秘密の関係
野立信次郎×大澤絵里子


カーテンの隙間から差し込む朝日がまぶしくて、絵里子は目を覚ました。
サイドボードの時計を視線だけ動かして確認する。

「6時・・・」

起き上がろうとすると、腕を引かれた。

「もう起きるのか?」
「ええ。シャワー浴びてメイクもしないと。あと朝ごはんも」

少し日に焼けたたくましい腕を優しくそっと振り払い、絵里子はベッドを抜け出した。
そして、もう一眠りしようとする彼の額にキスをする。

「朝食できたら起こしてくれよ。俺、低血圧だから」
「はいはい。気が向いたらね」

もう一言、言われるかと思ったが返事がない。
振り向くと、野立は口を半開きにして寝ていた。

洗面台の鏡には、少しやつれた姿。

「あーあ、こんなにしちゃって」

白い首から胸元にかけて点々と赤い花びらが散っている。
そのひとつひとつをコンシーラーで消していく。

森岡の件のあと、なんとなく絵里子と野立はつきあうようになった。
落ち込んでいた相手をなぐさめたのか、それとも弱みにつけこんだのか。
それがどちらかはわからないが、結果的に野立は絵里子に好きだと言い、
はじめは躊躇していた絵里子もいくつかの条件をつけることでそれを受け入れた。

駅のホームについたところで、絵里子は一番前の車両、野立は一番後ろの車両に向かう。
もともと目立つ二人だ。職場の連中に知られたくはない。
特に対策室の連中にばれたら、何を言われるか・・・
万全を期して駅前のスタバで時間調整までして、絵里子は対策室へと向かった。

「おはようございます。ボス」

木元がぼさぼさの頭で迎えてくれた。

「あれ、ボス、首のところに赤い・・・」

そう言って木元が絵里子の首筋を見つめてくる。
ん? ・・・首・・・赤・・・っ!!

「だだだだだだだいじょうぶよ。なんでもないからっ!!」
「タカラダニ」
「えっ?」
「風で飛んできたのかな。この時期多いんですよねー」

木元は絵里子の首筋からソレをつまむと、無言でつぶした。

「人間に被害はありません。でも服に体液がつくと赤く汚れるから気をつけてください」
「・・・ありがとう」

ほっと息を吐いた絵里子の視線の先では、木元がポテトチップをつまんでいた。
ってあんた、手洗ってないでしょ。

しばらくして、ばたばたと足音が近づいてきた。乱暴にドアを開ける音がする。

「ハァー。今日の野立さんもイケメンやったなぁ」

その瞬間、丸めていた背筋がぴんと伸びた。

「そう? ボクにはいつもと同じに見えたけど」
「俺にはわかるんや。アレは、そう、恋のオーラ」
「恋?」

心臓が音を立てる。もうボロを出したのか、アイツは!
絵里子はノートパソコンの陰から二人の様子をうかがった。

「野立さん、いつもやったらすれ違う女の子全部に声をかけてはるんやけど、今日は一言もあらへん」
「へぇー、それでそれで?」
「で、対策室の前でじーっとドアを見つめてはって、そこに俺が通りかかったら、慌てて行ってもうた」

なんだ、そんなことか。
絵里子は何事もなかったようにパソコンのキーを叩く。

「はぁぁぁぁ、それならそうと早く言ってくれればええのにぃー」
「ねぇねぇ、ボクにも恋のオーラあるの見える? ねぇってばぁ」
「信次郎ー、カモーン」

岩井は派手なシャツの胸元のボタンをはずして、くねくねと悶えている。
それにすがる山村。・・・非常に鬱陶しい。

「ほらほら、さっさと仕事に取りかかって。聞き込みまだでしょ」

我慢できなくなった絵里子は、立ち上がるとパンパンと手を叩いて二人を追い払った。

次に対策室に入ってきたのは、片桐だった。
がっくりと肩を落として、はぁーっとため息をついている。

「どうしたんですか?」

木元が顔を上げずに尋ねた。

「さっき、そこで野立さんに会って言われたんだけど」

絵里子の肩がぴくりと反応した。
仕事をするふりをして、二人の会話に耳をすます。

「野立会は解散する。お前もこれからは自分の力で幸せをつかめって」
「別にいいじゃないですか。うまくいったことなかったんだし」
「幸せをつかめって言われても。これからどうすればいいのか・・・」

