ドタバタな熟男熟女
番外編


◆彼の部屋で

瞼に降りそそぐ朝の光に顔をゆがませ目を開けると、まばゆい光が
刺すように視界に入って来た。
うーん…と両手を伸ばすと、指先が隣に眠る男の髪にふれる。
ふと、いつもと違う感触に気づき、朝日にぼやける男の顔に目をやると、
そこに見覚えのない寝顔があった。
いや、見覚えはある…寝顔を見慣れていないだけで。

「カァタァギィリーッ?」

そう叫び声を上げると同時、絵里子は瞬時にシーツを剥ぎ取り体に
巻きつけ、ベッド脇に飛びのいた。
うぅ…ん…とまぶしそうに片目を開ける片桐はしばらく固まった後、
カッと両目を見開き、「ボ、ボ、ボ…ボスッ?」と裏返った声を上げる。
と、同時に二人とも頭をかかえ、「イタタタタッ…」とうずくまる。

「なんで…どうして…こ…この状況って…」

シーツに顔をうずめ絵里子は思考を巡らす。

そうだった…昨日は片桐に付き合ってやったんだった…

片桐の婚約者だった藤森楓の父親、藤森俊夫は絵里子たち対策室によって
逮捕された。
しかし、殺人を計画実行した桑原武雄は送検前に病死。
そして、藤森俊夫は自分も共犯だと認めていた。
絵里子は藤森をあくまで殺人を手助けしただけというほう助犯として扱った。
が、自分ひとりでやったと主張していた桑原が死んだ今となっては、桑原と
同じく銀行の貸しはがしに合い倒産させられた藤森に、被害者への殺意と
共同実行の意思を認めさせ、実行犯と同じ共同正犯で扱えというのが上から
の指示だった。
反論した絵里子ら対策室は担当から外され、別班によって共同正犯として送検
されていた。

別れたとは言え、一度は結婚を誓った楓を放っておくこともできず悩んで
いた片桐に、絵里子ができることと言えば、知り合いの敏腕弁護士、間宮
貴子を紹介することしかない。
絵里子は片桐と、すでに不起訴が確定している楓を連れて間宮貴子法律
事務所に出向いたのだった。
楓を送った後、間宮が快く引き受けてくれたという安堵感も手伝って、
絵里子と片桐は警察上層部への怒りを肴に酒を飲んだ。

…そして、こうなったわけ…

絵里子はうずく頭を抱え、ゆっくりと顔を上げた。

「片桐…」

「は…はひッ…」と片桐はうずくまったまま相変わらず裏返った声で答える。

「あんた…なんかしたかなあ…その…私に…」
「す、すみません…き、き、記憶が…」
「あんたも飲むと記憶が飛ぶんだ…」

絵里子は大きなため息を吐き、諦めたようにつぶやいた。
「あ…でも」と言って、片桐は顔を上げるが、絵里子と視線が合った途端に
目をそらしうつむく。

「俺…自分は…その…酔うと…その…つまり…ダメなんで…多分、何も…」
「それ、確かなの?」
「はあ…自分、不器用なもので…」

素っ裸でうつむく片桐と、シーツで体を隠す絵里子の間に気まずい
空気が流れる。
絵里子はフッと息を吐くとベッドから降りた。

「ちょっとあっち向いてて」
「は?」
「向こう向いててって言ってるの」
「あ、はい…すみません」

片桐は慌てて体の向きを変えた。
絵里子は散らばった自分の衣服を拾い集め、手早く身に付けると片桐を
見据える。

「じゃ、私、行くから」
「あ、はい」と、片桐は背を向けたまま返事をする。
「…わかってると思うけど、このことは口外無用だから」
「も…もちろんです。だ…誰にも言いません」

ほどなく、片桐の耳にドアの閉まる乾いた音が響いた。
片桐は「はあぁぁぁ…」と大きな声とともにため息を吐きながらベッドに
ダイブした。


◆対策室で

片桐は、対策室の自分の机に突っ伏し、時折よみがえる情景と闘っていた。
シーツで押さえられていたものの肩から胸元まであらわになった絵里子の
姿が彼の脳裏を襲ってくるのだ。
無意識に「し…しろかった…」と呟き、ハッと我に返ると激しく頭を振り、
そして、また頭を抱える。
そんな片桐の姿を、怪訝な表情で見ている岩井と山村がいた。

