ため息
池上浩×大澤絵里子


「なら、今度は俺がお前を待っててもいいか?」

絵里子の脳裏にそんな言葉がよみがえる。

「あの男とは別れたのか?」

絵里子がアメリカに発つ別れ際に唐突に聞いてきた。

「そんなこと、アンタには関係ないでしょ…」

野立は黙って絵里子を見つめる。その澄んだ瞳に調子を狂わされ、
絵里子は視線をそらし口ごもる。

「…だって、その…これ以上待たせるわけにはいかないから…私
…何も約束できないし…これが私だから…仕方ないよ」

自嘲気味に笑みを浮かべる絵里子を野立が笑うこともなく
ただ見つめている。

「…じゃあ、もう行くから…アンタも元気で」

沈黙に耐えかねて野立に背を向けた時にその言葉が投げかけられた。

「え?」
「だから、俺がお前を待っててもいいか?」


あの時、どんな返事をしたんだっけ…

絵里子は記憶をたぐり寄せるように目を閉じた。その瞬間、走った
胸の痛みに顔をゆがめる。
固く隆起した胸の突起は舌先で転がされ吸い上げられ押しつぶされ、
ついには引きちぎらんばかりに歯を立てられた。

「っつう…」

のけぞる絵里子の姿態に満足したかのように、浩は絵里子の上で
激しく上下に身体を動かし始めた。
決して離すものかといわんばかりに絵里子にしがみつく。
焦るように激しく動かされる度に浩の荒い肌が腫れあがった乳首を削る。
その薄い胸板が悲しくて、絵里子は声を上げ、浩に合わせて腰を動かした。

「っはあ…ああ…ひろ…し…」
「え…りこ…っああ…えりこぉ…」
「んああ…はぁ…」

あっけなく果てた浩は満足げな笑みを浮かべ絵里子を胸に抱き、程なく
スースー寝息をたて始めた。
絵里子は息を押し殺し、ゆっくりと浩から離れた。


「なんで、アンタが私を待ってるのよ」
「1人くらい必要だろ? 日本でお前の帰りを待ってる男がさ」

いつになく澄ました顔で平然と答える野立の言葉に絵里子は戸惑う。

「バ…バッカじゃないの! 待ってたって何もないから…」

狂った調子を戻すように大げさに笑ってみせた絵里子の唇を野立がふさいだ。

「ちょ、ちょっと、野立! ふざけないでよ!」

絵里子は驚いて野立を押しのけた。

「ア…アンタの取り巻きと一緒にしないでよ」
「待つのは勝手だろ? 帰ってきた時は濃厚なお出迎えをしてやるから楽しみに待ってろ」

そこで初めていたずらっぽい笑みを見せ、優しい視線を送ると絵里子に背を向け
野立は大きく手を振り去って行った。

その時代遅れのキザな背中を思い出し、絵里子の頬が緩む。が、傍らで穏やかな
寝顔を見せる浩に気付き、すぐに顔が強張る。
身なりを整え、浩のアパートを後にした絵里子はバッグの中で震える携帯に気付いた。

野立…
夜空を見上げた絵里子は大きなため息をついた。






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