言葉1つで・後編(ぎゅっと 続編)(非エロ)
野立信次郎×大澤絵里子


「野立参事官」

廊下を早足で進み、やっと野立の背中が見えた。
この角を曲がれば野立に追いつける、そう思った次の瞬間、自分とは違う声が彼を呼んだ。

その可愛い、しかしなにか切羽詰まったような女の子の声に急いでいた足が止まる。
陰からちらっと顔を覗かせると、見たことのない子が野立を立ち止まらせていた。


「・・・あぁ、沙希ちゃんか・・・・・・・」

その声にドキリとした。
野立の女の子を呼ぶ声などいくらでも聞いてきた。
それは本当に軽くて、いい加減で適当で。
付き合う前は「本当どうしようもない」と思ってきたその声に、今は「ただの習慣」だと
「本気じゃない」とむしろ安心するほどだった。

でもその軽い声とは明らかに違う。
別に真剣な声だとか、かっこいい声だとかそういうものではない、ただ普通に、なんの気取りもない低めの声。
私とケンカをしたからあの軽い声を出せないの?いいやあいつはつらくてもちゃんと演じれる人間だ。


やめて、そんな声で他の子を呼ばないで


まるで「絵里子」と呼ぶ声と同じように・・・・・・違うのは呼び捨てかちゃん付くらいで。
しかし絵里子の感情を置き去りにして廊下での立ち話は続いている。


「・・・どうしたの?何かあった?」

「・・・野立参事官こそこの間から・・・・あっ、いえ、コーヒーでも飲みませんか?」

彼女が差し出したのは缶コーヒー
両手に持っていた2つから1つを差し出した。
この廊下は殆ど人が通らない、そんな中でこんなコーヒーを2本持って声をかけるのだから、
きっと彼女は最初から野立を探していたのだろう。

「ありがとう、よく覚えてたね?俺がこれ好きだって」

「覚えてますよ、好きな人の事は」

それは思わず聞き流してしまいそうな程サラりとしていた
しかし彼女ははっきりと言った「好き」という言葉を。

それは告白?
それとも普段も同じように会話をしているのか。
どちらであっても、胸が締め付けられる様に痛む。
自分の知らない野立の世界を垣間見ているような、置き去りにされてしまったような気持ちにさせられる。


「・・・・沙希ちゃん・・・・・・・・・・」

やっと口を開いた野立の様子を見れば
普段からそんな事を口にするような子ではないのだろう、
しかし野立の声に驚きはない、きっと彼は彼女の気持ちを知っていたのだ。

「もう、そんな顔しないでください、困らせたかったわけじゃないんですから」

「・・・ありがとう」

「・・・・・・・参事官ズルいです、それ「ごめんなさい」と同じですよ?」

だったらちゃんと言ってください。
文字にすれば傷ついてさえいないかのような彼女の声は、言葉と裏腹に震えている。
それでも顔を上げ、にっこりとほほ笑む彼女は美しい。

「・・・・・・・ごめん」

苦味を堪えるような彼の声。
その答えにほっとするより、痛みを覚える。
確実に彼の心には彼女がいるような気がして。

「・・・はい、ちゃんと言ってくださてありがとうございます」

言葉を紡ぐ彼女の瞳から涙が溢れる。
それはスローモーションのように、笑顔のまま涙を流す若く美しい女性。
野立の手がぴくっと動き彼女に向かう、しかし一瞬止まった後、その手はまた下ろされる。

そんなところ見たくなかった。
告白される処を見ている方がずっとずっとよかったのに。


野立の手が、腕が、瞳が彼女を抱きしめたいと言っている


見ていたくなくて立ち去りたいのに足が動かない、
辛くて苦しくて、呼吸が上手くできない。


「・・・参事官はつらくないですか?」

「俺?」

「彼女と上手くいってないって、この間から顔に書いてあります」

「そっか・・・・・・・」

「本当はちょっとチャンスかもって思っちゃいました、私ズルい女なんです」

「ズルくなんかないよ」

「ふふ、でも好きなんですね、その人の事」

「・・・・・・・・・・」

「その人が羨ましいです、参事官にこんなに想ってもらえるなんて」


辞めて、私の事なんか話題にしないで。
そう思うが、でも野立がどう答えるのかが気になる、ズルいのは私なのだ。


「どうかな、相手は喜んでないと思う」

「そんな・・・・・」

「同じだけの想いを俺は彼女に望んでしまったから、呆れてるよ、きっと」

野立の声は苦笑い気味だった、
自分を戒めるような、後悔しているような。

「相手から絶対的な愛情を貰えなければ自分から「好き」って言えないのか?
それは違う筈なのにね、あいつがどう思っていても俺の気持ちは変わらない、俺はあいつが好きだ」

