騙されるくらいなら(非エロ)
角松一郎×堤芯子


騙されるくらいなら騙した方がいい。
どうせ裏切られるなら、最初から何も信じなければいい。
貧乏人として、社会的弱者の立場で自分は生きていかなければいけないんだと理解した時から、これがあたしの生きる術だと信じてきた。
だから母ちゃんやみぞれ、あの暑苦しい元警官以外の誰かを信じることもなかったし、逆にあたしのことを信じて欲しいと思う人間なんていなかった。

あんたに出会うまでは。

洋子として付き合っていた頃も今も、あんたは中身も外身も全く変わらないシングルパーのままだね、本当に。
他人の事になれば無駄に勘が働く癖に、自分のことになればことごとく詰めが甘い、愛すべきバカ天パ。


「大丈夫だよ。あたしの仕事は、あんたには出来ないことをやること。信じて待ってな。」


詐欺師を辞めた今、『信じろ』なんて言葉を使うのは、家族以外にはきっとあんただけ。
人を欺く必要がなくなってもなお、あたしを信じて欲しいと心から思った初めての男。


『芯子!!』


発進させた車のバックミラーは、あたしの名前を呼びながら今にも泣き出しそうなシングルパーの姿を写し出す。
その姿は、不覚にも滲んだ涙であたしの視界を霞ませた。
あの門をくぐれば、あたしはもう堤芯子ではないのだから、泣いている訳にはいかない。
門をくぐるまでの僅かな時間でさえも、『堤芯子』としてあんたの姿をこの目に焼き付けていたいから、やっぱり一瞬たりとも涙は必要ない。
目尻に浮かんだ水滴を、運転席に座るみぞれにはバレないようにそっと拭ってもう一度バックミラーに写るシングルパーを見る。


『心配するなよ、必ず帰ってやるから。』


日本に。
あんたの隣に。

その場所こそが、あたしの居場所だから。






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