泥酔状態
藤川一男×緋山美帆子


やっちゃったー…

二日酔いで少し痛い頭を押さえながら起き上がる
そして隣で寝ている藤川の呑気な寝顔を見ながら
大きくため息をついて後悔…

緋山は昨日、藤川と飲みに行って
二人で愚痴の言い合い、症例の言い合い
最後は馬鹿話、そして泥酔状態になって
結局はこうしてラブホテルのベッドで目が覚めた

記憶は全くない訳じゃないのよね…
所々覚えてて…
その…最中の記憶も残っちゃってるのよね…

ぼんやりと思い出す
眼鏡を取った藤川が、力加減なしに自分の手首を押さえる場面
言葉は忘れたけど…私に命令した…四つんばいになってだっけ…?

予想外に…気持ちよかった…と一瞬思ってすぐにかき消す。
余韻に浸ってる場合じゃない、勢いとはいっても
藤川は同期のフェローな訳で、仕事も一緒な訳で、そんなにタイプでもない訳で…
そっとベッドから出て、足元に散乱している藤川と自分の服から
自分のものを拾い集めて身支度をすると、熟睡してる藤川を起こさずに
一人でそっと部屋を出て急ぎ足で自宅に戻っていった。

エレベーターの中で、まだ二日酔いの頭痛がするのでこめかみを押さえる。

「おはよ。どうしたの?頭痛?」

白石が入ってくる。

「うん、ちょっとね…。あとでロキソニン飲めば大丈夫」
「風邪とかじゃないといいね。」

まさか二日酔いなんて言えない…エレベーターの壁に額をつけてぐったりしてると
目的の階に到着して、エレベーターを降りる。白石は病棟のほうへと消えていって
次に曲がり角で藍沢と会う

「おはよ…」「お早う。」

少し二人で歩いていると背後からバタバタと走ってくる足音…

「緋山、ひーやーま!おはよう!」

…藤川だ。はぁ〜っと大きいため息が出た。声のテンションの高さに。
振り向くと「よう!」と元気になれなれしく声をかけてくる。

「おっはよ〜緋山!お、藍沢もおはよう!」

二人して聞こえないくらいの小さい声で「おはよ」と返す。
そして藤川はニコニコとした顔で、声を潜めてるつもりのボリュームで

「緋山、なんで起こしてくれないんだよぉ。目が覚めていないからびっくりしたよ」

その始まりの会話にぎょっとなり思わず隣の藍沢を見ると、こちらを見てはいないが
横顔の口元が、少し笑っている。…っていうか、まる聞こえじゃん…
慌てて藤川の腕を掴んで走り出す。「何?どうしたんだ?」と言う藤川を
人のいない非常階段の踊り場まで連れ出して腕を放していきなり怒鳴る

「ちょっと!何考えてんのよ!藍沢に聞こえてるじゃない!
 妙な憶測されたらどーすんのよ!もっと状況とか考えなさいよ!」

仁王立ちの緋山に、頭をかきながら藤川が困った様子で「ごめん…」と謝る。
しかし次の瞬間には、にぱあ〜っと明るい笑顔になって肩をポンと叩き

「まあ〜、アレだ。昨日はお互い酔っ払ってたけど…俺はきもち…」
「んも〜うるさい。反省会?感想?そういうの言うってデリカシー無さすぎ」

肩の手をパチンと叩いて払うと、そのまま廊下へと一人で戻りながら

「人がいる前で昨日の事、一言でも口にしたら殺すから」

ランチの時間になっても、胃のムカムカがあまり収まらない
頭痛は鎮痛剤飲んで無理矢理治したけど。
小さいサラダとミネラルウォーター、そしていつものサプリメントをテーブルに置いて
大きくため息をついた。

いくら酔った勢いでも…藤川だよ藤川。何してんだか私…
なんでそうなっちゃったんだろう…

思い出せない記憶を掘り起こしながらサラダをフォークで突いていると
藍沢が前を通り過ぎた。そして斜め前のテーブルに一人、座る。

「お疲れ。」「おつかれ」
「あのさ、さっき藤川が言ってた事、勘違いしないでよね。別にそういう事じゃないから…」
「そういう事ってどういう事だよ」
「…もういい。とにかく変な誤解とかしてないならいいわ」

とりあえず…藍沢なら口外しないだろうし。
ただ…完全にバレてるだろう、二人で同じ場所で一夜を迎えたって事は。
そこでまた大きくため息をついてサラダを一口食べる。

…3件目で、昔の恋バナになったんだ。

それで…藤川は大学の時にずっとつきあってた彼女がいたった話をしてて…
卒業と同時に何かで別れてそれからずっと彼女いないとかって言ってたっけ…
それで…私と白石はどっちが女として魅力があるか客観的意見を、私が求めて…
……。
がんばって掘り起こした記憶は、そこから既にラブホテルのベッドに飛んでいた。

『もっと…好きって言って』

……!!!

