エンゲージ(花火の夜に 続編)
野立信次郎×大澤絵里子


東京に向かう夜の新幹線のグリーン車は、悪天も影響してか、かなり空いていた。

「ね、私、大丈夫だったかな。何か失礼な振る舞いとか、なかった?」
「大丈夫だよ。母ちゃん、喜んでたし」

ビールを一口飲んだ野立が、満足げな顔で答える。

「40過ぎた息子がようやく伴侶を決めたってんで、家中ホッとしてんだぜ。
絵里子さんって、ちょっと背は大きすぎるし、年も行ってるけど、とってもキレイで賢くて、
素敵な人ね〜って母ちゃん、はしゃいでたよ。オヤジは言わずもがな」
「うっ。・・・でも、身長と年齢を大目に見てもらえるなら、まあ合格したって思っていいのよね?」
「だって、俺が実家に女連れてったの、初めてだぞ?反対も何もあるかよ」
「うそっ!」
「ウソじゃねーよ。おまえだって似たようなもんだろ?」
「ぐっ。・・・た、たしかに一度も実家に彼氏連れてったことなかったっけ・・・」
「モテる人間ってのは、本命決めるまでは案外そんなもんだ。あ、これは俺の場合な。
おまえは、縁がなかっただけだけどな」
「何言ってんのよ、そんなことないわよ!私だってそれなりにねぇ・・・!」

絵里子は今日、野立とそろって休暇を取り、野立の実家に挨拶に行ってきた。
今はその帰りの新幹線の中だった。

先日の誕生日プレゼントに、野立が婚約指輪を買ってくれた。
互いの間だけの口約束で、具体的な入籍などは、まだまだ未定。
何より仕事に影響が出るのが一番まずいので、状況を見て一番いいタイミングで、ということにしたが、
それでも互いの家族には一応報告しておくべきだろうと、今回の実家訪問になった。
東京に行ったきり順調に出世街道をひた走ってきたとは言え、いつまでもフラフラ独身を通していた息子が、
結婚相手を連れて突然帰郷したのだから、一家総出のお祭り騒ぎだった。

「問題は、丹波部長よね・・・」
「あ、それ、もう解決済み」

え?!と驚く絵里子に、ひょうひょうと野立が答える。

「隠し通して後でバレるより、先に言っといたほうがいいと思って、昨日話した。
まだ先になると思うけど、一応結婚するつもりですってな」
「な・・・なんだって?丹波さん・・・」
「それが全然驚いてなくて、こっちが拍子抜け。
まあ、おまえたち二人がくっつくのが一番妥当だろうなぁ・・・なんつってさ。
ただ、今から公けにすると、対策室の直属の上司が俺なのはマズイとか言い出す連中がいるだろうから、
しばらくは伏せておくってさ。実際に結婚する段階で、俺が担当外れるか、おまえが飛ばされるか、
対策室が解散になるか、それとも特例として現状のままにしてもらえるか・・・
まあ、それはそのときのお楽しみだな」

「何、そのお気楽さ。・・・でも、それならとりあえずは良かったー。
当分はこのまま対策室で仕事できるってことよね?あんたもそのままで」
「まあな。今のとこ、俺たちの話は丹波さんのとこで止まってるから」
「そっか・・・。よかった。せっかく今、対策室がいい感じでまとまってるし、
実績も挙げてるんだもの。なんとかこのまま続けさせてもらいたいし」
「そうだな。あいつらを路頭に迷わせるわけにもいかねぇしな」

二人が会話していると、後ろの座席から「ふうぅう・・・」と、安堵の溜め息のような声が聞こえた気がした。
絵里子がピクッと反応して振り返るが、人の気配はない。

「・・・ねえ、それよか、雨ひどくない?」

先ほどから激しい雨が車窓を叩きつけていて、外の様子がほとんど何も見えない状態だった。
最近、あちこちで集中豪雨の被害が多発していて、今日も天気予報では大雨と落雷に注意と盛んに言っていた。

