ぎゅっと・野立編(非エロ)
野立信次郎×大澤絵里子


お見合いなんて冗談じゃない。


ずっとそう思ってきたし、
結婚する気もないならお見合いもすべきじゃない、だから断り続けてきた。


どんなに可愛い子と遊んでも、
どんなに美人と一夜を共に過ごしても、埋まることのないこの焦燥感。


似た女性と付き合った事もあるんだ。
本気になろうとしたんだ。


好きだよ。


そう女性に何度も告げて、自分で信じようとしてきたんだ。
そんな幾多の女性を傷つけなかったといえば嘘になる。
一度言われた事があった


あなたが見ているのは私じゃないんでしょう?


ごめんと呟くと彼女は
「そんな時は嘘でもいいから「そんな事ない」っていいなさいよ」
そう涙を流した。


絵里子、俺はお前への思いを何度も断ち切ろうとしたんだ。
それなのに心の中の俺が言うんだよ
「ここから逃れることはできないよ」って。

バカみたいにお前を求めて。
救いようのない泥沼に自分をはめ込んで。


いつになったら俺は這い上がれるというんだ。



実家に帰れば積まれているお見合い写真、
兄から「いい加減落着け」と諭され、甥っ子たちに「モテないの?」と聞かれて。
集まっていた親戚が帰り、静かになった家の中、自分の部屋から居間に降りるとぽつんと座る親父の背中。
いつの間にこんなに小さくなったんだろう。

それがきっかけだった、一緒にお見合い写真を見て
「少し考えてみるよ」と話をした。

できれば自分で探すけれど、お見合いも考えてみるよ。
その言葉に嘘はなかった、
あまりに大量だったので、よさげな人を選んでもらってまずは会ってみる事にしたんだ。


あぁ、俺はとうとう諦めるんだな。


そう思ったらどうしようもなくなって、
忙しいさなかあのバーでお前と飲んだ酒を傾けていた。


苦しさなど見せるものじゃない。
だから冗談交じりに部下にお見合いの話もしたし、絵里子にも話すつもりだった。
それでも告げることができなかったのは、
口にした途端に終わりを告げる自分の恋にまだ踏ん切りがつかなかったからだろう。

それなのにお前は簡単に言うんだな「おめでとう」って。
そんなに笑うなよ、祝福なんかしないでくれ。


40を過ぎて自分の事じゃ泣けなくなった。
それなのに苦しくて、この感情の行き先が見当たらなくて、
だから酔って眠いフリしてベッドに向かったんだ、お前の「おめでとう」をもう聞きたくなくて。


ベッドに倒れ込むと息を吐く、
涙が流せない分、溜息で気持ちを吐き出せたら、そう思った。

仰向けで倒れたまま息を整える。
少しすると苦しかった胸が少しずつ和らいで浅い呼吸に変わった。

と、絵里子がベッドルームに入ってくる気配がした。
眠いふりをした手前、目を開けられなくてそのままやりすごそうとする。

しかし彼女が立ち去る気配はない、

― どうした?―

聞けばよかったんだと思う、いつもみたいに軽い調子でふざけて聞いていれば。
それなのに、彼女はさっきまでのテンションが嘘みたいに深刻な様子だった
それは目を閉じていたってわかる程。

きしっと小さな音、彼女がベッドに腰掛けるかなにかしたんだろう。


「野立のばーか・・・・」

泣きそうな声で、俺に悪態をつく絵里子。
その声は普段の、そしてさっきまでの力がなくて胸が騒いだ。
その胸騒ぎに乗じて目を開けようとした瞬間に口元に撫でられる感触を受け体が固まる。

どうしたんだよ、絵里子。

髭を撫でていた指が唇に移り、より絵里子の悲しげな感情が伝わってくる。
できる事なら抱きしめてやりたい。
そんな声出すなって、俺がそばにいるから大丈夫だと背中を撫でてやりたい。
他の女にならためらわずできるのに、俺が絵里子にそんな事をする資格はない気がして。

「ごめんね」

何がごめんねなんだ?
飲ませて酔わせて眠らせたことか?
もしかして俺の気持ちを知ってるのか?
気持ちに答えられなくてごめんねなのか?

そう思考を巡らせているいると唇に柔らかいものが触れた、
顔の周りを絵里子の髪の毛がふわっと彩った。


え?


なんの反応もできないまま絵里子は立ち去り、また1人になった。
1人になっても目を開けれず呆然とする。
リビングでは絵里子がTVをつけたのだろう、なにやら音がしているが
音量が下げられ、どんな番組かは全くわからない。


今のはなんだ?


唇に触れたものがなにかわからないような子供じゃない。
しかし予想もしなかった事実に対応ができない、どういう意味だったのかがわからない。
ゆっくりと瞼を開くとつけていたライトがまぶしく、少しの間目が回った。


絵里子が俺にキスをした?