「どうしたんや、アレ」
「なんかあったんでしょうかねえ」
「アレじゃないですかねえ」

と、花形が加わる。

「藤森俊夫の件で悩んでいるとか…」

3人の傍らでコーヒーを入れていた木元真美が振り返る。

「藤森って、共同正犯で起訴されるっちゅうアレか…」
「そんなことになったら死刑の可能性もありますからねえ」

と言って、 山村はせわしなく頭をなでつける。

「やっぱり片桐さん、楓さんのことが心配なんですよね…」

そのやり取りを聞いていた木元が相変わらず突っ伏したまま頭を抱える片桐
のほうを見る。

「もしかすると、楓さん守るために、刑事やめるとかで悩んでるんとちゃうか?」

岩井の言葉に「ええっ!?」と山村、花形、木元が同時に声を上げた。

「いい加減なこと言わないで下さいよ、岩井さん」

と木元がたまらず口を挟んだ。

「あの二人は婚約も解消して別れたって聞きましたよ。自分はこれからも刑事
として頑張りますってボスに言ってたし…」
「じゃあ、なんであんなに悩んどんじゃ?」

4人は、しばらく沈黙して片桐を凝視する。

「そうですよね…もしかしたら…」

と、花形が同意すると、山村もうんうんとうなずく。
木元の眉間にうっすらとシワがより、思い切るように片桐から視線をそらした。

「ほら、遊んでないで私たちも仕事しないと…私、科捜研から応援頼まれてるんで
行ってきます」

そう言うと、足早に部屋を出て行った。


◆参事官室で

「話って何?」

野立に呼ばれた絵里子が、参事官室のドアをあけるなり冷めた視線を野立に
送り、ぶっきらぼうに聞いた。
机の前で書類に目を落としたまま、野立はおもむろに口を開く。

「昨夜はどこに泊まったんだ?」
「へッ?」

野立がゆっくりと顔を上げると、絵里子の仕事モードのポーカーフェイスは
みごとに崩れていた。

「どこって…どういう意味よ…」

とムリに口角を上げ笑顔を作る。
同時に、早朝帰った自分の部屋を目まぐるしく頭の中に映し出していった。
いつものように散らかった部屋だった。野立が来た痕跡はなかったはず…
ふと、キッチンのコーヒーメーカーが目に浮かぶ。
コーヒー沸かしたっけ…?と思いながらミネラルウォーターをがぶ飲みした
ことを思い出した。

昨日…来てたんだ…

絵里子を見る野立は、口元が少しほころんでいるようだが、瞳は冷徹な光を
放っている。

「あの…」
「何?」
「あのネ…あの…恥ずかしくて言いたくないんだけどネ…」
「何が?」

と、野立が多少語尾を強める。

「実は…飲みすぎてサ…そのぅ…公園のベンチで寝ちゃったみたいなの」

ヘヘヘッと絵里子は額あたりに手を当て、引きつった笑顔を隠した。

「公園のベンチにねえ…」
「そ…そうなのよ。やんなっちゃう。もうさぁ、バカボンのパパより年上の
女がやることじゃないよねぇ」

参事官室に絵里子の乾いた笑い声が響く。

「誰と飲んだの?」
「ヘッ?」
「正体無くすまで、だ・れ・と、飲んだんだっ!て聞いてるんだが」
「あ…」

と絵里子は口元に手をやり視線を斜め上に上げる。

「えっと…ま…間宮先生…」
「間宮? …弁護士の?」
「そう!」

と野立を真っ直ぐ見る絵里子に余裕の笑みが戻ってくる。

「独身の女同士、いろいろ意気投合してさあ、飲みすぎちゃったっていうワケ。
ホントどうしようもないよね、いい年して私」

野立は手にしていた書類を軽く机に叩きのせる。

「なんで間宮先生と会ったんだ? ……まさかとは思うが、藤森俊夫の弁護を
依頼したわけじゃないだろうな」

野立は、一瞬のうちに恋人を追求する男の顔から参事官のそれに変わっていた。
そして絵里子の表情も一介の刑事に戻っていた。

「そうよ。彼女は快く引き受けてくれたわ」
「どっちの人間だ、お前は!」と言って、机を叩き野立が立ち上がる。
「もちろん警察よ。でもほう助犯を共同正犯で起訴するなんて事実を捻じ
曲げるあなた達と一緒にしてほしくないわ」
「事実は被害者2名の爆死だ! 死の間際まで体力を酷使され力尽きたと
同時にバラバラに吹き飛ばされた。残虐極まりないリンチ殺人だ!」
「藤森俊夫が実行したわけじゃない! 死に行く親友の望みを…」
「誰のために動いてる!」と、野立は絵里子をさえぎる。
「刑事は常に被害者とその家族の側に立って動かなければならない!」
「あなたが立っているのは組織の側でしょ! 世間の目を気にして警察を
守るために事実を…」
「当たり前だ! 国民に支持されない公の組織などあり得ない」

言い返そうとする絵里子を「もういいッ!」と言ってとどめる。

「お前と話していても埒が明かない!」

野立はくるりと絵里子に背を向けた。

「間宮弁護士の話は聞かなかったことにする。藤森の娘が自分で探し依頼した。
そのつもりで!」

絵里子はフンと鼻で笑うと無言のまま参事官室を後にした。


◆廊下で

片桐が肩を落として廊下を歩いていた。
軽快な靴音とともに現れた野立がその肩を勢いよく叩く。

「おい、どうした片桐! なんか元気ないぞ」
「野立さん…」

と一瞥しただけで片桐はうつむき、

「いえ…別に…」

とつぶやくように言う。

野立は片桐の肩に手を回し、耳元に口を近づけささやく。

「元気出せよ。今、お前のために野立会を企画してるんだ。そこでパーッと
やろうぜ。俺たち不動のツートップだ。潔く忘れることは忘れて次に進む。
それがいい男ってもんだ」

