言葉1つで・前編(ぎゅっと 続編)
野立信次郎×大澤絵里子


「行って!」

指示を出し、手を打ち鳴らして部下たちを送り出す。
難航している捜査。
事件解決の糸口を探るべく忙しく捜査に動き回る毎日、
事件は次々に起こり、抱える仕事も1つではない、
最近はそんな仕事に忙殺され、恋人であり、上司でもあるあの男との時間もあまり取れないでいた。


「さてと・・・・」

絵里子は1人になった特別犯罪室でデータベース化されていない以前の資料に取り掛かる。
愛だの恋だの言っている暇はない、1日でも、いや1分1秒でも早く事件を解決しなければ。

しかし集中してまだ5分と経たないうちに電話が鳴った
何よ・・・・と思いながらも電話に出る寸前、調子の悪かった空調を見て欲しいと依頼していたのを思い出す、
案の定電話に出ると業者さんが来てくれたとの事だった。



「失礼します!」

修理に来てくれたのは健康的に焼けた、感じのいい青年だった。
30を少し過ぎた頃だろうか、背は野立より少し高く、テキパキと動く姿が見ていて気持ちいい。

絵里子は前の彼氏がガテン系だった事もあり、
彼のような「職人」を匂わす男性を見るのが嫌いではない
今の恋人と比べるなどの事ではなく、体を動かし働く男の姿というのがいいなと思うのだ。


「修理終わりました、もう大丈夫だと思いますが、何かあったらまたご連絡ください」

絵里子が資料を見ていた目を上げると、にっこりと笑う青年が目に入る。
あぁ、いいなさわやかな笑顔。
くしゃっと笑うその姿に疲れていた気持ちが和らぐのだから女も現金なものだと思う。
使い方についての注意事項があったので、その青年に近寄りちょっとドキドキしながら説明を受けた。
しかし説明が終わっても青年が帰る気配がない。
なにやらオロオロとしているその姿に訝しむ。

「あと、その・・えっと・・・・・・・」

「はい」

「あの・・・その・・・・・・・・」

「えぇ、どうしたんですか?」

先ほどまでのはきはきした様子はどこへいったのか、口ごもるその青年に眉をよせる。
何か不手際でもあったのだろうか?
修理に時間がかかってしまったとか?いや、そんなに時間などかかっていないと思うし・・・・

「あの・・・こ、こんなこと失礼だとは思うんですけど、
もしよかったら、これ受け取ってください」

「え?」

差し出されたのは、1枚のメモ。
その勢いに思わずそのメモを受け取ってしまった。
視線を落とすと、時間がなかったのか書きなぐられたようなボールペンの文字。
誰かの名前と電話番号そしてメルアドだった。

「これは・・・・?」

「し、失礼ですよね、やっぱり、すみません・・・・」

「え?」

「もっとスマートに誘えればいいのに、俺ってダメだなぁ」

こんな風に一目惚れするなんて思いもしなくて、と少し赤くなった頬を掻く青年が可愛かった。
その様子を見ると、これはどうやら青年の名前と携帯の番号とアドレスなのだろう、
簡単に言えばナンパであり、普段ならバカバカしいと一蹴してしまうところだが、
不器用なその様に思わず笑みがこぼれる。

「私もこんな風に誘われるなんて想定外でした」

ナンパと言えば自分の恋人の女の子を誘う様子が目に浮かぶからだろうか?
それよりもずっと誠実で、でも好意の持てるその書きなぐられたメモが少し嬉しい。
一瞬だけ惜しいななんて不埒な事を考えて、でもとお断りしようとした。

その時だった。

がちゃっと扉が開き、今はあまり来てほしくない人物が顔を出した。
別にやましい事など何1つないのだが。

「お疲れっ、絵里子いるか?」

勢いよく入ってきた男は絵里子と青年を見つけるとその場で立ち止まる、
一瞬、疑うような色が瞳に宿るのが絵里子にも分かった。

「お、お疲れ野立、空調の修理にきてもらったの」

そう、やましい事などない、
しかし取り繕うような言葉が余計に白々しく聞こえるだろう事は明白だった。

「・・・・・おう」

「あっじゃあこれで失礼します、あの・・・・・もしよかったら連絡ください」

「え?あっ、あの!」

絵里子に頭を下げ、野立にも軽く会釈をしながら出ていく青年、結局返しそびれてしまったメモが手の中で揺れる。


「・・・・お邪魔だったか?」

「・・・何言ってるのよ」

「ナンパされてたんだろ?お前の好きそうなタイプじゃないか」

やはり様子でわかったのだろう、しかしそんな言い方はないじゃないか。
一瞬喜んだ自分が悪いのだとわかっているが、それでも不満が胸に宿る。
軽く「なんだナンパか?絵里子をナンパするなんてすげぇ男もいるもんだな」
そう受け流してくれれば、絵里子も軽く「やっぱりいい女って罪よね」と笑って終わらせられたのに。

