花火の夜に(ディナーにご用心 続編)
野立信次郎×大澤絵里子


「ねえ、こんなもんでいいかな?」

軽くシャワーを浴びてTシャツに着替えてきた野立に、キッチンから声をかける。

「上等、上等。どうせあいつらも差し入れ持って来るだろうしな」

大きな皿には、帰り際デパ地下で適当に買ってきたオードブルやつまみを盛り付けてある。
ちょっとしたパーティー風に見えなくもないだろう。
野立が冷蔵庫から、買い置きしておいた缶ビールやチューハイをまとめて取り出した。

今日は8月最後の花火大会だった。
野立のマンションから、花火が良く見えるのではないかと察知した対策室のメンバー達が、
仕事の帰りに花火見物に押しかけてくることになり、絵里子はその下準備をしていた。
野立と絵里子が一緒に住んでいることは、既に部下たちにすっかりバレており(むろん口外厳禁だが)、
だったらみんなで花火を見ながら盛り上がろうということになったのだ。
野立のマンションの最上階には、貸切にできるラウンジルームが複数あり、
管理人に確認したところ、運良く花火の時間帯に一室借り切ることができた。

絵里子も既にシャワーを浴びてラフなカットソーに着替え、薄化粧を施している。

「そろそろみんな来る頃よね。花火に間に合うかなぁ」

窓の外に視線を向けた絵里子の体を、野立が後ろから腕を回して抱く。

「俺、ホントは二人だけで見たかったんだけどな。そこのベランダでさ」

あいつらどこにでもついて来るからなー。野立がへの字口で絵里子の肩に顎を乗せた。

「上司を慕って遊びにくるだけカワイイもんよ」

絵里子が顔を後ろに向けて軽くキスすると、野立が、もっと、というように唇を求めてくる。
まだ石鹸の香りが残る体を寄せ合い、絵里子のルージュが落ちないように
ソフトなキスを繰り返していると、インターフォンが軽やかに鳴り響いた。
モニタに、5人の部下がひしめきあって映っている。

「野立さーん、ボスー!お酒たっぷり買ってきましたよ〜!」

食料と大量の酒を抱えて最上階まで上がると、廊下で初老の管理人が待っていて、ラウンジルームの鍵を開けてくれた。
隣接する別のラウンジルームにも、既に何家族かが集まってワイワイやっている様子だ。
室内に足を踏み入れると、ゴージャスなインテリアに絵里子たちは圧倒された。
重厚な外国製のパーティー用テーブル、キングサイズのベッド並みに大きな、ゆったりしたソファ、
洒落たバーカウンター、センスのいい照明の数々。
ホテルのスイートのように、洗練されたシックな内装で統一されている。
そして、最上階だけあって全面が張り出し窓になっており、見晴らしは抜群だった。