片桐が立ち止まり野立を正視した。

「どうした?」
「自分は、忘れてはならないことは忘れない! それが男のケジメだと考えます」
「忘れてはならないこと?」

と、野立はやや顔をゆがませ

「藤森楓のことか?」

と聞く。

「いえ、それはもう終わりました…その…今は友人として応援したいと思ってます」
「だったら何?」
「じ…自分は、ある女性に対して責任を取りたいと考えています。だから
野立会の参加は辞退させていただきたいと…」
「ふむ…つまり、責任を取らなければならないことをしたってことだな…
で、何をした?」

うつむき加減の片桐の顔が見る見る赤くなる。

「ひ…ひ…ひ…ひ…」
「おい、どうした、片桐。大丈夫か」

片桐はうなづくと、ゴクリとつばを飲み込む。

「ひ…ひと晩をともにすごしました…」
「ほう」

と言って、野立はニヤニヤとからかうように片桐の顔をのぞきこむ。

「つまり、結婚して責任を取ると…」

片桐は深くうなづく。

「いやあ、安心した」

と言って、野立は片桐の肩をバシバシ叩いた。

「片桐、おめでとう。とうとう結婚するのかぁ! いやあ、おめでとう!」
「野立さん、こ…声、大きいです」
「いやあ、実はお前の様子がおかしいからってヤマムーが言ってきたからさ。
心配してたんだ。まさか新しい恋が始まっていたとはな。いやあ、よかった
よかった。」

火が点いたように真っ赤な顔でうつむく片桐の肩や背中を野立がバンバン叩く。
その横を、木元が足早に通り過ぎる。

「まみりん元気ないぞ〜メシでも一緒にど〜う?」

とすかさず野立が声を
かけるが、「いえ、結構です」とにべもない。
木元の背中を見送ると、再び片桐に向かって上機嫌の笑顔を見せる。

「俺は、てっきり刑事辞める辞めないで悩んでいるのかと思って心配したんだぞ」
「自分、刑事でいることに誇りを持っています…その…か、か、彼女から、
自分には刑事であってほしいと言われたし…」
「へえ…で、美人なのか、その彼女?」
「はあ…まあ…」
「おい、今度、紹介しろよ。なんなら野立会でお披露目してもかまわんぞ」

多少、顔色も落ち着いた片桐がマジマジと野立を見た。

「あ、あの…野立さんにだけ言います…その、自分の相手は…その、同業者でして…」
「婦人警官か」
「その…じ、自分のじ…上司です」
「ほう、お前の上司か…」
「はい」

と片桐がふっ切れたように力強く返事をするのと同時に、野立の顔が固まった。

「上…司…? 片桐の…じょう…」
「野立さん! これはまだ秘密なんで…他言無用でお願いします」

片桐は深々と頭を下げると、野立に背を向け立ち去った。
廊下にはひとり、表情を無くした野立が立ち尽くしていた。


◆エレベーターで

「結婚…片桐さんが…けっこん…」

エレベーターに乗った木元はひとりつぶやいた。

「ん? 何、どうしたぁ、木元?」

「うわぁっ!」と声を上げ振り返ると、そこに絵里子がいた。

「すみません、ひとりかと思ったもので…」
「…誰が結婚するって? 木元、あんたが?」
「まさか! そんなわけないじゃないですか。冗談はやめて下さい、ボス」
「そう。まあ、結婚するようなことがあっても、仕事は辞めないでね。優秀な
刑事を失いたくないし…」

「あの…」

と、木元が絵里子を真っ直ぐ見つめる。

「結婚したら辞めないとダメなんですか…片桐さん…どうしても辞めないと…」

そう言いながら、木元の瞳には大粒の涙が浮かんでいる。

「ちょっと木元…あんた…」
「な、なんでもありません。失礼します」

木元は手のひらで乱暴に顔をぬぐうと、開いたエレベーターから出て行こうとした。
その腕を、絵里子がつかみ引き戻すと、屋上へ行くボタンを押した。


◆屋上で

「それ、確かな話?」

屋上のフェンスに寄りかかり、日の光にまぶしそうに目を細めた絵里子が木元に訊く。
うつむき加減の木元がコクンとうなずいた。

「野立さんと廊下で話してました。とうとう結婚するって…嬉しそうに」
「そんな話は聞いてないけど…藤森楓とは別れて、刑事として仕事をしていくと
真剣に宣言してたんだけどなあ…まあ、野立には話せても、女の私には言えない
こともあるんだろうけど…でもねえ…」

木元は顔を上げ、「ボスッ!」と覚悟を決めたように絵里子を見た。

「片桐さんは優秀な刑事です。片桐さんが辞めなければならないなんて理不尽です。
どうしてダメなんですか。家族が犯罪者でも、本人には関係ないじゃないですか…」

言いながら、木元の瞳が濡れていく。

「木元、あんた、片桐のこと…」
「私のことはどうでもいいんですッ! なんとかならないんですかッ! 藤森楓さん
と結婚しても、片桐さんが辞めなくてもいい方法はないんですかぁ…ボスぅ…」

