ため息2
池上浩×大澤絵里子


「待ってていいか」

あの男はそう言った。
果たしてその言葉に現実的な意味があるのだろうか、と絵里子は考える。
あるいは、取り巻きの若い女達と軽くかわす挨拶程度の意味しか
ないのかもしれない。
そしていつも最後は、こんなことに頭を使う自分が情けなくなる。
この2年、何度この自問自答を繰り返してきただろう。
その原因をつくった野立を腹立たしく思い出す。
帰国したら、あれはどういう意味だったのかと問い詰めてやる、と
爪をかむ。が、ふと頭をよぎる。
あいつはきっと自分が言ったことさえ忘れているに違いないと。

ため息とともに日本に降り立った絵里子は、まず野立に電話しようと
携帯を取り出した。この2年間、頭から離れなかったことに答えを
出したかったわけではない。ただ、野立の声が聞きたかったから。

しかし絵里子が野立の番号を呼び出すよりも前に、着信音がなる。
見覚えのない番号だったが、その声は聞き覚えがある。

「兄貴を助けて下さい。兄貴にはあなたが必要なんです」

浩の弟、健吾だった。
半年前、浩が足場から転落する事故を起こした。
そのせいで、浩の会社は某建設プロジェクトから外され、3ヵ月の
重傷を負った浩は病院を退院後も現場復帰できず、会社を辞めていた。

「兄貴を立ち直らせることができるのは絵里子さん、あなたしかいないんです」

なんで断らなかったのだろうと、絵里子は後悔した。
現に、健吾の声を聞くまで浩のことなど忘れていた。
なのに会いに行ってしまう自分に、絵里子自身驚いていた。

よどんだ空気に混じりすえた臭いが漂う部屋はカーテンが締め切られ、
昼なのか夜なのか時間の感覚さえ狂っているようだった。
その中でたたずむ浩は細くやつれ、絵里子の知る彼ではなかった。

「お帰り…絵里子…元気そうだな」

そう出迎えの言葉を口にするのとは裏腹に、浩は絵里子を引き寄せると
すがるように彼女の胸に顔をうずめる。

「弱音を吐くな。目の前のことから逃げるな。強くなれ」

そんな言葉を部下達に向かって簡単に吐いてきた。
が、絵里子をようやく助けに来てくれた最後の救いの手とばかりに
とりすがる浩に、かける言葉が見つからない。
気がつけば絵里子は、ただ浩のなすがまま身を任せていた。

もう何度自分に嘘をついただろう。
嫌悪感にも似た感情をひた隠し、強張る身体を必死でよじらせ昔と
変わらない自分を演出する。

なぜ? これが私? こんな愚かな女だったの?

浩が熱く激しくなればなるほど絵里子の頭は冷静に冴えわたり自問する。
かつてこの男の胸の中でかき消されていく意識と混沌の中で
死んでもかまわないと体をうち震わせていたことが信じられない。

しかし、そんな絵里子の心を浩は本能的に感じ取っていた。
優しい愛撫はいつしか粗暴になり、狂乱の入り混じる凶器へと変わる。
うなじに突き立てる乱雑に処理された爪が決して力を緩めることなく
絵里子の白い背中を横断する。
秘裂に当てた舌先をやさしく上下させ、こじ開けたかと思うと、次の瞬間
キリキリと歯を立て噛み切り、大きく弓なりにうねった姿態と、吐息から
悲鳴へと変わる絵里子の反応に満足する。
傷ついた秘所に浩は容赦なく自身の熱い塊を突き立てる。
血の混じる愛液が溢れ出るたびに、絵里子は悲鳴を上げる。
もはや演技する必要などなかった。
絵里子の気が遠のくまで浩の狂気は続き、完全に意識を失うまでの短い時間、
浩は絵里子を抱きしめ優しくキスを繰り返す。

