夢のはじまり
野立信次郎×大澤絵里子


「どうも、お世話になりました」

病院の入り口で、絵里子はお世話になった看護師たちに頭を下げた。

「おまたせ」
「忘れ物はないか?」
「大丈夫よ」

そう言って助手席に乗り込んでくる。
野立は絵里子がシートベルトを締めるのを横目で確認して、アクセルを踏んだ。

「医者から一週間は休むように言われているから、仕事に復帰するのは来週になる」

事務的に絵里子が話した後、しばらく無言の時間が続いた。
二人で車に乗るなんて日常茶飯事だったのに、今日はなぜだろう。何を話していいのかわからない。
ようやく長年の気持ちを伝えて、彼女もそれに答えてくれた。
もう自分たちは恋人同士だと言っていいはずだ。

・・・いや待てよ。あのとき絵里子は目を覚ましたばかりだった。
もしかして寝ぼけていて・・・。そうだ。好きだといったが、つきあうとは言っていない。
それに絵里子は「鈍感」が人の形をとったような女だし、まさか「好き」の意味を勘違いしたのでは。
ってことは、俺はあいつにとってアルコールやガードマン人形と同じ・・・

「・・・ねぇ、ねぇってば」

無限ループに陥って、悶々としていた野立の意識は、絵里子の声で現実に戻された。

「どうしたのよ。今日の野立、ちょっと変よ。さっきから黙っちゃってさ」
「・・・なぁ、絵里子。俺たちさ」
「ん?」

恋人になったんだよな?
そう尋ねようとして、野立は「なんでもない」と首を振った。

「変なヤツ」

不思議そうな顔をする絵里子には、以前と変わった様子はない。
あの日のことは、やっぱり俺の勘違いだったのか。
野立は大きくため息をつき、アクセルを踏んだ。

途中のスーパーで食料品を買い込み、絵里子のマンションに向かう。

「結構長く留守にしてたから覚悟はしてたけど。全滅かぁ・・・」

冷蔵庫の中を覗いて、絵里子が肩を落とす。
とっておきの生ハムがだめになっていたらしい。
生ハムくらいでそんなに落ち込みやがって。
そんなところも可愛い・・・じゃなくて、落ち込んでるのはこっちなんだよ。
なんだか無性に腹が立ってきた。こんなの俺らしくない。
よし、今夜は野立会を開こう。ぱぁっと一晩中騒いでやる。
そう決意した野立は車から持ってきた絵里子の荷物をソファーの横に置いて、帰り支度をはじめた。

「あれ、帰っちゃうの?」

洗濯機に入院中の着替えを放り込んでいた絵里子が、ひょいと顔を出す。
ぱたぱたとスリッパの音を響かせてこちらに来た絵里子は、ゆったりとしたワンピース形の部屋着に着替えていた。

「退院したら飲むって約束したでしょ。そう思ってさっきいろいろ買ったのに」
「飲むって、今日ここでか?」
「そうよ。買い物するところ見てたでしょう」
「俺はてっきり絵里子が自分用に買い込んだのかと・・・」
「ばっかじゃないの? 退院したばかりなのに飲むわけないでしょ。医者にも止められてるし」
「いや、アルコールで体内を消毒だー!とか」
「ちょっと、アンタ私のことばかにしてるでしょ!」
「してねーよ」
「だって・・・」

ふと絵里子が下を向いた。

「アンタが自分を大事にしろって言ったから・・・」
「絵里子・・・」

恥ずかしそうにうつむいている絵里子の頬に触れようとした瞬間、絵里子はぱっと顔を上げた。

「それに、アンタのあんな顔、もう見たくないしねっ」

とっさにあのときの自分を思い出し、顔が熱くなる。

「もうやめてくれよぉ。恥ずかしい」
「うれしかったのよ。心配してくれて」

そう言って、絵里子は野立の胸にそっと寄りそった。
おそるおそるその体を抱きしめると、背中に回された絵里子の腕に力がこもった。

「よかった。夢じゃなかったのね」

絵里子がぽつりとつぶやいた。

「ずっと信じられなかったの。夢だったらどうしようって」

・・・なんだ、不安だったのはコイツも同じだったのか。
お互い40をとうに越えた年齢だってのに、なんだってこんなに不器用なんだ。
そう思うとたまらなく愛しさがこみ上げてきて、野立はきつく絵里子の体を抱きしめた。

「苦しいよ、野立」と、絵里子が抗議の声を上げたがかまわない。

しばらくそのやわらかい体を抱きしめた後、力を緩めると見上げる絵里子と目があう。
その瞳に吸いこまれるように、唇を重ねた。
角度を変えて何度も啄ばむようにキスをすると、絵里子の唇が少し開いた。
それが絵里子からの合図のように思えて、そっと舌を差し入れる。
暖かくてやわらかくて妙に甘い。なんの味だろう。
そんなことを考えながらも、唇は激しく相手を求める。
お互いの息遣いが荒くなり、息苦しくなったのか、絵里子が唇を離した。

