on the board
片桐琢磨×大澤絵里子


特に荒っぽい事件もなく、平穏に迎えた終業時間。ある者はいそいそと、
またある者はだらだらと――お先に失礼します。お疲れ。そんなやりとりを
何度か繰り返して、なんとなく最後の二人になった。殊更に打ち合わせた
わけではないけれど、不自然でない程度に片付けを遅らせて、こまごまとした
雑事を済ませてみたりして。最後の同僚が出て行った途端に、緊張が
解けたように少しネクタイを緩める仕草を目の端にとらえて、絵里子は
一瞬どきりとする。

――いけない、いけない。まだ仕事中なんだから。

気を取り直すようにひとつ息をつき髪をかき上げて、報告書の締めの数行を
やっつけにかかる。その間に、片桐は空のコーヒーカップを片付けて、
会議机の椅子に陣取る。いまや手持ち無沙汰を取り繕う様子もない彼と、
二三、仕事の話をした。面が割れるのシマを張るのと粗野な単語が
飛び交う会話に、今更ながら色気がないなと苦笑したくなる。職場での
話題としては、褒められこそすれ、咎められるものではないのだけれど。
絵里子がようやく最後の一文を仕上げて、片桐と同じようにカップを片そうと
席を立つころには、話題は射撃へと移っていた。向かって右側を狙う時に、
どうしても精度が落ちる。あるいは、構え方の癖、疲れ具合とか。その気に
なれば人を射殺せる冷たい銃火器についてひとしきり語り合ったあとに、
絵里子は会議机の傍に立ち、「で、今日どうする?」とようやく温かい話を振った。
食事にするか、呑みにするか。外にするか家にするか。時間も気にしなければ、
明日も早いのだし。思考を巡らせながら絵里子がふと見下ろすと、片桐は
無言で見つめ返してきた。感情の読みにくい、彼お得意の仏頂面――いや、
一見無表情にみえても、実は色んな表情をしているのが、今ではかなり
はっきりと分かる。たとえば今は、じっと見つめ返す目に、ひどく挑戦的な
光が宿っていて――

「絵里子さん」

親しく名を呼んで、片桐はすっくと立ち上がる。距離が近い、と焦った瞬間に、
唇が触れた。え、と疑問に思う暇もなく、

「ここで、いいですか」

身体ごと押し迫られて、なんの手立てもなく会議机に仰向けの形で
倒れこみそうになる。背中に回された力強い腕が一瞬それを引き止めて、
大きな手が後頭部を守ってやさしく着地させられる。硬い机の感触を背に、
片桐の影を正面に。
そうして、ここで。

……。……ここで?

――いいわけ、ないでしょ!

ようやく状況を把握して、絶叫するような思いが浮かんだ時には、
伝えようとする絵里子の唇は既に片桐のそれで塞がれていた。ならば、と
もがいて脱出しようとするも、両の手首はしっかり男の手に押さえつけ
られているし、浮いた足先をばたつかせてみても無意味だ。いくら刑事
とはいえ、いくら海外仕込みのスキルがあるとはいえ、いくら日頃「男勝り」と
称されているとはいえ――こうも完全に組み敷かれてしまっては、絵里子にも
為すすべが無かった。ましてや、相手も手練れの刑事だ。
どうしようもない、でも、やめさせないと。焦るあいだにも、片桐の舌は
丁寧に、執拗に、絵里子の口内を侵す。顔をそむけようとしてもしつこく
追ってくる唇に、否応なく体温が上がる。うまく呼吸ができず、焦るのと
息苦しいのとで、いっそ噛んでやろうか、とまで思い浮かんだところで、
ようやく唇が離れた。は、と大きくいちど呼吸をして、やめて、と抗議を
口にしようとしたところで、間髪入れず左の耳朶に片桐の舌が滑る。

「やめ、っ……!」

甘噛みされて、制止の声が上ずった。ぞくぞくと、背筋をなにかが滑り下りる。
弱いと指摘されてもいたし、自覚してもいる場所。だからこそ、たちが悪い。
敏感な部分を責められていると思うだけで、身体がじんわりと熱を持ってしまう。
濡れた感触が丁寧に耳の輪郭をなぞる間、絵里子は制止するのすら忘れ、
きつく目を閉じて零れそうになる悲鳴を堪えていた。

「……可愛い」

熱い息が、低い声がからかうように耳元で囁いて、心臓が跳ねる。
片桐の顔が離れたあとも、絵里子はしばらく乱れた息を整えることしか
できなかった。スーツのジャケットを脱ぎ、ベストのボタンを外す片桐を見て、
ようやく手首が自由になっていることに気付く。といっても、絵里子にはもう
暴れる威勢のよさは残っていなかった。