「あんな風に「自分の体で金稼いでます」って男がお前の好みだろ?」

「いい加減にしてよ、忙しいのこっちは」

「まんざらでもありませんって顔に書いてあるぜ?」

「いい加減にしてってば、出て行ってよ」

「俺が出て行ったらあの男に連絡でもするのか?
そのメモ握りしめて「もしもし、大澤です、あの・・・・」なんて甘い声でも出すのか?」

「えぇ、そうね、その方がいいかも、あんな若くてかっこいい男の人ってあんまりいないし、
今の男はただの腐れ縁だもん、私は「自分の体でお金稼いでます」って男性がずっと好きだし」


売り言葉に買い言葉。


くだらないケンカだと思う。
それなのに言葉が止まらなかったのは仕事や会えないストレスだったんだとそう思う。

「・・・・・・腐れ縁?」

思いがけず低い、小さい声が返ってきた。
大きい声で怒鳴り返されるか、嫌味の応酬がはじまるのだろうと思っていた絵里子は戸惑う。
付き合い始めて何度もケンカをしたが、こんな展開は初めてだった。

「何よ・・・・?」

少し言い過ぎただろうか?
しかしもう引っ込みがつかない。

「そうでしょう?私たち腐れ縁で付き合ってるだけじゃない」

「・・・・・・・・」

「何言ってんのよ、今更」

失敗した、そう思っていてどうして引き返せないのか、
既に男の顔を真正面から見る事すらできない。

「そうか・・・そうだな・・・・・・・」

静かに息を吐いた男が、対策室を出ていく。
なぜこんな事になったのか、男の様子に不安がよぎり、
その不安を掻き消そうとするかのようにイライラした気持ちが増幅する。


― そういえばあの男は何の用だったんだろう ―


我に返り、そう思い至ったのは部下が帰り、声をかけられてからだった。
恋愛を持ち込み、仕事がおろそかになってしまった事を悔いながら部下たちの報告を受ける。
煩わしい気持ちを払拭し、忙しさに身を投じる事にした。



あれから1週間。
仕事が多いというのはそれだけで気が紛れる。
当然、上司への報告をしなければならないから野立と話はする機会はいくらでもある。。
しかし、今までのような忙しくても隙間を縫ったような触れ合いもなければ目を合わせる一瞬も存在しなかった。

普段だったら参事官室から退室する寸前の一瞬のキスも、
資料室でのたった10分間の触りあいも、擦れ違いざまの囁きもうざったいと感じる行為でしかない。
しかけられる度に怒ったし、辞めてくれと抗議をした。
本気で嫌がったら辞めただろうが、仕方なく受け入れてきたのそれらの行為。
そう、仕方ないと思っていたのにそれが今は酷く恋しい。

そんな想いを掻き消そうとがむしゃらに働き、
抱えていた事件の1つがなんとか解決の糸口を見つけた。
まだまだ忙しい事に変わりはないが、少しほっとし
気分転換に屋上で新鮮な空気を吸っていたら、ずっと心の奥底を揺さぶっている男の声がした。


「室長自らサボりか?」

「・・・・・おあいにく様、一段落ついたので頭を整理してただけです。」

自分でも可愛くないと思う。
話しかけてきたという事は相手は歩み寄る準備があるのだろう、
しかし結局こんな返ししかできないで。
自分は恋愛の仕方を忘れてしまったようだ。

「・・・・なぁ、絵里子」

「なに?」

「あの・・・さ・・・・・・・」

「言いたい事があるならはっきり言って、暇じゃないの」

「あぁ・・・・」

「そうだ、あの修理の人には連絡なんてしてないから、あなたとは違うし」

「わかってる」

「じゃあなにを怒ってるのよ」

「・・・・・怒ってる?」

「怒ってるんでしょ?だから連絡もしてこなかった」

「連絡をしてこなかったのはお前だって・・・
いや、辞めよう・・・そんな話じゃなくて・・その、言ってただろ?「腐れ縁」って」

「あれはっ「わかってる」」

やはり怒っていたのは、あの言葉だったかと思い弁解をしようとした。
しかし言葉を遮られ、イラっとした気持ちが沸き起こる。

「わかってる、お前が大した意味もなく言ったんだって事は」

だったら何に怒っているのか。
あれだけ静かに怒られたらこちらだって気になってしまう

「でも、でもな絵里子」

何よ、はっきり言ってよ。


「本当はそれが本心なんじゃないか?腐れ縁だなんて言葉だから変に聞こえてしまうけど
ずっと一緒にいた俺を、友達としての俺を失いたくないから、だから俺と恋人になったんじゃないか?」


それは予想外の言葉だった。
正直、何を言われているのかわからなかった。

「あれから思い出してたんだ、俺たちの始まり方を。
始まりは俺のお見合いの話からだった。あの時お前は焦ったんじゃないか?
俺を失ってしまうかもしれないって、その感情が絵里子、お前には恋愛感情に思えたんじゃないか?」