定刻どおりに花火が始まった。
夜空を華やかに染め上げる光と音の迫力に、一同は感嘆の声を上げた。

「うわーー!すっごいですねーー!ここ特等席だぁ!」
「デジカメで映るかな。マイブログにアップしなきゃ♪」

花形と山村が興奮しながら、窓に張り付いて花火に見入っては、パシャパシャと写真を撮っている。

「片桐、フライドポテト食べるか?ほら、アーンしてみ♪」

岩井が太い指でポテトをつまんで片桐の顔の前に差し出すと、木元が

「片桐さんはスイーツのほうがいいですよね〜。はい、シュークリーム好きでしょ?」

と、片桐の腕を引っ張る。
岩井と木元は、ソファの上で片桐を真ん中に挟んで火花を散らしていた。

「みんな、楽しそうね。・・・ありがと、野立」

絵里子が花火の盛大な音に邪魔されないように、野立に耳打ちする。

「いや、俺もここに住んでまともに花火見たの初めてだし。良かったよ」

部屋の照明を控えめにしているせいもあって、部下の目もあまり気にならない。
絵里子は自分の食べかけのピザを、

「これ、わりと美味しいよ」と野立の口に運んでかじらせた。
「あ、チーズが髭についちゃった」

絵里子がティッシュで野立の口元を拭いてやると、今度は野立が
「おまえもついてるし」と笑いながら、絵里子の唇に指を伸ばしてピザのかけらを摘み取る。

はっと気づくと、部下たちの視線が絵里子と野立に集中していた。

「なんちゅうか、やらしい雰囲気やなぁ、あんたら」
「えっ!!ど、どこがっ!」岩井の呟きに絵里子が野太い声で答える。
「二人してそんなリラックスした格好で、何気に風呂上りっぽい匂いまでさせとるし」
「な、何よ!フツーにTシャツとパンツじゃない!どこがやらしいのよっ!!」
「たしかに、そのフツーのラフさが返ってエロチックとも言えますね・・・」

自分で言ったエロチックという単語に反応して照れている片桐に、木元が同調する。

「分かるー。なんか二人だけ、まとってる空気が違うんですよねー。くだけてるって言うかぁ・・・」

「素の状態って感じが、逆にドキドキしますよね。オトナって深いなー」

花形が興奮気味に言うと、山村がじっとりとした横目で不満を口にした。

「大体、さっきから花火なんてそっちのけで、イチャイチャ二人の世界に浸っちゃって。
ボクの小説は権力使って差し止めたくせに、なんだか納得いかないや」
「・・・ヤマムー、今月も育毛剤禁止にしようか?」
「えーーっっ!!の、野立さん、それだけはご勘弁をーーー!!」

上司2人への冷やかしでひとしきり騒いだ後、花火にも少々飽きてきた面々は、
やけくそのように酒とつまみに走り始めた。

「おまえら、どんどん飲め飲め。明日は多少の遅刻は大目に見てやる」

野立が部下たちを煽って酒を勧める。

「酔っ払わせて、さっさと帰らせようぜ」

野立の耳打ちに、絵里子は深く深く頷いた。

花火が終わり、あらかた食べつくした頃には、部下たちは完全にデキあがってしまった。
食べ散らかした残骸や空き缶をゴミ袋に集め、帰り支度をする。
例によって泥酔状態の山村を、同じく酔っ払った岩井と花形が両脇から支え、
木元は酔いに任せて片桐の腕にべったりしがみつき、
片桐も酔って頬を紅くしつつも、妙に目をギンギンにさせながら木元を支えて歩いている。

「どーもー!野立さーん、お邪魔しました〜!ボスー!まぁた明日〜!」

ろれつの回らない口調で部下たちがラウンジルームを出てエレベーターに向かう。
絵里子と野立も、ほろ酔い気分でゴミ袋を手に、電気をすべて消して外に出ようとした。

「おっと、エアコン消してなかった。リモコンどこだっけ」
「あれ?さっきカウンターの上で見たけど・・・ない?」

再び電気を点け、カウンター周りやソファの上などを探す。
しばらく探し回った二人は、ようやくソファの窪みに隠れていたリモコンを見つけ、エアコンを切った。
部下達は既にエレベーターで降りていったようで、もう声は聞こえなかった。
さて帰るか、と野立がドアに手をかけてノブを回す。が、どうも様子がおかしい。

「あれ?開かない。なんでだ?」

ガチャガチャと野立がノブをいじるが、内側からではびくともしない。

「どうしたの?鍵掛かっちゃってる?」

両手にゴミ袋を提げた絵里子が、心配そうに覗き込む。

「ひょっとして俺たちがリモコン探してる間に管理人が来て、もう誰もいないと思って外から鍵掛けたんじゃ・・・。
あのジイサン、ちょっとぼんやりしてたからなー」

野立が、顎に手を触れながら呟いた。

「ね、外から鍵掛けられたとして、なんで内側から開けられないのよ?普通、開くよね?!」
「・・・そういえば、前に住人の中学生の息子が、ここに仲間連れ込んで鍵かけて悪さしたとかで・・・
それ以来、鍵は管理人が外からしか掛けられないように変えたんだよ、たしか・・・」
「・・・ってことは、私たちここに閉じ込められたってこと・・・?」
「そういうことに、なるな」