「ああ、すげぇな。新幹線止まらないといいけどな」
「えっ!やだ、困る!まさか車中泊とかにならないよね?」

ソワソワする絵里子の左手を、野立が不意に掴んだ。

「・・・これ、気に入ったか?」

薬指に光るシンプルなダイヤの指輪を野立の指が撫でる。
先日、二人で某ブランド店で選んだものだ。絵里子の白く細い指に映える、プラチナの上品なリングだった。

「うん、すごく気に入ってる。仕事中は外さないといけないのが残念だけど」
「はめたままでいいのに」
「だって、いろいろ詮索されるし・・・。事件現場で失くしたり傷つけたりしてもイヤだし」
「詮索されたら自慢してやれよ。失くしたら、また新しいの買ってやるよ」
「バカね。これが気に入ってるんだから、大事にしてるの・・・ん、ダメよ、人が・・・」

急にキスしてきた野立の胸を押すが、野立は構わず唇を求めてくる。

「人なんかいねぇだろ、この車両。もっとこっち来いよ」

肩を抱き寄せらせ、野立の唇が押し当てられた。吐息を漏らすと、その隙間から舌が割り込んでくる。
ビールの苦味の残る野立の舌が、絵里子のそれと絡まってとろけあい、絵里子はあっという間に呑み込まれた。

人気のない夜の新幹線の車両、外は雨。広い密室にいるようで、絵里子も知らず大胆な気持ちになる。
野立の手がワンピースの太ももに伸び、ヒップラインを撫でさすると、絵里子は思わず両脚の力を緩めた。
すかさず野立の手が脚の間に滑り込んでくる。

「・・・あ、ダメ・・・」
「・・・う、うぐっ・・!」

絵里子が声を上げるのとほぼ同時に、後ろの座席から奇妙な声が漏れ聞こえた。

野立がピタッと動きを止める。絵里子も同時にイヤな予感に苛まれた。
この気配。この辛気臭い空気。これは、やはり・・・。
絵里子がガバッと立ち上がり、後ろの座席を覗き込む。
そこには、そら豆のようなハゲ頭と、茶色いウェーブがかった頭が並んで縮こまっていた。

「山村――!花形――!!」
「・・・なんでおまえらがここにいるんだ?!」

野立も一緒になって上から覗き込む。恐る恐る上目遣いで、山村と花形が顔を上げた。

「だから、僕はイヤだって言ったんですよ!山村さんが説明してください!」
「ええっ、ボ、ボク?!・・・ずるいなぁ、花形くんだって楽しんで尾行してたじゃない・・・」
「ごちゃごちゃうるさい!一体どうして私達を尾行してるの?!」
「す、すみません。じ、実はこのまえ木元さんが、ボスがカバンから指輪を取り出してニヤけてたのを見た、
ついに結婚が決まったんじゃないかって言い出して。
それで、もしボスと野立さんが結婚するとなると、対策室はどうなるんだろう?
夫婦になったら、今までどおり野立さんとボスが対策室を取り仕切ることは難しいんじゃないかって、
そうすると対策室はなくなっちゃうんじゃないかって、みんなで心配になっちゃって・・・。
今日、お二人がそろって休むって言うから、じゃんけんで負けたボクと花形くんが、様子を探ることになって。
朝から野立さんのマンションの前で様子伺ってたら、予想通り二人が出かけてくから、
そのまま花形くんと跡を追ったんですけど・・・。
二人が新幹線に乗ろうとしてるからビックリして、で、慌ててボクらも切符買って・・・」

花形が横でウンウンと頷いている。

「そのまま同じ新幹線に乗って尾行してたの?まさか野立の実家まで?!」
「いやー、野立さんの実家の近くの定食屋さん、美味かったなぁ。とんかつ定食頼んだら、
こーーんなに大盛りにしてくれて、しかも店員の女の子、おまけで漬物までくれちゃって。
あれ、きっとボクに気があったんだと思うなぁ」
「あれは、もともと定食に付いてたタクアンですよ!何図々しく勘違いしてんですかっ!」
「そんなことはどーでもいい!!」

絵里子は二人を怒鳴りつけた。

「で、尾行が終わって同じ新幹線に乗って帰るのはいいが、おまえらどうせ自由席だろ?
なんでグリーン車にいるんだ」

野立が山村の頭をぺちっと叩く。

「いや、そ、それはお二人の話を近くで聞きたくて、車掌の目を盗んで、グリーン車に・・・」
「僕はやめようって止めたんですよ!でも山村さんが強引に・・・」
「だって、仮にもボクらは尾行のプロ、腐っても刑事だよ!ホシから目を離したら意味ないじゃないか!」
「誰がホシですって?!あんたたち、ただの覗きじゃない!」
「たしかに、覗きでみたいすよね・・・。いきなりここでラブシーン始まっちゃうし・・・」

