ぎゅっと・前半(非エロ)
野立信次郎×大澤絵里子


珍しく自分より先につぶれた男を見下ろす。
ベッドで寝息を立てている男は普段より幼く見えた。
最近忙しかったせいか、無理やりではないが煽って飲ませるとことんと寝てしまった。

すーすー寝息をたてている男。
普段なら笑ってそのままにしておくか、
起きなさいよと攻撃をしかけているところだ。
もっとも彼の方が先につぶれることなど殆どないのだが。


野立の家のベッド、いやベッドに限らず、マンション自体が独りで住むには広すぎる程広い。
特にベッドは絵里子も寝てしまった事があるが、
さすが出世頭というべきか、広く、使っているマットも最高の寝心地だ。
そんなベッドに仰向けになって寝ている男を観察する。


こちらの気も知らないで。


イラっとした気持ちが体を支配する。
彼が悪いわけではない、
いや、この男が悪い、私に何も言わないからこんな気持ちになるのだ。

このもやもやした気持ちの発端は部下の発言だった。

1つ事件が解決し、今日は定時で上がれるぞという午後、浮かれた部下達は噂話に花を咲かせていた。
可愛い女の子の話やどこで仕入れたのか丹波部長の奥さんの話まで出てくる。
事件が解決した事でほっとしてた気持ちはわかるが仕事場だ少し口を慎めと思いもするが
しばらくなかった解放感にある程度放っておいた、
するとそんな中、花形が


「そうだBOSS、野立さんとうとうお見合いするそうですね!」


嬉しそうにそんな報告をしてきた。

「え?」

「あれ?知らなかったんですか?とうとう年貢の納め時だなんて言ってましたよ、野立さん」

「40過ぎてさすがにもうふらふらしてられないとか」

「結構いいとこのおぼっちゃんやゆう話だしな」

「野立さんが本気でお見合いなんかしたらすぐ相手も見つかるでしょうね〜」

「軽いところ隠せば若いおなごはコロっといくやろうしな」

「あの軽さがいいっていう女の子もいますよ?」

「いやぁ、でもお見合いで軽くいくわけにはいかないんじゃないの?」

他の部下たちも加わり野立の実家の話や、
その相手はどんな人なのかで盛り上がっている。

「あの野立さんが選んだ相手かぁ、会ってみたいなぁ」

「噂ではもう式場やその日取りまで決まってるんだって」

「野立っちの花婿姿・・・・いい・・・・・・」


そんなやりとりを遠くで聞きながら、
全く知らなかった事に動揺している自分を自覚した。

確かに最近相手も忙しく、こちらにも抱えている事件があり飲みにもいかなかった。
しかしあの男は今日も朝、数分ではあるが対策室に顔を出していたし、
私は私で参事官室にも呼び出されていた。
その時にちらっとでも報告してくれればいいのに。


「BOSSはどんな女性だと思います?野立さんのお見合い相手」

花形がまだ絡んでくる。
思考を邪魔され面倒だとは思うがしょうがない

「さぁ、どうでもいいわ」

「えー?野立さんはあんなにBOSSのお見合いを気にしてくれてたのに」

「ちゃちゃ入れにきてただけじゃない」

「そうですか?すっごく気にしてましたよ」

「はいはいいいから仕事する、定時であがりたいでしょ」


どんな相手か気にならないわけがない。
可愛い女の子や綺麗な女の子をひっかける野立はいくらでも見てきたが、
野立の隣をずっと歩くそんなイメージが似合う女性が思い描けない。

可愛い子だろうか、それとも美人だろうか
体型は?背は?
野立にはスレンダーな背も少し高めの女性が似合う
そう思うが、いや案外大人しくて清楚で3歩後ろを歩く女の子を選ぶのかもしれない。
ナンパしている様子を見ると綺麗系も可愛い系もどちらも食いつく彼の好みはわからない。

ただ、野立が年齢の事もあるとはいえお見合いを受ける気になったのだから相当なのだろうと思う。
でもどうして話してくれなかったのか、


水臭いんだから・・・・


しかし思えば、これまで野立は恋愛の話を絵里子には全くしてこなかった。
女の子の話はする、でも恋愛の話はしない。
だから絵里子は合コンやひっかけてきた女の子の話は聞いても、野立が付き合ってきた女性というものを知らない。

たまに飲んでいる時に「あんたも結婚しなさいよ」
などと軽口を叩くことはあったが、
苦笑い気味に「うるせーよ」と返されるとそのまま流してしまっていた。
だからというわけではないが、野立が結婚するなど、特定の相手がいるという状況が想像できず胸が騒ぐ。