絵里子は木元を抱き寄せ、木元はされるがまま絵里子の胸に顔をうずめ声を上げて泣いた。

「あんまりですぅ…片桐さんが可哀相…片桐さんの幸せを邪魔する権利は警察には
ないはずですぅ…」

絵里子は木元の頭を優しくなでた。

「ゴメン。片桐がそう決めたんなら、私にはどうすることもできない。片桐の人生
なんだし…木元、あなたも忘れなさい…片桐のことは諦めなさい」

木元の泣き声がさらに大きくなる。
絵里子は木元の背中をゆっくりとさすった。

「ゴメン…胸を貸してるのが片桐じゃなくて…」

暖かい光が屋上の二人を包むように降りそそいでいた。


◆廊下の隅で

軽いヒールの音とともに、絵里子が対策室に入ってきた。が、席につかずに

「片桐!」

と呼ぶ。
心臓の急速な高鳴りを感じながら、視線を机に落としたまま片桐は

「はい」

とだけ返事をする。

「かぁたぎりぃ!」

と多少いらついたような声を耳にして、片桐は初めて顔を上げた。

そこにはいつもと全く変わらない絵里子が立っている。今朝のことなど何も
なかったように。

この人にはかなわない…

一瞬、そんな言葉が片桐の頭をかすめた。
絵里子は出入り口のドアのほうに小さく頭を振ると、そのままヒールを鳴らし
出て行った。
慌てた片桐は席から立ち上がりざま机に太ももをぶつけ、よろけながら
絵里子の後を追って対策室を出た。

廊下に出て、エレベーターホールのほうを見る片桐の背後から、「こっち」と
絵里子の声がする。
エレベーターホールと反対側の廊下の突き当たりに絵里子が立っていた。
片桐は急いで絵里子の元に行く。

「聞いた…結婚のこと」

普段と変わらない絵里子の態度に自身もようやく平静さをとりもどしつつあった
片桐だったが、

「え…」

と発しただけで言葉を詰まらせる。

「野立に言ったって…」

戸惑いの面持ちで沈黙する片桐にしびれを切らしたように絵里子が「片桐?」と
催促する。

「あ…はい…野立さんに言いました…どうもすみません…」
「謝る必要はないわよ。あなたの人生だもの…」

片桐は軽く頭を下げ、そのまま下を向く。

「…もう決めたの? 決心は固い? 後悔はしないのね?」

絵里子の言葉が耳に響き、片桐の中の男気を奮わせたような気がした。
片桐は顔を上げると、絵里子の目を見た。

「はいッ。男のケジメを付けさせて下さい。自分は後悔しません…この先、
何があっても…決して!」

絵里子は優しく微笑んだ。

「そう…それなら私はもう何も言わない。認めるしかないもの…わかったわ」
「あの…自分のようなものでも大丈夫ですか」
「あなたなら大丈夫じゃない。芯は強いし、何があっても守れると思う」
「幸せにします」
「そうね…頑張って」

絵里子はクールな笑顔を残して、対策室へと戻っていった。
片桐は鼓動を落ち着けようと何度か深呼吸を繰り返した。

「片桐、そんなところで何してる」

背後から声をかけてきたのは、エレベーターから出てきた野立だった。
片桐の落ち着きかけた鼓動が再び激しくなった。

「野立さん!」
「どうした? なんか締まりのない顔してんなあ…なんかあったのか?」
「野立さん、あの色々とご心配おかけしてすみません。おかげさまで、ボスから
OKがもらえました」
「OK?」

瞬間、野立の顔に動揺が走る。

「そ、その…プ…プ…プロ…プロポズ…のOKが…」
「プロポーズ…絵里子に…?」
「はい! 本当にありがとうございました。野立さんのおかげです」

ほてった顔を緩ませた片桐の弾んだ声が廊下に響く。
対する野立の顔色はまたたく間に悪くなる。

「野立さん、ボスに用事ですか?」と訊かれても、野立の耳には届かない。
「野立さん…大丈夫ですか? 具合でも悪いんじゃ…」
「あ? いや…その…ちょっと確認したいことがあったんだが、また今度にする」

そう言うと、野立はきびすを返した。
片桐が対策室に入るのを目の隅で確認すると、野立はもう一歩も進めないと
でもいうように壁にもたれかかった。
そこにエレベーターの扉が開き、岩井が出てきた。

「どどどどうしたんですかぁ! 野立さん! 具合でも悪いんですか」

野立は壁にもたれかかったまま目の端で岩井を見る。

「岩井…お前、今日はヒマか?」
「えッ?」
「今夜、飲みにでも行くか…一緒に」

岩井は肩をすくめ頬を赤らめると、「本命キターーーー!」と小さくつぶやく。

「お前の行きつけの店でいいから連れてけ」
「あ…あの…ゲイバーでもいいですか」
「ゲイバー…」
「楽しい店ですよ。イケメンショーなんかもあるし…きっと気に入ると思います」

