告白
村井茂×村井布美枝


読者のつどいの後、美智子の心づくしの夕飯をごちそうになり、
茂とフミエは帰途に着いた。フミエは何時間も吹きさらしでサインを
し続けた茂のために、帰ってくるとすぐ風呂をたてた。

「お風呂、わきましたよ・・・?」

茂がなんだかニヤニヤしている。

「?・・・私の顔に、何かついてますか?」
「いや・・・。親父さん、あんたの見幕にはびっくりしとったな。

俺も、あんたがあげな大勢の前で俺に惚れとる、と宣言するとは
思わんだった。」

「ほっ・・・惚れとるなんて、そげな意味で言うたんじゃ・・・。
私は、あなたの仕事ぶりのことを言うただけです。」
「ふーん・・・、仕事だけ・・・。男としてはなんとも思うとらん、と・・・。」

茂は少しさびしそうに、

「風呂、入ってくる。」

と行ってしまった。背中を流しましょうかと声をかけても、
今日はええわ、とすげない返事だ。

茂の後で風呂に入りながら、

(惚れたはれたなんて、今さら・・・。お見合い結婚だし、私たち
もうええ年だけん・・・。そりゃあ、すごく幸せ!って思う時もあるけど。)

フミエは何を思い出したのか、ひとり呼吸を荒くした。

(でも、あの人、ちょっこしがっかりした顔しとったな。
私、「好いとらん。」と同じこと言うてしまったんだろうか?)

なんだか落ち着かなくなってきた。今まであらためて言葉にしたことは
なくとも、フミエにとって茂ほど大切な存在はなかった。
茂が与えてくれたもの、奪っていったもの。それらのことを思い、今初めて
失うことへの恐れがわきおこった。

湯ぶねの中で赤くなったり青くなったりしていたのですっかりのぼせて
しまい、フミエは急いで風呂からあがった。

部屋に戻ると、机で資料を見ている茂の傍らには布団がひと組。
「仕事部屋に布団」というのは、房事の合図でもあるが、「仕事に疲れたら
ひとりで寝るため」の場合もある。

(怒っとるんだろうか・・・?)

「あ、あの・・・。」

フミエはおそるおそる声をかけた。ふり返った茂の顔を見たら、ヘタに
意識したものだから、真っ赤になってしまい、うまく言葉が出てこない。

「何をひとりで赤うなっとるんだ。」
「あの・・・さっきの話ですけど・・・。す、好いとらんということではないんですっ。
私はトウもたっとるし、お見合い結婚だし、おかしいかもしれませんけど、
ちゃんと・・・好き、です・・・けん・・・。」

あっけにとられていた茂が笑い出した。

「フ・・・フフフ・・・フハハハハハ!」

(ひどい!こっちは真剣なのに・・・!)

「あー、すまんすまん。大まじめな顔して、何を言い出すかと思うたら。
今日はガイにええ日だー。フミエの大告白を、二度も聞けるとはな。
まあ、そげなこと、わざわざ言わんでもようわかっとるけどな。
だいたい、アン時のよろこび様ときたら、女房のつとめとしてイヤイヤ
つきおうとる、というようでもないしな。」
「や、やめてください!そげなこと・・・。」
「なんだー。アッチの相性がええ、というのは「好き」ということと
おおいに関係があるんだぞ。だいたいあんた、俺以外の男と、
あんなことしたいと思うのか?」

フミエはあわててかぶりをふった。

「それに、年がいっとるだの、見合いだのにとらわれとったら、
つまらんだろう。物事は、経緯より本質が大事じゃと、ゲーテも
言っとる・・・ような気がする。
・・・まあ、白状せんようならコッチに聞いてみてもええとは
思うとったが・・・。」

茂は、長広舌にあっけにとられているフミエの胸を、指でちょん、と
つついた。

「ま、今日はよしとくか。」

浴衣の上から、さして豊かでもない胸のいただきを的確につかれ、
フミエはうろたえた。早くも下着をぬらすほどあふれさせていることを
茂に知られたくない気持ちと、今すぐ茂に満たしてほしい気持ちが
あいまって、泣きそうな表情になってしまう。

「なんだ、そげに情けない顔して。うそうそ。」

フミエは茂に胸をつかれて後ろにのけぞったまま、呆然としていた。
その無防備なヒザを割って、茂の指が秘所にさしこまれた。

「もう、こげなっとる。」

フミエはますます狼狽して、茂の手からのがれようと身をよじった。
茂はぬきとった指をぺろりとなめると、

「何を恥ずかしがっとる。これはお前が俺に惚れとる証拠じゃなーか。
俺の方の証拠も見てみろやい。」

茂はフミエの右手をつかむと自らのたけりたつものを握らせた。
フミエの手の中で息づくそれは、たしかな脈動をつたえ、フミエが
欲しいと訴えかけていた。

二人はものも言わずに衣服を取り去ると、もどかしげに抱き合った。
すぐに茂がフミエの中に押し入ってきた。
口づけも、前戯もない挿入は初めてだったけれど、フミエの身体は
歓喜してむかえ入れた。こうまで茂に馴らされた自分だと思うと、
うれしくもあり、少し悲しくもあった。だが、そんな感慨も、すぐに
溶けていく。

唇をなめあげられ、思わずあえぎをもらすと、舌がしのびこんできて
フミエの舌をからめとり、強く吸った。官能に直結するような、
深くて甘い、恋人どうしの口づけだった。今まで考えたこともなかった
けれど、こんなことを好きでもない相手とできるわけがなかった。
上も下も、茂とひとつにとけあって、判然としなくなっていく。

茂が上体を起こして、腰を大きくつかい始めた。責める腰が、大きく
離れる瞬間が心もとなくて、フミエは思わず茂の足に自分の足をからめ、
置いていかれまいとした。茂が動きを止め、身を固くした。

「あっ、すみません。・・・つい・・・。」
「いや、ええんだ。感じるままに動けばええよ。」

そう言いつつも、茂は女房の思わぬ奇襲に虚をつかれ、危ういところで
踏みとどまっていたのだ。言葉とはうらはらに、自分の足にからまった
フミエの左足をはずすと高く抱えあげると、右足はフミエに抱えさせ、
のしかかるようにしてフミエの動きを封じた。
こんなあられもない体勢は初めてだった。むきだしになった敏感な部分を
くりかえしこすられ、身体のすみずみまでするどい快感がはしった。
墜ちていくのか昇っていくのかわからなくなる浮遊感に、恐ろしくなって
茂の背にしがみついた。茂も強い力で抱きかえし、わななきの中に
自らを存分に注ぎ込んだ。

寝巻を着なおしてひとつ布団に横になった後も、二人はなんとなく離れがたくて
寄り添っていたが、茂は先に眠ってしまった。フミエはその寝顔を見ながら

(・・・この人の方が、一枚うわてだわね。ふだんは子供みたいで、やること
なすこと変わっとるけど、後で納得させられる・・・。)

「やっぱり、大きな人・・・なのかな。」

フミエは、茂の右手を持ち上げて、自分の胸にあてた。茂の大きな手に
ふれると、フミエはいつも心からやすらぎを感じる。
そういえば茂は、フミエには好きと言わせておいて、自分は一度も言ってくれなかった。

「ずるいんだから・・・。ま、ええか…。」

言葉じゃなくても・・・。フミエは茂のそんな所にも、慣れてきている自分に
気づいて、おかしそうに笑った。






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