせつないほど茂が
好きだと語っていた。

(・・・俺、なんか惚れられるようなええことしたっけか・・・?)

今度は茂の方がドギマギして目をそらし、何か話題はないかと辺りを見回したあげく、

「お・・・ええ月だ。梅雨にはめずらしいな。」

珍しく風流なことを言いながら灯りを消し、窓辺に近づいた。

「ほんと・・・ええお月さま。」

フミエも窓に寄って茂と並び、ふたり仲良く中天の月をながめた。むら雲から顔を出した月は
煌々と照り、澄んだ光を投げかけてくる。くっきりと陰翳をきざまれたフミエの横顔は、
昼間見慣れた顔となんだか違って見え、茂を少し不安にさせた。

「・・・女が月の面に見入るのは不吉だと言われとるけん、そのぐらいにせえ。」
「え・・・なしてですか?」
「魔に魅入られる・・・と言うてな。まあ実際には、夜、女が端近におるとかどわかされたりするけん、
そげ言うたんだろうけどな。昔の人は、それを鬼にさらわれて喰われた、と言い伝えたんだろう。」

昼間なら、鬼の話など非現代的過ぎてさほど怖くはないのだろうが、暗い中、さえざえとした
月の光に照らされながら聞くと王朝の闇も身近く感じられるのか、フミエは少し身震いした。

「喰われた・・・言うても文字通りガブリとやられたのか、それとも・・・。」

茂はニヤリと笑ってフミエの唇に喰らいついた。深く口づけていくうちに、驚いて一瞬こわばった
フミエの身体も、腕の中でたちまち柔らかくほぐれていく。

「・・・あんた、大江山の鬼の話を知っとるか?・・・酒呑童子の一党が金品は奪うわ女はさらうわで、
悪事のかぎりを尽くすけん、源頼光と四天王がそれを退治する・・・というのがお定まりの筋書き
だが・・・。果たして、真実はどげだったのかな?」
「ふぇ・・・?」

唇が離れたとたん、茂はまた熱心に話の続きをしはじめた。フミエは力の抜けてしまった身体を
茂にもたせかけて、息を弾ませている。

「なんだ、ちゃんと聞いとるのか?・・・おしゃべりなんぞより、早ことしてほしいんだろ。」
「ちゃ・・・ちゃんと聞いとります!」

フミエが真っ赤になって座り直し、乱れたえりや裾を取りつくろった。茂は笑いを押し殺して
机の上の本をとりあげ、挿絵をフミエに見せた。

「土着のカミが新興のカミに追いやられ、妖怪や悪神とされる・・・という例は多いな。まつろわぬ
民をおとしめるために作られた悪評かもしれん。一説には、異国からの漂着者だったともいうな。」
「肌や髪の色、肉食や血の色の酒・・・ほんに、異人さんだったのかもしれませんね。」

妖怪の話となると熱が入る茂が、次々と繰り出す知識に、フミエは感心して聞き入っていた。

「けど・・・。」

フミエがふと暗い顔になった。

「・・・鬼の悪行が濡れ衣だったとしたら、かわいそうですねえ。さらわれて来たお姫さまも、
ええ鬼さんだったら馴染んどったかもしれんのに。」
「そげだなあ・・・鬼どもが退治された後、さらわれた姫たちは都に帰ったというが、その後幸せに
なれたとは思えんけんな。酒呑童子は人間だった頃、あまたの女を狂わせたというので里を
追われたほどの美男子だったともいうし、惚れてしもうた姫もおったかもな。」
「鬼なのに、美男子・・・ですか?」
「人間だった時はそげだし、老婆や美女に化けたりできるんだけん、ええ男に戻るのなんぞ朝飯前
だろう。生まれた時から異常に大きうて歯や髪が生えとったけん、『鬼っ子』と言われてうとまれ
たんだ。いつの世も、異能・異形のものは排除されるもんだ・・・俺のマンガがさっぱり売れんのも、
天才過ぎて凡夫には理解できんのだろう。」
「ほんなら、鬼も最初は人間だったんですか・・・。ちょっこし人と姿が違うだけでそげに悪者にされて
かわいそうに・・・。お姫様も、帰りたくなかったかもしれんのに・・・。」

フミエは鬼と姫君を、もうすっかり引き裂かれた恋人たちの様に思い、少し涙ぐんでさえいる。

「なんだ、あんたは感情移入がはげしいなあ。そげな昔の人のことでそこまで悲しまんでも。」

関係のない者にここまで同情するなんて、おめでたい女だ・・・。めったなことで他人に同情などしない
茂は、やれやれと思いながらもそんなフミエがいとおしかった。

「・・・こげな筋書きはどうだ・・・鬼の住処が楽園のような所だけん、頼光たちも宮仕えが嫌になって、
都に帰るのをやめてしまう・・・みんなそれぞれ豪傑だけん、鬼の仲間になって幸せに暮らすんだ・・・
『ミイラとりがミイラ』というやつだな。」
「・・・それ、あなたが宮仕えが嫌いだけん、思いついたんじゃないですか?」
「まあ・・・そげだ。」