「愛してる…絵里子…俺にはお前だけだ…すまない…ゴメン」

絵里子の頬に浩の涙がこぼれ落ちる。

「大丈夫だから…浩は…大丈夫…私がいるから…だい…じょ…ぶ…だから…」

か細い声でそう言うと、絵里子はまぶたを閉じた。

絵里子は鉛にでもなったかのような重い身体を引きずるようにして自宅に戻り、
ドアを開けると、中からテレビの音が漏れてきた。
深夜のバラエティ番組の乱雑な会話に野立の笑い声が混じる。
ゆっくりと歩を進める絵里子の目に朝とは違うリビングが映る。
おもむろに振り返る野立の顔を避けるように、絵里子は辺りに
視線を泳がせた。

「ち…ちょっと、何勝手にヒトんち入ってんのよ!」
「ったく、お前は! 鍵かかってなかったぞ。不用心にも程がある」

絵里子はソファに座る野立から十分距離を取って床に座った。

「ふん。取られて惜しい物なんてないし、刑事の部屋に泥棒が入るなら
ウエルカムよ。とっつかまえてボコボコにしてやる」
「ばかか、お前は…まあいい。お前の部屋を掃除して立ち番のごとく
守ってやってた俺に何か言うことは?」
「…ぅ…あ…ありがとう」

唇を小さく尖らせながらうつむき加減で呟く絵里子が、野立の顔を
柔和にさせる。

「…で、なんで来なかったんだ?」
「…」
「お陰で俺は寂しく一人飲みだ」
「…ごめん」
「何度かけても電話にも出ないし…」
「…ちょっと…何か変な勧誘に引っかかってさ。あ、危ないとこ
だったんだから…」

せわしなく瞳を動かし、野立の視線から逃れながら、絵理子は次の言葉を探す。

「ふ〜ん…勧誘ねえ…」

と言って、壁に掛かった時計に目をやる野立。
午前2時を過ぎていた。

「ニューハーフの店とかで働かないかって?…そんな勧誘か?」
「な、何だって!」

絵理子が睨みつけた先に優しく微笑む野立がいた。

「まあいい…腹減ってないか? ちょうど小腹がすいた頃だろ」

と言って、野立が立ち上がる。

「てか、お前のとこナンもない!卵もなけりゃ野菜もない!スナックばっか!
女じゃないだろ、実は」

そう言いながらキッチンへと向かう野立の背中を見て、絵理子はほっと息をついた。
野立は、かつて自分が絵里子に言った「待つ」ことについて何も触れない。
やっぱりあれはただの軽口で、言ったことすら覚えてもいないんだ、と絵里子は
落胆した。と同時に、今の自分に「待っていた」と言われてもどうしようも
できない。むしろ、忘れられていてよかったと安堵していた。
キッチンから聞こえるガチャガチャと鍋のぶつかり合う音が優しく絵理子の
緊張をほぐしていく。
絵理子はソファに寄りかかると重さに耐えかねたように瞼を閉じた。

「感謝しろよ、絵里子。俺が買い出ししておいたから人間らしい食いもんが
食えるんだ」

野立がウエイターのように皿を掲げて戻ってきた。

「ほれ、野立様特製チャーハンキャリア風だ」

絵里子の目の前に皿を置き、満足げに見やると、彼女は小さな寝息をたてていた。

「…それはないだろう…えりりん」

囁くように呟くと、野立はゆっくり絵里子を抱き上げベッドへと運んだ。
これで何回目だ?とツッコミを入れながら、絵里子のシャツブラウスの
ボタンを外し、ブラジャーを緩める。
はじけ出た乳房が野立の顔から笑みを奪い去った。
赤く腫れ上がった乳房の先端に痛々しくしおれ血がにじむ突起があった。

辺りを見回し、目に入ったアルコールタオルを手に取ると、野立は丁寧に乳房を
ぬぐった。
瞬間、絵里子は胸を隆起させ顔を歪める。

「っつぅ…んん…イタ……ヒロ…シ」

スーッと波が引くように、穏やかな寝顔に戻っていく絵里子を無表情で眺めていた
野立は、何事もなかったように淡々と服を脱がせていった。
恐ろしく冷静な一連の行為に、野立は苦い笑みを浮かべる。

