居場所2(非エロ)
角松一郎×堤芯子


「たっだいまー……」

居間を覗くように入ってきた芯子の声で、うたた寝していたみぞれが目を開けた。時計を見れば、十七時。

「おかえりぃ、芯子姉ェ……頼んだの買ってくれた?」
「んー?うん。……何んな所で突っ立ってんの、入ればいーじゃん」

芯子は、玄関に向かってそう言うと便所便所、とトイレを目指す。一方、客人かと眠い目を擦りながら玄関を見たみぞれは、そこに立つ見知った顔を視線に捉えてその瞳を丸くした。

「角松さん?」
「あ、ども」
「え、なんで……あ、とりあえずどうぞ入って!芯子姉ェ!なんでお客さんに荷物持たせてんのー!」

と、トイレに居る姉に向かって叫んだみぞれは、はたりと動きを止める。
てっきり姉は、誰か、と夜を過ごしたのだと思っていた。そしてその誰かは、恐らく、工藤優なのだろうと早合点していた。しかし、昼間家に来た優の様子は思っていたものとは違い、なにより、姉が一緒でなかった。
では、姉は今まで誰と一緒に居たのか?母と首を傾げた疑問。その答え、もしかしてもしかすると…?

「みぞれ、何叫んでんだい全く……あら、あれあれ、芯子の勤め先の……」

みぞれの声はどうやら母まで届いていたようだ。啄子はそれをたしなめるように居間に入ると、一郎の姿に目を止めた。

「あ、角松です」
「あれまあこんな寒いのに、それもしかすると、芯子に頼んだ……」
「あぁ、はい」
「本当にすみませんね、まったく……芯子!お客さんに何持たせてんだ!」

角松から荷を預かった母も、トイレに続く廊下に向かって芯子を怒鳴った。よく似た母子である。
角松は、荷を渡してしまうと所在なさげに立ったままで、やはりトイレの方を気にする。と、芯子がやっとトイレから出てきた。角松の表情が心なしか和らぐ。

「あースッキリした。……ったくかーちゃんもみぞれも、人が用足してる時にガーガーガーガーうっさいってのー」
「うっさいじゃないだろう全くこの馬鹿は、誰に似たんだかねえ」

芯子は、卓袱台の前にどっかり腰を下ろすと、突っ立ったままの一郎を見上げる。

「シングルパーはいつまで立、ってん、の」
「いや、タイミングがな」

居心地悪そうにしていた一郎は、とりあえず芯子の隣に腰を落ち着けた。

「ああ、パーといえば芯子、昼間に優君がうちに来たんだよ。用があるとかで直ぐ帰ったけど」
「え?……あー、あとであれだ。連絡する。うん」

目を背けながら卓袱台の上のせんべいを取って弄ぶ。都合が悪くなった時の芯子のごまかしかただ。
啄子は、息を吐くと芯子の隣に座る一郎に視線を移した。

「それで、角松さんは何かうちに用事かなんかで?あ、もしかしてうちの馬鹿がまた何か!?」

啄子の言葉に、芯子が憤慨する。

「またってなんだよ人聞きわりーな、それじゃまるでアタシがいつもいつもコイツにメーワク掛けてるみたいじゃん。違うっちゅーの」
「何が違うもんかね、掛けてるだろ、迷惑」
「だから、そっちじゃなくてー……」
「じゃあなんだい」

だからぁ、その、と、芯子は煮え切らない。ここは俺がちゃんと説明すべきか、と一郎が口を挟もうとする。と。

「あの〜……」
「あーアンタは口開かなくていー!ややこしくなる!」

芯子は、一郎の口に食べかけのせんべいをぐっと押し込んだ。一郎はぐふ、だか、ぶは、だか呻く。

「何すんだ!」
「あーもーうっさいうっさい」
「……お母さん、なんか、二人とも妙に仲良くない?」
「……うん」

そのやりとりを見ていた啄子とみぞれがそれぞれこっくりと頷き、居住まいを正した。
実際はこのじゃれあいはいつでもどこでも年中無休だが、そうとは知らない二人から見れば、上司と部下にしては仲の良すぎる光景に見える。

「……芯子、もしかして」
「ん?」
「芯子姉ェやっぱり……」
「な、なに」
『こっちのパーなの!?』

途端に芯子の顔にバッと朱が差した。
へぇ……はーあぁそうなんだ、と何やら完結している二人に、芯子が食ってかかる。

「なになになになんか文句あんのー!?」
「いやいや、文句なんか言ったら罰当たるよ、アンタ」
「ハァ!?」
「角松さん、芯子姉ェをよろしくお願いします」

あ、はい、とみぞれと啄子に返した一郎に、芯子が鼻を鳴らす。

「何照れてんの芯子姉ェ」
「ばっ、照れてない!」
「本当だよいい歳して赤くなって」
「いい歳って何だよ!」

散々二人にからかわれた芯子は、バン、と卓袱台を叩くと勢いよく立ち上がる。そのまま、もーいい!と二階にドタバタ駆け上がってしまった。
ちょっとやりすぎたか、とみぞれが追いかける。
……。

「あのー角松さん」
「はい?」

二人が出て登って行った方を見つめていた一郎に、啄子が声をかけた。向き直った一郎に、啄子が頭を下げる。

「芯子のこと、よろしくお願いします。……あんなんですけど、根は、いい子ですから」
「……わかってます」

此方こそよろしくお願いします。
挨拶を終えた二人が、上で叫ぶ姉妹の声に、どちらともなく顔を見合わせ、笑った。






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