二人の想い 事後編
角松一郎×堤芯子


芯子が目を覚ますと、ベッドサイドのボードで目覚まし時計がけたたましく鳴っていた。芯子を力無く抱え込む男は、そんな騒音の中でも一切起きる気配を見せない。

「……うっせー……な……」

一郎の腕を退けた芯子は、その身体を跨ぐようにして時計に手を伸ばし、アラームを切る。
毛布にくるまって腕に抱かれていた時には気付かなかったけれど、冬の朝の寒さは裸の身には辛いものがある。
起こした身体は節々が痛いし、色々なところがベタベタして気持ちが悪い。腰には久しぶりに違和感があり、芯子は、ふん、と鼻を鳴らした。

「……とりあえず……風呂!」

勢い勇んで裸のままベッドから降りる。と、下半身、太ももに、何か、伝う感触。

「……忘れてた……」

コンドームがなかったため、ナマでやって、ナカに出されたのだ。

「……」

出されたことは構わないが、せめて後始末くらいしろと、後ろで寝転ける男を睨んだ。
一人気持ちよさそうに寝やがって、揺り起こしてやろうか、とのそのそ傍に戻ると、むにゃむにゃ動く口元。

(アタシの名前でも呼んでなら、ま、許してやるかね)

そっと耳を近付けた芯子が、呟きを聴く。

「……しん……こ」
「……ふー……ん」

可愛いとこもある、と、少し頬を染めた芯子の耳に、続く言葉。

「はら……」
「ん?」
「へった……」
「……そりゃ、こっちのセリフだっちゅーの!」

芯子は憤慨して叫ぶ。

(こちとら、昨日の夕方からなーんにも食ってないんだ、よ!誰かさんのせーでっ!)

一郎が時計にも気付かず爆睡している理由は十中八九あの運転のせいだろう。慣れないことに神経を使った上に、(奴の言葉を信じるなら)久しぶりのセックスでまさに精も根も尽き果てたのだろうことは想像するに難くない。
けれど、だ。芯子だって、あの車内での突然の口付けに動揺していなかった訳ではない。
思わず一郎の家まで来てピッキングして部屋の中まで入り込んだ。なかなか帰ってこない部屋の主を待っていた時、正確に言えば口付けされてから今まで、何も口にしていないのだから、一郎よりも確実に腹が減っているのだ

「……めし……」

あーもー!

「しょーがねーなー……」

芯子は一郎を起こすことなく、ベッドから降りる。下に落ちていた一郎のシャツで下肢を軽く拭い、それを持って風呂場に駆け込むと、シャワーのコックを捻った。
頭からつま先まで綺麗に洗い清めて、ナカの残骸は指を突っ込んで掻き出す。
さっぱりとして鏡を見ると、白い肌に一つだけ赤い徴が咲いていた。
それを指でもってなぞって、口角を上げる。

「さーて、と」

風呂場から出た芯子は、タオルで粗方水分をとり、それをグルグル巻き付けて一郎の眠る部屋へ戻った。

「まーだ寝てんのか」

ソイツを横目で見て、一郎のクローゼットを開ける。パンツだけはどうにもならんな、と息を吐いて、仕方ないので袋に入っていた新しい、男ものの下着を身につけた。
洋服も見繕い、落ちている服を拾って再び風呂場へ。洗濯機き二人分放り込み、ガラガラ回っている間に髪を乾かす。
腰の違和感は否めないのに、それを意識すると何故か、頬が弛むので考えないようにした。

※※※

台所へ移動して冷蔵庫を漁る、と、年末だというのに……否、年末だからだろうか?

「……なーんもないな」

とりあえず、米を炊飯器に任せてから、あったもので味噌汁をつくる。冷蔵庫には豆腐が一丁。半分賽の目に切って味噌汁に入れて、半分は葱をたくさん乗せて出してやればいい。
ジャガイモ、人参、それからインゲン。

(煮物好きっつってたっけ)

鍋にゴロゴロ具を入れて、煮込んで味をつけて、火を止め少し冷ます。

洗い終わった洗濯物をベランダに吊すと、風が凪いで気持ちが良い。

台所へ戻れば、炊飯器が鳴った。味噌汁に、最後の仕上げに味噌を入れて、豆腐を入れて。すると、ちょうどよく、今度は部屋でもの音がした。

(……よし)

ガスを止めて、一郎のいる部屋へ向かう。開けたままのドアの向こうで、時計に手を伸ばす一郎の姿。

「起きたか?」

後ろから声を掛けてやる、と、驚いたのだろう一郎が時計を取り落とした。

(ほーんとに夢だとでも思ってたのかね)

「なーに、そのカオ。風呂沸いてるから入ってきな、ひっどいカッコしてるよー?」

「ゆ、めじゃなかったのか……」

夢なわけあるか、この違和感が、それからこの赤い徴が。

「アンタさー、時計あんだけ煩いのに、なんで起きないかね〜?」

その音に起こされて、一郎の寝言に急かされて、飯まで作った芯子が呆れたように呟いた。

「お前……か、身体、平気か……?」
「はぁ?」
「いや、……だから」
「起きたら身体中ベトベトだし、へんなトコ筋肉痛だし。立ったらなんか出てくるし誰かさんはぐーすか寝てるし?……ま、いーけど」

いーけど、の理由が、寝言でアタシの名前を呼んだからだとは言ってやらない。

もういい加減腹も減った。
くるりと一郎に向き直った芯子は、お玉を肩に担ぐと片手で一郎の胸あたりを強く押し、風呂場へ追いやる。

「とりあえず、風、呂、入、れ」

話は、それから、だ。


彼が起きるまでの、彼女の話。






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