「お前は何も知らない…」

一瞬、野立は眉根にシワを寄せ目を閉じる。熱を帯びた身体を落ち着けるように
ゆっくりと呼吸を整えながら、再び絵里子の寝顔に視線を落とした。

「俺がどれだけのものを隠してきたか…」

無防備に投げ出されている白い肢体にブランケットをかけると、包み込むように
ブランケット越しに絵里子を抱きしめた。

「お前、まだあの男…池上浩と付き合ってんのか?」

野立が軽く交わす雑談のように、さらっと訊いてきた。
絵里子は虚を突かれ、飲んでいたカクテルを詰まらせ咳き込む。

「おい、何慌ててんだよ」

ごく自然に野立の手が絵里子の背に伸び、優しく上下する。

「あ、慌ててなんかないよ…野立が変なこと訊くから…」
「変なこと…か」

野立の手が離れ、カウンターチェアの背もたれをグイッと回して絵里子の
正面を自分に向ける。
笑みのない冷めた瞳が至近距離で真っ直ぐ絵里子を覗き込む。

「で、まだ会ってるのか?」

絵里子は野立の手を払いのけると野立の視線を避けるように向き直る。

「あっ、会ってるわけないでしょ…とっくに別れたんだから…そんなメメしい
女じゃないって…」

から揚げをつまみ、もぐもぐと無邪気を装い口を動かす。

「ふぇんなこと訊かないれよね」

絵里子は笑って野立を見やった。

「ふうん…」

野立は視線を外しグラスを揺らしながら宙を見上げる。

絵里子はゆっくり息を吐き胸の鼓動を抑えた。
と、絵里子の携帯が振動した。
慌てて携帯を手に取るとバッグに押し込み絵里子は椅子から降りた。

「ゴメン、野立。もう帰るわ」

立ち去ろうとした絵里子の腕を野立がつかむ。

「いくな!」
「何言ってんのよ。ちょっと離しなさいよ」

絵里子が振り払おうとするが、野立はつかんだ手を離そうとしない。

「いくな、絵里子!」
「ちょっと野立…アンタ、今夜、変だから…」
「お前が行ってもなんの解決にもならない!」

絵里子の身体が凍りつく。

「…あいつは…池上はお前が行っても何も変わらない」

野立の刃のような目が絵里子を捉えて離さない。
絵里子は固りついたように腕をつかんでいる野立の手にもう一方の手をかけ、
野立を冷徹な目で見据えた。

「私の勝手だから…アンタには関係ないから」

野立の手から徐々に力が抜けていき、気がぬけたようにだらりと絵里子の
腕から離れた。
絵里子は振り切るように野立に背を向け出て行った。
その背中をじっと追っていた野立だったが、視界から消えると諦めたように
カウンターチェアを蹴り回す。
目を閉じると脳裏に絵里子の肢体がよみがえる。
ズキリと胸の奥に痛みが走り、野立は無意識のうちに握っていた拳をテーブルに
打ち付けた。


都心の明かりに照らされた夜の闇に暗黒の樹木のシルエットが浮かび上がる。
ひときわ高くそびえ立つ大木の下に野立は立っていた。
昼間は日に照らされ美しい輝きを見せ人々の歩を止めていた芝生も、
地獄へといざなう不気味な黒い沼のように見える。
その上をゆっくりとした足取りで近づいてくる黒い陰があった。
野立とは十分距離を取った位置で立ち止まる。

「申し訳ない、こんな時間にこんなところへ呼び出して」

野立の言葉に、浩はただ黙って野立を見据えていた。
その目は、筋肉が削ぎ落とされた貧相な身体とは対照的に不思議な自信を
みなぎらせていた。

「今日はお願いがあって来ました」

野立は十分に間を置いた。

「絵里子をそろそろ解放してほしい…あいつを自由にしてやって下さい」

浩は片頬を上げ余裕の笑みを見せる。

「アンタには関係ない。あいつをどうしようと俺の勝手だ…」
「あなたは!」

と、野立はかぶせるように叫ぶ。

「あなたは絵里子を愛してるわけじゃない!あいつを利用してるだけだ!」

浩の顔から笑みが消える。

「池上さん、あなたは運がいい。滑落して大怪我を負っても、後遺症もなく
元の身体に回復した…仕事に戻れないのはあなた自身の問題だ…そんなことに
絵里子を巻き込むのはやめてくれ」
「アンタに何がわかる!鳶が落ちるなんて笑い話にもならない…落ちて会社に
損害を与えた鳶を一体誰が雇うって…」

