バスルームの秘めごと
野立信次郎×大澤絵里子


午後9時。エチケットとしてドアチャイムを一度鳴らしてから、合鍵を使って玄関に入る。

「野立―。生きてるー?」

食材の入った袋を抱えながら、絵里子は野立の部屋へと足を踏み入れた。
返事がないのでベッドルームの様子を見に行くと、Tシャツ姿の野立がうつぶせになり、気持ち良さそうに寝息をたてている。
テレビでは昔の戦争映画のDVDが、見る者もない中むなしく再生されていて、ベッドサイドテーブルには医者の処方した薬の袋とミネラルウォーター。そしてなぜか缶ビール。

・・・こういうところは私と似てるのよね。自分が病気で寝込んだときの様子を思い浮かべながら絵里子は苦笑を浮かべた。

熟睡している野立をそのままにして、絵里子はキッチンに向かう。
買ってきた数日分の食材を冷蔵庫や戸棚にしまうと、しばし考えたものの、やはり今日は単純におかゆを作ることにした。

「シンプルイズベストって言うしね」

ただ単に料理が苦手な自分への言い訳なのだが、実際野立の体を考えればそれが自然な選択だ。絵里子は鍋に火をつける。

野立を始め丹波部長ら幹部クラスの面々は、今日、揃いも揃って食あたりを起こして欠勤していた。
昨日、彼らは会議と接待を兼ねた昼食会に参加し、その際に口にした豪華な仕出し弁当の何かに当たったらしく、ほぼ全員がその日のうちに猛烈な腹痛に襲われダウンしてしまったのだ。
警視庁の下っ端の人間たちは、日頃上司達への不満がたまっているため、心配するよりは「うるさいのが休みで清々する」くらいの感覚のようだったが、
さすがに野立が珍しく欠勤しているとなると、婦人警官ら女子職員達は「野立参事官、大丈夫かしら〜。お見舞いに行きたいわ〜」と、あからさまに色めきたっていた。
そんな女子達の様子を呆れて見ながらも、絵里子も野立に何度かメールや電話を入れてみたが、「死んでる」の一言返信があったきりで、さすがに心配になっていた。

こうして野立の様子を見に来てみると、意外にのん気な顔で眠り込んでいるので、ちょっと安心する。
男の一人暮らし、さすがに食器類は多くない。
棚からスープ皿を取り出すと、できあがったおかゆを盛り付け、昨日自分用に作っておいたものをタッパに入れて持参した煮物、途中で買ってきた梅干や漬物などを添え、
念のためスポーツ飲料のペットボトルも一緒に持って、野立のベッドへと向かった。

