これで我慢しとく(非エロ)
湯川学×内海薫


ポタポタと急に降りだした雨は、薫の頬を濡らし、滴が幾重にもなって次々とスーツに染みを作っている。

それでも傘を差そうとどうしても思えなかった。全部流れた方がいいのだろう。醜いこの気持ちと共に。

先日協力してもらった事件の報告へ、薫が帝都大学に向かったのは、夜勤明けの夕方の事だった。

すぐ済むことなので特に湯川に連絡をせずに会いに行った。学生は冬休みに入っていて校内は閑散としていて人も疎らだった。

向かった13研究室の前でなぜだか薫は足を止めた。栗林のピリピリとした声が聞こえてきたから?いや薫の名前が聞こえたから。

「先生!!内海刑事にきちんと話した方がいいですよ。今が一番大事な時期ですよ。教授の娘との結婚が決まれば、先生だって」

そこまで聞いて薫はゆっくりドアから離れた。栗林のいわんとしている事は理解できた。自分は邪魔、それだけの事。

わかっている、迷惑をかけていた事は。わかっている、邪魔だって事。でも湯川先生じゃなきゃ事件が・・・そこまで考えて思考が止まった。

本当に先生じゃなきゃわからない事だった?他にも物理学者はいっぱいいる。誰が?一体誰が先生じゃなきゃ駄目だったのか。

薫は思いあたった事に呆然とした。確かに最近前より距離が近くなって友人みたいになれたって思った事もあった。それが嬉しくて。でも違うのだ。

友人なんかじゃない。私は先生を男として見ていたのだ。認めたくない事実を突きつけ雨は冷たさを増した。

あれから3週間、一度も湯川には会いに行っていない。いや、もう二度と会う事はないだろう。結局、湯川と薫の関係性は事件で繋がっていただけの事で

何もありはしないのだ。先生には協力を仰げなくなった事を上司に報告して、かわりに紹介されたのが咲島徹という南都大学の准教授だった。

彼女は彼がどうしても好きになれなかった。冷たいわけじゃない。むしろ優しい。でもはじめて咲島を訪ねた時、彼の端正な顔の瞳の奥が見知った人物に

似ている様な。そう、木島や田上と似たような目をしていたのだ。実験動物を見るような目で薫を見たような。でも、それは湯川先生がいいと心のどこかで

思っている、自分自身の甘えだと薫は解釈した。事件だって咲島は協力的だし。事件の報告に向かった南都大学で、薫は嫌な予感を隠すように自分に言い聞かせた。

大学は年を明けてもまだ冬休みで、まるで音がない場所の様に静まりかえっていた。どうしてどこも物理の研究室は、暗い奥まった場所にあるのだろうかと薫は廊下を進んだ。

咲島の研究室の前でノックをすると、ひどく穏やかに「どうぞ」と言う声が聞こえた。
ドアを開けると、椅子に座ったまま端正な顔がこちらを見ていた。

「先生、この間の事件無事解決したので報告に」

鞄に手を突っ込んで報告書を探していた薫は、目の前が一瞬暗くなって驚いて顔をあげた。

先ほどまで椅子に座っていたはずの咲島だった。端正な顔はどこか能面を思い出させ、湯川先生も端正な顔だけど、一度もそんな事は思わなかったなぁ〜と冷静に考えていた。

言葉を発しない彼女に、咲島はゆっくり手を伸ばした。薫の足は危険を察知し一歩後退しようとしていたが、それよりもはやく咲島の手が薫を引き寄せた。

そのまま抱えあげられて落とされたソファーに薫は震えあがった。

「先生、やめて」

と叫ぶ唇を塞がれて、差し込まれた舌と共に、何か異物を飲み込まされた。

意識が朦朧とする。咲島は始終無言だった。逃げられないと悟った時に思い浮かんだのは湯川先生の優しい顔だった。ワイシャツのボタンを上から順に外されて薫は体を振った。

「力を抜いて」

咲島がはじめて優しい声をだした。頭の中には湯川の声が聞こえる。

「だから君は考えなしだって言うんだ。落ち着いて、まだ逃げられる」

薫は動くのをやめた。

咲島はそれをみて「いい子だ」と囁いた。薫はゆっくり頭からピンを二本抜きとった。

「先生、こんな事犯罪ですよ」

薫の呟きに咲島は答えた。

「あいにくぼくは地位も名誉もある。君がいくら乱暴されたと騒いでも誰も聞かないさ。変な目で君が見られるだけだ。」

その瞬間薫は渾身の力をこめて咲島の手にピンを突き刺した。

呻く咲島の下から這い出て、すぐに震えている自分の太ももに二本目のピンを突き刺した。痛みで意識がはっきりしてくる。鞄を掴んで、足の痛みをこらえて薫は研究室から飛び出した。