言葉を紡ぐ野立から目が離せなくなった。

「友達としての俺を失いたくなくて、恋愛感情に置き換えてしまったんじゃないか?」

考えもしていなかった指摘に声さえでない。
まだ言葉の整理も、感情もついていかない、
でもなんとなく言っている意味はわかった。
少なくとも否定しなければいけないということはわかった。
それなのに声がでない。

「「好き」だなんて言葉を言って欲しかったわけじゃない、
でも一度もその言葉を口にしないのは本当にそう思っていないからじゃないか?」

「・・・・そんな・・・・・・・・・・」

やっと声がでた、
でもそれも、意味のない音だった。

「お前が俺を大切に思ってる事はわかってるつもりだ、
でもな、それが本当に愛情なのか一度考えてくれないか?
例えそれが友情でも俺は傍にいるから、
・・・たとえ別れたとしてもそばにいるから。
心配しなくていいから一度ゆっくり考えて欲しい」

急に何を言い出すのか、
戸惑っているうちに目の前の相手はいなくなり、
屋上から去ったのが扉の締まる音でわかった。
今でも言われた内容の整理ができていない。

どういう事・・・・?

確かに「好きだ」なんて言った事はなかった。
しかしそれはお互い様ではないか、
彼からの睦言の中に「好きだ」なんて言葉はなかった。
「エッチしたい」や「可愛いな」など耳元で囁かれる事はいくらでもある、
それでもそんな言葉をくれた事なんてなかったじゃない。

それに今更「好き」なんて言葉が必要なのか。
何度も何度も体を重ねてきたというのに。
嫌がっても、人に見られるかどうかのギリギリのラインで触られる事を許しているのも
抱き合い、あれだけ激しいキスを交わす事も
ちゃんとした感情があるからであることなど明白な筈なのに。

意味がわからない、
野立の言いがかりだとそう思う。
それでも、ふと思い出した事があった。



2日程前の話だ、
やはり屋上で監察医の奈良橋玲子に声をかけられた。

「悩んでるの?」

「まぁね、事件が多すぎて」

「男との?」

「え・・・・・」

「あら、付き合ってる事がバレてないとでも思ったの?
対策室の面々はともかく、私の目は誤魔化せないわよ、それにケンカしてる事も」

新婚だった彼女が帰ってきたのは結婚してから半年。
別に離婚したわけではなく
「だってやっぱり刺激は欲しいじゃない?」
と新婚生活を満喫してから復帰した・・という感じで羨ましい限りだ。

「あなたたち見てると高校生みたいよね、2人ともモテるくせに余裕がなくて」

「高校生って・・・・」

「自分の感情にしか目がいってないって事よ、特にあなたは」

言われている意味がよくわからない、
しかし彼女がどの男と付き合っているのかも知っているのだという事は理解できた。
ふっと嫌味に笑うその様子があの男によく似ている。

「ねぇ、想いも行為も言葉も相手が与えてくれるのが当たり前になってない?
「受け入れてるんだから私の気持ちわかるでしょ?」じゃ相手には伝わらないわよ」

「何言ってるのよ、それに付き合ってるだなんて言ってないでしょ?」

「まぁ、どっちでもいいけど。でも今までだって男はいたんでしょ?経験から学ばない女はダメよ」



ホント相変わらず恋愛のセンスがないわね、仕事のセンスはあるのに

と笑っていた彼女の横顔は今でも鮮明だ。
それは多分彼女なりの警告だったのだろう。

彼女はきっと野立が傷ついているのをわかっていたのだ。


・・・・そうだ、あの時野立は傷ついていたのだ。


「腐れ縁だ」と言われて、怒ったのではなく傷ついていたのだ。

どんな気持ちだっただろうか、
恋人から「腐れ縁だ」などと言われて。
彼は言った「大した意味などないってわかってる」と「自分を大切に思っているのはわかっている」と
でもそれはきっとあの一瞬の感情ではない。

あの一瞬、その言葉で傷ついた彼は、
その傷から逃げる事なく、考えたのだろう、私の事を。
そして思い至ったのだ。
私が私から行動しないという事を、私が「好き」と言わないという事を。


どうしていつも自分は真実に気付くのが遅いのか。


自分だって言わないくせに、という気持ちがないわけじゃないが、
それでもいつでも行動に移すのは、触れ合ってくるのは野立からだった。


まだ間に合うだろうか?


彼が出て行った扉を見つめる。
こんなところでくすぶっているのは自分らしくない、
早く伝えなければ。
ヒールを鳴らし、走る寸前のスピードで追いかけた。






SS一覧に戻る
メインページに戻る

各作品の著作権は執筆者に属します。
エロパロ&文章創作板まとめモバイル
花よりエロパロ