「違う!」

と野立が遮った。

「アンタが臆病なだけだ。怪我しても復帰してるヤツなんてたくさんいる。
アンタはただ怯えてるだけの臆病者だ!」

浩は視線を逸らし、しばらく沈黙した。

「別れない…」

と絞り出すように言う。

「どこまでも絵里子を離さない…俺たちはいつまでも一緒だ…あいつを殺して
俺も死ぬまで…」

浩が野立に鋭い視線を向けたと同時に浩の身体が宙を舞った。
野立は倒れた浩の首元を押さえつけ馬乗りになっていた。

「ハ…ハハッ…これでアンタも終わりだ。警察官僚が一般人を暴行…マスコミは大喜びだ。
最高じゃないか! フフ…フハッ…ハハハッ…」

浩の不適な笑い声が夜の闇に響く。
ふと、浩は頬に冷たいものを感じて笑いを止めた。
それは目の前の男の澄んだ瞳からこぼれ落ちたものだった。
野立は浩の首元を抑える手に一瞬、渾身の力を込めた。
苦しげに顔をゆがめる浩の首根に野立の頭が落とされる。

「これ以上…失望させないでくれ…頼む」

浩の胸にくぐもった野立の声が響く。
野立はゆっくり浩から離れると、その場で頭を地面につけた。

「あいつは…絵里子は、あなたを愛して…心から愛して、そのためにキャリアも捨てた。
何もかも犠牲にしても構わない程、あいつが愛したあなたにもどってくれ!あいつを…
絵里子を失望させないでくれ…頼む…」

どれくらいの時間が経っただろう。長い沈黙の後、浩は静かにその場を立ち去った。

「あれぇ? もうミンナ帰ったか…」

芝居がかった口調で対策室に入ってきた野立が、わざとらしく室内を
見回しながらうろつく。
絵里子は野立には目もくれず机上の書類を片付けていた。

「帰ったんなら仕方ない…よな…」

相変わらず顔を上げない絵里子に、野立は諦めたように傍らまで近寄る。
別れたはずの男と切れてないことを知られバツが悪い反面、そんなことは
私の勝手、ヒトのことは放っとけとも思う気持ちが絵里子を不機嫌にさせる。
そんな心を見透かすように野立は無視できないほど顔を近づける。
絵里子はチラッと野立に目をやり、呆れ顔でため息をつく。

「な、何よ…なんか言いたいことでもある?」
「最近お前、付き合い悪いぞ。今日あたり一気に挽回しろ」
「はあ?」と絵里子はいつものように野立をにらみつける。
「何を挽回するってぇ?意味わかんない!」
「バカヤロウ。部下が上司のご機嫌をとっていやいやながらも飲みに付き合う。
これ日本のリーマンの常識な」

絵里子はフンと鼻先笑いを返す。
いつもと同じようにふざけた会話を進めようとする野立に自分の周りに
張っていた結界が崩れていく。

いつものバーでいつものように軽口を叩き合い、二人の間に穏やかな時間が
流れていく。
そして、絵里子の携帯が鳴った。
絵里子の身体に緊張が走り、野立から目をそらすと携帯を握り締め席を立つ。
野立は深いため息をつき、行けよと顔をふる。