「もう、やめて。ここじゃ駄目」

なんとかしっかりした声をつくって睨みつけても、ベストまで脱いで身軽に
なった片桐は「もう無理です」と、取り合う様子もない。かちんときた絵里子は
片肘をつき、少し身を起こして「ちょっと、ここどこだと思ってんのよ!?」と
強気に吠えた。しかし片桐はお構いなしに、端整な顔で見下ろして、
平然と微笑んでみせる。

「職場、です」

しゅる、と、襟からネクタイを抜き去る姿に目を奪われて、反応が遅れた。
再び覆い被さってきた片桐が、今度は右の耳たぶにやさしく歯を立ててきて、
ひゃっ、と絵里子の喉から短く悲鳴が漏れる。支える肘から力が抜けて
崩れ落ちそうになったところを、片桐は抱きかかえて絵里子のジャケットに
手を掛ける。容赦なく耳を責めながら手際よく上着を脱がす片桐に、
なにが不器用、と絵里子は内心で憤った。けれど、ざらりとした刺激が滑るたびに
体の中を電流が流れるような感覚に襲われ、それを口にすることもできない。

「絵里子さん、ほんとに、耳、弱い」

もういちど絵里子の上半身を机の上に軟着陸させて、片桐は楽しげに言う。
次第に熱のこもってきた頭でそれを聞き流しながら、絵里子はゆるゆると
首を振り、シャツのボタンを外そうとしてくる彼の腕を力弱く掴んだ。

「嫌?」
「や、だ……琢磨……」

頑なに拒否しながらも、絵里子は無意識に恋人として名前を呼ぶ。
こんなところで――職場で、まして捜査会議に使うようなところでするのは
嫌だけれど、そんなに性急に、熱心に自分を求めてくれていると思うと、
応えたい気持ちにもなってしまう。背にある硬い机の感触に嫌悪感を
募らせる一方で、体の奥が疼きはじめる。そんな葛藤を知ってか知らずか、
片桐は宥めるように絵里子の髪を撫で、再び奥深く探り入れるようなキスをした。
緩慢に舌を絡めて応じる間にも、シャツのボタンが外されていくのがわかる。
もういいか、このまま――と、絵里子が匙を投げるような気分になったところで、
無骨な手に脇腹のあたりを撫でられ、「んっ」と声が漏れる。
離れた唇がそのまま首筋に触れ、強く吸われて熱い息が零れた。浮いた
背中に片桐の腕が滑り込み、ホックを探り当てて外す。そのまま背骨を
伝うように滑る指に、絵里子はひゅっと息を呑んだ。止めるために彼を掴んだ
はずの手は、いまや縋りつくような格好になっている。

「忘れ物、取りに」

ゆるゆると胸を揉む手の動きに気を取られながら、絵里子は耳元の声を聞く。

「誰か、来るかもしれませんね。山村さんとか」
「そん、なっ……言わな、ぁんっ!」

先端を軽く抓まれて、懇願が甘い嬌声に変わる。自分から始めたくせに、
そんなこと言わないで――そんなこと、言われなくても、分かってる。
終業時刻に少し落としたとはいえ明かりはまだ点いたまま、部屋の真ん中の
会議机。乱れた着衣に、熱気の籠もった息遣い。施錠もしていない対策室に
誰かが一歩でも踏み入れば、隠しようもなく言い逃れようもない。廊下って、
声、どのくらい聞こえたっけ――と思い至った矢先にまた先端を責められて、
甲高い声が漏れた。目が、声が――体が、潤む。気が急く。はやく、と、焦る。

「琢磨、……たく、まっ」

媚びるような声で呼ぶ絵里子の胸を、男の舌が這う。なだらかな膨らみを
上って、頂上を口に含む。吸い上げられて、絵里子の身体が跳ねた。
片桐の頭に添えた手が、無意識にくしゃりとその髪を乱す。体の芯が
ますます熱くなるのを、無視できなくなってくる。
はやく、誰も来ないうちに。見つからないうちにと――でも、それだけじゃなくて、