野立が溜め息をついた。

野立が念のため携帯から管理人室に電話を入れてみたが、既に帰宅したようで出ない。
夜間はセキュリティアラームが鳴れば警備会社が駆けつけるが、基本は無人だ。

「・・・どうしよう」絵里子が途方に暮れた顔でソファに腰を下ろした。
「ま、明日の8時になれば管理人が出勤してくるさ。しょうがねぇよ。
トイレもエアコンも酒もあるし、ここで一晩過ごそうぜ。ホテル並みに豪華だし」
「8時まで待ってたら、明日は完全に遅刻だわ・・・」

絵里子が頭を抱える。

「いいさ、たまには。俺が大目に見てやる」
「あんたは明日しっかり休み取ってるもんね!私はまだ仕事がたまってるのよ・・」
「カリカリすんなって。人間、その場その場を楽しみながら生きたほうがラクだぞぉ」

そう言って、野立はいくつか照明を落とすと、大きなガラス窓の前に立った。

「見ろ、絵里子。この辺りは他に高層の建物が少ないから、向こうの夜景が綺麗だろ」

野立の言葉に、絵里子も窓辺に近付いた。
先ほどは花火に気を取られていたが、こうして見ると確かに近くの建物はみな、このマンションより背が低い。
灯りを減らしたせいもあり、遠方の高層ビル群のイルミネーションがより一層美しく輝いて見えた。

「ほんとだ、すごく綺麗ね・・・」

絵里子はガラスに張り付くようにして見入る。
しばらく見惚れていると、野立と二人ということもあり、心がスーッと落ち着いてきた。
絵里子の白い横顔を見つめていた野立が、呟いた。

「周りに邪魔な建物がないってことは、こっちを覗かれる心配がないってことだな」

そう言いながら、いきなり後ろから絵里子に抱きついてきた。

「えっ、ちょっと、何いきなり・・・」
「こんなとこに二人で閉じ込められてんだ。やることなんてひとつしかないだろ?」

野立はニンマリと笑うと、窓の前に置かれた大きなソファに絵里子を引きずり込んだ。

むさぼるような情熱的なキスに呑み込まれ、絵里子は息がつまりそうになる。

「・・・ん・・・待って、もっとゆっくり・・・」

そう声を絞り出すものの、ここ数日お互いに多忙でゆっくり抱き合う時間もなかったことを思い出し、
絵里子の体もじんわりと熱くなってくる。
唇と唇がもどかしげに求め合い、舌がとろけあうように絡まる。
薄明かりの下でぴちゃぴちゃと唾液が混ざり合う音だけが響き、絵里子は早くも下腹部に熱い疼きを感じた。

野立が絵里子のカットソーの中に手を入れ、暖かな掌で肌を撫でる。
ブラの上から胸を軽く一撫ですると、カップの隙間に指を2本差し入れ、蕾を優しくさすった。
絵里子が脚をすり寄せて身をよじると、野立が絵里子のカットソーを脱がしに掛かる。
コットンのパンツもひき下ろされ、ブラとショーツだけになると、野立も自身のTシャツとパンツを脱ぎ捨て、
グレーのボクサーショーツ一枚になった。
そのままソファの上で絡まりあうように抱きしめあうと、ショーツ越しに絵里子の股間に野立の大きな塊が押し当てられ、
その感触に絵里子は思わず「あっ」と声を上げながら、自ら腰をくねらせてしまった。

野立がわざとぐにゅぐにゅと股間を絵里子にこすりつけてくる。
その間も長いキスが続き、徐々に固く持ち上がってくる野立のモノの感触が、絵里子を恥ずかしいほど興奮させた。

