コースアウト
番外編


かな〜り毛色が違う妄想です。
エロ全く無しです。
長いですが、萌え度は低いかな。
興味ない方、飛ばしてください。
注;3人の写真の野立さんに髭ありなので、1課と4課の合同捜査の後に広報
飛ばされたと設定。


「クソーッ!」

森岡博はテーブルにあったマスコットの帽子をつかみ上げ、力いっぱい投げた。
その黄色い物体は床に叩きつけられるとそのまま床の上をすべり備品室の入り口
ドアにぶつかって止まった。
大きな耳をピンと立て、ピーポー君の帽子が森岡にクリクリの大きな瞳を向けている。
ふと、森岡の脳裏に過去にあった同じ光景が浮かんだ。
あの時は…直後にドアが開いたんだった…

「何、遊んでんのよ、もりおかぁー」

そう言って、入って来たのは森岡と同期で、ただ1人の女性キャリアとして
入庁した大澤絵里子だった。
絵里子は床に転がる帽子を拾い上げると二、三度はたいてテーブルに戻した。

「絵里子…」

森岡の鼓動が速まる。

「聞いたわよぉ、おとり捜査のこと…」
「お、おとりじゃねえよ…ギリギリセーフのところを行ってたんだ」

森岡は動揺をごまかすように不機嫌を装い、口を尖らせ視線をそらした。

「おとりにギリギリセーフもアウトもないの。おとりが許されるのは麻薬だけ。
1課が、んなことしてどうする…変わんないねえ、アンタ。先を焦って無茶を
やらかすとこ」

そう言って、半笑いで森岡を覗き込むように見る。

「…で、そっちは? 何やらかしたんだよ」

ぶっきらぼうに聞き返す森岡の言葉に絵里子の表情が一変し、はぁっと大きく息を
吐くとテーブルに寄りかかった。

「何もしてないよ…普通に総務部広報課への異動…要するに、取り扱いに戸惑ってん
のね…女性キャリアのお取り扱いにさッ!」

なかばやけくそ気味にフンと鼻で笑う。

「男社会だってことは十分わかってるつもりだし、女性警察キャリアなんて世間に
対する一種のパフォーマンスだってのも十分わかってたつもりだけどね…まあ、
どこまで出世させるか模索中ってとこじゃないの?」

「お前、アメリカ行ったじゃねぇか。十分、出世コースだろうが」
「あれ? あれもとりあえず語学留学に出しとけって感じよ。野立みたいな正統派
とはワケが違う」
「野立…」

森岡の奥深くでグサリと何かが刺さるような鋭い痛みが走った。

「そうよ。東大法学部卒のエリート、他の省庁からも声がかかってたって言うじゃない。
2年足らずの留学で名門大学の修士2つ取ってきたと思ったら、警察署長として赴任して、
同期の中じゃハイスピードの出世頭。ああいうのを本物のキャリアって言うんだよね」

ハンと自嘲気味の笑いを浮かべる絵里子に、森岡がニヤけた視線を送る。

「お前ら大学校では仲良かっただろ…いっつもくっついてて…」
「くっついてたんじゃない! あいつが勝手に近寄ってきてたの。ほら、あいつの好物は
女だから、男だらけの学校じゃ息できなかったんでしょ。酸素ボンベみたいなもんよ」

森岡は安堵したような笑みを浮かべ、ハハハッと声を出して笑う。

「そうだよな。暇さえあれば婦人警官と合コンセッティングしてたからな」
「隣の警察学校に女の子見に行ったりしてさ。ホントいい加減なヤツ。なんかあればすぐに
引き摺り下ろされる世界だけどさ、あれは女でコースアウトするタイプだよね」

絵里子が目を丸く見開きおどけたような笑顔で森岡を見た。
森岡もそれに応えるように、「間違いねー」と大げさに頷く。
金属の棚に囲まれた狭い空間に二人の笑い声がこだまする。

「これが企画書ね」

絵里子がテーブルにあった書類を取り上げた。
森岡の顔から笑いが消え、諦めと腹立たしさの入り混じるため息がもれる。

「そんなことやるために小難しい試験受けたんじゃねぇっつーの! ったく、
やってられるかよ、んなこと!」
「幼稚園児から小学校低学年の児童とその保護者を対象にしたお芝居を作るわけね…ふ〜ん」

