聖夜の奇跡(後半) 絵里子サイド
野立信次郎×大澤絵里子


改札を出ると、今度は野立の方から手をつないでくれた。
指と指を絡めるカップルのようなつなぎ方。
何を話していいかわからず、無言で歩き続けた。
商店街の半ばに、いつものコンビニがある。
野立がかごを持ち、絵里子がめぼしいものを入れていく。
周囲の人々には、私たちの姿はどう映っているのだろうか。
そう思っていると、野立から外で待っているように言われた。

外に出て、大きく息を吸う。
なんだか肩がこった。なんとなく居心地が悪い。
気分転換に商店街を見渡すと、ぼんやりとした明かりが見えた。
それは、何度もここを通っている絵里子でも気づかないくらい小さなアクセサリーの店だった。

「こんな店あったんだ」

豆電球の明かりに照らされた、小さな雪の結晶のネックレスに目が留まる。
本当はすぐに消えてしまう雪の結晶だけど、これならずっと留めておける。
この夢のような時間も、ずっと終わらなければいいのに。

「絵里子」

声をかけられて、絵里子は慌てて振り返る。
野立は何を見ているのか気になったようだが、なんとなく気恥ずかしくてその場から離れることにする。
強引に手を引き、ひたすら歩き続けて商店街のはずれまで来た。

「いてーな。相変わらずの怪力だな」

普段どおりの声が癪に障る。
どうしてこいつはいつもどおりで、私ばかりこんなに動揺してるんだろう。
そう思うと無性に腹が立ってきた。
売り言葉に買い言葉で、もう止まらない。
でも、こんなふうに会話をするのって、ずいぶん久しぶりのような気がする。
それに気がついたとたん、高ぶっていた気持ちがすっと冷めていく。

「・・・ねぇ」

「何だよ」

「もし・・・、もしもよ。来年のクリスマスもお互いフリーだったら、またこうしていっしょに過ごしてくれる?」

もうすぐ日付が変わる。
雪の結晶と違って、ともに過ごした時間は形にすることができない。
だから、せめて年に1度でいいから恋人みたいに過ごしたって罰は当たらないだろう。
アンタもそう思ってるんじゃないの?
しかし、返ってきた言葉は絵里子の期待を裏切るものだった。。

「そうだな。それも悪くないけど、俺はこのままフリーでいるつもりはない」

やっぱりそうだよね。ひとりのままでいいなんて、思うわけないよね。
・・・言わなきゃ良かった。
絵里子はなんとか取り繕うと言い訳をする。自分が情けなくて涙が出そうになる。

ふいに、名前を呼ばれた。
恐る恐る見上げると、野立はなぜか真剣な様子でこちらを見ていた。

「お前といっしょにクリスマスを過ごすには、俺もお前もフリーじゃないといけないのか?」

「そ、そりゃそうでしょ。どっちかに恋人がいたら駄目に決まってるじゃない」

「じゃあ、こうしよう。俺が絵里子の恋人になってやる」

こ、恋人!! コイツは何を言ってるんだ。
こんな慰めを言われるくらいなら、いつものようにちゃかしてくれたほうがよっぽと気が楽だ。

「二人とも、フリーのままではいたくないと思っている。
それから、俺もお前と過ごすクリスマスはなかなか楽しいと思っている。
・・・完全に利害が一致してると思わないか?」

「な、何言ってんのよ。そんなに簡単にこんな大事なこと、冗談もいいかげんにしなさいよ!」

「・・・冗談でこんなこと言わねーよ!」

怖い、と思った。野立から大声で怒鳴られたのは、初めてかもしれない。

絵里子が立ちつくしていると、落ち着いたのか野立が口を開いた。

「すまない。でも、本当に冗談じゃないんだ」

自分でも怒鳴ったことを悪いと思っているのか、その口調は妙に優しい。
ってことは、これは本気なの?
にわかには信じられない。
お互いの気持ちを探りあう、そんなあいまいな関係が楽しかった。
これからもずっと続くと思っていたのに。

「・・・じゃあ、もっと・・・もっと他に言い方があると思う」

私はもう疲れてしまったのだと思う。
察するなんてできない。きちんとした言葉が欲しいのだ。
あなたの、その唇から。
野立の手が近づいてくる。指先が触れる。

「絵里子、好きだ」

この男はいつも絵里子がいちばん欲しい言葉をくれる。
頬が熱くなっていること、ばれてないだろうか。
野立は、絵里子の頬をまるで壊れ物を扱うかのように優しく撫でる。
その上から、絵里子もそっと手を重ねる。言葉が、自然とこぼれてきた。

