ときめきの?慰安旅行(お引っ越し 続編)
野立信次郎×大澤絵里子


早朝にも関わらず、既に対策室のメンバーは集合場所に顔を揃えていた。
道路端に停められた黒のスポーツワゴンの周りに、小さめの旅行鞄を持った面々がたむろして、それぞれ眠そうにあくびをしたり、会話を交わしたりしている。
片桐が最初に気づいて、こちらに向かって片手を挙げた。

野立は白の四駆をなめらかに片桐のワゴンの後ろに停車させた。先に絵里子が降りる。

「おはよう!ごめんね、みんな。待った?」
「なんや、同伴出勤かいな」

意味ありげな目線で岩井がからかう。

「違う!途中で野立にピックアップしてもらっただけ!」

絵里子は慌てて言い返す。
野立と絵里子が一緒に暮らしていることは、部下達には極秘だ。

スーツにサングラスの野立が颯爽と運転席から降り立つと、その決め過ぎな出で立ちに、山村と花形はポカンと見入り、岩井がキャッ♪と黄色い声をあげた。
野立はタイヤに片脚を載せながらポーズを取る。

「どーもー。西武警察です!」
「・・・意味わかんないし」

と木元が呟く横で、花形が

「西武警察って何すか?!」

と真顔で山村に尋ねている。

「全員揃ってるわね。じゃ、早速出発しましょう」

絵里子が全員の顔を見渡してそう言うと、山村が鞄の中から何やら紙の束を取り出した。

「ハイ、これ一人一冊ずつ作ってきたよ〜」

それぞれに手渡されたホチキス留めの薄い冊子には、
『アメリカ犯罪心理学者講演参加ツアー&特別犯罪対策室慰安旅行in○○温泉のしおり』と長ったらしく印字されている。

「なんやこれ、おっさん。遠足のしおりかいな」

岩井が呆れて山村の頭をはたいた。

「だってぇ。このメンバーで泊まりでどこかに行くなんて初めてのことだし、なんかボクわくわくしちゃって・・・」

山村がはしゃいでいる。

「今日は勉強のために行くのよ!みんな分かってるわね」

絵里子はボスらしく諌めると、

「さ、早く車乗って!」

と号令をかけた。

今回の対策室慰安旅行を兼ねたこのツアーにはワケがあった。
元FBI捜査官であり、現在では犯罪心理学のプロとして著名なロバート・ワトソン氏による来日講演が、
親日家であるワトソン氏たっての希望で、観光でも有名な山深い温泉地で開催されることになったのだ。
警察関係者や犯罪学の研究者などの聴講希望が殺到したが、絵里子はFBI研修時代にワトソン氏の講義を受けたこともあり、
コネを使って、チケットを手に入れることができた。
ワトソン氏の講演は非常にユニークで、学ぶところも多い。対策室の面々にもぜひ参加させたかった。
そこで、野立に頼んで上の許可を取ってもらい、なんとか全員で参加できるよう手配できたのだ。

このところ対策室の活躍で、難事件が連続して解決したことも評価され、そのご褒美として温泉地での1泊も許された(ただし、すべて自腹だが)。
全員が一緒に休暇を取れるなど滅多にないことなので、なんだかんだでメンバー全員が楽しみにしていた温泉ツアーだった。

「丘を超ーえー行こーよー♪くちーぶえー吹きつーつー♪」

よく晴れた空の下、車窓から深い緑の景色を堪能しつつ岩井がドラ声で歌っている。
山村が不快そうに耳を押さえつつ、

「こっちの車はアダルトチームで、あっちの車はヤングチームなんだね。
ボクどうせなら真実りんと一緒が良かったなぁ」

とボヤくと、絵里子がギロッと後部座席を睨んだ。
たしかに野立の車には、助手席に絵里子、後部座席に山村、岩井と、アダルトチームの面々が乗っている。

「それを言うなら、なんで俺がおっさんの隣なんや。俺かて片桐や花形と一緒のほうがええわ」
「まあ、そう言うな。片桐より俺のほうが運転の腕は確かだぞ」

野立がサングラスの下で笑う。
昨夜は残業で帰りが明け方近かったので、野立はほとんど寝ていない。
大丈夫?と声には出さず絵里子が視線で問うと、野立が目の端で軽く微笑んだ。