野立はゆっくりと体を立て直すと眉間にシワを寄せる。

「未開拓の領域だが、まあいいか…これを機に俺も趣味変えるかね…」

と、つぶやき自嘲気味の笑みを浮かべる。

「野立さん?」
「いいぞ。行く」
「ええええええええええええッ! 冗談で言ったのにぃ。まるで夢みたい…」
「行く行く。こうなったらゲイバーで野立会だ。じゃあ、後でな」

そう言うと、岩井に軽く手を上げ、エレベーターの中へと消えていった。
岩井は野立を見送った後も、幸せな微笑みを浮かべ立ち尽くしていた。


◆参事官室で

野立はひとり、参事官室の窓から都会の街並みを眺めていた。
そこへ、絵里子が入ってきた。

「ベンロク、ここに置いておくから」

と言って、書類を机の上に置くとクンクンと鼻をならした。

「もう昼もとっくに過ぎたのに、なんか酒臭いわね…」

おもむろに野立が絵里子のほうを振り返る。
その姿を見て絵里子が目を丸くした。
いつも整えられている髭も髪も、まるで寝起きのように乱れている。
いつもは余計な線もなくビシッと決まっている背広もくたびれていた。

「どうしたの…なんか荒れてるね」
「ちょっとな…昨日飲み過ぎて」と言う野立は、絵里子に視線を合わせない。
「…珍しいわね。あなた酔っ払いを介抱することはあっても自分が酔っ払う
ことなんてなかったのに…」

絵里子は小首をかしげ、おどけて微笑むとくるりと野立に背を向ける。

「待て、絵里子」
「何?」

と言って振り返った絵里子はいつもと同じ、凛として美しかった。
野立は一瞬、躊躇した。が、ふっきるように口を開いた。

「…藤森の件なんだけど」
「何?」
「お前…弁護側の証人になる…なんてことないよな…」
「…そういうことも含めて何でも協力するって言ってあるけど」

野立は諦めたように笑う。

「前代未聞だ…捜査した刑事が弁護側に立つなんて…そんなことしたら
刑事でいられなくなるぞ」
「…そうね」
「お前がそこまでリスクを負うのは…片桐のためか?」
「片桐?」

絵里子は怪訝な顔で野立を見る。

「何言ってるの。私はいつでも自分の捜査に自信と誇りを持ってる。それを
否定されるなら刑事を辞めることになっても…それは仕方ないと思ってる。
それだけよ」
「…なんでもっとうまく生きられないんだ」

苦しげに顔をゆがめる野立から視線をそらし、絵里子はフッと笑った。

「あなたのように組織の中でうまく生きられたらいいんだけどね」
「俺はお前が多少無茶なことをやろうが気にしない。お前はお前が信じる道を
行けばいい…そんな絵里子を見るのが…俺は好きだから」

野立を見つめる絵里子の口元がほんの少しほころんだ。
野立は絵里子に優しく微笑む。

「むしろお前が警察辞めることになっても、その時は俺の出番かなって思ってた…
それがまさかな」
「何言ってるの…のだ…」

絵里子は野立の目が赤く滲んでいることに気付いた。

「ちょ、ちょっと、野立、泣いてる?」
「アホ…そういうこといちいち言うな…」と野立は絵里子に背を向ける。
「俺だってお前の幸せを祝ってやるくらいの気概はある」
「何言ってるのよ…私、警察辞めないわよ。野立ったら、何ひとりで盛り上
がってるの」

野立は目元をぬぐい、絵里子のほうを見た。

「だって証人になるって…」
「なんでも協力するって言ったわ。だけど断られた…間宮先生に。あなたは
自分の仕事をしなさいって。証人に立つことはあなたの仕事じゃない。これ
以上、裁判に関わるな。ここから先は自分の仕事だからあなたにしてもらう
ことは何もないって、キッパリ言われた。あの先生、カッコいいよね。ホント、
女の私でも惚れるわ」
「そうか…」

絵里子は野立の顔をのぞき込むように見る。

「それよりさあ…アンタ、今日、変だから」
「俺だって冷静ではいられないこともある」

野立は絵里子を避けるように、再び背を向けた。

「藤森の件でもずいぶんお前とやりあったし、もう俺たちダメかなって…
不安にもなった」
「あなたにはあなたの立場がある。ちゃんとわかってるよ。いくら意見の
対立があってもそれは仕事上のことだから…」