起き上がりベッドに腰掛けると、頭の中を無理やり整理する。
なぜかはわからない、絵里子が俺にキスをした理由などわからない。
しかし、自分が想いを告げるなら今しかない、これが最後のチャンスなんだ、それだけははっきりとしていた。


「あれ、起きたんだ?」

「あぁ、わりぃ酔っぱらっちまった」

「いいよ〜珍しいじゃん?あんたの方が先につぶれるなんて」

「ホントなぁ?絵里子の前でつぶれるなんざ、冗談じゃねぇよ」

「浮かれてる証拠だね」

「かもなぁ〜」

軽口を叩きながらも絵里子から目が離せない、
心臓が口から飛び出そうだ、これでダメだったら?
しかし絵里子の横顔はまだ悲しみを帯びていて、自分の想いより先に触れたくなった。
触れる資格などない、それでもその悲しみを取り去ってやりたかった。

言い訳をするつもりはない、
こんな事するつもりじゃなかったんだ、
ただ大丈夫だと、俺が守ってやると抱きしめたくなった。

「なぁ、絵里子」

「ん?」

「1分だけ、俺に時間頂戴って言ったらくれる?」

「え?」

「1分だけでいいから」

「よくわかんないけど・・・」

「いいじゃん、1分だけ」

「・・・・まぁ、1分だけなら」

いいよという言葉は聞かなかった。
抱きしめるはずが先ほどの余韻だったのかキスになり、想いを込める。


好きだ、お前が好きなんだ
だから俺のそばにいてくれないか
俺にお前を守らせてくれないか。


絵里子がなぜ受け入れたのかはわからない、先ほどの後ろめたさからだったのかもしれない
しかし少し開いた唇から舌を滑り込ませると絡ませてきた。

人間とは欲深い生き物で、
抱きしめたいと彼女を守りたいと思ったはずなのに、キスをしたらその先に進みたくなる。

そんな欲望をぐっと抑えて唇と外すと、
適当な言葉で自分の気持ちを隠そうとしたが上手くいかず、
とっさに酒を満たしたグラスを手に取った。

何か言わなければ、
そう思うのに感情が溢れて言葉にならない。
本当の想いは簡単には伝えられないのだと改めて思い知らされる。
すると、さっきよりずっと悲しそうな顔をした絵里子が先に口を開いた。


「ねえ、野立」

「ん?」

「今晩だけ、私に頂戴。」

「え?」

「今晩だけでいいから」


何を言われているのかわからなかった。
しかしぐいっと唇を奪われて、思わず逃げた体を捕まえられて意図がわかる。
意思の強さと同じくらいに強いキスがらしくてこんな時なのに笑いそうになった。


絵里子、いいのか?
俺はお前のことが好きなんだぞ。


先ほどのベッドに移動すると絵里子がショーツ1枚の姿で横たわる。
そんな様子に興奮よりも感動を覚えた。

あぁ、俺は今絵里子を抱こうとしているんだ

それなのに。
それなのに、抱かれている絵里子は悲しそうで、今にも泣きだしそうだった。

久しぶりで恐いのか?
そう思ったがそうではない、思いっきり感じているのにそれを上回る悲しさを帯びている。


絵里子、俺じゃないのか?
俺に抱かれるだけじゃその悲しさは拭ってやれないのか?
お前が今抱かれているのは、お前の目に映るのは俺じゃない誰かなのか?


全てを俺で満たしたいと思った。
他の男の事など考えないでくれそう思って「絵里子」と耳元で囁くとぎゅっと抱き着いて
頬に耳に首筋に何度も何度もキスをしてきた。
その目には涙が浮かび、体の揺れと共に流れ落ちる。

泣かないでくれ、愛しき人よ

昔観た芝居の一節がよみがえる。
どんなお芝居だったのかさえ今では思い出せないのに。


泣かないでくれないか、俺がずっと傍にいるから。


悲しみを癒したくて、涙をぬぐい、絵里子の唇を優しく啄ばむ。
その唇が声にはならずに何かつぶやいている。
必死で声にせず飲み込もうとしているのが絵里子らしいがどうしても知りたくなった、
耳をすませても声は聞こえず、唇を見つめた。


す・・き・・・・


すき?
そう唇が告げている。
俺か?俺なのか?ぐっと抱きしめるとしがみついてくるその腕は俺に向けられているのか?

しかし、その唇は言葉にする事を頑なに拒むようにもう動くことはなかった。
確かめる術すら持たずに、互いが絶頂を迎える。
荒い息が整い始めると、絵里子を抱きしめたくて腕に力を込めようとした。


その瞬間

絵里子が腕を払い、ベッドを降り立った。
こちらを向くこともなく歩いていく後ろ姿に絶望を感じる。
営みの後始末をしながら冷静になれと言い聞かせるが感情を抑えきれない。


不意に涙がこぼれた。

ずっと泣けなかったのに、こんな時になぜと思いながら
とめどなく流れる涙を見せないように、絵里子に背を向けて寝転がった。


「どの子?」

聞いてくる絵里子の声も震えている。
どの子か?そりゃ知ってるさ、今回ばかりは真面目に受けようと思っていたんだから、
でも、今はもうどの子などどうでもいいじゃないか、その震えの意味を教えてくれ。

少しでも期待していいのか?
そう思い探ろうとするが、
探れば探るほど本当に何もわかっていない絵里子に呆れてしまう。
苛立ちさえ覚えてしまう、
本当にわかっていないのか?わかっていないフリじゃないのか?
それよりずっとずっと大切な話があるだろう?


