聖夜の奇跡(非エロ)
野立信次郎×大澤絵里子


「最近、アイツに会ってないなぁ」

会議の合間の休憩中、窓辺で缶コーヒーを飲みながら野立はつぶやいた。
年の瀬もせまった12月。
野立は参事官としていくつもの会議をはしごしていて、
絵里子は先日解決した連続殺人事件の後処理に追われていた。
いや、正確には追われているらしい。
というのも、絵里子とは一ヶ月近く顔を合わせていないからだ。
事件のことも、挙がってきた書類に目を通して初めて知ったくらいで、
ちょっと対策室に顔を出すこともできないくらい、忙しいのだ。

「あっ」

警視庁の玄関に見覚えのある車が止まり、中から女性が降りてきた。
ベージュのパンツスーツに茶色のカバンを引っ掛けた大柄な女。
間違いない、絵里子だ。
絵里子は颯爽と髪をかきあげながら、運転席の片桐(たぶん)を待っている。
すると後続の車両から大きなカバンを抱えた木元が駆け寄ってきた。
二人は一言二言会話をすると、なにやら楽しそうに笑いあい、
絵里子は木元の髪をくしゃくしゃにかき回した。
そこにさらに花形が駆け寄り、絵里子にハイタッチをする。
続々と対策室の面々が集まり、絵里子は笑顔で何か伝えている。。
大方、事件の解決について、部下にねぎらいの言葉でもかけているのだろう。
しばらく話した後、対策室のメンバーは建物内に入っていく。
絵里子はその後姿を笑顔で見つめていたが、ふと上を見上げた。
野立の視線に気が付いたのだろうか。
しかし、警視庁の窓ガラスは、中から外は見えるが外からは見えない仕様だ。
気づいているわけない、そう思うのだが、なぜか鼓動が早くなる。
背筋をぴんと伸ばしてじっとこちらを見つめる姿には、何者も寄せ付けないような意志の強さと確固たる自信があふれていた。
まるで、孤高の女王のような・・・

「野立参事官、時間です」

振り向いて返事をし、もう一度外を見ると絵里子の姿は消えていた。

それから一週間、あいかわらず野立は忙しく、絵里子と顔を合わせることもないままだった。
実は、ときどき姿を見かけることはあったのだが、声をかけられなかったのだ。

野立が集めた対策室のメンバーは、さまざまな困難を乗り越え、今や固い絆で結ばれたチームになっていた。
それをまとめているのが絵里子。いつも自信にあふれ、部下にも慕われている美しい女性キャリア。
彼女が立派に仕事をこなしているのは、同期として、また上司としても喜ばしいことだが、
絵里子にはもう自分が必要ないのではないか。

車の後部座席から外を見て、野立は大きくため息をついた。

「今日は道が混んでいるな」

「クリスマスですからね」

言われて初めて気が付いた。今日は12月24日。クリスマスイブだ。
意識して見ると、昼の街は笑顔のカップルや家族連れであふれていた。
絵里子は今夜、誰と、どこで、何をして過ごすのだろうか。

「・・・俺には関係ねーよ。どうせ今夜も会議だ」

独り言のようにつぶやいて、野立は目を閉じた。

その会議が突然中止になった。
お偉いさんの誰かが「今夜は家族サービスする」などと言い出したらしい。
それならもっと早く言ってくれよ。そしたら予定のひとつでも立てたのに。

「クリスマスに何の予定もないのだろうか」

周囲の目がそう言っているように感じ、居心地が悪い。
カップルがあふれる街を歩いて帰るのが嫌で、だらだらと仕事をしていたのだが、限界だった。
野立は仕方なく身支度を整え、参事官室を後にする。
時計の針は8時を回っていた。

思っていたより風が冷たく、野立は身震いしながらコートの襟を立てた。
さすがに官庁街なので人通りは少ないが、それでもぽつりぽつりとカップルの姿が見える。
こんなところまで、何の用事だよ。
ぶつぶつとつぶやきながら駅への道を歩き出したとき、後方から聞き覚えのある声が聞こえた。