少し間を置いて、絵里子が続けた。

「それとも、野立は仕事で対立したりするとプライベートにも引きずる? 
まあ…普通、引いちゃうか…そんな女」

絵里子はハハッと自嘲気味に笑う。

「引いたのはお前のほうだろ。まあ、年上女と年下男のカップルは流行り
だしな…でもまさか、片桐に走られるとは思わなかった」

野立はため息とともに、諦めたようにハハハッと震える笑い声を漏らし、
時折、目や鼻をぬぐっている。

「結構こたえたよ。この年で意識無くなるまで飲む日が来るなんて思いも
しなかった…目が覚めたら公園のベンチ…」

いきなり、絵里子が机を叩いて、

「ちょっと野立ッ!」

と大声を上げた。
驚いて振り向く野立のネクタイを引っ張り、鼻がつくほど顔を近づける。

「あのさあ…さっきからアンタが何言ってるか全然わかんないんだけど…
最初からキッチリ説明してくんないかなあ…野立参事官殿ッ!」

その目は野立の潤んだ瞳とは対照的に冷たく厳しいオーラを放っていた。


◆対策室で

げっそりとやつれた顔の岩井が帰り支度をしている。

「あかん、今日ははよ帰らんと…」
「珍しいですよね。岩井さんから酒の臭いがするなんて…山村さんなら
わかるけど」
「ずいぶんな言いようだねえ、花形クン。僕だってさすがに一日臭かった
ことはないからね。今日は早く帰ってぐっすり眠ったほうがいいよ、岩井さん」

岩井が涙目で首を振りながら山村と花形を見た。

「もう最悪や。今から行きつけのゲイバーにフォローに行くんや。一緒に
来てくれへんか?」
「いやですよ」

と間髪いれずに花形が言う。

「一体、何やらかしたんだよ。君も一応、刑事の端くれなんだから気をつけた
ほうがいいよ」
「誰が端くれや、オッサン!」

と岩井は山村をどつくが、すぐに涙目に戻る。

「俺やない、野立さんや。あの人の酒癖は最悪や。なんでも通い詰めた風俗の
お姉ちゃんがおってな。その娘が年下の男と結婚して風俗引退するらしい」
「うわぁ…警察キャリアが風俗通い。そっちのほうが問題な気がする」
「まあまあ、花形クン。野立さんだって男だからねぇ、風俗の一つや二つ…
ひいきにしている風俗嬢が辞めるのはそりゃあショックなもんだよ」
「へえ…それで荒れちゃったんですか、野立さん」
「そや。『エリリ〜ン、戻ってきてくれぇ』って泣き出したと思ったら、
『俺は今日からゲイになる』とか宣言したのに、周りの客や店員に気持ち悪い
だの変態だの近寄るなだの、散々悪態ついて…おかげで俺まで出入り禁止に
なってもうたわ。野立さんの酒癖はホンマ最悪やで」

花形は茶化すように、「軽〜く『事件だから』って感じですよね」と、絵里子の
口真似付きで返す。

「本当に、それは事件よね…」

三人の背後から地を這うような低い声が聞こえてきた。
振り返るまでもなく声の主の表情まで感じ取った岩井は、

「あ、俺、もう帰らんと。お先」

と、目を合わせないように、そそくさと出口へと急ぐ。

「あ、僕、岩井さんに付き合いますよ」

とその後に花形が続くと、山村も

「僕も…お先に」

と言ってあたふたと出て行った。

三人を目で追っていた絵里子は「ったく…」とつぶやき、おもむろに視線を片桐に
向ける。
すでに帰り支度を済ませ、ただ黙って座っている片桐が絵里子に穏やかな笑みで
応えている。
咄嗟に視線をそらした絵里子は、呼吸を整えゆっくりと片桐に視線を戻し、引き
つりながらも笑顔を作る。

二人以外、誰もいなくなった対策室に流れる空気は同じだが、それぞれが感じて
いるのは全く別物だった。

「あの…片桐…」

絵里子は、「はい」と余裕の笑みを浮かべて見つめる片桐の澄んだ瞳から目を
そらしたい気持ちを必死で抑える。

「その…あなた、何か勘違いしてるみたいなんだけど…」
「何をですか?」
「あなたの結婚相手って藤森楓さん…じゃなくて…もしかして…」

絵里子は人差し指で自分を指し示す。
片桐は

「え? …あの…」

と口ごもり、見るまに困惑の表情へと変わっていく。

「あ…あの…自分…あの…ボスと素っ裸で…」

絵里子は片桐から視線をはずすと同時に大げさに体の向きを変え宙をあおいだ。

「ああもう、それ以上言わなくていいから」
「自分は男として責任を…」
「取らなくていいから。その必要はないから。全くないから」
「はあ、でも自分は…」
「あなただけじゃないし…」

片桐は

「へッ?」

と目を丸くして固まった。

「女も40過ぎるとさ、あんなこと初めてじゃないの。いちいち責任取られても
私、困るし…」

絵里子は片桐とは反対側に顔をうつむけ、

「一応、ひとり責任取ってるヤツいるし…」

と小さくつぶやく。

「は?」

となおも訊き返す片桐を、絵里子は半ばやけくそ気味ににらみ付けた。

「だからぁ! 私のことはもういいから! これが大人の女なの。よく覚えて
おきなさい」
「はあ…」
「じゃあ、私、帰るから」

絵里子は足早に対策室を出て行った。

呆然と席に座る片桐は思考力を完全に失っていた。
時間と空間の概念さえ無くなっていた片桐の耳に、ようやく彼の名を呼ぶ声が
聞こえる。
見上げると、そこに木元真美が立っていた。