森岡の言葉など耳に入ってないかのように、絵里子は企画書に目を落としたまま
うなずいている。

「適当にやっときゃいいよ。どうせヒマな広報のオバサンたちがいじくるんだ。ったく!
こんなこと警視にやらせるなっつーの!」

そう吐き捨てると、「なぁ」と絵里子に同意を求める。
絵里子はおもむろに顔を上げる。

「私、適当にやるって嫌いなんだ。警視とかどうでもいいし…」

そう言うと、森岡に涼しげな笑顔を向けた。

「ほら、私、女ってハンデあるからさ、そういうの気にしないって決めてるから…まあ、正直、
入ったばっかの頃は負けるもんかって気持ちあったけどさ。入ってみてわかったんだよね…
パワーゲームがやりたかったわけじゃない。純粋に自分の中の正義感に従っただけだって。
だからさあ、最近、キャリア向いてなかったかなあって…普通に刑事でよかったなあ…なんてね」

絵里子はペロッと舌を出すと、「アンタも私と同じでしょ?」と言って、キャラキャラと笑う。
その無邪気な笑顔が森岡から腐っていた心を取り去っていく。同時に胸の奥が緩く締めつけられた
ような軽い息苦しさと頬のほてりを感じた。

「そうだよ。俺、別に官僚になって組織運営したくてここに来たわけじゃない…大体、警察庁で
キャリアやるなら東大って決まってんだ…うん、そうだ」

と、テレを隠すように大げさに何度かうなずく。

「うん…お前と同じだよ。ホントに気付くの遅いのな、俺たちって。やっぱ東大じゃないから、な」
「そうそう、計算高くないからねぇ、私たちは。野立に言わせれば青臭いってんだろうけど、
純粋で素直ってことなの…顔に似合わず、ね」

森岡の耳に、絵里子の「アンタも私と同じでしょ」という言葉とともに、あの時、二人で見合って
笑い合った絵里子の美しい笑顔がよみがえる。

「おい、先客がいるよぉ…と思ったら森岡かよぉ」

突然ドアが開き、森岡は現実に引き戻された。
そこに、野立信次郎が立っていた。

「お、可哀相に、こんなところに放り出されて、ピーポー君」

野立は床に落ちている帽子を拾い上げるとポンポンとはたき、「可愛いなあ、これ」と言って頭にかぶる。

「どうだ、似合うか?」とドアの外に向かって頭を回す。
「何、もりおかぁー? またぁ?」と、野立の背中を押しのけて入ってきたのは絵里子だった。
「あんたさあ、またやらかしたの? 無茶な捜査ばっかりしてるとそのうち降格されちゃうよ…
私みたいに」
「おお、絵里子! 相当吹っ切れたなあ。自虐的な笑いにできるんだから大したもんだ」

野立は絵里子の肩をガシッとつかむ。

「うるっさいっ! もう、ちゃっちゃと終わらして飲みに行くよ!」と言って、絵里子は棚から緑とピンク
のマスコット帽子を取り出しポンポンとはたいて形を整えると、ピンクのほうを森岡に投げ渡した。
「企画内容はピーポー君とその仲間たちを広報誌に掲載するんだとさ。ちょうど3人いるからさ、それかぶって
屋上で写真とろうよ」
「なんだよ、そんな適当なんでいいのかよ…」

森岡が驚いたように絵里子を見た。

「いいんだよ、適当で」と言って、野立は森岡の手からピンクの帽子を取ると、「ピーパーちゃんは
色的にお前だろ」と、絵里子に投げ返す。

「あとは広報のお姉さん達が適当にやってくれるんだから、俺たちは適当でいいんだよ」

森岡は代わりに絵里子から渡された緑のマスコット帽子にしばらく視線を落としていた。

──私、適当にやるって嫌いなんだ。警視とかどうでもいいし…アンタも私と同じでしょ──

森岡の耳に絵里子の言葉がこだまする。
その言葉は、これまで少なからず森岡の支えになってきたものだった。

「…これは俺のじゃない」

森岡が顔を上げて野立をにらんだ。

「ピーポーが俺のだよ。新入りはこっちだろ」と言って、緑の帽子を野立に投げつけた。
「残念だったな、ピーポー君はすでに俺の頭におさまってる。ピーピー君がお前にはお似合いだ。ほれ」

野立がそのおどけた口調とは対照的に冷徹な目を森岡に向け、帽子を乱暴に投げ返した。
森岡の眉間に深いシワが刻まれ、一、二歩野立に向かって歩を進める。

「もうッ! 二人ともいい加減にしてくれる! くっだらないことで、バカじゃないッ! バカなのッ?」

絵里子が二人の間に落ちた帽子を取り上げると、ポンポン叩いて森岡の頭にグイッとかぶせた。

「もうさ、今夜はくされ縁の同期会だから! 朝まで付き合ってもらうから! チャッチャと終わらすよ!」

「こいつ、終わった事件、勝手に捜査始めたもんだから、ここに飛ばされてやんの」と言う野立は、いつもの
とぼけたような顔に戻っている。
「終わったって…何の?」
「ほら、爆弾テロ事件の…」
「あーもうッ! 思い出させないでよ」と、野立の言葉を絵里子がさえぎる。
「どうせ、もっと遠くに飛ばされるんだから。森岡はすぐにまた3係に復帰でしょ。ぜ〜んぜん問題ないよ」
「そう腐るな。俺が偉くなってお前をまた1課に戻してやるから」
「うっさい! アンタ自分の出世のことしか考えてないくせに、よく言うよ!」