何も聞いてなかったせいで胸につっかえるのよ、
八つ当たり気味にそう思い、いてもたってもいられなくなる。

ぐるぐると思考を巡らせた後に、
そうだあいつも仕事がひと段落ついたんだと、メールで飲みに誘う。

今まで当たり前に誘いも誘われもしてきた事なのに急に緊張した。
何度も何度もメールを打ち直し、結局簡素な文面になった

「いつものバーで飲まない?」

こんなもやもやは早く消してしまった方がいい。
絵里子の気持ちを知ってか知らずか快諾する「おう」という短い返信を受け、飲みに行く予定だった、が


「おい、今日台風らしいぞ」

「え?そうなの?天気予報は見てなかった」

「たまには俺んちで飲むか?お前の家よりは綺麗だろ」

「どういう意味?でもそうしようか、色々お酒買って」

「つまみ何にする?から揚げも買って帰ろうぜ」

「フライドチキンよね〜やっぱり」

「から揚げとフライドチキンって別物だと思うのは俺だけか・・・?」


そんな会話で家飲み変更された。
まだ風は強くない、ただ帰れるかはわからないので
対策室に置いてある替えの下着類や化粧道具、それにブラウスを持っていくことにした。


「おめでと〜!!」

「はいはい、何回も聞いたって、おかげさんでどうも」

野立のお見合いの話を肴に乾杯を何度も繰り返す。
酔っぱらったふりをして、何度も何度も。

「ほら、めでたいんだから飲んで飲んで」

そうよ、めでたい事じゃない。
自分より先にいかれるのが癪だけれど、それだけで別に寂しくなんかない。

絵里子のテンションの高さに呆れるように付き合っていた野立も久しぶりだという家飲みで気が大きくなったのか
勧めれば杯を空け、グラスを次のお酒で満たしていった。

そんな調子で野立を煽り、絵里子が選んだワインを半分以上飲ませると
仕事の疲れからか野立がうつらうつらし始めた。
「ちょっとタンマ・・・・・」 なんて言いながらよろよろベッドに向かう。
バフッというベッドに倒れ込んだであろう音がした後、すぐに寝息が聞こえたので様子を見に行った。


こちらの気も知らないで。

何がこんなにイラつかせるのか、その原因がわからない。
原因がわからないから余計にイライラがつのる。
突如として湧いた自分のこの感情を持て余してしまう。

野立がちゃんと今までも恋愛の話をしてくれていればよかったのだ。
そうすれば免疫もできて、こんなに動揺することもなく、
お酒なんかに頼ることなく、素直に「おめでとう」と言えたはずなのに。

動揺?

思えば何に動揺するっていうのよ。

めでたいことではないか。
お互いいい歳なんだし、世間から見たら完全にいき遅れだ。
特にこの男はキャリアとして着実に出世しており、この先の為にも結婚は使える武器の1つとなる。
それを抜かしても、友達として幸せになって欲しい、そう思っているのだから。

そうだ、動揺することなんて1つもないじゃない。

ベッドに腰掛け、先ほどより近い距離で男を観察する。
出会ったころはどんな風だったっけ。

まだ髭をはやしていなかった野立は軟派で軽い男にしか見えなかった。
こんな男がキャリアなのかと驚きもしたし、
でもこんな男が世渡りもうまく、結構出世するのよね・・・
と皮肉に思っていたりもした。

実際にそうなったわけだが、少し付き合うとその軽さの奥にある生真面目さなどもわかり、
付き合いはどんどん深くなった。
仲良くなった同期3人でよく遊び、よく飲みにも行った。
その中の1人が自分たちから離れていっても、2人の距離は変わらなかった。

自分と2人で飲んでいても「狩り行ってくる」とナンパしに行ってしまう男。
成功したのかしないのか、ある程度女の子と楽しく飲んだりするとスルっと帰ってきて
「今の子可愛かったな〜」と同意を求めてきたりした
信頼度は増しても変わることのない距離、それが心地よかったのに。


森岡は聞いたりしてたのかな、野立の恋愛事情とか。

自分の手で逮捕した同期の男を思い出す。
2人で野立会をしていたと言っていたから、絵里子の知らない野立の恋愛事情も知っているのかもしれない。
森岡よりも自分の方が野立に近いと思っていたが自惚れだったかな、
そんな風に思って、余計に苦しくなる。


「野立のばーか・・・・」


気持ちよさげに眠る男を見つめ、衝動的にトレードマークの髭を触る。
生やしたての頃はイライラしてしょうがなかったその髭は案外ふわふわとしていた。
触られる感覚が寝ていてもくすぐったかったのか、野立が少しだけ身じろぎするその様子が幼くて、微笑ましい。

しばらくすると少し物足りなくなって、髭をなぞる指が唇へと向かう。
唐突に、こんな風に触れられるのもこれで最初で最後なのだと心臓の奥がきゅっと締まるような感覚と共に涙が滲んだ。


これで最後なんだ。

野立が家庭を持ったら、どちらかの家で飲むことはできなくなるだろう。
絵里子の家で飲むことはできるかもしれないが、
いくら20年来の友人だと言っても、独り暮らしの女の家に誰が好き好んで旦那を送り込む?

2人で飲むことだって減るだろう、
いや、それすら許されなくなるかもしれない。


「置いていかないでよ・・・・」

わかっている、仕事上ではともかく私生活において野立の幸せと自分は無関係なんだという事は、
置いて行かれるから足をひっぱるなど言語道断だという事も。

今まで何年離れていても平気だった、
普段はお互いどうしてるなんて考えもしていないと思う、
それなのにもう二度とこんな時間を取れないかもしれないという事実が胸を締め付ける。

最初で最後だという想いが言い訳に変わり、野立を見つめる。
ぐっすり眠っているようで、唇を何度指で往復させても起きる事はない。


「ごめんね」


裏切ってごめん。
そう思いながら唇を重ねた。

なぜそうしたかはわからない、ただ最後だという切迫した何かがあった。
長い髪を掻き揚げ、唇を離した。

相手は起きる気配はない。

何かを期待したわけじゃない、起きられても困惑するだけだ。
ただ、少し。
ただ、この時間が、2人の時間が長く続けばいいと思った。
野立が迎えるであろう、女性が知りえない野立と自分の時間が、少しでも長く続けばいい。


なんて嫌な女なのかしらね、私は。

自嘲気味に笑い、ベッドを離れた。






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