「片桐さん、大丈夫ですか? 呼んでも聞こえてないみたいだし、なんか目の
焦点も合ってなかったし…病院に行ったほうが…」
「いや、大丈夫だ…木元は科捜研の応援か」
「はい」
「大変だな…遅くまで」
「いえ…」

言葉が途切れ、沈黙が流れる。
それに耐えられず、木元が、

「じゃあ、私、お先に失礼します」

と言って逃げるように出て行った。
その後姿を目で追い視線を戻しかけると、絵里子の机が目に入った。

俺はバカだ…勝手に勘違いして…

片桐は自分に呆れていた。しかし、同時に思う。

別に恋してたわけじゃない…
男としてケジメをつけ責任を取りたかっただけだ。相手がその必要がないというの
だから…その必要がなくなっただけだ。

ふと喉の渇きを覚えコーヒーポットに目をやる。すでに電源が切られ、ポットも
洗われた後だった。
そして思い出した。昨夜は自分の部屋でコーヒーを飲みながら、これからは絵里子と
二人で飲むのだろうかと考えたことを。
これからは絵里子と二人、一緒に朝ごはんを食べ、一緒に出勤し、そして一緒に帰る。
そんな想像を一晩中巡らせていた。

恋してたわけじゃない…でも、恋し始めていたんだ…

片桐は苦しげに顔をゆがめた。
突然、ガタンと物音がした。見ると木元が立っていた。

「あの…私、あの…あの…えっと…忘れ物しちゃって…戻ってきただけです」
「そう」

再び二人の間に沈黙が生まれる。
木元は諦めたように「失礼します」と頭を下げ、出て行った。

片桐は木元がドアを開け出て行くのを見届けた。
その同じドアから現れた絵里子がよみがえる。
ほんの2、3時間前の出来事をキレイさっぱり忘れたかのように、いつもと
変わらぬクールさだで顔色ひとつ変えずに片桐の名前を呼んた。

あの人が俺なんかと一緒になるわけない…か…

片桐はさらに数十分、ただ座っていた。
時計を見ると、絵里子たちが帰ってから3時間ほどが経過していた。
力なく立ち上がり、肩を落として対策室を出た片桐は、エレベーターの前に
立つ木元に気付く。

「お疲れ様です」

と言って、木元はペコンと頭を下げた。

「木元…お前、帰ったんじゃないの?」
「あの…片桐さん。今日は、付き合います」

片桐は黙って木元を見つめる。
木元はその沈黙に耐えてみせるといわんばかりに、片桐を見つめ返した。

「付き合うって何に?」
「今日は片桐さん、飲みに行くから付き合ってやってくれって…ボスが…」
「ボスが?」

木元はコクンとうなずいた。
片桐は小さく舌打ちし、「余計なことを…」とつぶやく。

「ダメですか…」

木元のつぶらな瞳が上目遣いで片桐を見つめていたが、ふっと視線をそらす。

「ダメですよね…私なんかじゃ…片桐さん、ダメですよね」
「ダメって…いや…俺、今日はあんまりいい酒にならないと思うし…」

木元の澄んだ瞳から、ポロポロ涙がこぼれ落ちる。

「お…おい、木元、大丈夫か…なんで…」
「ダメですよね、私じゃ…」
「ダ、ダメじゃないよ…ダメじゃない」

片桐は2、3度うなずいた。

「うん、俺、今夜はひとりで飲まないほうがいい…ひとりで飲んだらきっと
悪い酒になるだろうし…木元が付き合ってくれると嬉しいというか…」

片桐を見つめる木元の泣き顔がゆるんだ。

「うん、今夜は付き合ってもらおうかな」

と言って、片桐は木元に微笑んだ。
木元はコクンとうなずいた。


◆彼の部屋で

絵里子が自分のマンションに向かっていると、携帯電話がなった。

「君は今、どこに向かってるんだ? 間違った方向に行ってるんじゃないか?
ちゃんと軌道を修正するように。これは命令だ」

野立は一方的にそれだけ言うと携帯電話を切った。
送り迎えの公用車の中から、絵里子が野立の部屋と違う方向に歩いているのが
見えたのだろう。慌てて電話をしてきたが、運転手の手前、言葉を選びながら
「今夜は俺の部屋へ来い」と言ってきたのだ。

絵里子はため息をつき、「行きたくねー」とつぶやく。
いやな予感がした。
誤解は解け、野立が滲ませた涙はうれし涙へと変わった。しかし、片桐と裸で
ベッドにいたことについては触れずじまいだった。

案の定、部屋に入ると、ベッドの真ん中であぐらをかいている野立がいた。

「ここにきて座れ。いろいろ訊きたいことがある」
「いやぁよ。事情聴取ならリビングでもできるでしょ。つか、ベッドの上の
ほうがおかしいから」
「来ないならムリにでも連れて来るけど…お前に乱暴したくない」