「まだ、嫌?」
「……。私、も」

囁くように問いかけられて、乱れた息の隙間から言葉を紡ぐ。スカートに
掛けられた手に、絵里子はくすりと笑って腰を浮かせた。

「も、無理」

――っていうか、とっくに、もう無理。

いつもはもっと、自分から指で、唇で、舌で彼に触れて、戯れたりできるのに。
余裕のない自分を、絵里子は自覚する。嫌がってはみたけれど、結局私も、
この状況に興奮してるんじゃないか。
スカートとストッキングを取り去ると、片桐は下着の上からいたずらに
指を滑らせた。薄い布越しの刺激にさえ、抑えようもなく甘い声を上げる
絵里子に、「本当だ」と嬉しげな声が降り、下着もすぐに脱がされる。
敏感な箇所が空気に触れただけで、絵里子は身体の奥がじんと潤むのを
感じた。恥ずかしさに、視線が落ち着きなく揺れ動く。
片桐の指が、そっと触れる。

「ひぁ、――ッ」

自分の上げた声の大きさに驚いて、絵里子は慌てて口を塞いだ。戯れに
撫でるだけのような触り方ですら、背筋がぞくぞくして仕方がなかった。
秘裂を辿る指の動きから、体の中を震わせ駆け上がってくるものを
熱い吐息で逃がす。潤んだ中に指先を沈められ掻き回されて、
ひっきりなしに快感が襲い来る。

「っは、ん、くッ……ぁ」

喘ぐ声を殺し切れず、絵里子は断続的に嗚咽のような声を漏らした。
溢れる蜜をゆっくり絡め、くちゅ、と水音を立ててから抜いた指を陰核に
添えて、片桐は動きを止める。

「声、出さないんですか」
「……だっ、て」

廊下に響いたら。人に聞こえたら。快感に震える舌でうまく伝えることも
できない絵里子に、「……つまんないです」と片桐は至極残念そうに言う。
こういう時だけ可愛い子ぶるな。っていうか、そういう次元の話じゃない。

「ばかじゃな、っあああ――ッ!」

なじる途中で陰核を弄られて、弾けるような快感が走る。撫でて、抓んで、
押し潰して、次々に与えられる刺激に、立て続けに蕩けた鳴き声をあげる。
背筋が反り、体が跳ねる。響くとか聞こえるとか、ついさっき考えたことが、
全部どうでもよくなってくる。頭の中はただひたすらに真っ白に、触れてくる
指があそこが気持ち良い、きもちいいきもちいい――

――……ば、かじゃないの、私も。

責めが一時止んだ間に、余韻で荒い息をつきながら、絵里子はかすかに
自嘲する。けれど次の瞬間には、ここがどこだとか、自分が何をしているかとか、
頭の隅にちらちらとくすぶっていた考えも、すべて溶けて消えてしまった。
秘所に熱いものが触れ、先端で味わうように撫で回されて、絵里子の喉から
仔猫のような鳴き声が出る。片桐の背に縋りつく。急かすように高鳴る鼓動に、
余裕のなさを再確認する。

「琢磨、……っあ」

押し入ってくるものに歓喜して、自身の内壁が絡みつくのがわかる。もっと、と
ねだるように、奥がひくつくのがわかる。もっと、進めて、埋めて、奥まで
満たしてほしいのに、焦らすように浅く出し入れされて、喘ぐ唇から躊躇いなく
懇願の言葉が出た。

「っは、やぁっ、おねが、いッ、……たくまぁ」
「……い、や、です」

同じように熱い息を吐きながらも、片桐は冷たく拒む。絵里子が切なく
縋るように見つめた先では、無表情のようでどこか愉しげな片桐が、
挑戦的な光を目にちらりと灯して、口を耳元に寄せて低く、

「ただ、命令なら、聞きますよ、……ボス」

呼び掛けられて、かっと顔が熱くなった。
ボスとして、上司として、命令をし指示を飛ばすこの場所で、その真ん中で、
部下とまぐわっている自分。取り澄まして説明をして、資料を広げた机の上で、
あられもなく嬌声を上げ男を求めている自分。ぞっとするほど鮮明に意識
させられて、一気に羞恥心が高まる。戻ってきた現実感に、途切れなく喘ぎ声を
零していた唇が、怯んだように震える。
でも――試すように、自分の中から男のものが去ろうと、熱い塊が退こうと
する感触を感じとってしまうともう、欲しくて欲しくてどうしようもなく、

「ぁ……片桐っ、入れなさいっ――ぃ、あああああッ!」

熱をもった質量に、一気に貫かれる。待ち望んでいた存在を、悦びに
震える最奥がきつく締め付け、貪欲に片桐を求める。渦巻き暴れる快楽に
翻弄されて、絵里子は喉を震わせ嬌声を上げ、掻きむしるように縋りついて
爪を立て、抱え込んでなお欲しがって腰を押しつける。