「ねぇ・・・今夜は帰らないでいてくれる?」
「いいのか。俺で」
「今更何言ってるのよ。アンタじゃなきゃ嫌よ」

そう言って微笑む絵里子をもう一度きつく抱きしめる。

「俺もだ」

今度は激しくキスを交わしながら、お互いの体をまさぐっていく。
くちゃくちゃといやらしい音を立てて唇を吸うと、絵里子が「んっ」と艶っぽい声をあげた。
薄目を開けると、切なげな表情の絵里子が夢中で舌を絡ませてくる様子が見える。
野立はたまらなくなって、部屋着の上から絵里子の胸元に触れた。
やわやわと揉みしだくと、ぴくんっと体が反応して背中にまわされた腕に力がこもる。
首筋に吸い付くと、あっと声をあげて絵里子がのけぞった。
無意識に逃れようとする絵里子の体を捕まえて、何度も首筋に吸い付く。

「ちょっと、だめ・・・跡ついちゃう・・・」

荒い息を吐きながら絵里子が声を上げる。
どうせしばらく仕事には行かないんだ。やっとひとつになれる。コイツは俺だけのものだ。

早く肌に触れたくなり、背中のファスナーを下ろして部屋着を脱がせた。
絵里子もたどたどしい手つきで、野立のシャツを脱がしていく。
ブラジャーも取り払い、下から持ち上げるように胸のふくらみを揉みはじめる。

「そんなに見ないでよ。もう若くないんだから」

頬を赤らめながら絵里子が言う。どうしてこんなに可愛いんだ、コイツは。

「きれいだよ。俺の好みの形だ」
「・・・お世辞でもうれしいわ」

本心なのにな、とつぶやきながら、少し硬くなっている突起に触れる。

右手で突起をつまみ、唇でもう片方に吸い付く。
力を入れるたびに「あっ、あっ」と声があがる。
もっと声を聞きたくなって、軽く歯を立てると、「きゃっ」と可愛らしい声で喘いだ。
様子をうかがうと、自分でも恥ずかしかったのか、目を閉じて必死に首を振っている。
目の前にいて、感じているのは、確かに絵里子なんだ。
そう思うとうれしさで胸がきゅっと締め付けられる。
もっともっと感じている顔が見たくなり、乳首をいじりながら、下半身にも手を伸ばす。
そこは、ショーツの上からでもわかるくらい濡れていた。

「濡れてるよ」

わざと息を吹きかけながら耳元でささやくと、それだけで感じてしまったのか、絵里子が身をよじる。

「いやっ、やめて」

もしかして、絵里子は・・・

「下着までグショグショだ」
「いやぁっ、言わないで」

必死に腕にしがみつき、いやいやと頭を振る。どうやら言葉で攻められると感じるみたいだ。
野立は今まで知らなかった絵里子の姿にうれしくなり、耳を舐めながらショーツの隙間から指を這わすと、
熱く潤った突起に触れた。

「はぅっ」

絵里子の体が跳ね、腕に力がこもる。

あふれた蜜を指先にとり、何度も硬くなった突起に擦りつける。

「ああっ、いやっ、やめて・・・野立」

強く押し付けるたびに絵里子はびくびくと体を震わせた。奥からはとめどなく愛液があふれてくる。
あの絵里子が、俺の腕の中で感じている・・・。そう思っただけで、野立の下半身が熱くなる。

野立は意味をなさなくなったショーツを床に落とし、とめどなくあふれる愛液を指先に絡めると、
絵里子の奥にゆっくりと挿れていく。

「すんなり入った。こんなに濡らして、絵里子はいやらしいな」

再び耳元でささやくと、「いやっ」と絵里子が悲鳴をあげ、指がきゅっと締め付けられた。
もっといじめたい。おかしくなるくらい感じさせて、もう俺以外見えなくなってしまえばいい。
そんなことを考えて指を動かしはじめる。
わざとぐちゅぐちゅといやらしい音をたて、ぴちゃぴちゃと首筋を吸う。

「あっ・・・だめ・・・」

絵里子の中はひくひくと震えていて、野立は今までの経験から絶頂が近いことを感じる。
もう少しだと、突起をつまもうとしたとき、

「やめてっ」

先ほどとは違う、強い拒絶の声がした。野立ははっと我に返り、絵里子を見つめる。
潤んだ目をした絵里子は震える手で野立の腕にすがり、必死に「もうやめて」と訴えている。