物音で気づいたのか、野立はベッドの上でムクッと起き上がっていた。
絵里子の姿を見ると、

「あー、きたきた」と、とろんとした目で嬉しそうに笑う。

子供がママを見つけたみたいな、子犬が飼い主を見つけたみたいな、そんな無邪気な顔に、絵里子は柄にもなく喜びを感じている自分に戸惑った。

「お腹の具合どう?少しは落ち着いた?」

そう聞きながら、額に汗で張り付いた前髪を、タオルでそっとぬぐってやる。

「薬飲んで爆睡したら、復活したぜ」

親指を立ててニンマリ笑うものの、やはりいつもより力がない。頬にシーツの痕、髪もボサボサ、髭にまで寝癖。

「俺が休みで、みんな淋しがってただろ」
「そーね。岩井とか岩井とか岩井が淋しがってたわ」
「・・・なんじゃそりゃ」

ふてくされる野立の唇を指先でギュッと摘んで引っ張りながら、絵里子は微笑んだ。
されるがままの野立の目は、なんだか甘えを帯びた色をしている。

「全然食べてないんでしょ。おかゆ作ったから、ちょっと食べてみない?」

ベッドの脇に腰掛け、絵里子は皿を野立に手渡そうとした。

「おまえが食べさせてくれ」

相変らずとろんとした目で、野立はさっそく甘えてきた。

「はーー?手は動くでしょうが、手は!」

絵里子は呆れて言い返したが、野立はすっかり子供のような笑顔で

「手、動かなーい。だるーい」

などと、ヘラヘラしている。

「・・・まったく。病人だからって調子に乗って」

何故だかちょっと顔が赤くなるのを自覚しながら、絵里子はスプーンでおかゆをすくうと、「ほら!」と野立の口元に持っていった。

「そういうときは、ハイ、あーんしてぇ、とか言うんだろ、普通」
「うるさい!黙って食べなさい!」

絵里子が睨むと、野立は

「おお、コワ」

と身震いしてみせながら素直に口を開け、おかゆを一口飲み込んだ。
更に絵里子がスプーンを口元へ運ぶと、野立は満足そうに次々と飲み込んでいく。

「こういうの、いいな。たまには病気になってみるもんだ」

野立が急に絵里子の腕を掴んでニンヤリと笑う。
絵里子は、バーカと言いつつ、野立が元気を取り戻しつつあることに心底ホッとした。

おかゆを全部食べ、スポーツドリンクも半分ほど飲み干したところで、野立は

「あー、うまかった。生き返った」

と言いながら、ベッドから降り立った。
スウェットのズボンの尻のあたりを手で掻きながら、

「歯磨いてくる」

と、洗面所へ歩いていく。
気を抜いたその後ろ姿を見つめながら、絵里子は小さく笑った。
いつもスタイリッシュに隙のないスーツでキザに決めている野立参事官が、家ではこんなふうにだらしない、ごく普通の40男なのが可笑しい。
野立ファンの子達が見たら、どう思うのかしらね。
絵里子は自分だけが野立のこんな姿を知っているのだと改めて思い、それが妙にくすぐったい喜びに変るのを自覚した。
やだやだ。つまんない女みたいなこと思っちゃって。

キッチンで皿を洗ってタオルで手を拭いていると、後ろから急に野立に抱きすくめられた。

「絵里子ぉ。俺、風呂入りたい」

絵里子の首筋に鼻と唇をこすりつけながら、野立が甘える。

「そう思って、沸かしてあるわよ」

自分を抱く野立の両腕に手を重ねながら絵里子は振り返り、顔を上げた野立の唇にチュッと軽くキスをした。
野立は寝込んでいて会えなかったぶんを取り戻すように、絵里子の唇に襲い掛かる。舌が触れ合うと、歯磨き粉のミントの味がした。

「絵里子、風呂入るの手伝って」
「は?はぁぁぁ???」
「俺、さっきまで寝込んでたんだぜ。体に力が入らないんだよ。これじゃ、シャンプーも体洗うのもしんどくてさ。な?絵里子手伝ってくれよ」
「あんた、何言ってんの?すっかり元気じゃない!」

低い声で絵里子は睨みつける。

「あ、そういう冷たいこと言うのか?俺がどんだけ痛くて辛い思いで七転八倒したか、おまえ分かってないだろ。冷てぇなー。ちょっとくらい手伝ってくれよー」

絵里子の肩に顎を乗せながら、いつになく野立が甘えてくる。
そう言われてしまうと確かに可哀相になってしまい、気づいたら「分かったわよ!手伝うから、早く脱ぎなさい!」と答えてしまう自分がいた。

脱衣所に行くと、野立は急にウキウキと元気な様子で服を脱ぎ始め、ボクサーショーツも一気に引き降ろした。
そこも、若干元気になっている様子がチラッと見え、なんなんだコイツは・・・と絵里子は眉をひそめる。
野立がニヤニヤしながら絵里子の服を脱がそうとするので、

「なんであたしが脱ぐのよ!」

と抵抗すると、

「だって、洗うの手伝ってくれるんだろ。服濡れちゃうじゃないか」

と、平然と答える。

「・・・ったく!」

絵里子は一瞬迷ったものの、まあしょうがないかと思いなおし、ブラウスとスカート、ストッキングを脱いで、キャミソールとショーツになった。

「今日はここまでよ。あくまで病人の世話で来たんだから」
「あー、今日ピンクなんだー。」

ノーテンキに野立がキャミソールの裾を持ち上げ、中のブラまで確認しようとするので、その手をパシッとはたく。

「ほら、入った入った。チャチャッと洗ってやるから!」

バスルームで座った状態の野立の後ろに立ち、いい香りのシャンプーを思いっきり泡立たせてよく洗ってやり、シャワーで洗い流す。目に入らないように、丁寧にお湯を流した。
安心しきった無防備な様子の野立は、やっぱりなんだかカワイイ。
シャンプーが済むと、体を洗う。ボディシャンプーをしっかり泡立て、野立の浅黒く、年のわりに滑らかな肌をごしごしと強めに洗っていく。
「さすがの力だな。イテェよ」
「うるさい。洗ってもらえるだけ感謝しなさい」