自分が快楽の中でそう言った事を思い出して思わず飲んでたミネラルウォーターを少し噴出す。
あわてて紙ナプキンで拭きながら藍沢をちらっと見ると何もなかったように食事をしている。

……確かに、藤川は何度も「本当にいいのか」って聞いてた…?

午後イチで少し慌しくなったが、ヘリ搬送で運ばれてきた急患の処置を終えると
ポツンと空き時間のように落ち着いた時間になる。
医局で書類整理を黙々としていると藤川が戻ってきて、満面の笑みで「お疲れ!」と言う
無視していると誰もいない事を確認してから藤川が隣の席に座り

「緋山…。一言だけ、言わせてくれ」
「何よ」
「俺は、酒の勢いだけで、昨日だけで終わりなんて、そんな無責任な事はしないから」
「何?どういうことよ」

ごくり、と喉を鳴らし緊張した顔で藤川が続ける

「俺は…つきあいたいと思ってる。別に、昨日の事があったからっていう事じゃなくてさ」
「昨日の事があったからでしょ」

黙り込んでしまう藤川。緋山は書類を書きながら

「昨日は完全に酔っ払った勢い。それだけよ」
「でもお前…好きって…」

やっぱり…。私が何度も言ったんだ。
それで藤川すっかり…。

ペンを置いて背もたれに寄りかかり腕組みをして、書類に目を落としたまま緋山が静かに言う

「私が悪かったの…。男に優しくされたの久しぶりだったから、勢いっていうか
 甘えっていうか…口走ったんだと思う。正直あまり覚えてないし…。
 だから…本心じゃない。ごめん。混乱させて。とにかく…忘れて。」

分かりやすく少ししょんぼりとした顔の藤川が何度か頷いて

「そうだよな…うん、そうだよなあ〜…。」

真面目で真っ直ぐな藤川に、悪い事したなあっと思っていると「でもさ」と藤川が切り出す

「俺はもう、勢いでもなくて、単純に緋山が好きだと思ってるから」
「私は…。…気になってる奴が、他にいるの」

「そっかあ…そうなのかー…。わかった。俺も男だ。男らしく忘れる」

舞台俳優のようにオーバーアクションで言う藤川。
そうやって茶化して緋山の罪悪感を軽くしてくれようとしている気遣いもわかるから
余計にだんだん、悪い事をしたなあって気持ちが強くなる。

「ごめんね…」
「もう謝るな。俺が浮かれすぎちゃって調子に乗っただけだから。な?」

緋山の肩に、軽く手を置いて藤川が言う。
その手をさっと払って
「なれなれしくしないでよ」と言って睨む…いつもの調子が戻って二人で少し笑う。

これでいいんだ。元通り。
そこで急患がきたという知らせが入る。デスクの上を少し片付けて椅子から立ち上がると
初療室へと向かい、走り出す。走ってる途中で緋山が事務的に

「ねえ、藤川」
「ん?なに?」
「あんた、眼鏡外したほうが、ちょっとイケてた。」

にやりとしなががら藤川が「コンタクトにすっかな〜」と嬉しそうに言う。

当直の夜は、深夜になってからやっと静かになった。
ステーションに戻ると藍沢が黙々とカルテ整理をしていた
そして患者さんに頼まれたので仕方なく…藤川の携帯に電話をする。
…留守電になっていたので、メッセージを入れる

「もしもし緋山です。アンタの担当の皆川のおばあさんが
 明日絶対にお孫さんの写真を見せるから朝イチの検査前に顔出してほしいって。
 しつこく言われたから電話しました。ったく、私がプライベートでも友達だとか
 患者さんに触れ回らないで」

ピ、と通話終了ボタンを押した時に

「夫婦喧嘩か」

藍沢がカルテに記載しながら声をかけてきた。
その表現に、ため息をつきながら

「離婚したわよ。離婚以前に私が結婚詐欺したって感じ。」

彼に合わせた表現でそう伝えると藍沢が鼻で笑う。

「って言うか…何もないから。ただ、朝まで飲んだだけよ。何もしてないから」
「別に聞いてない」
「…藍沢が聞いてなくても私が藍沢には伝えたかった」


沈黙、静まりかえった中で、二人は黙々とカルテ整理を始める。






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