膝から下もがくがくと震えていて、立っているのもやっとといった状態だ。
・・・やばい、調子に乗りすぎたか。病み上がりだってのに。やっちまった・・・

「ごめん絵里子。俺、お前のこと何にも考えてなかった」

野立がうなだれると、絵里子はあわてて首を振る。

「ちがうよ。嫌じゃないってば」
「いいんだよ。無理すんなよ」
「ちがうってば」と絵里子はうつむいている野立の髪をそっと撫でた。
「ちゃんと聞いてよ。せっかくだから野立のでイキたいな・・・って思って」

顔を上げると、絵里子は熱っぽい顔で見つめている。

「だから、ベッドで続きしてくれる?」

いわゆるお姫様だっこでベッドルームまで向かい、そっと絵里子を横たえた。
手早くズボンとボクサーパンツを脱ぎすて、白い体の上に覆いかぶさった。

「好きだ。絵里子」

驚くほど自然にその言葉が出てきた。

「私もよ」

微笑みながら絵里子も答える。
そっと口付けると、絵里子もうっとりと目を閉じる。

「頼みがあるんだ」
「なぁに?」
「俺のこと、名前で呼んでくれないか?」

絵里子は黙って野立を見つめた。

「いや、いいんだ。忘れてくれ」

なんだか恥ずかしくなって野立は横を向いた。

その瞬間、強く腕を引かれ、野立は絵里子の胸元に倒れこんだ。
そしてやわらかい胸に顔を押し付けられるように抱きしめられる。
絵里子がささやいた。

「好きよ。信次郎」

野立の下半身がぎゅっと熱を持った。

熱に浮かされたように激しいキスを交わした後、絵里子の入り口に先端を押し付ける。
もうそこは十分に濡れていたから、少し力を入れるだけですんなりと野立のモノを受け入れた。
すれ違っていた十数年間の時間をたどるように、ゆっくりゆっくり奥に進む。
ようやく最奥にたどりつくというところで野立は少しだけ腰を浮かせると、一気に奥を突いた。

「あぁっ!」

急なことで驚いたのか、絵里子が目を見開いてのけぞった。
はぁはぁと荒い息を吐き、体を震わせる姿に興奮し、野立はその細い腰を両手つかみ、繰り返し奥を突く。
グチャグチャといやらしい音と、絵里子の悲鳴のような喘ぎ声がベッドルームに響いた。
絵里子の中は熱くてとろけそうなくらい柔らかくて、気を抜けばすぐに達してしまいそうだった。
少しでも長くこの快感を味わっていたくて、野立はときどき体位を変えながら執拗に絵里子を攻める。
絵里子はもう体に力が入らなくなってきたようで、「好き・・・信次郎・・・」とうわごとのように名前を呼び、
そのたびに野立も「絵里子、好きだ・・・」とささやいて、口付けを交わした。

「し、信次郎っ、私、もう・・・」

か弱い声でうったえる絵里子の中はひくひくと震えている。

「俺もだ・・・。絵里子、一緒にイクぞ」
「うん、いっしょに・・・。あっ! あっ、イクっ・・・イクっ! あああああぁっ!!」
「・・・くッ」

渾身の力で最奥を突くと、絵里子の中が今までになくきつく締まり、
その刹那、野立もうめき声を上げて自らの精を解き放った。
野立は全部出し切るまで、びくびくと震える絵里子の体を抱きしめていた。

しばらくそのまま抱き合った後、野立は力を失った下半身を引き抜いて、絵里子の隣に倒れこんだ。
心地よい疲労感と幸福感で自然と笑みがこぼれる。
この程度でこんなに疲れるなんて、もう若くないんだろうか。
いや、絵里子だから張り切りすぎた・・・ってもうどうでもいいや。
自嘲気味にため息をつく。

「信次郎」

そう呼ばれ、体ごと絵里子の方を向く。
絵里子はまだ肩で息をしていたが、大きく息を吐くと「やっとひとつになれたね」と微笑んだ。
その笑顔がまぶしくて、野立は「ああ」とつぶやいて、絵里子の体を抱き寄せる。

「毎晩襲っちまうから、覚悟しとけよ」

照れくさくていつものように軽口をたたくが、絵里子の返事はない。
ふと腕の中を見ると、絵里子はすやすやと寝息を立てていた。
起こさないように布団をかけ、自分もそのとなりにもぐりこむ。
見慣れた寝顔なのに、今日はなんだか違って見える。

「絵里子、愛してる」

額にそっとキスをすると、急激に眠気が襲ってきた。
どうかこんな日がずっと続きますように。
それから、これが夢でありませんように。
柄にもなくそんなことを考えながら、野立も瞳を閉じた。






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