記憶喪失
藍沢耕作×白石恵


「あ…気がついた?ちょっとまってね。黒田先生っ、藍沢先生が…」

ICUのベッドで、頭に包帯を巻かれた藍沢が薄く目を開く。
白石の声を聞いて、その場にいた緋山、そして呼ばれた黒田がベッドの周りに集まる。
集まってきた人間を順番に目で見ながら、ぼんやりとする藍沢
黒田がそっと話しかける

「大丈夫か」
「…頭痛いです…」
「そうだろうな。」

黒田は冷静に、問いかける

「名前は。言えるか」
「――藍沢耕作…」
「ここはどこだ」
「――病院…」

どこか、藍沢の口調は寝ぼけたようだ。白石はじっとその様子を見る
黒田が質問を続けた。

「俺が誰かわかるか」
「……病院の、先生…」

正解ではあるが、違和感のある回答に黒田は眉間にシワを寄せる。
緋山が「は?」と小さく言うと黒田がそれを手で制止する

「お前はなんの仕事してる?」
「―――…。わかりません」

白石はその回答に口元を両手で押さえる。緋山が身を乗り出して怒ったような口調で
白石を指差して藍沢に問い詰める

「じゃあ、この子誰?名前わかる?」

藍沢の視線が白石のIDカードに移り、「しらいし、めぐみ…」と呟く。
あからさまなカンニングの回答に黒田が緋山に「西条呼んでこい」と指示した

「藍沢先生…」

泣きそうな顔で呟く白石を見て、藍沢は「センセイ…?」と訊き返す。

泥酔してケンカしたサラリーマン二人が救急車で運ばれてきた
一人は殴られ転んだ拍子に店の看板に腹部を強打し肋骨骨折していた
もう一人は軽症で廊下で待たしていると突然暴れだし初療室に乱入してきたのだ。
そこで藍沢がその酔っ払いを止めに入るともみ合いになり、酔っ払いが暴れた時に
藍沢が床になぎ倒され、藍沢の頭の上に酔っ払いと一緒に医療器材が倒れてきたのだ。
結局、藍沢は右即頭部を4針も縫い、意識が3時間程戻らなかった。
そしてやっと意識が戻ったら…記憶が一部、欠落していた

「軽い脳震盪だな。MRIの写真見ても脳の異常はない。頭蓋も大丈夫だったしな」

西条がMRIの画像を見ながら言うと緋山が続けて

「一時的な記憶喪失…でしょうか」
「そうだろうな。喪失範囲が軽くてよかったな」

記憶喪失といっても幅広く、重症例では言葉を忘れてしまうケースもある。
自分の名前や出身を話せている藍沢は軽症の部類に入るのだろう
白石が続けて話す

「思い出すのがいつになるかは…わからないですよね。」

黒田がMRIの画像を見つめながら続ける

「2〜3日入院。その後の事は藍沢の状況で決める。白石、担当やれ」
「…はい。」

その間、冴島が藍沢と話してどの程度の記憶が無いのかを調べていた。
どうやら大学に入るあたりから現在までの記憶が欠落しているようだった
報告をしながら冴島がため息をついて

「なんだか口調というか…声のトーンとか性格まで変わっちゃった感じです、藍沢先生…」

藤川がそこで割り込む

「記憶喪失中は元来の性格と異なる性格になるケースもあるからなぁ。
 …あいつ、本当に忘れてるの?忘れたフリとかじゃなくってさ」

冴島が藤川を睨みながら

「話している間、藍沢先生は私の事を“看護師さん”ってずっと呼んでました」

緋山が椅子に座り難しい顔で「有り得ないわね、元々の藍沢だったら」と口を挟む。
白石がそっと椅子から立ち上がり、重い足取りで病室へと向かう

ICUから出たが個室の病室しか空いてなく、藍沢は個室のベッドでぼんやりとしていた
ノックをして白石が入ると藍沢がこちらを見た

「気分…どう?」
「気分は…不思議だよ…。さっき、看護師さんから色々聞いて、それが嘘みたいな話で…。
 俺が医者って…。白石さんも…俺と一緒に働いてたんだよね?」