「私も、あなたが好きよ」

野立の顔が近づいてくる。
目を閉じると唇に柔らかいものが触れた。
はじめは冷たかったが、繰り返すたびにその唇は絵里子と同じ温度になっていく。
少し力を抜いた絵里子の口内に、野立は強引に舌を差し込んできた。
苦しいくらいに奥まで差し込まれ、逃げようとしてもさらに追いつめられる。
頭の奥がくらくらして、もう野立のことしか考えられない。
絵里子は夢中で手を伸ばし、野立の髪を掴んだ。

「キスだけで感じてるのか?」

少し意地悪な顔をして、野立が尋ねる。
感じてる? 私がキスだけで? 初心な女じゃあるまいし。
否定をしながらも、絵里子は体の中心からあふれ出す熱をもてあましていた。
だから、野立に抱きしめられただけで足元から崩れてしまいそうになる。
きっと彼はわかってるんだろう。執拗に絵里子の体を撫でまわす。
絵里子は必死に声を押し殺した。

「感じてないんだろ?」

その瞬間、野立の指が絵里子の体の中心に触れた。
思わず悲鳴をあげて、野立の体にしがみつく。

「すげー濡れてる」

言われなくてもそんなことはわかっている。
前々から気づいていたことだが、本当にこの男は意地悪だ。
耳元に息を吹きかけられ、足元がぐらつく。
すかさず野立の腕に支えられた。・・・優しいんだか、意地悪なんだか。

マンションに向かう道中も、絵里子は何度も弱いところを責められた。
・・・やっぱりこの男は意地悪だ。
しかし、憎まれ口をたたく余裕もないくらい絵里子の体は熱くなっていて、
部屋に入った瞬間、無意識のうちに野立の背中に抱きついてその先をねだってしまった。

気がつけば、見覚えのあるベッドルームでショーツだけの姿にされていた。
どうせならこの気持ち悪いショーツも脱がしてくれればいいのに。
衣服を脱ぐ後姿を妙に冷静な気持ちで眺めていると、唇をふさがれベッドに押し倒された。
乱暴に胸を揉まれ、激しく乳首を吸われる。
しびれるような快感が全身を駆け巡り、思わず声をあげてしまう。
ショーツを下ろされたので、野立がそこに触れやすいよう脚を広げた。

ぬるっとした感触がして、絵里子は野立の指が挿入されたことを知る。
体の奥に異物が入ってくるこの違和感は、ずいぶん久しぶりだ。
だから中の壁を擦られただけで、さんざん焦らされてきた絵里子の体は敏感に反応する。

「あっ」

一番敏感な場所を刺激されて、体が跳ねた。
気持ちよすぎて、もう少しで達してしまいそうだ。
まだイキたくない。もう少し、もう少しこのまま愛されていたい。
そう思っているのに、野立の指は止まらない。
絵里子の感じる場所を知っているかのように、ピンポイントに責めてくる。
体の奥から、熱いものがあふれ出す。
そんなとこ吸わないで。そんなにされたら、もう・・・

「ああっ!」

視界が白くはじけ、一瞬、宙にういているような高揚感の後、全身がひくひくと震えた。
うれしくてたまらないのに、なぜか涙がこぼれる。
せっかく気持ちが通じ合ったのに、こんなに大事にされているのに、どうして。
その疑問は、野立に優しく抱きしめられただけであっさりと解決した。
そうか。涙って、幸せすぎても出てくるのね。

ようやく体の震えが収まり、野立を見るとゴムを取り出している。
いやだ、そんなものは必要ない。直接、野立を感じたいの。
不要だと伝えると、野立は一瞬困ったような顔をしたが、了承してくれたようだ。

初めて野立のモノを見たとき、絵里子はようやくひとつになれる喜びでいっぱいになった。
だから一気に貫かれたときも、思わず漏れた野立の声を聞いたときも、涙があふれてくるのを止められなかった。
野立は額に汗をにじませながら、必死に腰を打ちつけてくる。
先程達したばかりで敏感になっている膣内を激しく突かれ、絵里子は髪を振り乱して喘ぐことしかできない。
腕にしがみつくと、野立はむさぼるように唇を求めてきた。
先程よりも激しく舌を絡ませる。こぼれた唾液が頬を伝う。
ぐちゃぐちゃという粘液がからみつく音が、唇から出たものか、それとも結合部分から出たものなのか、
再び絶頂へと登りつめようとしている絵里子にはわからない。