野立を立ち上がらせ、両脚も洗ってやる。ほぼ全身洗い終わったあとで、野立が自分の股間を指差して言う。

「ここも洗ってくれよ」
「自分で洗いなさい」
「えーー。なんでだよ。今更照れるなよ」
「照れてない!!」

なんだかシャクに触ったので、掌に思いっきり石鹸を泡立たせると、野立のモノを両手で包み込んでギュッと握ってやった。

「うっ!」

野立がうめいたので、意地悪な笑みを返してやった。
今度はゆっくり優しく、細かい部分まで丁寧に洗っていく。
気づくと、洗っている絵里子の顔を、野立がじっと見下ろしていた。
その目が妙になまめかしい。絵里子の手の中のモノも確実に硬度を増していった。
このままだと、コイツ発情しちゃいそうだわ。絵里子はそこでパッと手を離し、シャワーで野立の股間の泡を流してやった。
中途半端な角度で頭をもたげた先っぽがなんだか情けなくて、絵里子の顔に自然と笑いがもれた。

黙ったままの野立の体をそっと押して、バスタブの方へと促す。

「はい、よく温まって」

妙におとなしく従ってるな、とちょっと不審に思っていると、バスタブに腰を沈めた野立の腕が急に絵里子の方へ伸びた。

「え!・・・や!うわ!」

野立がキャミソール姿の絵里子の上半身に抱きつき、強引な力でバスタブに引きずり込んだ。

「ちょっと!何すんのよ!バカ!!」

じゃぶんと絵里子は湯の中に倒れこみ、そのまま全身水浸しになってしまった。

「あーあ、濡れちゃった。もう一緒に入っちゃおうぜ」

野立がニヤニヤといやらしい笑いを浮かべながら、絵里子のキャミソールを脱がそうと手を伸ばしてくる。

「あんた、最初っからそのつもりだったでしょ!!」

絵里子はバシャッとお湯を野立に引っ掛けたが、野立は全然ひるまない。
文句を言い続けようとする絵里子の顔を両手で引き寄せ、野立が思い切り絵里子の唇に吸い付いた。
濡れた野立の唇が、ぬらぬらと絵里子の唇を襲う。柔らかく愛撫するようなキスが続き、絵里子の体から少し力が抜ける。
するとそこに付け込むように、熱い舌が口内にするりと泳いできて、あっという間に絵里子の舌を絡み取った。

「ん・・・」

なんていやらしくて優しくて、深いキスだろう。
こんなふうにされたら、いつも部下を率いる男勝りのボスとして、心にまとっている鋼のような鎧が、あっという間に取り払われて、絵里子はただの女になってしまう。

「ずるい。あんた、ほんとずるい」

息を弾ませながら絵里子がそう囁く間、野立は絵里子のキャミソールとブラを巧みに剥ぎ取り、ショーツも勢いよく引き摺り下ろしてしまった。

「どこが病みあがりなんだか。全然元気じゃない」

憎らしそうに絵里子は言ってみるものの、体は柔らかくしなりながら野立に吸い付いていく。
ぬるめの湯の中で、野立は絵里子の胸元にしゃぶりつく。
大きな両手で胸を揉みしだき、指で先端をコリコリと攻め立て、時にねちっこく摘んだり円を描くように転がす。

「・・・あっ・・・んん!」

野立の熱を帯びた唇と舌が、絵里子の乳首を嘗め回し、強く吸い付く。
両の手で絵里子の尻の肉がゆっくりと揉まれ、そのリズムに合わせるように胸を味わう口の動きも加速していく。

「あ・・・ダメ・・・前も、触って・・・」

たまらず絵里子が懇願する。
野立は絵里子の瞳を覗き込んで、目を開いたままキスをした。

「エロい女だな、絵里子」

耳元に口を押し付けて野立が低く囁く。

「あんたのせいよ・・・!」

耳の中を這う野立の舌にとろけそうになりながら、絵里子は言い返した。

「お願い・・・早く・・・」

野立は左手で絵里子の腰をグッと抱き寄せながら、右手を絵里子の股の間に滑り込ませた。
唇や顎、首筋、耳と、野立の唇と舌が絵里子のいたるところを這い回り、それと同時に右手が絵里子の秘部を優しくうごめく。