冴島が言っていたことがわかった。藍沢の口調が、柔らかく優しい。
別人のよう、といっても過言じゃないくらいに違うのだ

「うん…そう。藍沢先生のほうが年齢も経験年数もちょと上だけど此処では同期のフェローなの」

よくわからない、という様子で「そうか…」と頷いた。
心配丸出しの顔の白石を見て、藍沢が今まで聞いたことのない穏やかな声で

「俺とは、仲よかった?そんなに心配そうな顔して…」
「えっ、…普通、かな。…どうだろう。あまり仕事以外の話しなかったから、藍沢先生は…」

少し慌てて白石が言うと、少し笑みを浮かべて

「心配してくれてありがとう…。」

あんな穏やかな表情…見た事ない。白石は戸惑いと、妙な鼓動の跳ねた感覚で慌てる。

「とりあえず、2,3日は安静。私が担当することになったら、宜しく」

手をそっと出すと「よろしく」と藍沢が握手をする。別人格の藍沢に、慣れないけど
これが今の藍沢なんだ、と白石は自分を納得させた。

翌日も藍沢は同じ状態で、日常だった冷静沈着な姿は無く…温和な性格になっていた。
昼は少しでも思い出すヒントが欲しいと病院内を藍沢は散歩して歩いていた
ヘリポートに行ってドクターヘリを眺めたり、甲斐甲斐しく働く看護師や医師を見たり…
結局は、その日は何も思い出せずに終わってしまう。

「緋山サン、よ?藍沢が。サン付けよ。違和感ありまくりよ」

緋山が夜の医局で愚痴を言う。白石と二人同時にため息をついて、二人して気まずそうにする。

「私だって…白石さんって呼ばれる…。おまけにサテンスキー見て“これは何?”って聞かれたし」
「はぁ〜っ?日常使ってた道具だっつーの。本気で記憶飛んでるんだ…」

そこで白石のPHSが鳴る。病棟の看護師からの着信だった。
藍沢が、頭痛が酷く眠れないと言っているとの事だったので白石が病室へ鎮痛剤を持って向かう。
ドアをそっと開けると、薄明かりの中で自分のIDプレートを手にして眺める藍沢がいた。

「大丈夫…?」
「あ…ごめん…どうしても、頭が痛くて…。昨日もあまり眠れなかったから…」
「昨日も痛かったの?」

手首を取り脈拍を計りながら白石が聞くと、藍沢は再びIDプレートの自分の写真を見ながら

「…不安、なんだ。俺が本当はどんな奴で、どんな事してたか…わからないから」

経過観察を書く表に、脈拍と鎮痛剤を投与するという記載をしながら白石は聞いている。

「医者だって言われても今の俺は何も医療の事はわからない…。
 ドクターヘリに乗ってたって言われても、ヘリ見たって何も思い出せないし、想像もつかない。
 元々の自分がどんな人間だったか…思い出せるかどうかもわからないらしいし…」

漠然とした不安で、眠れなくなっているのもあるんだ。白石は鎮痛剤を1錠手にして心配そうに

「藍沢先生…。とりあえず、寝たほうがいいから…。睡眠導入剤も持ってこよっか…?」

白石の顔を見て藍沢が呟く

「違ったら…ごめん。もしかして…俺と、つきあって…た…?」

いきなりの言葉にバクン!と心臓が鳴ったのが部屋中に響いた錯覚
白石は挙動不審な様子になり手にしていた鎮痛剤を落としてしまう。
それを慌てて拾いながら

「なん、で…?何で、そう思ったの…?」
「――なんとなく。白石さん、一番様子見に来てくれるし…心配そうな顔ばっかりしてる。
 それと…なんだか、白石さん見ると…他の人を見る時より…特別な感じが、するんだ」

それって…
真っ赤になった白石は動揺を隠したくて

「えと、薬、取ってくるから、藍沢先生は横になって…」
「“センセイ”っていうのも違和感あって…。さっきの質問、答え教えて」

白石は黙り込んで、一世一代の嘘を、ついた。

「――そうなの。みんなにナイショで付き合ってたの。私たち。」
「やっぱりそうだったのか…。なんでもっと早く教えてくれないんだよ」

あっさりと鵜呑みにし、安堵の様子の藍沢に、白石は暫く視線が合わせられない。
くだらない嘘をついたから…罪悪感はあるが、安心した様子の藍沢を見て嬉しくも思った

「だって…自分の事、思い出せないのに私が彼女ですって言われても困るでしょ…?」
「そうかもしれないけど…俺の事を、大事に思ってくれてる人が近くにいると思うだけで
 少しは…安心というか、心強くなれるから…」