沙希ちゃんに言うような事じゃないけれど・・・
呟くように話す野立それでもはっきりと決意表明のように話し続ける


「だから俺は、あいつがどんな答えを持ってきても自分の気持ちを伝えるつもりだ
俺は彼女が好きだから、彼女しかいないから」


その言葉に彼女の目からまた涙がこぼれる

「・・・・待ってることも許してもらえないんですね?」

「・・・・ごめんね?」

「いいえこれでふっきれました、ありがとうございます」

期待を持たせることさせさせない、
それは彼の自信なのか、それとも彼女への優しさなのか
きっと後者だろう、そんな事さえ嫉妬してしまう自分が情けない。



「野立・・・・・・」

彼女が立ち去り、下を向いて歩き出そうとしていた男に声をかける。
迷った末に出た声は自分でも弱々しかった。

はっと顔を上げた彼、唇が「絵里子」と動いた。
視線が絡まり、見つめあう。


ほら、言葉なんていらないじゃない。


動いたのはどちらが先だったのか。
どんなに人がこない廊下でも今自分たちが望んでいる行為はできない、
だから絵里子の手を取るようにした野立と一緒に当然のように屋上まで戻って。

バタン

扉が閉まるのを待つことさえせずに唇が出会う。


ねぇ、伝わってる?
私の想いも、欲望も。


息継ぎをする事さえ、その一瞬ですらもどかしい。
もっともっと抱きしめて、私を壊すくらいに。


「傷つけちゃったよ・・・・・」

「そうね・・・」

さっきの事で少し弱っている事を知っていたからこちらから抱きしめて、頭を撫でてやる。
見ていたことを彼は知っているだろう。

「女の子は傷つけないって決めてたのに」

「私の事はいいの?」

言外に私も傷ついたんですけど?と伝えると少し笑い、その振動が胸に伝わってきた。

「絵里子は女の子じゃないから」

「ちょっと・・・・」

「違うよ、そういう意味じゃない」

ぎゅっと込められる力が強まる。


「好きだって、愛してるって言える女は絵里子だけだから」


本当に、
本当にズルい男ねあなたは。
そんな風に言われたら、何も言えなくなるじゃない。


「本気で人を好きになったら傷つく事も傷つける事もあるんだってそう思ったんだ」


だからこの先も傷つけないとは約束できない。
でも大事にするよ、必ず幸せにする。
そう呟きながら抱きしめてくる男をどんなことがあっても私も離す事はできないだろう。
好きだからこそ辛いし、切なくなる事もある、それでも離せない、離したくない。

でも、そうだ、一言釘をさしておかなければ。

「傷つけられ方によるんだからね?」

その言葉に顔を上げた男が、一瞬きょとんとし、それから笑顔になった。

「大丈夫、俺は意思は強いよ、可愛い女の子に告白されても、泣かれても、抱きしめたり揺らいだりしない」

抱きしめそうになったのは反射だから許して。
そう言いながらまた首筋に顔を埋めてくる男に苦笑いが浮かんだ。

きっとそれは少しだけ嘘が混じっている、反射かどうかは相手の人にもよるでしょう?
彼女に対してはそんなんじゃない、ほんの少し愛おしさを感じたもの。
でもそれは追及しないことにした、
あの時、絵里子の答えを待たずに結論を出した男の潔さ、想いの深さに自分は負けたのだから。