「ねぇ・・・待って」

絵里子は野立をそっと押しとどめると、ソファの上で体勢を変え、自分が上になって野立を組み敷いた。

「何?俺が襲われるの?」

野立が緩んだ表情で絵里子を見上げる。

絵里子は野立の股間に手を伸ばし、下着の上から既に半分ほど持ち上がっている野立自身を撫で回した。

「・・・んんっ・・・」

野立が低く息を漏らす。
指でさすり上げるように愛撫しながら時々後ろの袋もソフトに握ってやる。
十分固くなってきたところで、野立の下着をグッと引っ張り下ろした。
主張するように勢いよく立ち上がったモノに、絵里子は躊躇なく顔を埋める。

絵里子はあまりこの行為が上手くないことを自覚していた。
それでも野立を喜ばせたい一心で、こうして時々自分から野立を頬張る。
そしてそういうとき、決まって野立は愛おしそうな目で絵里子を見下ろして、呼吸を荒くする。

「・・・絵里子、気持ちいいよ・・・」

野立が絵里子の髪に手を差し入れた。

絵里子は唇と舌を存分に這わせながら、野立のモノを唾液まみれにしていく。
絞り上げるように右手を何度も上下に動かし、舌先でぬらぬらと先端のヒダの内側まで丁寧に舐めた。
不意打ちのようにカポッと深くくわえ込み、口内の熱いモノにまんべんなく舌をからませる。
そうしながら、左手で野立の小さな乳首をつまんでやると、野立が震えるような吐息を漏らした。

絵里子が顔を上げて、野立の乳首を舌で舐め始めると、野立が絵里子のショーツの中に手を伸ばして秘所に触れた。

「おまえ、もうこんなに濡らして。あふれてきてるぞ」

野立が驚いたような笑みを浮かべながら、濡れた指先を音を立ててしゃぶる。
野立の両手が絵里子のヒップを撫でるように滑りながら、薄いショーツを脱がしていく。
絵里子はもどかしげに自分でブラを外すと、野立の唇に、先が尖りはじめた胸を近づけた。
野立が舌ですくうように乳首を舐め上げ、少し転がした後、ちゅぷっと音を立てて口全体で乳房に吸い付いた。

野立が舌を這わせながら、唇も使って蕾を存分に味わい、掌で胸をしっとりと揉みしだく。
乳房を両手でぎゅっと掴んだり、力を抜いていやらしく円を描くように揉んだりしながら、
時折指先でクリクリッと蕾をつまみ、こね回す。
絵里子は「はぁ・・・ん」と声を上げ、ぐちゅぐちゅに濡れた秘所を野立の股間や腹部になすり付けた。

「やらしいな。ガラスに映ってるぞ」

野立が秘密めいた笑みを浮かべて絵里子に囁く。
ふと横を見ると、野立の上に跨って乳房を揉まれながら腰をすり付けている自分の姿がガラスに浮かんで見えた。

「やだ・・・」

絵里子は羞恥に赤面するのを感じつつも、動きを止められない。
外から覗かれはしないと分かっていても、ガラス張りの無防備な空間に映るあられもない姿はこの上なく扇情的で、
恥ずかしさが余計に絵里子を昂ぶらせ、乱れさせた。
野立が急に上体を起こし、絵里子を抱きかかえるようにして体を動かす。

麻痺するような快感に絵里子の頭がぼんやりしてきた頃、
野立が優しく髪を撫でながら、ついばむようなキスをしてきた。
ソファの上に絵里子の体を仰向けに横たえると、野立は自身のモノに手を添え、
絵里子の濡れた入口にヌラリとこすりつけた。

「あっ、やん・・・」

野立が手で自身の角度を調節しながら、絵里子のぬるぬると糸を引く窪みやふくらんだ芽を、なぶるように愛撫する。
くちゃっくちゅっと粘液が音を立て、下半身の動きはそのままに野立が上体を倒して絵里子に肌を重ね合わせてきた。