「・・・野立、もう、ダメなの・・・」

そう訴えると、野立も苦しそうな、でもうっとりするほど色っぽい表情で頷いた。

「俺もだ・・・、いっしょにイクぞ、絵里子っ」

「うんっ、来て、ああああっ!!!」

今までで一番強く奥を突かれて、再び絵里子の視界は白くはじけた。
痛いくらいに激しく心臓の鼓動を感じ、体中が痙攣する。
直後、野立も整った顔をゆがめ、「・・・くっ」と小さく呻いた。
その瞬間、絵里子の中で野立のモノがびくびくと跳ねた。
そこは十分熱をもっていたはずなのに、それ以上に熱いものが注ぎこまれているように感じる。
額に汗をにじませ、荒い呼吸を整えている野立を見て、絵里子はようやく彼と恋人になれたことを実感した。
私、野立に言いたいことがいっぱいあるんだ。
今日のお礼とか、いっしょにいてくれてうれしかったこととか。
起き上がろうとするが、力が入らない。
そんな絵里子に気づいているのかいないのか、野立はただ優しく絵里子を見つめている。

「後片付けは俺がやっておくから、お前はこのまま休め」

野立は、汗ではりついた絵里子の前髪をそっとよけると額にキスをしてくれた。
うれしくて頬が緩む。
なんか今日の野立は優しいなー、知らなかった、そんなの反則だよ・・・
満たされた気持ちのまま、絵里子の意識は途絶えた。

目が覚めると、見慣れない天井が目に入った。
きょろきょろと見回しながら、絵里子は改めて昨日の出来事に思いを巡らせる。
そうだ、私は野立と・・・
ベッドから降りて、室内を見渡す。
グレーで統一された、簡素な部屋。何度か見かけたことのある野立の寝室だ。
絵里子の体は寝ている間にきれいに拭き清められており、男物の白いコットンシャツを着させられていた。
それがうれしくもあるが、同時に野立の「女性慣れ」を表しているようで少し複雑な気持ちになる。
「・・・過去のことで悩んでいてもしょうがないよね」
そう自分に言い聞かせるようにつぶやいて、絵里子は部屋を出た。

リビングはパンを焼く匂いで満たされていた。

「おはよう」

「ああ、おはよう」

キッチンに立っている野立に声をかけるが、彼は振り向かなかった。
たったそれだけのことなのに、胸が苦しくなる。
もしかして、昨夜のことを後悔してるの?
そんな考えが頭をよぎった。
お互いに「好き」と言って体を重ねたのに、素直に幸せに浸りきれないのは、
今までに何度となく繰り返してきた出会いと別れの記憶がそうさせるのだろうか。
・・・きっと今の私はひどい顔をしている。
はやく顔を洗ってさっぱりしたい。
絵里子はいたたまれない気持ちで洗面所に向かった。

鏡に映った自分は、少し疲れた顔をしていた。
冷たい水でばしゃばしゃと顔を洗う。
あー、気持ちいい。
顔を上げたとき、絵里子の胸元で何かが光った。
シャツのボタンをはずして鏡に映してみる。
ホワイトゴールドの小さな雪の結晶。

「ちょっと、ちょっと野立! どうしたのコレ」

大声でわめきながらリビングに戻ると、ようやく野立は振り向いた。

「ん? 気に入らなかったか?」

「いや、気に入ってるんだけど」

そうなのー、昨日見てかわいいなって思って・・・って、ちがーう!!

「そうじゃなくて」

混乱して言葉がうまく出てこない。
野立は得意気な顔で答える。

「クリスマスプレゼントにしては安物だな。今度もっといいものを買ってやるよ」

・・・やっぱり昨日見られてたんだ。
それでわざわざ早起きして、絵里子が寝ている間に買いに行ってくれた。
なんてキザな男なんだろう。でも、なんて優しい・・・
絵里子は、ようやく胸の奥にある不安の原因がわかったような気がした。
昔の女性のことが気になったり、ちょっと顔が見れなかっただけで不安になったり。
そうか、私は本当にこの男のことが好きなんだ。
その証拠に、今、私は本当にうれしくて幸せだ。

野立の背中に腕をまわし、ぎゅっと力をこめた。
「ありがとう」とつぶやくと、彼も優しく抱きしめてくれた。

「ごめんね、私何にも用意してないや」

「いいよ、俺はもう絵里子からプレゼントもらったから」

野立は諭すようにささやくと、絵里子の髪を撫でて、頬ずりをした。
柔らかいひげが頬を撫でて気持ちいい。

「何を?」

「教えない」

さらに問い詰めようとした絵里子の唇は、野立の唇でふさがれていた。
ねっとりとした舌が入ってくる。
ねぇ、野立。どうすれば私がこんなにも野立のことが好きだってわかってもらえるのかな。
それとも、何でもお見通しのアンタのことだから、もうわかってるのかしら?
再び体の奥が熱くなってくる。
絵里子は野立の首に手を回し、耳元でささやいた。

「ねぇ、もっともっと愛してくれる?」






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