指先がまーるく絵里子の敏感な蕾のあたりを撫で上げ、時々ソフトなタッチでポイントをしぼって刺激される。
そのたびに絵里子の体がしなり、野立の肩にしがみつく手に力がこもる。
野立の指が絵里子の内側の窪みへと滑ってゆくと、既にそこからは相当な量の蜜があふれ出していた。

「おまえ、こんなに濡らして。いやらしいな、絵里子」

野立の低い声がまるで媚薬のように絵里子の肌に降り注ぎ、自分でもどうしようもない淫乱になったかのように、野立の手に自らの腰を摺り寄せてしまう。
中に差し込まれた野立の指が、くちゅくちゅと音を立てて出たり入ったりする。
時折、蜜に濡れそぼった指が外に出て蕾のあたりを撫で回すと、粘液が優しい刺激となって、絵里子の蕾を更にふくらませた。

「ねえ・・・ダメ・・・のぼせちゃう・・・」

ぬるめに沸かした湯が、絵里子の全身をほてらせている。
野立は、バスタブの栓をグイッと引っ張ると、せっかく張った湯を排水溝へと流し始める。
腰から下が浸かるくらいの量に湯が減るとまた栓をして、

「これならいいだろ」

と意地悪い目で野立が笑った。

「絵里子、立てよ」

野立は絵里子の腋の下に手を入れて立ち上がらせると、絵里子の股に顔を埋めて秘部を口で愛撫しはじめた。
この上なく柔らかい動きで、野立の舌が絵里子を味わい、差し込まれ、翻弄するようになぶり続ける。
絵里子の中からダラダラと蜜があふれ出し、それを野立が掬い取るように舌で舐めあげる。
絵里子は膝がガクガク震えるほど感じてしまい、もう立っていられないと情けない声をあげた。
不意に野立が顔を上げ、絵里子の火照った表情を愛おしげに見つめた。
絵里子もその顔を見下ろし、細く深い吐息をひとつ漏らすと、今度は自分が野立の股間に顔を埋めた。
バスタブのへりに腰掛けた野立の、思い切りそそり立ったモノに手を這わせ、両手でいたるところを撫で回しながら先端をちゅるっと唇で吸う。
根元から舌を這わせ、指先で愛撫しつつ舌でヒダの隙間まで丁寧に攻める。
野立が絵里子の頭に手を置いて、呻くような深い吐息をもらしている。
その吐息が更に絵里子を煽り、いきり立った野立自身をできるだけ深くしゃぶり、舌を使って丹念に吸い上げた。
そうしながら、絵里子は自分の中からますます愛液が流れ出すのを感じていた。

我慢できなくなった野立が絵里子の体を引っ張り上げ、自分の股間の上に跨らせた。
互いの濡れた部分がねっとりといやらしく重なり合い、その感触にますます快感が増す。
絵里子は野立の肩に手を置き、野立の両手は絵里子の乳房に当てがわれた。
柔らかく乳房を揉む動きに合わせて、絵里子が腰を振って野立のモノに自分の蜜に濡れた部分をこすり合わせた。

「絵里子、こすりつけるの好きだな」

野立が溶けそうな目で絵里子の目を見上げながら、乳房をいやらしく揉み上げる。

「だって、気持ちいいもん」

絵里子は野立に深いキスをしながら、更に濡れそぼる股間をこすりつけた。
くちゅくちゅと恥ずかしい音がバスルームに響き、絵里子はとうとうこらえきれなくなった。
すべらせるように動きながら、野立の上に腰を沈める。
ぐにゅぐにゅっと粘膜が絡みあうように、野立のモノが絵里子の奥深くまで納まった。

「おまえ、ホントやらしいな」

野立が満足そうな顔で絵里子の頬を撫でる。

「だから、あんたのせいだって」

絵里子は野立と舌を絡み合わせながら、ゆっくりと腰を動かし始めた。
上下に動かしながら、絵里子の内側の壁に野立の先端をこすりつけつようにしたり、円を描くように腰をグラインドさせながら刺激する。
野立がたまらず、