「琢磨ぁっ……!」
「……っく、あ……絵里子、さん、……い……っ!」

低い声が、快楽に震え途切れるのが嬉しくなって、それが鋭敏に内奥に
伝わる。切なげに呼吸を乱して、片桐が動き始める。引き抜かれ貫かれるたび、
絵里子の口から言葉にならない声が漏れる。絡み合う摩擦に火照った体温、
荒い息遣いに呼びかける声、そのすべてが気持ち良くてたまらない。
熱く蕩けて交ざり合って、次第に意識が霞がかってくる。善がって悶えて、
どろどろに溶けた思考のなかで、ただ一点を目指して駆け上がり、

「……絵里子さ、っもう……」
「んっ……琢磨っ、たくまぁっ、――っあああああ!」

求める相手の名前を呼んで、白く弾ける快楽に、ふたりして身を投げ出した。

ここで。

「……あの、」
「発情期。反抗期。変態」
「……やっぱり、怒ってますか」

乱れた衣服やらもろもろの痕跡やらを、綺麗に整え片付けたあと。
化粧室から戻ってきた絵里子に、言わずもがなの質問をおずおずと
差し出した片桐を、氷点下の視線が突き刺す。怯えて一歩退く大の男に
絵里子は大股で近付いて、その髪をわしゃわしゃと盛大に乱してやった。

「あ・た・り・ま・え・で・しょ・う・が」
「でも、盛り上がってたじゃないで――」
「なぁに、口答え〜?」
「すいませんでした」

まあ、実際ちょっと盛り上がってしまったけれども、それは結果論であって。
こんなところで襲って、挙げ句にあんなこと言わせたりして、変態というか
悪趣味というか。ごめんなさいすいませんと謝りつづける片桐の頭を力の限り
ぐりぐりと苛めながら、絵里子は改めて思い返して腹を立て、そのまま髪を
一束掴む。

「今度やったら――」

腹からどすの効いた声を出して、含意たっぷりに一瞬視線を下げ、

「再起不能にしてやるから」

と至近距離で凄む。血の気の引く片桐の顔を見て
少し溜飲を下げ、絵里子は掴んだ髪を離した。おまけとばかりに頭をぽんと
叩いたあと、「それで。何があったの一体」と調子を変えて尋ねる。

「……え」
「なんでこんなことしたのー?仕事に私情を挟まない。プライベートに仕事は
持ち込まない。……私が怒るの、分かり切ってたでしょうに」

むしろ怒らせたいの?キレられたいの、変態だから?思い切り不審者を
見る目で絵里子が見やると、片桐はぼさぼさに跳ねた髪を押さえながら、
不自然に視線を逸らした。

「あまりに、絵里子さんが……その、割り切ってるので……」
「……?」

歯切れの悪い物言いに眉根を寄せる絵里子をちらりと見てから、片桐は
再び言いづらそうに目を背け、ぼそぼそと続ける。

「一緒に居ても、仕事だから、って……あまりに簡単に切り替えてるので……
あの、ちょっと、悔しくなって」

俺は、そんなに簡単に、できないので……不器用ですから。途切れ途切れに
言ってお決まりの文句で結ぶその様子に、絵里子は大きく目を見開いた。

――そうか。そんなに簡単そうに、彼の目には映っていたか。

やるじゃん、私。ばつの悪そうな片桐をよそに、絵里子は自らの演技力を
自賛して、それから思わず笑みを零す。お互い好き合っているはずなのに、
そんな相手を目の前に、あまりに動揺が見えなさすぎやしませんか、と。
なるほど、それで拗ねたってこと。だからって、あんな行動に出るのは
いかがなものかと思うけれど――なかなか、可愛いことを言ってくれる。

「……まだまだねえ、片桐も」

上司としての言葉を返されて少し不服そうな片桐に、絵里子はつんと
澄ました表情をしてみせる。

「刑事は芝居ができてなんぼ、でしょ」

何気ない仕草でどきりとしたり、つい目で追いそうになったり。私だって
これで結構、苦労してんだから――と、本音は涼しい顔で仕舞い込んで、
絵里子はぱんと片桐の背を叩いた。

「よっし、呑みにしよう。琢磨、お詫びにおごんなさい」

唐突に機嫌を直して、てきぱきと戸締りを確認し始める絵里子の背中に、

「……芝居、って」

と片桐の面食らった声が届く。振り向いてぴたりと目が合うと、
絵里子は黙らせるように――あるいは照れ隠しのように、厳しい顔で睨みつけた。

「度数も値段も高いやつ、呑んでやるから」

強く言い切っておいて、絵里子はふっと悪戯っぽく笑う。つられるように
片桐も微笑し、

「……呑みすぎないで下さいよ」

と困った声で釘を刺した。






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