グフッといやらしく笑う山村の頭を、野立がもう一度ぴしゃっと叩いた。

ひとしきり絵里子が二人を叱りつけると、山村がそれでもホッとしたように呟いた。

「でも、よかったぁ。ひとまず対策室は、なくならないみたいだし」
「ですよね!早くみんなにも報告しなくちゃ」

ニコニコ頷きあう山村と花形の様子を見ていたら、絵里子も野立も気が抜けてしまった。
そこで、ふと絵里子が時計を見た。

「ねえ?さっきからずっとこの駅に停まったままじゃない?どうしたんだろ?」

たしかに、随分前に停車した後、定刻を過ぎても新幹線は発車しないまま留まっている。
すると、車内アナウンスが流れた。

「集中豪雨と落雷による架線事故の影響で、ただいま列車の運行を停止しております。
お急ぎのところ大変ご迷惑をおかけしますが・・・」

4人は顔を見合わせた。

「あちこちで大雨洪水警報出てますね。しばらく動けないのかな」

花形が携帯で情報チェックしながら、心細げに呟いた。かれこれ1時間以上、新幹線は動かないままだ。
車掌に状況を聞きに行っていた野立が戻ってきた。ちょっとホームに降り立っただけで、
ジャケットの肩先が色が変わるほど濡れている。

「おい、これ当分ムリそうだぞ。復旧の目処が立たないらしい」

そう言いながら、野立が棚から荷物を降ろし始めた。

「どうするの?降りるの?」
「見通し立たないまま車中泊したくないだろ?東京も交通がマヒしてるらしいし、今日は帰れねぇよ」
「えっ!どこかに泊まるんですか?!」花形がちょっと嬉しそうな顔をする。
「駅前のビジネスホテルがまだ空いてる。早いもん勝ちだ。行くぞ」
「さすがの行動力だなぁ。っていうか、ボクらも一緒に泊まっていいのかなぁ」
「来るなって言っても、どうせ付いてくるくせに。言っとくけど、ホテル代は自腹よ!」

絵里子がジロッと山村と花形を睨んだ。

駅から直通の地下通路を通って、最近できたばかりのビジネスホテルにチェックインすることになった。

「僕は山村さんと一緒に寝るのイヤですからね。お互いシングルにしましょう!」
「失礼だなぁ。ボクの寝息は天使のように安らかなのに!こっちだってシングルのほうがいいやぃ!」
「じゃ、シングル2つにダブル1つで」

野立がフロントに告げると、絵里子以下3人が一斉に「えええーーっ!」と声を上げた。

「・・・なんだよ。何か変か?」
「いや、ちょっと、部下の手前、私達がダブルって言うのは・・・」

絵里子が真っ赤になって異議を唱える横で、山村と花形が、

「ダ、ダブル!!ダブルだって!!」

と、卒倒しそうになっている。

「なんだよ今更。婚約してんだぜ?フツーだろ。金だってそのほうがかからないし」
「ダ、ダブルの部屋なんて一度も泊まったことないなぁ、ちくしょー!」

山村がフロントのカウンターを拳で叩いているのを無視し、絵里子は野立に食い下がった。

「いつもならそうするとこだけど・・・やっぱり部下の前で堂々とダブルはマズイわよ。
私、自分で払うから、シングルにして。お願い、野立」
「ふーーーん」

野立は横目でしばらく絵里子を見ていたが、「分かったよ。おまえ後で文句言うなよ」と答えた。
結局4人それぞれ自腹でシングルルームに泊まることになったが、野立だけは贅沢して、
ダブルのベッドが置かれた、広めのシングルルームにした。

「参事官ともあろう者が、小せぇシングルベッドでなんて今更寝られるか」

す、すごいなぁ、これが出世するってことかぁ。花形が呟く。
そうして4人は廊下で解散し、それぞれの宿泊部屋に姿を消した。既に午後の10時を回ろうとしていた。

雨は収まるどころか豪雨となって、街全体を叩きつけていた。
ホテルの厚いガラス越しでも、そのすさまじい威力が感じられる。
おまけに先ほどから雷が鳴り響き、だんだんと音が近付いて大きくなっていた。