一瞬、木元がガッツポーズをしたような気がする。

「大丈夫ですよ。出会いは案外近くにあるものです。今まで気が付かなかっただけで、必ず片桐さんのことが好きな人がいます」
「・・・近くに・・・」

そう言われて、片桐はきょろきょろと周囲を見回した。
絵里子と目が合う。
「ないない」と絵里子は首を振った。

「そうじゃなくて、ほら、もうちょっと近くに。わっかんないかなぁ」
「はぁ、自分、不器用ですから」

これは木元なりのアピールなんだろうな、と絵里子は微笑んだ。
あの二人、案外相性はいいのかもしれない。

「まぁこれでも食べて元気出してください」

木元はデスクの奥からチョコレートの箱を取り出すと、チョコを片桐の手のひらに置いた。
あ、それ、さっき虫つぶした指だよね。

「それにしても気になるのは、”お前も”ってところですね」
「あ、そう言えば」
「っていうことは、野立さんは幸せをつかんだってことか。ボス、何か聞いてますか?」

急に話をふられ、微笑ましく二人を眺めていた絵里子はコーヒーを吹き出す。

「し、知らないなぁ」
「なんだ、ボスが知らないってことは深読みのしすぎなのかな・・・」

遺留品について捜査しているときのような顔で木元がつぶやく。
まずい、早くこの話を切り上げなければ。

「そうだ。科捜研に出していた遺留品の鑑定が終わったそうよ」
「じゃあ、私取りに行ってきます」
「あれ、結構量があるのよね。片桐、手伝ってあげて」
「はい」
「ひとりでも大丈夫ですよ」

何もわかっていない木元に、絵里子はわざとらしく目配せをした。
意図を理解した木元の顔が瞬時に赤くなる。

「片桐、ドアを開けるときはレディファーストよ」
「は、はいっ」

ぎこちない動きで開かれたドアから、ぎこちない動きの二人が出て行った。
それを確認して、絵里子はノートパソコンの上に倒れこむ。

「ったく、何なのよ今日は」

こんな調子で、今日一日やっていけるのだろうか。

「ボス、野立さんから」

夕方、廊下で花形に声をかけられ、またびくんっと体が跳ねた。
今度は何なのよ、もう!

「ボス? ボスどうしたんですか?」
「ななななんでもないわよ。続けてちょうだい」
「さっきそこで野立さんからコレを渡されました」

そう言って渡されたのは白い封筒だった。
中を覗くと、先日解決した事件についての書類が入っている。

「野立さん、なんですって?」
「えっと、この前の事件の書類ね。機密事項もあるから必要なことは後で報告するわ」
「そうですか、じゃあ僕、定時なので帰ります」
「ええ、おつかれさま」

対策室に戻ると、すでに他の対策室のメンバーも帰宅したようだった。
誰も居ない対策室に、絵里子のため息の音だけが響く。

「いつもの3倍疲れた・・・」

椅子の背もたれで大きく伸びをする。背中がばきばきと音を立てた。

「何が疲れたんだ?」
「そりゃあ、野立とのことがばれないようにって意識しすぎちゃってね」

伸びながら答えて、はたと気が付く。

「・・・あんた、いつからここにいたの?」
「最初から。柱の陰に」
「電気もつけずに、何してたのよ」
「愛する絵里子に会いにきたけど居なかったから、待ってた」

悪びれずに答える野立に、絵里子は無性に腹が立ってきた。

「ばれないようにするって言わなかったっけ?」
「直属の上司である俺が、ここに来ることになんか問題あんのかよ」
「そうじゃなくて、今日のあんたの行動。みんなに怪しまれてたわよ」
「なんだよ、お前がボロを出したらまずいと思って、今日は一日ここに来るの我慢してたんだぞ」
「なんで私がボロを出すのよ!」
「うっさいなぁ。大きな声だすなよ。俺が何したって言うんだよ」
「あんた、廊下で女の子に声かけなかったり、急に野立会を解散するって言ったんですってね。対策室のメンバー、めちゃくちゃ怪しんでたわよ」
「あれは、お前がそうしないと付き合わないって言ったからじゃねーか」

強い調子で言い寄られ、絵里子は鼻白んだ。
確かに付き合う条件として、「むやみに女の子に声をかけない」「野立会を解散する」というふたつを挙げたのは絵里子だ。
だからって、いきなり翌日からふたつとも実行されるとは思わなかった。
正直、その場しのぎの約束で実行するのは無理だと思っていたくらいだ。

「た、確かに言ったけど、いきなり全部やったら周りが怪しむに決まってるでしょ」
「俺は一刻も早く、お前と本当に恋人同士になりたいんだ。それくらい分かれよ」

真剣に見つめられると、絵里子は何も言えなくなる。
先に視線をそらしたのは、野立だった。

「ごめん。そこまで考えてなかった」

ふてくされたようにつぶやく。
絵里子にはその姿がとても可愛らしく見えて、その頬に両手を添えてこちらを向かせると、そっと唇を重ねた。

「俺のこと、ちゃんと恋人だって認めてくれるか?」
「ばっかじゃないの。当たり前でしょ」
「じゃあ、もっと恋人っぽいことしようぜ」

急に強く抱きしめられ、唇を吸われた。
こじ開けるように舌が差し込まれ、口内を蹂躙される。
逃げようとする舌を執拗に追いかけ、ぐちゃぐちゃと音を立てて絡ませると抵抗していた絵里子の体から力が抜けた。