野立と一緒に暮らすようになってから、絵里子は自分でも少し変わったと思う。
誰かと一緒に住むということは、多少なりともお互いのペースを気づかって、どこかで我慢しなければならないのだろうと、絵里子は長年思ってきた。
けれども実際に野立と生活をともにしてみると、絵里子は自分自身の意外な面を知ることとなった。相手に合わせることが苦ではないのだ。

どちらかの帰りが遅いときは、気にせず先に寝ること。お互いの仕事には必要以上に干渉しあわないこと。
どちらからともなくそう決めたのに、気づけば絵里子も野立もそれをほとんど守っていなかった。

野立の帰りが遅いとき、明日のことを考えて早く寝ようと絵里子はベッドに入る。
なのに、頭の芯が冴えて眠れない。
仕方ないからノソノソと起き出して、リビングでワインをちびちび舐めながら、ソファで深夜テレビをぼんやり眺めたりする。
そのうち野立が疲れた顔で帰ってきて、

「なんだ。寝てなかったのかよ」

と言いつつ絵里子の顔を見てちょっと嬉しそうな顔をする。
その顔を見るとなぜかホッとして、急激に眠気に襲われる。
野立も手早くシャワーを浴びて、絵里子を抱きかかえるようにしてベッドに潜り込む。
さすがに昨夜のように深夜2時3時を回るときは先に眠るけれど、それ以外はなんとなく野立の帰りを待つのが自然なペースになっていた。

その反対に絵里子が遅いときも、野立は大抵一人で晩酌しながらパソコンをいじって起きていた。
絵里子のようにテレビを見ていたりはしない。
あくまで、仕事が片付いてなかったから寝そびれた・・・そんなふうを装って絵里子の帰りを待っている。
それが野立の優しさだった。

家で仕事の続きをしなければいけないときも、絵里子は自分の部屋でノートパソコンを開くものの、どうにも集中できない。
結局、自分のノートパソコンを抱えてリビングに行くか、野立が使っていないときは彼のパソコンを借りて仕事をする。
野立がパソコンの前に座って難しい顔で考え事をしているすぐ後ろで、絵里子がソファで資料とにらめっこする。そんなことも多々あった。

なんとなく、空間に相手の存在を感じていたい。
行き詰まったとき、相手に「これ、どう思う?」とすぐ意見を求められる距離でいたい。
そういう居心地の良さが、既に二人の体に染み付いていた。
誰かと一緒にいることが、これほど自然で心身ともに安らぐものだとは、絵里子にとっても想定外だった。

なんとなく、こそばゆいような幸福感を感じて、野立の横顔をチラッと見ると、
ん?という顔をして野立がこちらを見る。
なんでもない、というように絵里子がふっと微笑むと、野立も、なんだよ、というように微笑み返す。
そんな様子を、後ろから岩井が妙にぎらついた目で観察している気がして、絵里子は思わず咳払いした。

「昼飯は蕎麦にするか。たしか、このへん蕎麦が美味いんだよ」
「あ、野立さん、お蕎麦だったら、ヤマムー特製『旅行のしおり』に、美味しい店リストを載せてありますよ〜〜」

山村がウキウキしながら、冊子をめくり始めた。

2台に分乗した長時間ドライブの末、ようやく温泉地に辿りついた。
ひなびた山奥の、自然がたっぷり残された土地でありながら、
大規模なコンベンションセンターやコンサートホールもある、オンオフ両方に使える人気の観光地。
7人は澄んだ空気を吸い込みながら、蕎麦で満腹になったお腹をさすりつつコンベンションセンターの中に入った。

ワトソン氏の講演は3時間近くに渡り、内容は非常に斬新で充実したものだった。
英語が分かる絵里子と野立は、時折挟まれるワトソン氏のジョークに声を立てて笑いつつ、熱心にそのレクチャーに耳を傾けた。
時折、身を寄せ合って感想や意見を交し合う上司二人の姿をチラチラ気にしつつ、
花形は同時通訳のヘッドフォンに神経を集中させながら必死でメモを取った。
同じくヘッドフォンをした片桐と木元も真剣に聞き入っていたが、
岩井と山村だけは開始20分で熟睡体制に入っていた。

