糖尿病の少女(非エロ)
番外編


イライラする…。

彼の手の中にある携帯用灰皿は、既に残骸でいっぱいになっていて
いつの間にこんなに吸っていたんだ…と自分でもビックリする。

今日、珍しく非番だった藤川は、東京に出て来たという大学時代の友人と待ち合わせをしている最中だ。
久しぶりの級友との再開、プライベートの時間くらい仕事の事は忘れて思い切り楽しもう…
と思うのだが、どうにも最近の仕事での様々な場面が頭をよぎり、楽しい気分になれない。

何とかヘリに乗る目標は達成出来たとはいえ、まだまだ自分は半人前の医者だ。
同じ同期でも、藍沢の様な実力はまだ、自分には備わっていない。

「はぁ〜…」

無意識にため息が出る。

「ヘンな顔〜!」

不意に隣で聞こえた声に、藤川は思わず声をあげそうになる。
ギョッとしながら声の主の方を見ると、満面の笑みを浮かべた愛らしい少女の姿があった。

「あ…えっと…君は、美樹ちゃん??」
「せいか〜い!よく覚えててくれたね!センセー」

そこに居たのは、かつて藤川が担当した糖尿病で片腕を失くした少女だった。

「君とこんな所で会うなんて奇遇だよな!どう?その後、元気でやってる?」

懐かしい患者の顔に、思わず藤川は自然と笑顔になる。

「うん!凄く元気だよ!見てホラ、義手も付けてもらったの。」
「ああ…」

それを見て、あの時の好景が思い出される。

「嫌だな、センセー。そんな顔しないでよ、仕方ないんだからさ。
それよりそっちは?ヘリコプター乗れる様になった?」

無邪気に聞いてくる美樹の顔を見ながら、藤川は思わず弱音を零してしまう。

「ああ、乗れたよ。でもね、結局ヘリで駆け付けても救えない命があったんだ。それも沢山…」

藤川が神妙な面持ちで話す中、美樹は真剣な顔で彼を見ていた。

「フライトドクターなんてさ、所詮は人間なんだし、ヒーローみたいに皆を助けられる訳じゃない。
でも、俺は少しでも多くの命を救いたいんだよね。…でも現実は上手くいかない事もある。
最近は何か、そういう理想と現実のギャップに悩んでばっかだよ…。」

一気に話してしまってから、藤川は慌てて美樹に取り繕う。

「ごめん!何か俺、硬い話しちゃったよな、スマンスマン!」

ごまかす様に笑って美樹の肩を叩くと、彼女はう〜ん…と何かを考え込むような仕草をしている。
そしていきなりニコッと笑う。

「それでいいんじゃないかな?」
「え?」
「先生はそうやって、悩んで前に進んでるんだよ。

先生に救われた患者さんだって沢山いるよ。だから大丈夫!」
美樹は屈託のない透き通った瞳で藤川を見ている。

「大丈夫だよ。」

彼女はもう一回繰り返すと、ギュッと藤川の手を握った。

「さっ、私もう行かなきゃ!」

美樹は思い出した様に時計を見ると、デートなの、と手を振りながら走って行った。
でも、途中で立ち止まる。

「やっぱデートっていうのは嘘!」
「え?」

彼女は遠くから叫んでいるので藤川にはよく聞こえない。

「初めてのデートはさ、好きな人とって決めてるから!」
「…何?」

やっぱり聞こえなかった藤川が怪訝な顔で聞き返す。
美樹は走ってくると、そのまま顔が接近するくらいまで藤川に近づく。
そして肩に手を置いて背伸びをすると、藤川の頬にキスをした。

「また会えるといいね〜!」

軽く手を振り、今度こそ美樹は通りの向こうに消えていった。

「な、何だ??」

彼女にキスされた場所を手で触れてみる。
藤川は、しばし呆然として美樹の去った場所を見詰めるのだった。






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