密会(非エロ)
工藤優×堤芯子


「わっかんない」

電卓をカタカタと弄んでいた芯子は、椅子に片足を乗せて膝を立てるとそこに顎をのせた。机上の書類は一枚も捲られずにあり、そんなにも難しかったか、と口を開いたのは、こちらも新人の工藤だった。

「どこがですか?」

問いながら芯子の手元の書類を覗きこむと、違う。全ッ然違う。と、彼女の口癖で返される。
こっちじゃなくて。

「堺。アイツ、アタシがココで働いてること、なんで知ってたんだろ」

堺と会ってからの素朴な疑問は、芯子の中でぐるぐると渦を巻きっぱなしだった。
少なくとも一度目に敵地に赴いた時には、絶対に顔を合わせてはいない筈なのだ。だから、堺は警務科で鉢合わせた時に二度見してきた。だとすれば、あの刑事は一体いつ、どこで、芯子が会計検査庁で働いていることを知ったのか。それが、わからない。
芯子が首を傾げている目の前、焦ったのは、工藤だった。
だって彼はもう二度、芯子から警告されている。
余計な詮索は身を滅ぼす。

「あ、それは、」
「工藤が根こそぎお前のこと喋ったから、だろ」

なんとか取り繕おうとした工藤の首を締め上げたのは、そうめんかぼちゃ、もとい金田だった。工藤の顔から少し血の気が引く。芯子の鋭い視線が、刺すように痛い。
ガン、と芯子が、机を蹴った。

「……すーぐーるー君、ちょっと」
「はい……」

ちょいちょいと指で呼ばれた工藤は、素直に芯子の元までいく。椅子に座る芯子が工藤を見上げる形になり、芯子はその位置からギロリと睨み上げた。そしてスッと手を伸ばすと、ネクタイを掴み立ち上がる。
し、芯子さん……!うっさい、黙れ。
ネクタイを引かれた工藤が放り込まれたのは、以前芯子が角松に「金返せ!」を言われた資料室。芯子はネクタイを離すと、今度は工藤の顎をガッと掴み資料棚に押し付けた。

「工藤優、アンタさァ、上のお口がユルすぎるんじゃない?」

警告が足りないなら本気でお天道様拝めなくしてやろうかァ?このスットコドッコイ。

「すみません……」

顎を掴まれたままできる限り頭を下げて謝罪する工藤の耳元まで顔を寄せ、芯子は小さく囁いた。

「……その口一度はアタシ直々に塞いであげたんだから、今度は自分でチャック出来るようにな・り・な・さい」

言葉とともに、顎が解放される。

「は、い、あのでも、塞いだって……あ……!」

放された顎をさすった工藤は、塞いだ、の意味が判らず芯子に問いかけようとした。瞬間フラッシュバックするのは、つい先日の警察をまくためだけにされた口づけ。
工藤はあらん限り顔中の血管を拡張させた。耳まで紅くなる、とはまさにこのことだ。

「しししし芯子さ……」

どもりにどもった工藤の声をかき消したのは、正午を指す時計の音だった。

「お、昼だね。よし、飯でも食いに行くかー。すぐる」
「……はい、」
「アンタの奢りで。この辺で旨い定食屋かなんかないのー?」

ガン、と資料室のドアを開け外に出れば、ちょうどそこには元婚約者の角松の姿。突然出てきた芯子にビビった角松は、その後ろから出てきた工藤に目を見張る。

「お、お前ら、資料室で二人で何してたんだ」

角松の言葉に、いかにも面倒くさいという表情を作った芯子は、先ほど工藤にしたように角松をちょいちょいと呼ぶ。その耳元で、囁いた。

「……密会」
「みっ……!?」
「すぐる!」
「はい!」

呼ばれれば条件反射で返事をする工藤君に、首を傾げながら芯子が微笑む。

「ねー?」
「あ、え?は、はい、」

空気読め、と空気で言われた工藤は何も考えずに首肯した。途端に角松が表情を変えたことには、気付かないまま。

「はいはいはい、行くよ!」
「密会……ってこら、どこ行くんだ!」
「昼飯」
「あ、待って下さい、芯子さん!」

会計検察庁は今日も平和だ。






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