そろそろ陽射しが柔らかく傾き始めた頃、7人は施設の外に出た。

「岩井と山村さんは、東京に戻ったらレポート提出してもらうからね」

絵里子が吊りあがった目で二人を睨みつける。

「さて、講演も終わったことだし、本日の宿へ向かうとするか。おまえら、俺のセレクトに感謝しろよぉ」

野立が得意げな笑みを浮かべながら、車のドアを開けた。

辿りついた温泉旅館は、まだオープンから1年しか経っていないそうで、品が良くシックでありながら、華やかさに満ちた趣きだった。
外観は純和風でありながら、一歩ロビーに足を踏み入れると、中は和洋折衷のインテリアが施され、非常に格調高い雰囲気でまとめられている。
それでいて宿泊客がリラックスして浴衣で歩き回れるような、オープンでくつろいだ空気が漂っていた。

「すごい、デラックス・・・」
「うわー、豪華ですねー!」
「イケメン泊まってそうやな♪」

皆それぞれに感嘆の声を上げながら、ロビーをきょろきょろ見回している。
全員分のチェックインを済ませた野立が、部屋のキーを手に戻ってきた。

「ここのホテル、予約するの大変なんだぞぉ。
ほら、片桐と花形は305号室。岩井とヤマムーが306。で、こっちの308が女子2人な」

部屋の内装は、モダンな板張りの床に一部が畳敷きとなった和室、
そして布団ではなく木製のベッドを配置した洒落たツインルームになっているとのことだった。

「野立さんだけ階が違いますね」

片桐がキーナンバーに気づいて指摘する。

「俺は一人で上の階だ。シングルは別の階なんだよ」
「・・・野立さんだけもっと豪華な部屋だったりして」

と木元。
一瞬野立がヒクッと髭を歪ませたことに絵里子は目ざとく気づいた。
が、今回野立は夕食のコースを全員分ご馳走してくれることになっている。
彼は参事官だ。部屋くらい贅沢してもバチは当たらないだろうと思った。

「ま、いいじゃないの。荷物置いたら、夕食までに温泉入ろうよ」

絵里子は木元の肩をポンと叩いて、並んでエレベーターに向かった。

まだ夕暮れ時のせいか、女風呂はかなり空いていた。
露天風呂でくつろぎながら、

「あー極楽極楽」

と絵里子が伸びをする。

「ボス、ありがとうございます。あたし達までここに連れてきてくれて。
今日の講演、聞けてホントに良かったです。野立さんにも改めてお礼言っといてください」
「なーに言ってんのよ木元。あんたみたいに優秀な部下には、できるだけ学ぶチャンスを持ってほしいもの。
これくらい当たり前でしょ。あんたは期待以上のものを返してくれるしね」
「ボス・・・」

木元が絵里子を慕う目で見つめ返してくる。

「あの、ボス・・・」
「何?」
「・・・今夜、部屋に帰って来なくていいですよ」
「はっっ?!」

絵里子は風呂の中でずっこけそうになった。

「何それ、どーゆーこと?!」
「今夜は野立さんの部屋に泊まっちゃっていいですよって言ってるんです」
「え、ええええぇぇええ?!!」

絵里子は突然血圧が上がったように真っ赤になり、お湯をザバーンとうねらせながら立ち上がった。

「ボス、仁王立ちしないでください」
「あ、あ、あんたがおかしなこと言うからでしょ!!な、何言い出すのよ突然・・・」

絵里子は赤鬼のような顔色で、再びお湯の中にしゃがみこんだ。
い、いかん、動揺してるのがバレてしまう・・・。

「ボス、ほんとにバレてないと思ってます?」
「な、・・・・何を・・・?」
「野立さんとボスがデキてること」
「はいぃぃぃいいい?!!!」

絵里子はまたザバーンと立ち上がる。
ウソだウソだ、バレるはずがない、あんなにあたし達バッチリ演技して・・・うまく騙せてると・・・。

「みんな、気づいてると思いますよ。でも、お二人の意を汲んで知らないフリしてるんですよ」

木元は淡々と、大真面目な顔で言う。マジだ・・・。絵里子は愕然とした。

「・・・う、うそ・・・。なんで・・・分かった・・・の?」
「見てりゃ分かるに決まってるじゃないですか。以前とは明らかに違いますもん、二人の様子」

そ、そんなはずはない・・・。野立も自分も芝居は得意中の得意だと言うのに・・・!