「・・・はぁっ・・・」

と息を漏らす。それが嬉しくて、絵里子は更に腰を降る。
野立もそれに答えるように、舌から腰を突き上げながら、絵里子の胸に激しくしゃぶりつき、尻を手で揉む。

快感で頭がボーッしてきた頃、野立がグッと絵里子の体を掴み、不意に自分のモノを抜いた。
もどかしげに絵里子の体を反転させて後ろを向かせると、絵里子の腰を後ろからグイッと引き寄せた。
絵里子が

「アッ・・・」

と声を上げながら、バスタブのへりに手をつくと同時に、野立にバックから刺し貫かれた。

「あぁ・・・っ!」

さっきとは違った種類の快感に思わず声を上げる。
自分のものとは思えない、メスの獣のような声を絞り出す絵里子に興奮したかのように、野立の両手が執拗に絵里子の乳房を掴んでは揉みしだき、音を立てて打ち付ける腰の動きが早くなった。

「ああ・・・野立、もう・・・あっ・・・!」
「イキそう?イクか?」

パンパンと卑猥な音を立てながら、野立が荒い息で問う。

「あぁ・・・!イっちゃ・・・う・・・!」

絵里子が声を絞り出してビクッと身を震わせたとほぼ同時に、野立が腰を押し込むようにして呻き声をあげ、絵里子の中に大量の液体を解き放った。

ヒクヒクと体を震わせながら、バスタブの中に崩れ落ちる絵里子を、野立が後ろから抱きかかえたまま一緒に膝をつく。
まだピクンピクンと揺れる尻の間から、野立の放った白い液体と絵里子の蜜が交じり合ったものがタラタラと流れ落ちる。
絵里子の太ももを濡らすそれを、野立が優しい手付きで拭いとって、絵里子の鼻先にその手を突きつける。

「ほんと、やらしいな、おまえ。見ろこれ」
「・・・バカ・・・」

ぐったりしながら絵里子はその手を払いのけ、息も絶え絶えに野立の胸に顔を埋めた。

「あんたこそ、病欠したのがウソみたいに、ケダモノだわ」

そう言いながらも、絵里子は顔を野立の胸にすり寄せ、甘えたように鼻を鳴らす。

こうなることを、絵里子は心の奥で、実はちょっと期待していた。
ううん、ちょっとじゃない、確実にそうなることを願っていた。
お見舞いという名目で、野立と抱き合いたくて逸る気持ちでこの家のドアを開けたのだから。

「したかったんだろ。あんなヒラヒラしたピンクのパンツなんか穿いてきやがって。一回家帰って、着替えてからここに来たんだろ、絵里子」

すべてお見通しのような、からかうような声で野立が絵里子に耳元に囁く。
なんでバレてるんだ・・・。絵里子は恥ずかしさと情けなさで、ううっと呻きながらまた野立の胸に顔を埋めた。
ぬるくなった浅い湯の中で絵里子を抱きしめながら、野立が優しく言う。

「俺だって嬉しかったさ。おまえが来てくれるの、ひたすら待ってたからな。
腹痛くて、もんどりうってる間も、絵里子ー、来てくれー。絵里子ー、助けてくれーって、一日中一人で大騒ぎ」

ダセエな、俺。そう自嘲気味に笑う野立の顔を見上げ、絵里子はなんだか胸がいっぱいになった。
私達、いつもカッコつけて余裕のふりしあってるけど、本当はお互いが好きすぎてしょうがないのよね、きっと。
もう意地を張る年じゃないのにね。

「一緒に住んじゃおうか」

軽くキスした後、絵里子は普段より幾分真面目な顔でそう声にしてみた。
はぐらかされるだろうか。ちょっと絵里子は不安になる。

「奇遇だな。俺も今、同じこと言おうとしてた」

野立はそう言ってニヤリと笑うと、また絵里子を引き寄せて口付けた。
深く長く、純粋に愛情を確かめ合うような暖かなキス。
絵里子はギュッと野立にしがみついた。

「・・・いつ引っ越してくる?」

そう問いかけてくる瞳は、念願のおもちゃを手に入れた子供のようにキラキラしている。
あんたそんなに無邪気でいいの?と絵里子は驚きつつも、自分も嬉しさを隠しきれないゆるんだ顔をしていることに気づいて、ちょっと笑ってしまった。
対策室のボスともあろう私がね。こんなとこ、アイツらには絶対見せられないわ。
バスルームには、いつまでもキスの音が響き渡っていた。






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