茂が頭をぼりぼりとかき、フミエがうふふと笑った。どちらからともなく手が伸びて、フミエは
すっぽりと茂の膝の中におさまった。

「ん・・・ふ・・・ぅ・・・。」

浴衣ごしにフミエの熱が伝わってくる。合わさった唇はてもなく溶け出し、激しい欲望が突き上げた。
絶え間なく口づけ、息をはずませながらお互いの着衣を剥ぎ取っていく。下穿きに手をかけると、
フミエが脱がせやすいように腰を浮かせることは、羞ずかしいけれどもうふたりの間の暗黙の了解
だった。ふたりとも素裸になり、肌と肌をあわせてさらに唇を食みあう。

行儀よく横ずわりで茂のあぐらの間に抱かれているフミエの脚をつかんで拡げさせ、真正面から
抱き合うと、茂の男性にフミエの蜜に濡れた女性が感じられる。フミエも、屹立を内腿にじかに
感じて、耐えきれないようにもじもじと腰をうごめかせた。

「このまんま・・・ええか?」

耳朶をねぶりながら囁くと、フミエが身をふるわせてうなずいた。腰を持ち上げさせて下から貫くと、
フミエは肩にしがみついてせつなげに茂の名を呼んだ。

「しげ・・・さん・・・しげぇ・・・さんっ・・・。」
「顔・・・見せぇ。」
「ぃや・・・。」
「ええけん、見せぇ。」

肩にむしゃぶりついているフミエの顔をそっと離させ、唇で唇をもとめる。口づけを解くと、
あの瞳がまた茂を見つめ返した。腰をつかんで上下に揺すぶると、甘い苦悶に顔をゆがめながら、
フミエもまた腰をゆらめかせて茂の動きに呼応した。 

「んふぁ・・・ぁっ・・・ぁ・・・。」

結んでは離れる唇からとぎれとぎれに漏れるあえぎは次第に切迫し、フミエは長い髪を振り乱し、
弓なりに身体をのけ反らせた。上半身が離れ、ふたりの結び合わさった部分が如実に眺められる。
剛直を呑みこまされ、張りつめた玉門の上には、蜜をまとって紅く光るひなさきが顔をのぞかせて
いた。淫らにも可愛いその光景に魅了され、剥き出されたひなさきに指の腹をそっと押し当てる。

「・・・んっ・・・ぁ・・・ゃっ・・・だめっ・・・だめぇぇ―――――!」

茂の肩をつかみ、すがるような表情であらがうのにかまわずやさしく愛撫し続けると、フミエは腰を
振りたててあっけなく達した。到達の瞬間、びくびくと締めつけてくる肉壁が誘うつよい射精感に
耐え、だらりと弛緩したフミエの身体を膝で支えながら息をおさめる。

背を支えていた膝を外し、腰を支えてやると、フミエは自然に茂の首につかまりながらもう片方の
腕をうしろに伸ばし、しなやかに抱き倒された。やさしく横たえてやると、甘いうめきをあげながらも、
このうえなく幸せそうにほほ笑んだ。見下ろす茂のほおを手で包み、見上げてくる瞳はとろけるようで、
したたる愛情にあふれていた。ほおを包む手をとって、茂がいとおしそうに手のひらに口づける。

「ふふ・・・・・・っん・・・んんっ・・・。」

手のひらを舌でくすぐられ、笑った拍子に振動が伝わって、走り抜ける快感にフミエが身悶えた。
そっとおおいかぶさり、大きくあたたかな手で乳房をこねまわす。

「んぁぅ・・・ん・・・んふ・・・ぅ・・・。」

下から口づけてくるフミエに舌を与えてやると、大切そうに口に含んで強く吸った。注ぎ込まれる
唾液を、なんの躊躇もなく甘露のように受け入れる様子はたまらなく淫らで、思わずその頬を
つかんで激しくむさぼった。

気が遠くなるほど口づけあってから唇を離すと、また涙をたたえた揺れる瞳にみつめ返される。

(吸いこまれそうだ・・・。)

瞳に魅入られるまま、だらしなく放ってしまいそうだった。

(いや・・・もう少し・・・。)

視線から逃げるように胸乳に口づけ、わざと腰は動かさぬまま、唇と指でふたつの果実をもてあそぶ。
乳頭から拡がる甘苦しさと、挿入れられたまま責めてもらえない秘口が絶え間なく訴えてくる焦燥・・・。

「ゃっ・・・ん・・・ぁ・・・し、げぇさ・・・んっ・・・ゃめっ・・・。」

フミエはたまらずに背にしがみつき、腰をうごめかして焦れた。フミエの渇望を知りながら、なおも
腰に体重をかけて押さえつけ、つよく食んでくる内部の責めに耐えた。あとひと息・・・で到達できない
フミエが身も世もなく悶え、息も絶えだえに懇願してくる様がいとしくもたまらなくそそる。