「仕事の合間にやたら目配せするわ、野立さんが来るとボスが妙に機嫌良くなるわ、
この前なんか対策室のドアの前で野立さんがボスのお尻触ってるの見ちゃったし、
だいたい、ボスがパソコン見てるとき野立さんよく後ろから画面覗いてるけど、距離近すぎるんですけど。あれ、どう見ても異常。
意見言うふりして耳元で囁いちゃったりして、ボスはだらしない顔でうっとりしてるし。
なんか始まっちゃうんじゃないかと思って、こっちはみんなヒヤヒヤですよ。
で、野立さんが出て行くと、ボスってば急に取り繕うようにおっかない顔して。
分かりやすすぎて、こっちが恥ずかしいですよ」

冷静に羅列する木元の声に、絵里子は何も言い返せず口まで湯に浸かって、もはや茹でダコ状態になっていた。

「そ、そうだったの・・・。みんな、気づいて嫌な思いしてたのね・・・。
木元、ごめん・・・。上司ともあろう者が、情けない姿見せちゃって・・・」

絵里子は消え入るような声で俯いたままそう答えた。ああ、穴があったら入りたい。

木元が可愛らしいけれどクールな笑みを浮かべて絵里子を見た。

「なんで謝るんですか?あたしはむしろ嬉しいです。
ボスのそういう女性らしい、人間らしい部分が見れて。余計にボスのこと好きになっちゃった」
「えっ。・・・なんで?!」
「だって、ボスは恋をしながら、仕事は完璧にこなしてるじゃないですか。
スーパーウーマンなのに、好きな人といるときは、中学生みたいに可愛くなっちゃって」
「いや、可愛いわけじゃなくて・・・・その、こういうことに慣れてないというか・・・」
「みんな、内心応援してるんですよ。ボスと野立さんのこと。
二人は私達にとって、お父さんとお母さんみたいな存在だから。
その二人が仲良くなることを、喜ばないわけないじゃないですか」
「木元・・・」

絵里子が不覚にもウルウルしていると、すかさず木元が言う。

「だから、今夜は野立さんと一緒に過ごしてください。みんなにはあたしが上手くごまかしますから」
「・・・木元、ありがとう・・・・あんた、優しいのねぇ」

本気で泣けてくる。

「で、代わりにと言っちゃ何なんですけど、ちょっと相談にのってほしいことが・・・」
「ん?何??」
「・・・片桐さんって、今フリーですよね・・・?」

絵里子しばし沈黙。

「・・・・何?!あんた、片桐が好きなの?!!!」
「ボス、声でっかい!!!」
「あら〜・・・そぉおお・・・!そうだったのぉぉ・・・!」

絵里子がしみじみ頷くと、今度は木元がモジモジしながら赤くなる。

「片桐さん、例の事件で彼女と別れてから、たぶんまだ一人ですよね?」
「おそらくそうだと思うわ。片桐は不器用だしねー。よし、わかった!木元、私応援するわよ!」
「いいんですか?半人前のあたしが、職場で恋愛なんて・・・」
「バカ、あんたは私の後継者でしょ!恋も仕事も手にいれなさいよ!
いいよいいよ、職場恋愛いっちゃいなー!!ロックオン片桐!!」