「やめて・・・」

絵里子が途切れ途切れに訴えるが、野立は無視してキスを続けた。
片手で耳をもてあそび、もう片方の手で首筋を撫でる。
絵里子の体がふるふると震えた。

「こんなところじゃだめよ・・・」

潤んだ瞳で見つめるが、それはさらに野立を興奮させるだけだった。

「カギかけたから大丈夫だ」
「そういう問題じゃ・・・あっ」

抗議の言葉は、服の上から胸を揉みしだかれて甘い声に変わる。
ジャケットを脱がされ、ブラウスのボタンをはずされる。
背中のホックもはずされ、緩んだ胸元に野立の手がすべりこんできた。
硬くなってきた突起を指先で擦られると、絵里子の体がはねた。

「ふっ・・・くっ・・・くぅっ・・・」

絵里子は必死で声を殺してそれに耐える。

「我慢すんなよ。警視庁の防音対策は万全だ」
「だからって、・・・あっ」
「ほら、乳首たってるぞ」
「ちがうの・・・ああっ・・・」

野立は音を立てながら絵里子の乳首に吸い付いた。
思わず大きな声で喘いでしまう。
絵里子の下腹部に、固いものがあたった。
下半身に甘い感覚が広がっていく。
・・・はやく、これを入れてほしい。
それを口に出すことは決してないが、喘ぎながら見つめる瞳から野立はそれを感じ取ってくれたようだ。
野立は絵里子のスーツのパンツと、白いショーツを同時に下ろした。
下半身とショーツの間に透明な糸がのびる。

「すげえ濡れてる」

耳元でささやかれ、絵里子の体が震えた。

「あんただって、もうこんなになってるじゃない」

精一杯強がって、ズボンの上から野立の下半身を撫でる。
押し殺すような声が漏れた。

「絵里子、脱がして」

返事の代わりにホックをはずし、ファスナーを下ろす。
野立が絵里子にしたように、ズボンと下着を同時に下ろした。

反り返った野立の下半身の先は、もう透明な液で濡れていた。
指先でそっと拭うと、再び野立の口から甘い声が漏れた。

「そんなことされたら、入れたくなる・・・」
「いいわ、きて」

野立はひとつうなずくと足元に絡まったズボンと下着をはずし、後ろ向きになった絵里子を一気に貫いた。

「あっ、そんな・・・いきなりはげしいのぉ・・・」
「だって、お前すげーかわいいんだもん」
「そこっ、奥にあたってるっ・・・あっ」

両手で腰をつかまれ、逃げる隙もなく激しく打ちつけられる。
絵里子はもう声を我慢することも忘れて喘ぐことしかできない。
ふいにクリトリスをつままれて、体がはねる。

「すげぇ締まる」

吐息交じりの甘い声でささやかれ、絵里子は体が溶けてしまいそうな感覚におちいる。
激しく奥をつかれながら、乳首やクリトリスを刺激され、絵里子はひたすら喘いだ。
何度も達しそうになるのだが、そのたびに直前で止められる。

「・・・どうして?」」
「まだ足りない・・・もっと絵里子がほしい」

自分だって余裕がないくせに、必死に腰を打ちつけてくる野立が愛しく思えた。

「今夜も、いっしょにいるから・・・だから、おねがい・・・」
「本当に?」
「ええ、約束するから・・・もう、イカせてっ」

野立は満足気にうなずくと、さらに激しく腰を打ちつけてきた。
一番感じるところを何度も刺激され、絵里子の背筋をしびれるような感覚が駆けめぐる。

「私、イッちゃうっ。ああああああっ」
「絵里子っ、・・・うっ、イクッ!」

絵里子が達するのとほぼ同時に、野立はその体内に熱い液体を放った。
何度もおあずけをくらった絵里子の体は、ようやく与えられた快感に激しく震える。
奥がひくひくと痙攣するたびに、野立の体も小刻みに震えた。
ふたりの結合部分からは、泡だった白い液体がぽたぽたと床にこぼれていた。

「あーあ、こんなにしちゃって」

荒い息を整えながら、絵里子がため息をつく。

「私はメイクを直してくるから、あんたしっかり片付けなさいよ」
「はいはい、わかったわかった。それより」

抱きしめられて、じっと見つめられる。

「・・・一度帰って着替えを取ってくるわ。駅まで迎えにきて」
「マンションまで車で迎えに行くから、部屋で待ってろ」
「大丈夫よ。たいした距離じゃないし」
「お前、本当にバカだな」
「なんですってぇ」
「俺はな、10年以上もお前に片思いしてきたんだ」
「そういえば、昨日そんなこと言ってたわね」
「だから、少しでもお前といっしょにいたいんだよ。それくらい気づけよ」

てっきり酒の席での口説き文句だと思っていたのだが、まさか本当だったとは。
顔を赤らめてつぶやく野立を見て、絵里子は少しだけ申し訳ない気持ちになった。

「じゃあ、お言葉に甘えることにするわ」
「・・・ったく、こんなんだからモテないんだよ」
「何か言った?」
「別に」

モテないのはお互い様でしょ。
心の中で悪態をつきながら、絵里子は昼間部下たちにしたように両手を叩いて野立をせかす。

「さっさと片付けて帰るわよ」

今日も長い夜になりそうだ。






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