なんとか疎らに人が通る道まで逃げた薫は、車の存在を思い出した。取りには戻れない。痛みと薬で朦朧とする意識を、なんとか繋ぎ止めて薫は歩いた。研究所や大学がひしめきあっているこの地帯は、何人かが歩いているだけでひどく静かだった。

「内海君」

不意に背後からかけられた声に薫は小さな悲鳴をあげた。
ふりかえったその場所に湯川の姿を見出した瞬間薫は気を失った。

暗い闇から這い出すように薫は重い瞼をあげた。

ここはどこなの。

眩暈はいまだに薫を襲い、はっきりしない意識に足音が響く。

その部屋の薬品の匂いと、足音に瞬間的に薫は咲島の事を思い出して目を瞑り顔を覆った。顔を覆った手を掴まれ「やめて」と呪文の様に繰り返す。

「内海君」

その落ち着いた声に薫は瞳をあけた。そこには湯川がいた。
言葉に詰まった様にこちらを見ている。

「先生、湯川先生」

薫はあの何年か前のクリスマスの時と同じように湯川にしがみついた。

優しく大きな手が何度も背中を行き来する。
しばらくして落ち着いた薫を湯川が離した。
そっと顔を覗き込み問いかける。

「何があったんだ?」

と。その質問に答えるには、色々な事を話さねばならない。
それを話したら湯川にまた迷惑が。

薫は首を振った。
湯川は薫が話さなければしつこく追及してくる事はしない。
薫におきた出来事など、謎とは無関係。

湯川にとってはそれこそ犬の糞なのだ。

「ご迷惑をおかけしました。大丈夫です」

そう言って立ち上がった薫の腕を

何かが引いた。薫はソファーに倒れこむ。
湯川が薫の腕を掴んでいた。

「大丈夫?君は何をもって大丈夫などと。」

「こんな真冬にジャケットもコートも着ずずに歩いていた君が?
足から血を流していた君が?それともワイシャツをはだけさせていた君が?」

その苛立った声に薫はハッとして顔をあげた。
すごく心配してくれていたんだと薫は人事のように思った。
薫はすいませんと謝って、ひとつひとつ話はじめた。

湯川が結婚する事を聞いて迷惑をかけられないと考えたこと。他の先生に相談しに行っていて襲われたこと。
最後まで話して、フッと見た湯川の顔がひどく怒っているのに気がついて、小さく以上ですと呟いた。

湯川は忌々しさを全開にして

「君は馬鹿だ」

と言い放った。

薫は言い返す元気もなく、あーそうですね、馬鹿ですよねと肩を落とした。

「違う。まず第一にぼくは結婚しない。まず第二に迷惑や邪魔ともここ何年か言っていない」

早とちり。。。薫はボソッと呟いた。

「そう早とちり」

と湯川が薫を差した。君は進歩がないとかそれから長いお説教がはじまり、薫は今日は甘んじてそのお説教を聞き入れた。

「わかったか?」

お説教の最後ともいえる言葉に、薫は心底ホッとして

「はい」

と返事をしながら顔をあげた。

湯川は不思議な顔をしていた。今まで色々な顔の湯川を見てきた。でもその顔は一度も見ていない。

「先生?」

と問いかけた薫に再度近づいてきた湯川は

「確かに、」

と言って言葉を詰まらせた。珍しい事だった。

少し言葉を選んで湯川はつづけた。

「ここにも、もう来ない方がいいかもしれない」

薫はハッとした。

「やっぱり迷惑だから?」

その言葉に湯川は首を振った。

「君がここに来なくなって、君の事を考えた。はっきりはわからない。でも君に友人としてではない気持ちを抱いているって。僕だって男だから。おなじように抑えられない日がくるかもしれない」

まるで独白のような湯川を薫は驚いて見た。ああ、そうなんだ、湯川先生のこの顔は男の顔。

薫はその顔に手を伸ばした。

「大丈夫ですよ、先生ならかまいません。好きだから」

その言葉に先生は少し驚いた顔で、暫くして笑った。

「ああ」

それだけ言って薫を抱きしめた。

すぐに近づいた唇は深くなり、顎を押されて空いた隙間に舌が入り込み薫の思考を奪った。
熱い唇と舌は、咲島が触れた場所すべてを埋め尽くし離れたいった。

先生?と潤んだ目で見た薫に湯川は苦笑して抱きしめた。

「君の怪我がなおるまで、これで我慢しとく」

その言葉に思考回路が一瞬停止した薫の、怒った甲高い声が帝都大学に響いたのはそのすぐ後のこと。






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