「どうしてほしい?絵里子」

首筋に舌を這わせ、野立が下半身をこすりつけながら聞く。
既に限界にきていた絵里子は、息も絶え絶えに訴えた。

「挿れて・・・。早く、ほしい・・・」
「こうか?」

野立が何の前触れもなく、一気に絵里子に挿入した。

「あぁっ・・・!」

絵里子が野立の肩にしがみつく。
既に野立のモノはパンパンに膨張して屹立していたので、絵里子の中は奥まで隙間がないほど埋め尽くされた。

野立がもう一度上体を起こし、絵里子の体の両脇に手をついた姿勢で、腰を深く動かし始める。
ゆっくり、中をえぐるようにしばらくグラインドさせた後、今度は小刻みに速度を上げて絵里子を突く。
野立の腰の動きに合わせて、絵里子の白い乳房が上下にふるふると揺れるのを、野立がなまめかしい瞳で見下ろしている。
その眼差しがまた絵里子を煽り、いっそうみだらな声を上げてしまう。

高揚した波が絵里子の中に押し寄せてきて、野立に伝えようとした瞬間、
絵里子の中から野立がスッと抜け出た。
えっ・・・と思ったのもつかの間、野立が絵里子の体を反転させ、四つんばいにさせる。

「絵里子は悪い子だな」

野立がイジワルな声色で絵里子のヒップをぴしゃっと叩いた。

「いやっ!バカ・・・」

絵里子が羞恥に戸惑いながらもヒップを高く突き出すと、野立が白い尻を両手で撫で回す。
柔かな尻の肉を揉みながら、野立は後ろから深く貫いた。

「ぁああん・・・!」

絵里子はひときわ高い声を上げて身悶えた。
野立に容赦なく突き立てられ、両の乳房をめちゃくちゃに揉みしだかれ、頭の中がショートしそうな快感に襲われる。

「や・・・もうイク・・・!・・・野立・・・!」

絵里子の体が軽く痙攣し始めたのを合図に、野立は腰の動きを一層速めた。

「絵里子・・・!」

野立は絵里子の乳房を掴んだまま腰を強く打ち付けると、次の瞬間、絵里子の中に一気にほとばしらせた。

絵里子の内側が野立の液体で満たされ、やがて絵里子の愛液と混ざり合って太ももへと流れ落ちてきた。
野立は、まだ細かく痙攣している絵里子を後ろから抱きかかえたまま、
素早くテーブルの上のティッシュを数枚引き抜いて、絵里子の太ももを丁寧に拭ってやった。
それから、抜き出した自身のモノも手早く拭き取る。
絵里子が、はぁぁ・・・っと深い息を漏らして、ソファに崩れ落ちた。
絵里子を抱きしめている野立も一緒に、そのまま折り重なって身を沈めた。

ぼんやりとした灯りの下で、ようやく呼吸が静まった頃、肌を重ねたまま絵里子が尋ねた。

「・・・で?どうして私を騙したの?」
「・・・騙すって、何がだよ」
「鍵よ。ほんとは鍵なんて、掛けられてなかったんでしょ?」
「・・・何の話だ?」
「ここのドア、普通のオートロックよね?内側から押せば開けられるはず。
管理人が外から鍵を掛けにくる必要もないし、さっきの、中学生が悪さしたから鍵がどーのこーのっていうのも、作り話。
このマンション、たむろするような不良中学生なんて見かけないもの。
ドアが開かないってガチャガチャさせてたのも、野立の芝居でしょ?
そもそも鍵だって、野立が預かって持ってるんでしょう?」

「・・・・・」

野立が何か言おうと口を開けたものの、絶句している。

絵里子はソファの下に投げ出された野立のコットンのパンツを拾い上げると、
ポケットの中に手を入れて、自室のものとは別の鍵を取り出した。

「ほら、あるじゃない。この部屋に入るとき、私に見られてないと思ったんだろうけど、
あんたが管理人のおじさんとコソコソ話してこの鍵受け取ってるの、気づいてたもの」
「いや、それは・・・」