「あれ、今帰り?」

振り向くと、白いコートをまとった背の高い女性が立っていた。

「・・・絵里子」

野立が固まっていると、絵里子は小走りで野立の横に来て、いたずらっぽく笑った。

「クリスマスなのに、ずいぶん遅いお帰りなのね。野立参事官」

「急に会議がなくなったんだよ。おかげで早く帰れる」

「早く」を強調しながら野立が言うと、絵里子はケラケラと笑った。

「どうせ何の予定もないんでしょ。無理しなくていいわよ」

「そういうお前こそどうなんだよ」

「私?私はいろいろあるわよ」

ふふんっと自慢げに鼻をならして、絵里子が言う。

「素敵なレストランに行ってー、ワインでしょー、それからケーキも食べてー」

絵里子は、野立の1メートル先を軽やかな足取りで歩いていく。

「イルミネーションも見にいってー」

そこでくるりと振り向くと、またいたずらっぽい笑みを浮かべた。

「嘘」

「え?」

「こんなに忙しいのに、予定なんか立てれるわけないじゃない」

つかつかと大股で歩いてこちらに来ると、絵里子は野立のネクタイをぐいっと掴んだ。

「どっかの上司が仕事をおしつけてくるおかげで、
こっちはクリスマスだってのに一人寂しく過ごさなきゃいけないのよ」

10センチくらいの距離でそうせまられる。心臓が早鐘を打った。

「責任とってよ」

例の瞳でじっと見つめられるが、野立は何も答えられない。
絵里子の吐息が鼻先をくすぐる。

「寒いんだから、さっさと答えて」

「・・・仕方ねーなぁ。寂しい絵里子のために、今夜はつきあってやるよ」

そう答えると、絵里子は満足気にネクタイから手を離した。
野立は乱れたネクタイを整える。ネクタイには、まだ絵里子の体温が残っていた。

時間も遅かったこともあり、ちょうどキャンセルがでたというレストランに予約を取ることができた。
おしゃれなディナーを楽しみながら、お互いの近況や仕事についての話に花を咲かせる。
といっても、一方的に絵里子がにどれだけ自分が忙しかったかを語り、野立がただ聞いていただけなのだが。
2時間ほど会話を楽しだ後、イルミネーションが見たいという絵里子のために
駅まではタクシーを使わず歩いて行くことにした。

「なかなかきれいじゃない」

色とりどりの電飾に彩られた街路樹を見上げ、絵里子が歓声をあげる。
ほのかな明かりに照らされ、絵里子の白い肌が浮かび上がって見えた。

「ああ、悪くないな」

「私と来て、良かったでしょ。人並みのクリスマスが過ごせたこと、感謝してよね」

「・・・そうだな」

そう答えた後、自分の返答の意味に気が付き、顔が熱くなる。
恐る恐る顔を上げると、絵里子も驚いた顔で、こちらを見ている。

「いや、お前こそ、俺に感謝しろよ」

照れ隠しにそう言うと、絵里子は「はいはい」と適当に返事をして野立に並んで歩き出す。

ふいに、腕にやわらかいものが触れた。
それが、絵里子と腕を組んでいるのだということに気が付くには、そう時間はかからなかった。
驚いて絵里子を見ると、こちらを見つめて笑っている。鼓動が早くなる。

「だって寒いんだもん」

「だからって、お前」

「いいじゃない。まわりもみんなやってるんだし」

ああ、今日はコイツにふりまわされっぱなしだ。
野立は腕を振りほどくと、乱暴に絵里子の肩を抱き寄せた。
そのまま両手で抱きしめる。

「きゃっ。ちょっと、野立、やりすぎよ!」

「寒いんだったらこっちのほうがいいだろ」

「恥ずかしいってば!」

「まわりもみんなやってるんだろ?」

「ここまではやってないわよ!」

腕の中でぎゃあぎゃあと騒ぐ絵里子をなんとかしてなだめようとしたとき、ふっと辺りが暗闇に包まれた。
11時になったので、点灯時間が終わったのだ。

「終わっちゃったね」

急におとなしくなった絵里子がつぶやく。

「そうだな」

絵里子の体を抱きしめたまま、野立も答えた。

「ホントは、今日、アンタのこと待ってたのよ」

「そうだったのか?」

「会議がなくなったって聞いたから、ひさしぶりに食事でも行けたらなーって。
ほら、最近忙しくてろくに話もできなかったじゃない。
いつもなら適当に声かけてたんだけど、クリスマスだからかなぁ。
変に意識しちゃってやりづらいったらなかったわよ」

そう言うと、絵里子は野立の腕から抜け出して、歩き出した。

「でもよかった」

「どういう意味だよ」

「次にいつ時間ができるかわからないでしょ。どうせ暇なのはわかってたけど、いちおうクリスマスだし」

「・・・悪かったな。暇で」

地下鉄の駅に着いた。絵里子が振り向く。

「今日はありがとう。久しぶりに話せて楽しかったわ」

周囲のカップルは、幸せそうに腕を組んだまま駅構内に向かっている。
それに対して、自分たちは。

「じゃあ、またね」

そう言って歩き出そうとする絵里子の腕を、野立が掴む。

「何?」

「帰るなよ」

「何で?」

絵里子が見上げてくる。野立はごくりと唾を飲み込んだ。

「まだ11時だ。クリスマスは終わってない」

「もう十分よ」

「俺は、お前のためにここまでつきあった。この後は、お前が俺のためにつきあえ」

「はぁ?ひとりぼっちで寂しいアンタにつきあってやったのは私のほうよ」

「じゃあまだ足りない。つきあえ」

ちゃかして帰ろうとする絵里子の両肩を掴む。無言のまま、見つめあう。
先に口を開いたのは絵里子だった。

「・・・私と会えなくて寂しかった?」

「ああ」

「ほんとに?」

「今更お前に嘘つかねーよ」

恥ずかしくて仏頂面で答えると、絵里子がふっと笑った。

「じゃあ、いいわよ。いっしょにすごしてあげる」

彼の返事は、女王のご期待にそえることができたようだ。
野立は、はぁーっと大きく息を吐いた。
結局、最後まで絵里子に振り回されてるな、俺は。
そう自嘲気味に笑っていると、ふいに名前を呼ばれた。

「・・・っ!」

唇にやわらかいものが触れた。

「さぁ行くわよ!」

絵里子が笑いながら手を引く。

「行くってどこへだよ」

「アンタのマンション。まだ飲み足りないのよ」

・・・なんだ、結局いつもと同じかよ。ちょっと期待して損した。
野立は、また感触の残る唇に触れると、微笑んで絵里子の後を追った。






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