さっきの不安に怯える藍沢の表情を思い出し、白石はそっと藍沢のIDカードを持つ手を握る。

「大丈夫だから…。絶対、思い出せる。藍沢先生は努力もする人だったから」
「…二人の時も、俺の事“センセイ”って呼んでたのか?俺は白石さんを何て呼んでた?」

ここまできたら…嘘を突き通すしかない。白石は演じようと腹をくくり

「恵って、呼んでた…。私は、藍沢先生って呼んでたけど…」
「硬いな。真面目なんだ白石さん…恵、は。…恵。メグミ…」

反芻するように藍沢が自分の名を何度も呟く。握った手を更に強く握ると
藍沢がそっと、肩に手を伸ばし、抱き寄せる

「好きだったって思い出せそうだ…こうすると…落ち着くから…。」

…それって…藍沢先生の、本心…?白石が都合のいい憶測をしていると
別人のように優しい口調で、白石を強く抱きしめる。

「私も…好き、なの…。」
「だからつきあってたんだろ?俺たち」

すっかり信じている藍沢に「そうだよね」と返事をするとゆっくり唇を重ねてきた。
一瞬拒もうと手で止めたけど無視されてそのまま数秒…。白石は呼吸すら、忘れた

「恵…。思い出せないけど…恵の事が好きだってことは、…わかる」

今の藍沢が、深層心理の中の藍沢だとしたら、本当に…?
ぼんやりしている白石を見て再び強く抱きしめる。

「頭痛、酷かったんでしょ…?」

キスの合間で白石がいきなり思い出して問いかけると「治ったよ」と一言いって白石の唇をキスで塞ぐ
個室のベッドに二人で倒れこみ、もう何分経ったかわからないぐらい…
ずっと、何度も、キスをしている。今の藍沢は本当の藍沢ではない…だけど、もしかしたら…
深層心理で思ってた事を、話しているのかもしれない…自分に都合のいい解釈で
白石は藍沢の背中に両手をまわして抱きついた。

「恵…。好きだ…」

その言葉が聞こえると全身が言葉だけで甘く痺れるような感覚になる。
病室…職場…理性を応援していたシチュエーションでも、今は彼に溺れたい…
発作的に白石は思う。入院患者用のガウンの紐を引っ張り、それが肌蹴ると
藍沢の引き締まった身体が見える。それにドキッと更に心臓がスピードを上げる
耳元で藍沢が優しい口調で質問をしてきた

「俺たちってさ…こういうコト、もう済んでた…?」
「えっと…まだ、だった…」
「そうか…。だからかな…実は、かなり…緊張してる…」

確かに藍沢の早い鼓動が、身体が密着すると伝わってくる。それが愛おしくて…
白石は腹から腰へと手を滑り込ませていく。藍沢は白石の術衣を脱がしたいが
脱がし方がわからないらしく…腰から手を忍ばせて、ブラジャーのホックを器用に片手で外す。
お互いの肌が触れる度に、白石は自分が抱いてた藍沢への感情を確認してしまう
だからこんなくだらない嘘をついてしまった…
深く…何度もキスをして…舌を絡ませ合う。白石は溜まった唾液をこくんと飲み込む
そして下着の中に藍沢の手が進入してくる…そこに触れられると、ピクリと体が動く

「キスしかしてないのに…こんなになるんだ」

羞恥心を煽る一言を藍沢が優しい口調で言う。そして解すように指で触れていく。
白石は声を堪えるのに必死で、藍沢の腕を掴む指が力む――

「恵…いい…?もう…」

白石はその問いかけに頷くと、藍沢は肌蹴ていたガウンを脱ぎ捨て、白石のズボンと下着を下げる。
そして上に跨るように体勢を取ると、吐息が触れる距離で白石に呟く

「自分の事は忘れてても…恵の事が好きだって感情は…覚えてた」

ゆっくりと貫かれると爪先まで甘く痺れる感覚が走る
白石は鼻先から、細く声を漏らす。甘い痺れで脚が震えて…

「…痛い…?」

優しく尋ねる藍沢に、横に首を振る

「恵の事…もっと…欲しい」

ゆっくりと、長いストロークで動かし始める。そこで白石のPHSが、鳴っている。
白石は泣きそうな細い声で藍沢に哀願する

「いいからっ…いいから…藍沢先生と…一緒にいたいのっ…」

鳴るPHSを無視して藍沢は少しずつスピードを増す動きに変わり
そのうち肌のぶつかる音がする程、強く打ち付けていた
ジンジンと脳がするような感覚に溺れて…藍沢の表情が快楽で歪むのを見ると
それだけで至福で…。何分かずっと、そうやって、貫かれ続けている。
そして卑猥な水音が大きくなってきたところで激しく息切れした藍沢が

「イッて…いい…?」
「うん…藍沢先生…、好き…」

軽く口付けると、藍沢はラストスパート、という感じで更に強く、動かす。
痛いくらいに攻めたてられてゾクゾクとする感覚の中で白石は声を漏らす
ベッドのスプリングが軋む音…「いくっ」と藍沢が小さく言うと同時に
それは引き抜かれて、白石の腹部に出され…と、少し飛んでしまい
脱がされていない捲り上げた術衣の上にも飛んでしまう。「あっ」と藍沢が言うと
顔を起こして白石がそれを見つけて「あ」と同じく言ってしまう。
青い術衣の裾に、小さく白い染みができていく。