「はぁ・・・んっ・・・ぁ・・・お・・・ねが・・・ぁあっ・・・。」
「達きたい・・・か・・・?」

抱きついてあえぎながら解放を乞うフミエに、茂は聞かずもがなの質問をした。

「・・・き・・・た・・・。いかせ・・・て・・・。」

『達く』という言葉さえ知らなかったフミエが、それを口の端にのぼらせるようになったのはつい
最近のことだ。救いを求めて訴える甘く切迫した声が、男の本能をたまらなくかきたてる。

衝きあげるために茂が腰を上げると、フミエも無意識に腰を上げて離れまいとしてくる。

「・・・こら。くっついとったら快うしてやれんだろうが。」

茂は苦笑してまた腰を下げ、今度はずるりと引き抜きながら腰を上げた。

「ぁあ・・・ん。」

名残惜しそうなあえぎにかまわず、フミエの中心に再び猛りを突き込むと、

「ひぁあっ・・・。」

甘くせつない表情が、激しい悦びと苦悶に変わる。後はもう、浅く深く穿ち、捏ね上げ、最奥に
剛直をたたきつけた。

「だっ・・・ぁっ・・・ぁあっ・・・も・・・。」
「もっ・・・と・・・か・・・?」

激しい動きに息を切らしながらも、そう聞いた。フミエの口から需めを聞きたかった。

「ん・・・んっ・・・もっ・・・と・・・ぁ・・・ぁあ―――――!」

梅雨の晴れ間にひととき姿を現した月は、ふたりが尽くす情愛のあまりの淫らさに羞じいるかのように、
再びむら雲の陰に隠れた。

・・・水面に映った月がばらばらに散り、また元の姿に戻るように、砕けて飛び散ったフミエの意識が
ゆっくりと集まり、茂の腕の中でまたひとつになる。

「ん・・・。」

そっと引き抜くと、フミエが小さくあえいで身体を震わせた。抱きしめあうと、今の今までふたりを
つないでいたものの感触がいやでも意識される。それはまだ温かく、ふたりの体液に濡れていた。

愛し合った後のしっとりと馴染んだ肌と肌を合わせたままでいると、様々な記憶がそこから伝わり、
よみがえってくる。舌や唇、手指に残る味、感触、フミエの匂い、表情、涙、息遣い、啼き声・・・。

ほぅ、と小さなため息を吐いて、フミエが目を開けた。ほおに伝わる涙の痕は、先ほどの哀しい話
のためか、それとも・・・。

「・・・酒呑童子の一党に、茨木童子というのがおってな・・・鬼どもが根こそぎ退治された中、ただひとり
逃れたと言う。後に渡辺綱に切り落とされた腕を、乳母に化けて取り返しに来たというくらいの
奴だけん、お姫さんを抱えて宙を翔け、またどこぞの山奥で仲良う暮らすこともできたかもしれんな。」

茂が、ふと思い出したようにまた鬼の話をした。彼には珍しく、ロマンチックな結末を。

「・・・そげだったら、ええですねえ・・・。」

フミエの顔がうれしそうに輝いた。

乱れ髪を梳いてやり、撫でるうち、徹夜の疲れかフミエは小さな寝息をたて始めた。褥の上に
広がる黒髪は月の光を映して、せんべい布団のくたびれた布地にふさわしくない輝きを放っている。

突然、茂の脳裏に美しくも凄まじい光景が浮かんだ。人里をはるか離れた深山の、月の光の
射し込む岩屋。固い石の床の上で、色褪せた姫君の袿と長い黒髪を褥に睦みあった後、隣りに眠る
異形の男に女が寄せる想いは、愛かうらみか・・・。

(あんたも、さらわれて来たようなもんかもしれん・・・。)

たった一週間の帰省の間に見合いから結納から婚礼まで済ませ、フミエをこの家に拉して来た。
持ち家といっても月賦の残っているボロ家、不安定で将来性のない仕事、貯蓄もない・・・次々に
明らかになる新事実に打ちのめされながらも、フミエはここで茂と一緒に暮らしていくという心構え
を変えなかった。やがて結ばれ、夜ごと深まり・・・今や夫婦の仲は分かちがたいものだった。

(もう帰れんのか、帰りたくないのか・・・どっちだ?)

つよい愛おしさに充たされながらも、小さな痛みがちくりと胸を刺す。

(どっちでもええ・・・もう帰さんのだけん。)

思わずぎゅっと抱きしめると、フミエが何事かつぶやいて夢うつつにしがみついてくる。髪に顔を
埋めて甘い香りを吸い込んだ。

(わかっとらんと思うが・・・。)

腕の中のフミエの寝顔をのぞきこむ。寝息が肩に当たってこそばゆい。

(あんたは、ちょっ・・・こし、意地悪された方が、よう感じるんだよな・・・。)

無邪気に眠るフミエのぷっくりとした唇を指でなぞると、わずかに開いた口からのぞく
二本の前歯がまたたまらなくそそる。

(はぁ・・・きりがないが・・・。)

その前歯を舌でなぞり、めちゃめちゃに奪いたくなる衝動を無理やりおさえつけてぎゅっと目を閉じ、
茂は生まれて初めて眠ろうと努力した。






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