野立は決まり悪そうに顎を掻きながら、伏目がちになる。

「エアコン消し忘れたとか、リモコンが見つからないとか、なーんか時間引き延ばしてるみたいで、変だなぁって思ったの。
でも何か野立なりの意図があるんだろうと思って、乗ってあげたのよ。
この部屋だって、ほんとは朝まで借りてるんでしょ?」

絵里子が、すべてお見通しという顔で野立に詰め寄る。

「ね、なんで?わざわざ閉じ込められたような芝居をしたのはなぜ?」

野立が叱られた子供のように下唇を突き出しながら、ようやくボソッと答えた。

「・・・おまえ、今日、誕生日だったから」
「えっ?」

絵里子が目を丸くすると、野立が観念したように、ひとつ息を吐いた。

「誕生日だろう、今日。ここんとこ俺も残業続きでバカみたいに忙しくて、
プレゼントも何の用意もしてやれなかったから、
今日は意地でも定時上がりして、一緒にプレゼント買いに行こうと思ってたんだよ。
そのあとどこかで美味いものでも食おうとか、いや、うちで二人で花火見ながら飲むのもいいなとか
いろいろ考えてたんだけどな、あいつらがここに花火見に来たいって急に騒ぎ出したろ。
おまえも歓迎してたみたいだし、ま、部下サービスも必要だし、しょうがないかって」
「野立・・・」
「でも今日は、俺たちがこういう関係になって初めてのおまえの誕生日だ。
ただあいつらと花火見て飲んで、普通に部屋に戻って寝るだけなんて、つまんねーだろうが。
なんでもいい、普段と違う、おまえの記憶に残る、俺たちだけの夜にしたかったんだよ。
この部屋ならちょっとしたホテルのスイートみたいで悪くないし、なかなかの夜景もついてくるし、
ちょっとは特別感が出るかと思ってさ」

野立が体を起こし、首の後ろを掌でさすりながら、フッと笑った。

「今日は特別なことができなかったから、せめてここでゆっくり過ごして、
明日は一緒に休み取って祝ってやりたいと思ったんだ。
でも、おまえを休ませようとしても、どうせ仕事があるって言い張って、絶対休まないだろ?
だいたいおまえは最近働きすぎでまともに休んでない。俺はそれも気になってた。
だから鍵が掛かって閉じ込められたなんてウソ言って、おまえを明日の適当な時間までここに引き止めれば、
そのまま強引に休ませることができる、そう思ったんだよ。
まあ、稚拙な作戦だったのは認めるけどな。勘のいい絵里子を騙すのは、さすがに無理だったな」

野立はそう告白すると、ちょっと恥ずかしそうに目を伏せた。

「野立・・・。覚えててくれたんだ・・・」

この数日、張り詰めていた心がほどけていく気がした。
本当は絵里子も今日のことを気にしていたのだ。
年を取るごとに自分の誕生日なんて無頓着になる。それでもやはり、今年は野立に一緒に祝ってほしかった。
今年は特別な誕生日にしたかった。
けれども、ここしばらく、野立も絵里子も大きな事件の後処理に追われ、まともな会話も交わせないほど多忙だった。

絵里子だって、「プレゼント期待してるね」とか「美味しいもの食べに連れてって」とか
普通の女性らしい言葉を言ってみたかった。
でも、暗い事件を抱えて慌しいときにそんな甘えは許されない、そう思って自分の心に蓋をしていた。
夜中に帰って来る野立の疲れ果てた顔を見たら、そんなことは言い出せなかった。

だから、今日、ようやく仕事が落ち着いて定時上がりができそうだと思ったとき、
部下たちがこのマンションに花火を見に来たいと言うのを聞いて、何もないまま誕生日が終わるより、
みんなでワイワイ過ごすのもいい、そう思ったのだ。
きっと、野立は私の誕生日を忘れてるだろう。だって、それどころじゃなかったのだから・・・。