「野立、ごめんね?」

「うん?」

「友情か愛情かなんて結論なんかでないわ」

体を離して告げると、野立が一瞬不安そうな目をする
だから、さっきまでの行為はなんだったのよ、もう本当にわかってないんだから。

「だって20年も同期やってきたのよ私たち、
どこからが愛情でどこからが友情かんてわからない、戦友だとも思うし、情夫に思えることだってあるわ」

「おまっ、情夫って・・・・・」

「だって・・・・・・・」

「・・・・・・・したいのか?」

「い、今じゃないわよ!?」

「俺はしたい」

「こ、ここじゃダメ!!!」

「なんでだよぉ、人いないだろう?」

「屋上は外からは鍵かかんないから」

「えーいいじゃんよ、しようよぉ〜〜〜」

「仕事まだ残ってるの」

「んな事言ってたら次いつできんだよ」

「それは・・・・・・」

「ほら、答えられないだろ?だから今、な?」

有無も言わさず、また唇が重なりあう。
舌が絡まり、はだけられた首筋が強く吸われた。

「あ・・ふ・・・・・・・・・」

声が漏れ、久しぶりの彼の匂いにくらくらした。

「ね、待って・・・」

「待てない」

「お願い」

その声に真剣さを感じたのだろう、愛撫を辞めなかった男が、初めてその動きを止めた。

「どした?」

「・・・・・好き、好きよ野立」

「・・・・・・・・・・・・」

「ちゃんと言ってなかったから」

「うん・・・・・・・・・・」

「甘えててごめんなさい、言わなくても、言葉にしなくても伝わってるって思ってた」

こんな風に彼から与えられる全てが当然の様に思っていた
でもそうじゃない(過剰すぎて困ることも多々あるけれど)それは本当に幸せな事なのだ。

「俺もごめん、酷い事言った。」

「うん、びっくりしたわ」

「修理の男の話じゃないぞ?」

「わかってるわよ」

まだこだわっていたのかと思わず笑う
その声に「なんだよー」と不満そうな声がした

「追い詰める気なんてなかったんだけどな・・・・」

でも、もしかしたらさっきの俺は「こう言えば追い詰められたお前が好きだって言ってくれる」なんて思ってたのかもしれない
ズルいのは俺だな、と自嘲気味に語る男を抱きしめる
その行為に嬉しそうに笑っている姿が嬉しかった。

「なぁ、絵里子」

「うん?」

「・・・・・・いーや、なんでもない」

「ちょっとぉ〜何よ、言いなさいよ」

「なんでもないって」

「もうっ「言葉にしなきゃわかんない」んでしょ?」

「いいのいいの、言葉にしなくてもわかるようにしたいんだから」

「え〜・・・?」

「あっ、今日は少し早く上がれるか?」

「たく、話そらして・・・・でもそうね、ほら報告したけど1つ糸口が見えたし、
他との兼ね合いでこっちはもう手出しできないから今日は少し早く帰れるかな」

「じゃぁ・・・・・・」

もう1度唇が合わさって、そのまま囁かれた


「明日辛くても、今日は寝かせない」


やっぱりあなたは酷い男ね。
言葉1つで私を虜にしていくのだから。

抱き合ってキスをして、言わなくてもわかるでしょう?これは「OK」って意味よ。
そう思いながら屋上を後にした。




おまけ。

バタンと屋上の扉が閉まった。
人のいなくなった気配に思わずふーーーーと深いため息をつく。
自分が悪いわけではないのに、息をつめ、存在しないかのようにしていた。

「あ、あいつら・・・・」

思わず恨み言が口から出る。
なにもこんな処で修羅場や仲直りをしなくてもいいじゃないか。

しかもあんな暑苦しいキスまで・・・・
いや、まだよかったのか?途中は危なかった、あれは最後までいきそうな気配だった。

おっと、これでは息をつめ、なんだかんだで覗いていたことがばれてしまう。
ん?私は誰に弁解してるんだ?
まぁいい、それにしてもどうするべきだ。
知らん顔していた方がいいのか?
それとも「お前らつきあってたんだな」なんて言った方がいいのか?

どちらにしてもこれからどうやって接すればいいんだ、
2人して報告にきた時に私はどんな顔して椅子に座っていればいいんだ。
あっ、も、もちろん報告とは仕事の報告の話。
結婚報告だとか、付き合っています報告ではもちろんない、
もちろんそれも考えないわけではないが・・・・

いや、ちょっとまて、

「私たち付き合ってます」

っていう報告が私にあってもいいんじゃないか?
こっちは上司だぞ、部長だぞ。
それくらい報告してくれたっていいじゃないか。

それにいつから2人は付き合ってたんだ。
思い当たる節はいくらでもある、それこそずーーーっと前からと言われても納得する。
あっ、でも彼氏がどうの・・・なんて話もあったな。

ちょっとまて、じゃああのお見合いの時はどうだったんだ?
もしかして2人して私を笑ってたんじゃないのか!?

な、なんてやつらだ・・・

いや、まて、早合点は禁物だ。
それに今はそんな事より、これからどんな顔をして2人と話をするかが重要だ。
あんな淫らな事を神聖なる職場で・・・・・・・
仕事で2人に並ばれたら思い出して顔に出てしまうかもしれないではないか。

対策室の面子は知っているのか?
話したらまずいか?やっぱり。
それにもっと上に知られて対策室が即解散とかなってしまったらこちらにも影響が・・・・


「あぁぁぁぁぁぁ・・・・・・・・」

これが野立の、どんどん出世するあいつを蹴落とす材料になるならいいが、
残念ながら2人とも独身だ、別になんの問題もない。
対策室の問題は自分にも降りかかってくるから迂闊に動けない、しかしこれからの事については考えていかなければ。

「かずこ〜・・・・・あんな部下持った俺ってすんごい不幸だよなぁ・・・・・・・・」

丹波は思わず家で待つ嫁さんに向かって愚痴をこぼした。






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