自分の心のうちを話すんだ、そう心に言い聞かせる。
腕を払ったのが拒絶でないのなら、
あの震えの意味が、
あの「すき」という言葉が俺に向けられた想いならば

いや、例え俺に向けられたものでなかったとしても、
俺はどうしてもお前に告げなきゃいけない事があるんだ。


それなのに、何もわかっていない絵里子に負けないくらい素直じゃない俺がいる。
なんだよその説明は。
真面目に話して傷つくのが恐いんだろう、
本気で向き合う事が恐くてたまらないんだろう臆病者め、
心の中で自分自身に悪態をつく。
少しずつ少しずつ絵里子の気持ちを探ろうとする。

あのキスは、あの言葉は、俺に向けられたものなのか?
教えてくれないか、頼むから。
俺の気持ちはたった1つ。

お前が好きだという事だけなんだ。

でも、本当の想いは言葉にできない、だから。
これが最後だ、最後の告白なんだ。


「でも絵里子、わかっただろ?俺しかいないって」


だから受け取ってくれないか、俺の想いを、俺の心を。

絵里子からの返答はまだない、でもその沈黙が瞳が絵里子の心を告げている。
ベッドに近づいてきた絵里子を引っ張り込むとぎゅっと抱きしめた。

「辞めてよ、バカ」と悪態をついてくる絵里子がまた涙を流す。
その温もりに俺までまた泣けてきて一層強く抱きしめた。


なぁ、自惚れてもいいか?
お前が俺を好きだって、そう思ってもいいか?


あぁ、俺という人間は本当に情けない
どうしたって本当の想いは言葉にできない。
「好きだ」ってって言いたかったのに、結局できたのは絵里子にいたずらをしかける事だけ。


まぁ、最も、本当にしたかったっていうのもあるんだけど。
本当は眠くもないし、元気いっぱいだし。
今までの分も思いっきりちゅーしてえっちしたいのが男心。


なぁ、絵里子

お互いにもう少し素直になれたらその時はちゃんと言い合おうな
好きだってその言葉を。

次の日.


遠くで何やら音がする。
ぴんぽーん、ゴンゴンゴン

「しんじろー!!あけろっ!いるんだろう?」

ぴんぽんぴんぽんぴんぽーん、ゴンゴンゴンゴンゴンッ

「しんじろぉ!!あけろ!開けろないかっ!!借りた合鍵で入るぞ!!」


・・・・・?


・・・・・・・・!?


「やっべ!寝過ごした!!!!」

「ん・・・?どしたの・・・・?」

「起きろ、絵里子っ」

「ん・・・・体すんごいだるっ・・・・・」

「それは悪かった、でも起きてくれ、兄貴だ」

「・・・・えっ!?」

「寝過ごしてお見合いすっぽかしたっ!!」

「・・・ちょっともうお昼じゃないっ」

がちゃがちゃと玄関で鍵が開く音がする

「あ、兄貴ちょっと待ってくれ、ほんのちょっと、ちょっとだけでいいから!」

俺は休みで絵里子も事件が終わり、今日は久しぶりに休暇を取って構わないと言われていたとはいえ、
この状況は誰にも自慢できた状況じゃない。

「ね、どうしよう!どこに隠れる!?」

「と、とりあえずお前はこの部屋にいろ、服とか全部持ってくるから」

慌てて必死で取り繕って、それでも慌てすぎて15分はかかってまた兄貴を怒らせて。
すっ転んですった肘をさすりながらリビングに実兄を通した。


「お前、何やってんだ?」

「ごめん・・・・」

「寝過ごしたなんて言い訳が通用すると思うのか?」

「ごめん・・・・」

「・・・で、お前が今必死で隠したお嬢さんはどんな人なんだ?」

「・・・・・・・・・・お、お嬢さんじゃないけど・・・・えー・・・・」

「なんで言わなかった?」

「いや、色々あって、今日報告しようかと」

「今日って、今日はお見合い当日だろうが!!」

「き、昨日付き合いだしたんだからしょうがないだろう!?」

「昨日!昨日付き合いだして、もう手ぇ出したのか、お前は!!」

「いや、付き合いだしたから手ぇだしたというか、手ぇ出したから・・・」

「お、お前という奴は!!」

「あっ、ち、違う!そういう意味じゃ!!本気だから!!本気なんだってば!」

ぴたっと空気が止まる。

「本気?」

「え?」

「結婚する気あるのか、そのお嬢さんと」

「あ・・・うん、お嬢さんじゃないけどある。」

「ん?お嬢さんじゃない?」

「うん、どっちかっていうとおっさ・・いや、性別は女だけど、鬼軍曹に近い・・・・」

「・・・・お前、どんな女性と恋愛してるんだ?」






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