「私も、ほんとは二人で過ごしたかった。・・・誕生日、一緒に祝ってほしかった」

思いがけず、絵里子の瞳から涙の粒が落ちた。

「・・・でも、言えなかったの」
「・・・バカヤロ。そういうことは、言っていいんだよ、絵里子」

野立が絵里子の頬の涙を親指で拭う。

「むしろ俺は言われたい」

絵里子の目に、涙がまた盛り上がってこぼれ落ちる。

「明日は一日休め。これは上司からの業務命令だ」
「・・・うん」

涙声で絵里子が答える。

「それで、一緒におまえの欲しいものを買いに行く。これも命令だ」
「・・・わかった」
「で、おまえは何が欲しい?」
「・・・婚約指輪」

頭で考えるより先に、口が勝手に動いていた。
声に出した後で絵里子は自分のセリフに仰天し、ジタバタ慌てふためいた。

「ち、違っ・・・間違い!今の、忘れて!うわーーー!!」

暴れる絵里子の体を野立が力づくで押さえ込む。

「一度言ったことを訂正するな。俺はおまえにそう言われるの、待ってたんだから」
「・・・何よ。私に、言わせたかったの?こういうのって、普通は男から・・んっ」

野立が絵里子の言葉をキスで遮った。
唇の温かさだけを感じあう、純粋に愛だけで成り立つキスだった。

「・・・男はな、本気の女には、ねだられたいものなんだよ」

そう言ってからちょっと照れた野立が、絵里子の左手を掴んで薬指をそっと撫でた。

「よかったな、40ウン年この指あけといて。俺のための指だったんだな」

・・・そうだったのかもね。
パズルのピースがはまったように、絵里子の胸に安堵とせつなさと喜びがいっぺんに広がっていく。
絵里子はなぜだか泣き笑いの顔になった。

翌朝、対策室では二日酔いで青白い顔をしたメンバーたちが、全員机に突っ伏していた。
野立のマンションを千鳥足で出た後、彼らはそのままカラオケになだれ込んでいた。
何時にどうやってそれぞれが帰り着いたのかも記憶にないほど、昨夜はハイテンションな夜だった。

「ボス、遅いな・・・」

片桐が額に熱さましのシートを貼りながら、呟く。
と、全員の携帯が一斉にメール着信音を鳴らした。
花形が落ち窪んだ目で文面を読み上げる。

「『昨夜はお疲れさま。
本日は、のっぴきならない事情により、一日休暇をとらせていただきたく、何卒よろしくお願い申し上げます。
あんたたちも、今日は無理しないでテキトーに帰っていいからね♪ 大澤』
なんすか、コレ。ボスがサボりなんて、ズルイですよっ」

「そういえばさー・・・ゆうべボスと野立さんってどうしたんだっけ?
あたしたち、酔っ払ってそのまま出てきちゃって、よく覚えてない・・・」
「どーせ、あの豪勢な部屋で、二人でデートしなおしてたんじゃないのぉ?
イチャイチャしちゃって、にくたらしかったなぁ、もぉぉ!」
「おっさん、イライラすると余計ハゲるで」岩井が山村の頭を叩く。
「ま、実際、やらしいムード振りまいとったけどな、あの二人」
「たしかに、二人の空気はエロチックだった・・・。まさか、あのままあの部屋で ・・・」

ちょっと、朝からやめてくださいよー!!想像させるなバカヤロー!!エロチックとか、キモチワルイっすよ!
5人はしばし罵りあい、興奮してますます頭痛を悪化させ、うなだれた。

「そーいえば、ボス、昨日誕生日じゃなかったっけ・・・?」

木元が卓上のカレンダーをぼんやり見上げながら呟いた。

「・・なるほど、そーいうことかぁ。じゃあ、今日くらい二人で過ごさせてあげないと、だね。
ずっと忙しくて、二人とも大変だったしね」

そう言って大きなあくびをした山村に、一同はコクコクと頷き、また無言で机に突っ伏したのだった。






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