「ど、どうしよう・・・寝られない・・・」

絵里子は布団を被って耳をふさぎながらギュッと目を閉じるが、ちょっとウトウトしかけると、
ゴロゴロゴロ・・・ズバーーーン!!と凄まじい雷鳴が鳴り響く。

「ひぃいいぃ!!落ちたっっ!!」

自慢じゃないが、地震と雷は大の苦手だった。どんな犯罪者も恐れない鉄の女の、唯一の弱点。
部下の目を気にして強がってシングルに泊まったはいいが、これでは恐ろしくて一睡もできない。
野立の「後で文句言うなよ」の言葉の意味がようやく分かった。

自分から一緒に泊まることを断った手前、意地でも野立に泣きつくものかと必死で耐えたが、
耳をつんざくような雷と雨の轟音に、絵里子は生きた心地がしなかった。
いずれにせよ、この大音響では眠気なんて吹っ飛んでしまう。
絵里子はホテルの浴衣姿で枕を抱えたまま、そっと部屋のドアを開けて廊下の様子を伺った。

廊下の数メートル先に、浴衣がだらしなく脱げかかった、そら豆のような中年男の姿が見えた。

「は、花形くぅん!開けて開けて!!お願い!一人にしないでぇぇえ!!」

雷に脅えた山村が、花形の部屋のドアを乱暴に叩いているところだった。

「げっ。アイツも・・・・?」

絵里子が隠れて様子を伺っていると、少しして花形がドアを開き、

「いいかげんにしてくださいよ!」

とマジギレしながら、山村を部屋に招き入れるのが見えた。
絵里子はゴクッと唾を飲んだ。アイツらがああなら、私も許されるわよね・・・。

恐る恐る、野立の部屋のドアチャイムを押す。
一度押しても反応がないので、2度3度としつこく押した。

「のーだーてーさん・・・。入れてくれると、うれしいなぁ、なんて・・・」
「だから、言ったろうが!!」

野立が不機嫌そうにドアを勢いよく開けたので、驚いた絵里子の枕が吹っ飛んだ。

「ご、ごめん・・・寝てた?・・・よね・・・」
「思いっきり熟睡してたよ。・・・ったく、だから最初から一緒の部屋にしとけって・・・」
「だって、だって、こんなに雷すごくなると思わなくって・・・。
っていうか、なんであんたこの大音量の中で寝れるの?!おかしくない?!」
「俺を舐めるな。いついかなる状況下でも瞬時に眠れるのが、デキる男の鉄則だ」
「意味わかんない・・っていうか、邪魔してゴメンねぇ。
おとなしくしてるから、一緒に寝させて・・・野立さん・・・」
「分かったから、騒がずに静かに寝ろよ。こっちは真剣に眠いんだから」

野立はそう言うと、さっさとベッドに潜り込み背中を向けて再び熟睡体勢に入った。
うわー、なんかつめたーい。絵里子は声にならない声で不平を言いつつ、
ダブルベッドに自分もゴソゴソと潜り込んだ。

それでも、慣れ親しんだ野立の匂いが絵里子の心を穏やかにさせた。
野立の浴衣の背中に頬が触れるか触れないかの位置で、絵里子も目を閉じる。
ああ、よかった、これなら眠れそう、と思った瞬間、ズバーン、ズバババーン!!と最大級の雷鳴が耳をつんざいた。

「ひゃぁああっっ!!ひゃあ!!ひゃあ!!」

絵里子は本気で泣きそうになりながら、思わず野立の背中にしがみついた。

あ、ごめん、また騒いじゃった・・・と小声で謝るものの、次の雷鳴に備えて身を強張らせて野立の浴衣を握り締める。

「・・・眠れそうもないか」

野立が低い声で聞いてくる。

「ごめ・・・。ひっ!」

鳴り続ける雷に、絵里子の言葉はまともに続かない。

「しょうがねぇなぁ」

野立は溜め息をひとつつくと、寝返りを打って絵里子のほうを向いた。
そのまま両腕を伸ばして絵里子の体をすっぽりと抱き寄せる。

「これで少しは怖くないだろ?」
「う、うん・・・。ありがと・・・」

野立の胸に顔を押し付けると、熱い体温と、浴衣の洗い立ての匂い、
ほんの少し汗ばんだ野立の肌の匂いが感じられて、絵里子の心を安らがせた。

しばらくそうして落ち着いていたものの、再び雷が暴れだすと、
またしても絵里子の体ビクッと強張り、小さく「ひゃっ」と声が漏れる。
当分、雨も雷も収まりそうになかった。