絵里子はまた仁王立ちになって、力強くガッツポーズする。

「まずは今晩、片桐をカラオケにでも誘い出しなさいよ」
「カラオケって・・・高校生ですか?ボス」

絵里子と木元は脱衣所に向かいながら、ああだこうだと恋の話に花を咲かせた。

一風呂浴びた後は、落ち着いた雰囲気のレストランの半個室となったテーブルで、地元食材を使った和風フレンチに舌鼓を打った。

「あ〜美味しかったーー!野立さん、ご馳走様です!!」

浴衣姿の面々は、ほろ酔い気分でレストランを後にした。
野立が

「真実りん、浴衣姿カワイイなぁ」

と軽い調子で言うと、
木元が

「言う相手間違ってますよ」

とサラッと返す。
野立が思いがけないほど動揺した顔で言葉につまり、絵里子にチラッと目を泳がせた。
絵里子もウウ、ウ、ウン!と不自然な咳払いをする。

「それにしてもボス、浴衣似合いますね!いつもよりしっとりしてて、
なんかオトナの女性って感じですよ〜。見違えちゃったなぁ」

まだ少年ぽさの抜けない浴衣姿の花形が、素直に絵里子を誉めてくる。

「あらっ、ありがと〜。花形見る目あるわね」

ニッコリ返すと、隣で野立が不機嫌そうに喉を鳴らした。

ロビーに向かって歩きながら、面々はこの後どう過ごすかで盛り上がっていた。

「おい、片桐、もう一風呂どうや?」

赤ら顔で流し目を送る岩井に、
木元が

「片桐さん、カラオケ行きましょう、カラオケ!」

と対抗している。

「あ、僕もカラオケ賛成です!店の様子見てきますよ」

と花形。

「ボクはさっきのお土産売り場覗いてから、合流しようかな〜。売店の女の子が、なんかボクに気があるみたいだったからさぁ」

山村の言葉には誰も返事をしない。

ワイワイ騒ぐ部下達に気づかれない程度のさりげなさで、野立が絵里子の耳元に口を寄せた。

「701号室だぞ。間違えんなよ」

絵里子がドキッとして野立を見ると、野立はすました顔でエレベーターのほうへ消えていった。
しばらくして、

「あれ?野立さんは?」

花形がキョロキョロしながら聞く。
絵里子が一瞬言葉に詰まっていると、すかさず木元が助け舟を出した。

「野立さんは、部屋で仕事があるみたいよ。電話も何本かかけなきゃいけないって。
今日は私たち下っ端だけで盛り上がろうよ」

そう言って、木元がこっそり絵里子に目配せする。

「・・・あっ、じゃあ、私はもう一回温泉入ってこようかなー。うん、そうしよっと。みんなウルサイ上司抜きで思いっきり楽しんじゃって〜〜」

我ながら声が上ずってわざとらしい気もしたが、ここは木元の好意に甘えてしまおう。
幸い、というかちょっと癪に障るというか、誰にも引き止められず、

「ボス、いってらっしゃーい!」

と明るく送り出された。

エレベーターで7階まで上がると、一番端の部屋のドアチャイムを鳴らす。
誰にも見られてないわよね・・・芸能人の密会のようなヒヤヒヤした感覚を抱きながら、絵里子が周囲を見回していると、

「ウェルカムホ〜ム♪」

と野立がドアを開けた。
軽い調子を見せていても、なんだかお互いちょっと緊張しているのが分かる。
考えてみれば、一緒に暮らしてはいるものの、外でこんなふうに密会するなんてまずないのだ。

「入れよ」

野立に促されて部屋に足を踏み入れた絵里子は、思わず声を上げた。

「何これ!あんた、なんでダブルに泊まってんの?!」

絵里子達のツインルームも広々していて素敵だったが、それとは明らかに格が違うデラックスな部屋だった。
赤味がかった板張りの床と艶のある調度品。旅館の裏に広がる森が見渡せる大きな張り出し窓。
どっしりと存在感のあるキングサイズのベッド。
そして何より驚いたのは、ベッドから真正面に見える位置にある、客室露天風呂だった。

「そりゃぁ、おまえを連れ込むために決まってんだろうが」
「あんたね・・・私が部屋に戻らなかったら、木元が怪しむと思わないの?」
「・・・んー、まあそうなんだけど・・・適当に言いわけ考えりゃいいかと・・・。やっぱマズイか?」

野立がちょっと残念そうな顔をするので、絵里子はふっと笑った。

「木元、気づいてるわよ。私たちのこと」
「・・・・うそだろ?」
「ほんと。たぶん他のみんなも気づいてるって。でも、少なくとも木元は応援してくれるって言ってた。
私があんたの部屋に来れたのも、木元が協力してくれたからよ」
「・・・そっか・・・道理で・・・。おかしいな、俺たち完璧な演技だったのに」
「でしょー?!不思議でしょうがないのよ」

首をかしげながらも、絵里子は部屋の真ん中へと進み、湯気を立てている露天風呂を見下ろした。

「ベッドの目の前にコレって・・・。あんたやっぱりいやらしいわ」

絵里子が顔を赤らめながら睨むと、野立がニヤニヤと笑みを返した。

「バレてるなら、いまさら遠慮する必要もねーな。じゃあ、さっそく」

そう言いながら野立が絵里子の体を後ろから抱き寄せた。

調子のいい口調とは裏腹に、野立は切羽詰まったように抱きしめてくる。
その力強さに戸惑って振り返ろうとすると、野立がふさぎ込むように絵里子の唇をむさぼってきた。

「・・・ちょっ・・・・そんな、慌てないで・・・」

野立の激しく獰猛なキスに、絵里子が苦しげに抗議すると、逆に野立の腕に力が入った。

「朝からずっと我慢してんだぞ。もう待てねーよ」

野立の髭が絵里子の顎をチクチク刺す。熱く熟れたような唇に飲み込まれそうになる。
絵里子は膝から力が抜けていくのを感じた。

荒々しくも溶け合うようなキスが続き、舌が絡みまりあっては吸い合う。
絵里子もいつしか夢中になってキスを返し、野立の腕に爪を立てていた。
野立が唇を重ねながら、右手を絵里子の浴衣の胸元に忍び込ませ、火照った肌を撫で回した。
そのままブラの中に手が差し入れられ、薬指と小指が胸の先端を優しくいじる。