「安心しろ、止めないから…俺は待ってるから」

絵里子は気まずそうにうつむき加減で足早に店を出た。

絵里子は気まずそうにうつむき加減で足早に店を出た。
小走りで歩を進めながら電話に出る。

「ゴメン、浩。今から行くから…」

浩からは何も返ってこない。ただ息づかいが聞こえるだけだった。

「浩? もしもし?」

と言いながら、タクシーを探す。

「いいよ、来なくて」
「え?」
「来なくていい…もう会わない…終わりにしよう」

絵里子は上げかけた手を下ろし、立ち尽くす。

「…何…浩…どうしたの?なんかあった?」
「…何も。何もないよ」
「うそ!」

と電話口で声を荒げた絵里子の目に涙がにじむ。

「なんかあったんだよね。大丈夫?浩。とにかく行くから…」
「俺たち、別れたんだよな…2年前…あの時、とっくに終わってたのに…ゴメンな」
「ひ…浩。大丈夫だよね?…私は大丈夫だから…そばにいるよ。だから…
だから自分をダメだなんて思わないで…これ以上自分を責めないで…
お願い、早まらないで…死なないで…死んじゃダメだから!」

片手を口に押し当て漏れそうになった泣き声を押さえる。

電話の向こうからは浩の荒い息づかいだけが聞こえている。
しばらく沈黙が続いた。

「何言ってるんだよ」

と言う浩の声は震えていた。

「お前、俺が死ぬと思ってたのか…そんなわけないだろう。俺はそんな弱い
人間じゃないよ…お前が一番知ってるはずだ」
「…ホント? 本当に大丈夫なの?」
「ああ…俺も忘れてた。お前が強がっているけど、実は弱い女なんだってこと…
絵里子…ゴメン」
「…ヒロ…シ」
「俺のことは忘れてくれ…俺も忘れるから…お前のこと、全部忘れるから…な」

絵里子は浩が目の前にいるかのように、コクンとうなずいた。

「だけど…」

と、浩は小さな笑い声を漏らす。

「俺、自分を買いかぶってたよ…お前のこと一番知ってるのは俺だって…
いたんだな…お前のこと、俺より知ってるヤツ」
「何? …浩、何言ってるの?」
「じゃ、元気で…幸せになれ」

突き放すように言うと、浩は携帯を切った。

絵里子はしばらく風に吹かれて気を鎮めた。
何度も逃げたいと思った。この男から逃げるには殺されるのを待つしかない
のかもしれない、それも悪くないと。
が、実際に別れを切り出されると、うろたえている自分がいた。泣いて死なないでと
言っていた。
絵里子は自分が何に怯え何に縛られていたのかわかったような気がした。
これもあるいは恋だったのかもしれないと。

野立!

絵里子の頭にさっきまで一緒にいた男の顔が浮かんで、自然に足が来た道を戻る。
息をはずませ店に入ると、そこに野立はいなかった。

「待ってるわけないよね…」

とひとり言を言いながら同じ席に座った。

「待ってるんじゃないですか」

と顔見知りのバーテンダーが微笑んだ。

「ええ?何の話よ…てか、誰かいると思って戻ってきたわけじゃないからね。
飲み足りなかっただけだから…ビール、一杯だけ」 

バーテンダーは黙ってうなづいた。
ほどなく絵里子の前に美しいブルーのカクテルが置かれた。
目を丸くしてバーテンダーの顔とカクテルを交互に見る。

「何これ? 私、頼んでないけど…」
「アルディラです…野立様が時々頼まれるカクテルですよ。意味は『すべてを越えて』」
「野立が?」

ライトに照らされてキラキラと輝くグラスをじっと見つめる。

「えっ」

と我に返った絵里子をバーテンダーは相変わらず優しい笑みをたたえた顔で
見つめていた。

「ちょ…ちょっと、なんで私が野立のカクテルを…」

と言いかけた絵里子に、彼は

「私からのサービスですよ」

と付け加え行ってしまった。

「…わっけわかんない…『すべてを越えて』って意味まで考えて酒飲むヤツは
いないっつーの。相変わらずキザな男なんだから…」

ブツブツとひとり言を言いながら、その澄んだ青い色のカクテルに唇をつける。
ヘーゼルナッツの甘い香りが口中に広がり爽やかな後味を残していった。

「いい酒飲んでんのね…野立…」

続編:待ってる男、野立クン(野立信次郎×大澤絵里子)






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