「ごめんっ…上手くコントロールが…」顔をくしゃっとさせる藍沢…
様子にすぐに感づいて白石が上半身を起こして聞く

「ね、やっぱり頭痛いんでしょ…?急に激しい運動したから余計に…」
「激しい運動って…人に言えない原因だな」

二人でくすくすと笑いながら、「そうだね」と笑い合う。

朝のカンファレンスが終わりぼんやり呆けている白石に緋山が呟く

「ちょっと。仮眠取ったんしょ?何ぼけっとしてんのよ」
「…ごめん…」
「藍沢の様子見に行って勝手にそのまま仮眠とってたくせに」

あの甘い時間のアリバイは、仮眠を取っていたという事にしておいた。
しかし実際には一睡もしていない。アリバイ成立のために眠いという言葉は禁句だった
二人で藍沢の病室へと向かい、暇な時間に初療室や医局などを見せてやろうという事になった。
初めて来た場所、という顔で藍沢はきょろきょととしながら白石と緋山の後ろを歩く
人懐っこい話し方で藍沢が後ろから

「藤川さんと俺って、藤川さんに俺が色々教わってたような関係だって藤川さんが言ってたけど
 緋山先生と俺はどういう感じで接してた?」

プッ と白石と緋山が笑いを堪える。藤川もとんでもない嘘を藍沢に吹き込んだものだ。
苦笑しながら少し振り向くと緋山は答える

「――ライバル。正直私は、あんたが疎ましかった。あんたがいなきゃ私がヘリにもっと乗れる。
 だけど…悔しいけど藍沢のほうが、能力は少しだけ上だわ。」

目を丸くして緋山の話を聞いて「そうなんだ…」と首を傾げる藍沢。
その様子を見ていた白石の視界に、フラフラと歩いている中年男性の姿が目に入る
次の瞬間に――倒れる。「あっ」と声をあげて白石と緋山が駆け寄る。藍沢も後をついていく
胸を押さえ、倒れこみ少し苦しそうな中年男性。白石が声をかけようとしたら藍沢が割り込み
すっと、男性の前にしゃがみこみ「大丈夫ですか」と声をかけた。
そして手首を掴み脈を測っているようだ…そして、振り向きもせずに白石にむかい手出して

「白石、ステート貸せ」

一瞬、緋山と白石は顔を見合わせる。「早く」と藍沢が急かすと「はい…」と聴診器を渡す。
声が…言い方が…いつもの…??

「痛いですか?胸の音聞かせてください。心臓の持病、お持ちですか?」

藍沢は手際よく心音を聞きながら首の動脈に触れたりしている
そしてこちらを振り向くと

「微細動だ。心筋症か何か既往歴があるらしい。運ぼう。」

唖然としてる時間はない。3人で男性を初療室へと運んだ。

「強い衝撃の脳震盪に伴う一時的健忘…」
「その通りだー」

黒田はカルテを閉じて病室を出る直前で言い捨てる

「念のために明日まで寝てろ。頭痛もまだあるだろう。」
「…すいません…」

藤川が黒田の背中に会釈をすると「いや〜よかったよかった」と陽気に言う
見慣れていた…藍沢が指を弄る姿を、白石は見つめていた。
藍沢は、突然思い出したのだ。全部…。
しかし記憶喪失になっていた2日間の事を、代わりに忘れてしまっていた
入れ替わるような記憶の喪失は、よくあるケースでもある。
その忘れている記憶は…殆ど戻らない場合が多い。

「よかったね…思い出して」
「忘れてたって記憶がないから、俺としては怪我して気失って、目が覚めたら
 目の前にさっきの心筋症の患者が倒れてた…。2日も飛んでる意識ない」

藤川は腕組みをして偉そうに

「藍沢は俺の事を“藤川さんってすごいドクターなんですね”って言ってたぞ〜」
「知らん」

いつもの…元の藍沢の声色と話し方。どこかほっとする反面で
昨晩の事が強く、記憶や体に焼きついている白石は複雑なのが正直だった

「藍沢先生…本当に…昨日の事とかわからない…よね」
「何度も聞くな。それとも俺が…白石に何か、言ったのか?」

言ったどころか……!
目を見開いて視線を逸らして「何もない…けど…」ともごもごと言う。
メグミって呼ばれた…ずっと好きだったと思う…そんな言葉が、耳の中でリピートされる
藍沢に昨日の事を話したら、何と言うだろう。
しかし白石にはそんな度胸は一切ない。自分が大嘘をついた事がバレてしまう。

「あれ?白石、なんかついてる」

藤川が白石の術衣の裾を指差す。――っ!
拭いたのに取れなかったんだった…着替えようとして忘れてた。
昨晩の証拠が、白い点の染みで残っていた

「何だろうね…着替えてこよっかな…」

逃げるように白石は病室を出る。早歩きで更衣室に向かいながら、少し、口元が笑い余韻に浸る。






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