「・・・こりゃぁ、寝るのは諦めたほうがいいかもな」

布団の中で絵里子を抱いていた野立が、やれやれというように呟いた。

「どうせ寝れないなら、つきあってやるか・・・」

そう言うと、野立が絵里子の唇にチュッとついばむようなキスをした。
そして、絵里子の腰に当てていた手を下へと伸ばし、浴衣の裾をグッと引っ張り上げる。

「え?」

と絵里子が顔を上げるより早く、野立の掌が絵里子の尻をショーツ越しに撫で始めた。

「な、何してんの?」
「絵里子が眠れないなら、気持ちよくしてやろうと思って」
「え、ちょっと、だって、あんた眠いんじゃないの・・・?」

野立のやわやわとした手の動きに、絵里子の声が上擦る。

「眠かったけど、おまえが隣に来たら、こっちが起きちゃった」

野立が絵里子の手を取って、自分の股間に触れさせた。
そこは確かに熱を持って、少しずつ頭をもたげているようだった。

「あんたってほんとに・・・」

絵里子が言い終わらないうちに、野立が再び唇を重ねてきた。
轟く雷の音が聞こえないように、野立の両手が絵里子の耳をふさぐ。
その状態で長く深いキスを続けていると、舌と唇が吸いあって生じる秘密めいた音だけが、耳の奥に響く。

いつの間にか浴衣の腰紐が解かれていて、キスをしながら野立の手が浴衣の前に割って入ってきた。
ブラをつけていないので、野立の熱い掌がそのまま乳房に触れ、ひんやりとした膨らみを撫でさすられる。
ゴロゴロと雷鳴がまた響く。一瞬身を固くしかけた絵里子の乳首を野立がきゅっと摘んだ。

「大丈夫だ」

囁きながら指先が優しく先端を転がし、思わず吐息を漏らした絵里子のうなじに野立が舌を這わせた。

「絵里子、外のことは気にするな。俺にだけ集中してればいい」

邪魔になった掛け布団を野立がバサッと押しのけた。

浴衣がはだけた絵里子の胸元に、野立が唇をねっとりと押し当ててくる。
掌で転がすように優しく揉まれ、ツンと尖った蕾を音を立ててしゃぶられる。
絵里子の口から「あっ・・・」とかすれた声が漏れた。
絵里子が胸が感じやすいのを熟知している野立が、指先で両の乳首を執拗にクニクニとこね回すと、
絵里子が身をよじらせながら両脚を開いていく。
野立はすかさず絵里子のショーツの中に手をすべらせ、乳房を吸いながら中指を秘所に押し当ててゆっくり前後に動かした。

「あン・・・待って・・・」

くちゅっくちゅっと、早くも濡れそぼった音が秘所から漏れてくる。
小さな突起を野立の指がピンポイントで攻め立てると、絵里子が腰をくねらせて悶えた。

「・・気持ちいいか?絵里子。怖いことなんて忘れるだろ?」

野立が耳元で囁きながら、指先をぬるっと花弁の中に埋めた。
中は十分に潤っていて、ねとねとした蜜が野立の指にからみついては溢れ出していく。

野立は自身の浴衣と下着を素早く脱ぎ捨てると、絵里子の浴衣も器用に脱がせた。
絵里子の下半身に覆いかぶさるようにして、臍やなめらかな腹部にキスしながら、ゆっくりとショーツを引き下ろしていく。
完全に脱がしてしまうと、絵里子の両脚を思い切り開かせ、内側から透明な蜜がとろけ出している秘部に顔を埋めた。
ぴちゃぴちゃと卑猥な音を響かせながら、野立は唇と舌をいやらしく動かして絵里子の突起と花弁を舐め回す。

「はぁぁ・・・。いじめないで・・・」

絵里子は野立の髪をグッと掴みながら、頭を左右に振って身悶えた。
野立は更に舌をできるだけ奥まで差し入れ、柔らかくうごめく内側の肉と愛液を味わう。
絵里子がビクビクッと痙攣を起こしかけると、ようやく野立は体を起こした。