「もう立ってる。エッチだな、絵里子」

指先の刺激と野立の声に、絵里子は思わず熱い息を漏らした。
指で蕾を転がされるたび、体がピクンと反り返りそうになる。

浴衣の帯がシュルッと音を立てて解かれ、前がはだけた。
野立の長い指が、薄手のショーツの上から絵里子の中心をソロリと撫で、くにゅくにゅとうごめいた。
絵里子はしなるように体を反らせ、思わず

「あっ・・・」

と声を上げた。
反応を確かめるように絵里子の表情を覗き込みながら、野立は円を描くように絵里子の敏感な部分をショーツ越しに愛でる。

「・・・や・・ズルイ・・・」

絵里子は自分ばかり乱れるのが恥ずかしくて、野立の浴衣の帯を握ると、お返しにキュッと引っ張って浴衣をはだけさせた。
野立の黒い下着は、既に大きく膨らみ始めている。
絵里子は立っているのが辛くなって、少しよろめいた。
野立が板張りの床の上に絵里子を座らせ、自分も膝をついた姿勢で左手で絵里子の背中を支える。
慣れた手付きで背中のホックが外され、ゆるんだブラの下から野立の手が絵里子の胸を柔らかく包みこんだ。
野立はわざとゆっくりと乳房を愛撫する。そのほうが絵里子が感じやすいことをよく知っているからだ。

野立の掌が、いつになく熱い。
包まれた乳房が跳ねるように踊り、既に固く尖っている蕾が、野立の指の腹でなぶるように転がされ、ますます紅く尖る。
絵里子はたまらなくなって、野立の股間に手を伸ばしてその形をなぞった。
すると、野立が絵里子の手をギュッと掴んで止めた。

怪訝に思って絵里子が見上げると、野立が甘い瞳で見下ろしていた。

「絵里子、脱いで、風呂入るとこ見せろよ」
「・・・しょっちゅう、一緒に入ってるじゃない・・・」
「ここで見たいんだよ。だからこの部屋にしたんだ」

視線の先に、白い湯気を立てる露天風呂が見える。その向こうのガラス越しに、夜の森が広がっていた。

こういうとき、絵里子はいつもの気の強さをすっかり放棄してしまう。
二人でもっと気持ちよくなるために、野立の低い声に操られるように、いくらでもいやらしい女になろうとしてしまう。
絵里子ははだけた浴衣を脱ぎ捨てると、肩に引っ掛かっていたブラをするりと落とした。
一度野立に背中を向けた姿勢になり、濡れた染みがはっきりと分かるショーツをゆっくり引き降ろした。
床に腰掛けたままの野立が、絵里子の白いヒップをじっと見つめているのが気配で分かる。

絵里子は静かに風呂に近付くと、爪先で湯の熱さを確かめた。案外ぬるめのようだ。
野立のほうを振り返りながら、にごり湯の中に静かに腰を下ろす。
体をじんわりととろみのある湯が包みこみ、絵里子は知らず深い息をついていた。

ふと野立を見ると、意外にも優しい顔で微笑んで絵里子を見つめている。

「なんで笑ってるの?」

拍子抜けした気分で尋ねると、野立が言った。

「・・・なんか、幸せだなって思ってさ」

そう言ってまた微笑む野立の顔は本当に幸福そうで、なぜか急に絵里子は今までの二人の時間、出会った頃から今に至るまでの長い長い時間に思いを馳せた。
この瞬間ほど、野立の自分への想いの深さ、その長さを実感したことはないかもしれない。
絵里子の胸が、自分でも驚くほど熱くなった。

絵里子は野立に向かって手を伸ばした。

「早くこっち来て。淋しいよ」

淋しいという言葉を、男に向かって言ったのは初めてだと絵里子は気づいた。
野立は立ち上がると、浴衣も下着も手早く脱ぎ捨てて絵里子に近付いてきた。
野立のモノは既にかなり大きくなっていて、絵里子は見ているだけで欲情しそうだった。