絵里子はピンクのマスコット帽子をかぶると乱暴にドアを開け、「ほら、ピーポー! ピーピー! 行くよ!」 
と背中越しに呼びかけさっそうと出て行った。

「お前は? なんでここにいるんだよ」

絵里子の後に続こうとした野立に森岡が訊く。

「俺? 俺は…絵里子に付き合ってやってるだけだ…くされ縁だしな、俺たち」

自嘲が混じるクールな笑みを浮かべて森岡を一瞥すると「行くぞ、ピーピー!」と言って背を向ける。
森岡は乾いた笑みを浮かべると、諦めたように二人の後に続いた。

4年の月日が流れたある日の警視庁捜査1課3係。
森岡は手にしたばかりの朝刊を丸めると力いっぱいゴミ箱に叩き入れた。

「ックショーッ!」

机を拳で叩くと部屋を出た。と、前方に立ち話をしている二人の男がいる。どちらも見覚えがあった。
ひとりは野立信次郎、もうひとりは兵頭信一、二人とも森岡の同期だ。
ほどなく、野立が「じゃあな」と片手を軽く上げ立ち去って行った。
森岡がしばらく立っていると、向きを替えた兵頭が森岡の存在に気付いて笑顔を見せる。

「よう! 森岡」
「おう」

歩み寄ってくる兵頭は、同情をまじえた笑みで森岡を見る。

「残念だったな。また39条適用だってな」
「ったく、やってられん。容疑者逮捕にどれだけの人と時間がかかってると思ってんだ」
「全くだよな」

兵頭の軽い返答に、森岡の顔に薄い笑みが浮かぶ。

「お前は? 警察庁のお偉いさんがわざわざどうした? 確か人事課の課長だったよな」
「おい、嫌味か、それ」と苦笑する。
「課長補佐だよ。未だに警視やってますよ。どうせ、俺は野立警視正には及びませんから」
「野立? なんか関係あるのか?」

兵頭は片頬で笑うと森岡に一歩近づく。

「ここだけの話、4年前警察庁に戻るはずだったのは野立だよ。あいつがなぜか1課の現場を
見たいとかなんとか言って固辞したから俺に回ってきたってわけ」

森岡は4年前の爆弾テロ事件で2階級降格され1課の現場に戻った絵里子と同時期に現場に出た
野立を思い出していた。

「20万人以上の従業員を抱える大企業の経営者になる人間が伝票の切り方を学ぶ必要があるか?
要するに、キャリアとノンキャリアの違いはそこだ。そもそものフェーズが違うんだ」

入庁したての大学校で野立が語る持論に「伝票の切り方を知ってるトップがいて何が悪いの。
アンタのそういうところが嫌いなの! 何様のつもりよ」と食ってかかる絵里子がいた。
4年前の野立の行動は自身の理論とは間逆の行動で、当時、同期の間では驚きを持って伝えられた。
兵頭が呆れたように続ける。

「あいつ、警視になると同時に重要ポストを渡り歩くはずだったのにアメリカ留学希望したりさ、
人事も扱いにてこずってたらしい。かと言って、成果を上げてないわけじゃない。女性職員だけの
生活安全課作って成功させてるし…今も課を越えた新しい部署を立ち上げようとしてるんだとよ。
お前にできるか? 警察庁の室長か県警本部の部長ポストを蹴るなんてことがさ。俺たちみたいな
凡人が同じことしたら、その時点で終わりだ。不思議な男だよ、野立信次郎というヤツは」

兵頭は、ポンと森岡の肩を叩くと「じゃ、お前も頑張れ」と言って背を向けた。
ひとり残った森岡は自身を卑下するように苦い笑いを見せる。

──あれは女でコースアウトするタイプだよね──

いつだったか、絵里子が野立のことを語った言葉を思い出していた。

「絵里子…お前がコースアウトさせてんじゃねえか……かなわねえな」

森岡は深いため息を吐くと、吹っ切れたような笑顔になった。
その年の3月、森岡は警視庁を去って行った。
特別対策室が立ち上げられる1年前の話である。






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