ヘッドボードにもたれるようにして座る体勢を取った野立が、絵里子の体を後ろから引き寄せた。
背後から抱かれ、絵里子のヒップに野立の固くそそり立ったモノがぺたっと当たる。
その感触がたまらなくて、絵里子の体から力が抜け、野立の胸に背中を預けた形になった。後ろから野立の両手が絵里子の乳房を包み込み、優しく揉みしだいた。
もう雷の音も激しい雨の音も、聞こえてはいるが、どこか遠い世界のことのように感じる。
絵里子は胸を愛撫する野立の手に自分の手を重ねて、一緒に動かした。

指先で胸の蕾をいじられ続け、鈍い痺れのような快感に尻がひくひくと浮いてしまう。
絵里子は腕を体の後ろに回すと、自分の尻に当たる野立の屹立した熱い塊を握った。
そのまま指を這わして上下に愛撫すると、野立の息が深くなり、二人は目を開いたまま舌を絡ませあった。
野立の先端から、チロチロと先走りの液が漏れ出て、絵里子の指先を湿らせていく。
野立が左手で乳房をなぶりながら、右手を絵里子の右の太ももに伸ばし、大きな角度に押し広げた。
無防備にさらされた絵里子の股の間を野立の掌が覆い、指のすべてを使って花弁を舐めるように触る。
中指がまるく円を描くように小さな突起を愛でると、絵里子の長い脚が跳ねるように反応した。

「欲しいか?絵里子」

よがりながら、ぐったりと身を横たえた絵里子を後ろから抱き、執拗に胸と秘所への愛撫を続けながら野立が聞く。
そうしながらも、野立のモノはピクピクと顔をもたげながら絵里子のヒップをこすっていた。

「欲しい・・・じらさないで・・・!」

かすれ声で絵里子が訴えると、野立が絵里子の体を仰向けにし、両脚を大きく開いて掲げ、股を広げさせた。
野立がその濡れた部分を無言でじっと見つめていると、絵里子が悲鳴のような声をあげた。

「いやっ。やだ、こんな格好!・・・バカ!」

羞恥と興奮で絵里子の顔が火照るのを見下ろしながら、野立がニヤリと笑みを浮かべる。

「イヤとか言いながら、絵里子のエッチな汁がいっぱい出てきてるぞ。
見られると興奮するのか?・・・やらしいな、絵里子」
「バカッ!誰のせいよ・・・」

絵里子が本気で恥ずかしがって野立を睨む。

「俺のせいか?・・・俺のせいでどんどん絵里子がエッチになるなら、もっとしてやる」

そう囁きながら、野立の指が絵里子の秘所を改めて一撫ですると、絵里子の体がビクンと震えた。
それを合図に、野立がグニュグニュと、めり込ませるように絵里子の中に挿入した。

「ああぁ・・・っ!あ、ん」

思い切り深く貫かれ、絵里子は身をのけぞらせた。
粘膜をこすり合わせるようにゆっくり野立が動くと、絵里子の中がそのたびにキュウッと収縮して野立を捕らえる。

「すげ・・・。締めつけ、すごいぞ、絵里子」

野立が熱い息を漏らしながら、絵里子の首筋に顔を埋め、尚も奥深く突いた。
絵里子の愛液がとめどなく溢れ出し、野立が出し入れするたびに、ぐちゅぐちゅと音を響かせる。
絵里子も両手で野立の尻をぎゅっと掴み、自ら必死に腰を振って野立のモノを迎え入れた。
肌がじっとりと汗ばみ、求め合う唇から唾液がつたう。


野立が絵里子の体を引き上げ、座位で抱き合う形になった。
互いに腰を激しく揺らしながら、より深く交わって快感を与え合う。
絵里子が白い喉を逸らすと、野立が乳房をしゃぶりながら下から突き上げてくる。
しびれるような感覚が絵里子を襲い、野立の頭を抱きかかえながらそのまま覆いかぶさり、野立を仰向けにさせた。
濡れすぎたため、野立のモノが一度ぬるっと外れる。
仰向けに寝たまま、とろんとした目で見上げてくる野立に、絵里子が馬乗りになった。

