バディ(非エロ)
野立信次郎×大澤絵里子


コンビニ袋を提げた野立が玄関のドアを開ける。

「絵里子ー、買ってきたぞ。そっちの様子はどうだ?」

望遠鏡で外の様子を伺っている絵里子の背中に向かって言う。

「おかえり、こっちは動きなし。何買ってきてくれたの?」
「こんな時間だからロクなもんなかったよ」

そう言いながらおにぎりやサンドイッチ、烏龍茶が入ったコンビニ袋を絵里子に手渡す。

最近都内で発生した連続窃盗事件。
犯人二人のうち一人は逮捕したが、残る一人が逃亡中で
その犯人宅を向かいのアパートの一室から野立と絵里子が交代で見張っている。
とは言っても一人が捕まったので自分の家が警察に把握され見張られていることは分かっているはずだ。
ここに犯人が戻ってくる可能性は相当低い。
一課の中でまだまだ下っ端の二人にはこういう徒労におわりそうな仕事が回されてくる。

おそらく学生向けに作られたのであろうマンションの1DKの部屋は二人で過ごすには丁度いい広さだった。
それは家具が一切ない場合という条件のもとで言えることだが。

「うわ、本当にろくな物がないなー」

文句を言いつつも鮭のおにぎりを取り出して食べる気満々のようだ。

「午前0時前じゃしょうがないだろ。なんでこの時間に腹が減ったって言い出すんだ。晩飯食っただろうが」
「お腹すいたんだからしょうがないでしょ。仕方ないからこれで我慢するか」

「そんな文句ばっかり言ってるヤツにはこれやらないぞ」

そう言いながら野立は隠していた、とろけるプリン季節限定味を取り出した。

「あーー!それ私が好きなデザート!知ってたの?!しかも限定味って!
うそうそ前言撤回。謝るからちょうだい〜〜」
「おまえってやつは....ま、俺はそんなに甘い物は好きじゃないからやるよ、感謝しろよな。
ついでに、まだ時間がきてないけど見張り交代してやるから、それ食べてさっさと仮眠しろ」
「どしたの?今日はいやに優しいじゃない。でもありがと。うれしー」

無邪気に喜ぶ絵里子の姿をみて野立は思わず目を細めるが絵里子に見られないようあわてて横を向く。

絵里子と交代して望遠鏡の前に座り向かいの家や周囲の様子を伺う。あいかわらず変化はない。
背後で絵里子がプリンを食べながら、満足そうに美味しいとつぶやくのが聞こえると
野立は今度は思い切り顔を綻ばせた。

しばらくしても絵里子が寝る気配がないので振り向くとメールを打っている。

「おい、そんなことしてないで早く寝ろって」
「このメール送ってからね」
「男か。絵里子なんかとつき合う物好きがいるとはねー」

野立の挑発を絵里子はさらりとかわす。

「浩にはさ、商社で働いてるって言ってあるでしょ?
だから今は出張中ってことにしてるんだけど、ボロださないようにするのが大変でさぁ」

そう答える絵里子の無防備な笑顔は今まで見たことがなかった。
仕事では決して見せない、恋人を想っているからこその笑顔だ。
その笑顔に野立は自分でも驚くほど動揺してしまい絵里子を直視できず、望遠鏡に向き直る。

森岡と野立がお互いを牽制しあい、もたもたしているうちに、
どこの馬の骨かわからない奴にあっさり絵里子をもっていかれてしまった。
何やってんだろうな、俺たち。
野立は心の中で森岡に問いかけた。

絵里子が警察官だと知らない浩は普通の女性として接しているのだろう。
それが絵里子にとって心地いいものだということを野立は感じとっていた。
そしてそれは野立には絶対に出来ないことだ。
野立は嫉妬心が沸き上がるのを必死に抑えた。

「メールも送ったし、顔洗ったら寝るね。交代は3時間後でいいよね?」

あぁ、と望遠鏡をのぞきながら野立は短く返事をした。
ゴソゴソと寝袋に入る物音の少しあとに寝息が聞こえ始める。
ふぅっとため息を一つついて野立は後ろを向き絵里子の寝顔を見つめた。
寝袋の横には「犯罪心理学」「刑法」「被害者遺族の心のケア」などの本が置かれていた。
絵里子は見張りの休憩中、それらの本を読みマーカーで印をつけたり付箋を貼っていた。
こいつは努力しているところを見せたがらないから、
今回の張り込みがなければこういった姿は見られなかっただろう。
寝不足で疲労も溜まっているが、普段は見られない絵里子の一面を知ることができる張り込みを
野立は楽しんでいた。

あの無防備な笑顔を除いて。

恋人の座をあの鳶職の野郎に持っていかれた今でも、
絵里子のことを一番わかっているのは俺だという強い自惚れがある。
そうであるがゆえに、今、絵里子はあの野郎といて幸せなんだということが、悔しいが野立には解っていた。

せめて仕事のバディの座だけは誰にも譲りたくない。
警察という男社会の中で肩ひじ張ってがんばってきたこいつをずっと見てきたのだ。
誰かに頼ることが苦手なこいつは、これからも不器用にあちこちぶつかりながら進んでいくだろう。
その障害物をさりげなく取り除き、いつも絵里子のそばにいるのは俺だ。
そのためには出世しなければ。誰よりも早く。


「刑事は芝居ができて何ぼ」大山副総監の言葉が脳裏をよぎった。
自分の弱さを隠せ、嘘でも強くなれ。

捜査に対する心構えとしての言葉なのだろうが、これが妙に今の自分に当てはまる気がした。
絵里子への想いを隠し、嘘でもいいから強くなっていくのだ。
そして嘘の強さを本物に変えていくしかない。
今以上に絵里子にとってかけがえのない存在になるために。

なーんてな。
ガラにもなくまじめに考えてしまったな、と野立は苦笑いをする。
でもそれが本心だ。
見上げると初秋の澄みきった夜空が綺麗だ。野立は大きく伸びをする。
もう一度絵里子の寝顔をみて笑顔になると、眠い目をこすりながら望遠鏡を覗きこんだ。






SS一覧に戻る
メインページに戻る

各作品の著作権は執筆者に属します。
エロパロ&文章創作板まとめモバイル
花よりエロパロ