「ハイハイ」

とうんざりしたように返すとジャケットとバッグをソファに放り
投げる。
面倒臭そうにベッドに這い上がると、野立の前に正座した。

「絵里子」
「な…何よ」

と言う絵里子は視線を合わせない。

「俺たちは、ずっとデリケートな時期だったんだ。仕事で対立して、プライベート
でもそれ引きずってギクシャクしてただろ…そんなときに別の男と二人きりで
飲みに行って、挙句正体無くすってありえねーだろ」

絵里子は鋭い視線で野立をにらむ。

「少なくとも私は仕事とプライベートはキッパリ分けてんだけど? 大体、
いつどこでギクシャクしてたって言うのよ。丹波さんとアンタでよってたかって
『それでも刑事かぁ!』って散々罵倒した日の夜だってここで私のこと普通に
抱いてたくせに!」
「普通じゃない! あの日は口数少なかっただろうが…俺的には十分ギクシャク
してたんだよ。昼間罵倒した分、夜は優しく丁寧にだな…フォローしようと
俺は必死で…」
「そうだったんですかぁ、野立参事官。ぜ〜んぜん気付きませんでしたぁ。
いつもと同じマンネリでぇ」
「はあッ? お前ここに来てそういうこと言うかぁ?」
「ったく、情けない…仕事のゴタゴタを引きずって、あげく勝手に片桐と私が
結婚するとか勘違いしてゲイバーで暴れて泣いて…ホント情けない…こんなのが
日本に数人しかいない参事官の1人をやってるのかと思うと、国民も暴動起こす
かもね」

野立は腰を上げるとひざ立ちで絵里子を見下ろした。

「その原因を作ったのはどこのどいつだ? そもそもだ。お前の軽はずみな行動が
なければ、すべて起こらなかったことだろうが。片桐と二人切りで飲むなどと言う
軽率な行動を取ったお前に一番の責任が…」

絵里子もひざ立ちになると大きな瞳をあらわにして野立をにらむ。

「片桐は私の部下よ。一緒に飲んで何が悪い」
「部下の部屋に泊まるのは普通のことじゃないだろうが」
「心神喪失状態だったの。裸でベッドに寝てても、万が一片桐との間に何かあった
としても、心神喪失状態なら無罪放免でしょうが」

野立の顔が能面のように凍りつく。思わず、絵里子は顔をそむけた。
野立はその顎を親指と人差し指で挟むと、クイッと自分のほうに向け、刺すように
絵里子を見た。

「お前さあ、俺が必死で具体的な表現を避けてるのに、何を開き直ってるんだよ。
いい加減にしとけよ」

そう言うと、いきなり絵里子の白いシャツを力任せに引き裂いた。絵里子が抵抗する
間もなく、一気にシャツを両肘まで下げるとそのまま後ろ手に縛るようにシャツを
巻きつけながら後ろに押し倒した。
ひざ立ちのまま押し倒された絵里子の顔がゆがむ。

「野立…痛いから…ひざ…痛い」

野立はお構いなしに首に緩めてあったネクタイを引き抜くと、それで絵里子に目隠し
した。

「ちょっと、野立、ふざけないでよ。何やってるのよ! のだ…」

野立は絵里子の口をふさぎ、その舌をむさぼるように吸い上げながら、ブラジャーの
ホックをはずす。
はじけ出た乳房に唇を移し突起を甘がみし吸い上げる。

「野立、ちょっと待って…野立ったら…やめ…て…」

野立はその舌先で徐々に固くなってゆく感触を楽しんだ後、その口を絵里子の耳たぶへと
移す。
何も見えない絵里子は、予測できない野立の動きにビクンと体を震わせた。

「野立…お願い…ちょっと目隠しはずしてよ…手、痛いし…」

野立は少しネクタイをずらして絵里子の片目だけを出し、ニッコリと意地悪く笑いかける。

「…マンネリなんて言われて普通のことができるかよ」
「売り言葉に買い言葉って日本語知らないの」
「世の中には言っていいことと悪いことがあることを知らないだろ」
「ただの冗談よ…」
「冗談にも言ってはいけない悪い冗談てのがあるんだ」
「…わかった、学習したから、野立…ねえ、普通でいいから」
「もう遅い…もう止まらん…」

赤く充血しかかった絵里子の瞳に野立は優しくキスすると、ネクタイを元に戻す。

「好きにさせてくれ…この二日で俺は10歳は老け込んだんだから…」
「のだてぇ…お願い…ゆるして…」

絵里子の切ない哀願の言葉はいつしか喘ぎ声へと変わっていった。


◆そして、彼の部屋で

瞼に降りそそぐ朝の光に顔をゆがませ目を開けると、まばゆい光が
刺すように視界に入って来た。
うーん…と両手を伸ばすと、指先が隣に眠る女の髪にふれる。
ふと、朝日にぼやける女の顔に目をやると、そこに見覚えのない寝顔があった。
いや、見覚えはある…寝顔を見慣れていないだけで。

「キ…!」

と言って、片桐は残りの言葉をゴクリと飲み込んだ。

隣には無垢な少女のように穏やかに眠っている木元がいた。






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