既に蜜でとろとろになった秘所に、野立のモノを何度か前後させてこすりつけてから、
絵里子が腰を下ろして野立を呑み込む。

「・・うぅっ・・・」

野立がたまらず吐息を漏らした。
そのまま前屈みになって絵里子が激しく腰を動かすと、控えめに揺れる乳房を野立の手がすくい上げて揉む。
絵里子の絞り上げるような腰の動きに、野立の息が荒くなっていく。

「絵里子、ヤバイ。俺、イキそう・・・」
「いいよ、イッて。全部出して・・・」

絵里子は速度を上げて腰をグラインドさせ、指先で自身の小さな突起を愛撫して快感を高めた。

・・・今日は私が野立をイカせてあげたい。
そう願いながら、自身の中に高揚した波が押し寄せる気配を感じ、絵里子は思わず悲鳴に似た声を上げていた。
それとほぼ同時に、野立が切羽詰った声を出した。

「・・・ふっ・・!出る・・・!」

一度ビクンと体を浮かせた野立が、絵里子の中に生暖かい大量の液体を放出させた。
奥まで液で満たされる独特の感覚に体を震わせながら、絵里子も数秒遅れで達する。

「・・ああっ・・・」

激しい呼吸のまま、絵里子はぐったりと野立の胸に倒れ込んだ。
ぬらりと外れた野立のモノが絵里子の太ももに当たり、絵里子の肌を液体の名残りが濡らした。

しばらく折り重なって目を閉じていると、野立が優しく絵里子の髪を撫でた。

「もう、雷、聞こえなくなったな」
「うん・・・。ありがと、野立」

汗ばんだ体が空気に触れて少しずつ冷えていく。
野立は脱ぎ捨ててあった浴衣で絵里子の体を包むと、自分も同じように羽織ってから、掛け布団を引っ張り上げた。
絵里子の肩まですっぽりと布団で覆うと、「明日朝早いから、少しだけでも眠れ」
そう言って絵里子のまぶたに軽くくちづけ、野立は目を閉じた。

ほどなく野立の寝息が聞こえてきて、絵里子は薄明かりの下でその寝顔を眺めた。
本当に、この男と結婚するんだなぁと、今更ながら二人の長い年月を思い、胸がいっぱいになる。
数時間前、新幹線の改札まで野立の両親が見送ってくれたときの情景が、絵里子の脳裏に浮かんだ。

野立が父親と肩を並べて歩きながら、ぽつりぽつりと男同士の会話を交わしている後ろ姿を見ながら、
絵里子は野立の母親と並んで駅までの雑踏を歩いていた。
たくさん持たされたお土産のお礼を述べていた絵里子に、野立の母は柔らかい笑顔で語りかけた。

「絵里子さんは、もう20年も信次郎とつきあってきたのねぇ」
「ええ、同期、悪友、みたいな関係でしたけど」絵里子は正直に答えた。
「あの子が成人した後はずっと離れて暮らしてきたから。親の私たちよりあなたの方が、
大人になってからのあの子のことはよくご存知ね」

絵里子は何と答えて良いか分からず、微笑みを浮かべて野立の母の次の言葉を待った。

「あの子、ちょっと変わってるでしょう。澄ました顔して、なかなか本音を見せない子でね。
絵里子さん、相手するの大変なんじゃない?」
「たしかに、未だにしょっちゅう驚かされます」

絵里子が笑みを浮かべながら答えると、

「あら、やっぱり?」

と茶目っ気のある顔で野立の母が笑った。

野立が父親に笑顔を向けながら、何か話している。その背中を見ながら野立の母は続けた。

「要領が良くて調子も良くて本心はなかなか見せなくて。でも、本当はとっても優しい子。本人は隠そうとするけど」

そうじゃない?と野立の母は共犯者のような笑みで絵里子を見上げた。

「そう思います。私も、いつも憎まれ口叩いたり、バカなことばっかり言い合ってましたけど、
肝心なとき、いつも信次郎さんに助けられました。
仕事を辞めようかと悩んだときも、私が暴走して敵を作りそうなときも。
私がアメリカに行って長いこと会わずにいたときでさえ、心のどこかでいつも、
何かあっても最後は必ず彼がいてくれる、って思ってました。
組織で孤立していた私を日本に戻してくれたのも、信次郎さんでしたから」
「そう・・・」