野立が風呂の中に入ってきて、滑らかな湯に押されるように絵里子の体を抱き寄せた。
濡れた体の感触が心地良い。野立の膝の上に絵里子がまたがるように腰を下ろし、そっと体を密着させる。
その体勢で優しく野立にキスをした。絵里子はもっと分からせたいと思った。
絵里子が今、どれほど野立を求めているか、もっともっと分からせたかった。

野立の首に手を回し、キスをさらに深くする。
舌を吸い上げるように絡ませ、唇をエロチックにむさぼる。
野立が絵里子の胸を揉みながら、荒い息を吐いた。
絵里子は嬉しくなって、野立のモノを右手で掴んだ。

指先と掌全体を使って、固くなった野立自身を強めに愛撫すると、野立が低く呻く。
まぶたが少し重たそうになって、唇が少し開く。野立のいつものクセだ。
先端を指で撫で回すと、野立が

「んん・・・。絵里子・・・」

と、呻くように声を出す。
絵里子は腰の位置をずらし、野立の股間に自分の秘部をそっと押し当てた。

湯の中でも、十分ヌルヌルと濡れているのが自分で分かる。
野立が絵里子の柔かな窪みに手を伸ばし、そのあふれ出した蜜を確かめた。

「もうこんなになってるぞ。絵里子のエッチな汁だ」

意地悪く笑う野立の首筋に噛み付いた。
いつものお返しに、今日は私が痕をつけてやろう。

野立の中指が絵里子の敏感にふくらんだ芽を細やかに愛撫し続ける。
指先は時折、窪みの中へと差し込まれ、内側の肉を優しく刺激しては絵里子の身を震わせる。
湯気の中で、絵里子が身をよじった。
野立の両手が再び絵里子の乳房に戻ると、その揉みしだく手の動きにあわせるように、絵里子はぬるついた秘部をさらに強く野立のモノに押し付けた。

そろそろと腰を下ろしながら、少しだけ野立自身を絵里子の中に招き入れる。
先っぽだけ入った状態で、腰をソフトに動かしてみると、互いの口から掠れた声が漏れた。

しばらくそうして温かい湯の中で繋がりながら愛撫しあっていたが、とうとう野立が吐息交じりの声で訴えた。

「絵里子。ベッドに行こう」

絵里子が目を閉じたまま頷くと、野立は勢いよく風呂から立ち上がった。
絵里子の体を引き上げ、側にたたんで置いてあったバスタオルで絵里子の体をざっと拭いてくれる。
同じタオルで自身の体も荒っぽく拭くと、野立はタオルを放り投げて絵里子の手を取ってベッドに向かった。

オレンジ色の照明が灯された大きなベッドに倒れこむと、野立が覆いかぶさるように肌を重ねてきた。
背中に回された手に力強く抱きしめられ、熱く湿った体が吸い付くように絡まりあう。
唾液なのか水滴なのか分からない、濡れたキスが長く続き、絵里子の意識がぼんやりしてきた。
野立の固く立ち上がったモノが、絵里子のねっとりと濡れた脚の間を何度も滑るように行き来する。
そのたびにクチュックチュッと音が響き、絵里子の入口の部分が柔らかくほどけていく。

絵里子は野立の両手を握ると、自分の胸の膨らみへと誘った。
この手で包まれると、たまらなく気持ちがいい。
野立は掌と指先をゆったりと這わせながら、絵里子の白い乳房を執拗に揉みしだき、
充血したように尖った先端を唾液まみれにしながらしゃぶった。
指先で蕾をクリクリといじっては、唇と舌で激しく吸われ、転がされる。
絵里子は両脚をすり合わせるように、身をよじらせた。

野立の手が絵里子の股間に伸び、確かめるように、ふくらんだ芽と窪みに触れた。
野立が強弱をつけて、そのヌルヌルとした感触を味わっている。
絵里子はもう我慢できなくなった。

野立が一気に挿入する。
絵里子は

「はぁっ・・・」

と胸をのけぞらせた。
野立は絵里子の耳に舌を差し入れて舐めまわしながら、ピンと立った絵里子の乳首を掌でそっとかすめるように転がしてくる。
ゆっくりと丹念に、絵里子が感じやすいように突いて来る野立の動きに、絵里子は自分が全身でこの男に愛されていることを改めて実感した。
もう離れられない。絵里子はそんな思いで野立の唇に吸い付いた。