野立の母は、眩しそうな目で絵里子を見つめて微笑んだ。
その眼差しが、少し野立と似ていた。

「東京に行ったきり、ちっとも結婚する気配がないもんだから、一時期、私たち随分あの子にお見合いを勧めてね。
いつだったかしらね・・・もう何年も前だけど、煮え切らないあの子にしびれ切らして、
電話で『いいかげんに決めなさい!』って詰め寄ったことがあったの」

全然知らない話だった。むろん、出世頭の野立には、カイシャからの見合い話も腐るほどあったのは知っていたが。

「私も主人も、あの子は女の子と適当に遊んでるのが好きだから、縛られたくなくて結婚しないのかと思ってた。
でもあの時の電話で、あの子ね、『パートナーは自分で見つける』なんて、柄にもなくカッコイイこと言ってね」

「そのとき、こんなようなこと言ってたの。
『自分の足でしっかり歩いてるような、前向いて頑張ってるような人、いないかな』って。
・・・嫌に具体的でしょ?」

絵里子は思わず息を止めて野立の母を見た。野立に似た瞳が、絵里子を優しく見返してくる。

「その言葉を電話で聞いたときね、ああ、この子はもしかしたら好きな人がいるのかなぁって思ったの。
漠然とした理想像を言ってるんじゃなくて、誰か特定の人を思い浮かべて言ってるように聞こえた。
そしてまだ、その人とは報われてないんじゃないか、
その人が振り向いてくれるのを待ってるんじゃないかって、そう思ったの。
その人じゃなきゃダメっていう、あの子の本音が聞こえたような気がした。母親の勘かしらね?」

野立の母はフフッと可愛らしく笑った。

「あれ、絵里子さんのことだったのね」

「今日、あなたを一目見て分かったわ。ああ、信次郎はこの人をずっと想ってたんだなぁって」

改札に辿り着いた野立と父親がこちらを振り返り、女は遅いなぁというように苦笑いを浮かべていた。

「絵里子さん、あの子の願いを叶えてくださってありがとう。信次郎をよろしくお願いします」

野立の母が、小柄な体を深々と折り曲げて絵里子に頭を下げた。
向こうで、野立と父親がこちらを見て笑っている。
なんだ、母ちゃん大袈裟なことしてるよ。野立のいつものおどけた声が聞こえた。
なぜだか絵里子は、泣き出しそうな気持ちを必死で抑えながら、

「こちらこそ、よろしくお願いします。・・・お義母さん」

と、もっと深く頭を下げたのだった。

暗がりの中で、野立が軽いイビキをかき始めた。鼻をキュッと摘むと、一瞬止む。

「・・・ぇりこ・・・?」

寝言なのか、睡眠妨害に対する文句なのか。絵里子はクスッと笑って、野立の顔から手を離す。
幸せそうに寝息をたてる野立の顔を見つめていたら、絵里子の目から一筋涙が落ちた。

・・・この人で良かった。

胸の中でそう呟くと、絵里子は野立の肩に頬を押し当てるようにして、ようやく眠りについたのだった。

一方その頃、花形の部屋では・・・。

「もう、雷も収まってきたし、いい加減に寝ましょうよー!」
「や、ここまで盛り上がってきたんだから、今更やめるわけにはいかないね!今度はボクの番だから!」
「もう、山村さんの勝ちでいいですよー。ハイハイ、山村さんには敵いませんって」
「あ、ボクそういう勝負の投げ出し方、納得いかないなぁ。いくよ、次は第3ラウンドだからね!」
「なんで、男二人が眠れないからってダンス選手権なんてやらなきゃいけないんですかぁー!」
「どうせあとちょっとで朝なんだから、オールナイトで盛り上がろうよ!
まだまだネタはたっぷりあるんだよ〜、ボク」

狭いシングルベッドの上で、山村が奇妙なダンスを踊り出す。

「こう見えて、ボクなんてリアルタイムでブレイクダンス身につけたからね〜。昔は派手に鳴らしたな〜。
ほら、ね?ね?この動き、この回転、かなりイケてるでしょぉ?!」
「もう知りませんよ!僕、あっちの椅子で寝ますから!」

背を向けた花形に気づかず、山村はいつまでもベッドの上でブレイクダンスに精を出していた。
当然、二人は翌朝の新幹線に乗り遅れ、絵里子に大目玉を食らったのは言うまでもなかった。






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