絵里子の感じている顔を愛おしげに見下ろしながら、野立の腰の動きが徐々にスピードを上げていく。
絵里子の中に波が押し寄せてきた。
野立の熱い塊が、ぐじゅぐじゅと音を立てて激しく絵里子の中で上下する。
絵里子はついに自分をコントロールできなくなり、野立の首筋にしがみついた。

「・・・あっ・・・!くる・・・!」
「イクか?一緒にイクぞ、絵里子・・・!」

野立が一気にスパートをかけ、ガクガクと震える絵里子の体内に思い切り液体を解き放った。

「ああぁ・・・・!」

強く抱きしめあったまま、絵里子は自分の中が野立で満たされるのを感じて、果てた。

乱れた息のまま、野立がけだるい笑みを浮かべて絵里子の髪を撫でる。
絵里子もまだ時折体が震える状態で、野立の首筋に顔を埋めた。

野立の汗の匂い。これが好き。
なんでかな、ここが自分の居場所のような気持ちになる匂い。
そんなふうにぼんやり考えていると、珍しく野立が先に寝息を立て始めた。
そっか。野立はほとんど寝てないんだった。

寝不足のまま長距離を運転して、英語の講演に集中し、今こうして絵里子を抱いて。

「さすがにガス欠よね」

絵里子は一人、笑みを浮かべた。

「いっぱい眠ってね」

野立の頬にそっとくちづけると、絵里子も野立の肩にもたれるようにして目を閉じた。
半分寝ぼけているのか、野立がモゴモゴ言いながら、絵里子の腰のあたりに腕を伸ばして抱き寄せ、そのまま二人は眠りに落ちていった。

翌朝。すっかり寝過ごした二人はドアチャイムの音に慌てて飛び起きた。

「げっ。もう9時半かよ。参ったな」
「やだ、どうしよう!もっと早く木元の部屋に戻るつもりだったのに・・・!」

ベッドの中で頭を抱える絵里子に、ちょっと待てと合図しながら、野立が浴衣を引っ掛けてそっとドアを開けに行く。
恐る恐る細めにドアを開けると、誰もいない。
ふと足元を見ると、ドアの前に絵里子の旅行鞄が置いてあった。
木元の字で

『私たちは片桐さんの車で先に帰ります。お二人はごゆっくり♪』

と書かれたメモが貼り付けてあった。
野立はそのメモを絵里子に見せると、ちょっとエッチな顔で、露天風呂を親指で示しつつ言った。

「帰る前に、もう一回入るか?」

遅いチェックアウトを済ませた二人は、部下達が先に帰ったことで開放的な気分になり、安心して寄り添いながら駐車場に向かった。
眩しいほど晴れた日で、絵里子は野立と手をつなぎながら、

「ね、来るときアウトレットの前通ったじゃない?あそこ寄りたい」

とねだる。

「お、いいな。昼飯にもちょうどいい時間だしな」

普通のカップルらしいデートができそうだと、絵里子がウキウキしながら助手席のドアを開けようとすると、
背後に何やら陰気な空気を感じ取った。野立も何かを察知して、怪訝な顔で振り返る。

嫌な予感の源は、頭の寂しい中年男の泣き顔だった。
野立の車の陰から亡霊のように姿を現す。

「ボ、ボス〜〜〜!ボク、みんなに置いてかれちゃいました〜〜!」

絵里子と野立は愕然として立ち尽くした。まるで死神のような山村のイジケ顔。

「飲みすぎて二日酔いで起きれなくて・・・みんなヒドイや・・・」

絵里子と野立は、やれやれと顔を見合わせて苦笑いした。ま、仕方ないか。

「ヤマムー、後ろ乗って。アダルトチームで帰ろうぜ」

野立が運転席に乗り込みながら言うと、山村が目を輝かせ、いそいそと後部座席に座った。

白い四駆が颯爽と走りだす。
色恋に縁のない山村なら、絵里子と野立の昨夜の情事など気づきはしないだろう。
二人がそう思って気を緩めていると、信号で停車したタイミングで山村がボソッと言った。

「ボス、野立さんの部屋ってどんなでした?やっぱりボクたちより豪華だったのかなぁ。
ベッドとか大きいんだろうなぁ・・・」

野立が突然咳き込み、絵里子は開封したばかりのM&Mの袋の中身をぶちまけた。
ぐふぐふっと不気味な笑いを浮かべて一人で妄想している中年男の姿に、絵里子はゾーッと身震いした。

おっさん、侮れない・・・・。

3人の東京までのドライブは、途轍もなく長く感じられたのだった。






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