対策室で抱きしめて
野立信次郎×大澤絵里子


自分以外誰もおらず、時計の音だけが響く対策室。
ふと人の気配がして振り返ったら野立がいた。

「ぎゃっ!!」

「うぉっ!びっくりさせんなよ。
なんだよ、ぎゃって。人をお化けみたいに」

「こっちがびっくりよ。ていうか、お化けの方がまだましよ、なによもう帰ったんじゃなかったの?」

「お前を待ってたんだろ?少しはその努力を認めろよな」

私に気づかれないようにそっと対策室に入ってきて、そーっと近づいて驚かせたくせに。
ま、気付かない私も私だけど、それだけ集中してたのよ
いや、本当は考え事してただけなんだけど・・・・・とまた一人の世界に浸っていると
私の反応のなさにちょっとふてくされた野立が私の後ろから移動して対策室のソファーにどでんと足を伸ばして座った。
靴くらい脱ぎなさいよね・・・・・・

「つかお前はなにしてんだよ、もう帰ろうぜ」

「まだ仕事が残ってるの。
・・・・事件もまだ解決してないし・・・・・・・・」

「・・・まぁな、でもお前が独り居残って根つめたってしょうがない、倒れたら意味がないんだぞ」

そんな事くらい私だってわかっている、
でも他のメンバーがどれだけ頑張っているかもわかっているし、それに事件には被害者がいるのだ。
これ以上犠牲者を増やしてはならない、そしてその被害者の為にも何かをせずにはいられない。


今回の事件は連続殺人。
被害者の共通点はとあるSNSサイトで、交際中の男性に対する相談をしている女性という事。
以前、虐待を受けその相談から派生した事件はあったが、
今回は相談者本人が被害者だった。

その数はもう3名にも及ぶ。
そこで絵里子は自分が相談者となり、何が起こっているのかを探ろうとしていた。


「お前さ、俺に何か恨みでもあんのか?」

相談について書いたメールを先ほど後ろから見たのだろう、野立がその内容について文句を言ってきた。

「だって付き合ってる男性に対しての相談だもん
それともなによ、他の男性の事を書いて欲しかった?」

「んな事言ってねぇだろ、ただヒドすぎだろ、その男」

「ちょこっとデフォルメしただけじゃない。
なにもあんたがこの通りの男だなんて言ってないし。まぁ、ろくでもない男だってとこは一緒だけど」

「お前な、自分の恋人をそんな風に言うか、普通」

「自分の彼氏でもろくでもない男には変わりないのよ
聞いたわよ、婦人警官の天野さん。最近は彼女にご執心だって」

「あぁ〜奈津美ちゃん?もう超可愛いんだよ、なんか急に女の子っぽくなっちゃってさぁ。
花開くってあんな感じなのかねぇ?なんか、感心してたらこの間急にメアド渡されちゃって。」

もうホント困っちゃよな〜なんて喜んでるくだらない男
だからろくでもないのよ、あんたは。
なにが奈津美ちゃんよ。
確かにその子は急に可愛くなったとうちの花形と山村さんが噂をしていた。
そしてそれは野立が原因なんじゃないか、野立が彼女を変身させたんじゃないかそんな話まであった。

思わずパソコンを打つ手が止まりそんなことを考えていたら、耳元で息を吹きかけられた。

「ぎゃっ!!!」

「たく、つくづく色気がねぇなそこは「きゃぁっ!」だろぉ?」

「何が色気よ、大体あんたは」

言いつのろうとしたらぎゅっと後ろから抱きしめられ、
その体勢のまま首筋や耳元に音をたてキスをされる。

「ヤキモチは似合わないぞ?」

急にテンションが変わり囁かれ、その低い声にゾクっとしてしまう。
そんな自分の反応と言い当てられた事への恥ずかしさ、そして自信満々な物言いにイラだちが募る。


「何がヤキモチよ、自惚れないで」

それには答えず、私の髪を掻きあげこめかみにキスをしてくる。
唇の動きが胸を騒がすような、うずくような色気を含んでいてやはりゾクゾクしてしまう。
髭がさわさわと肌をくすぐっていき、その感触がたまらなくてつい悪態をつく。

「仕事場でそういう事をしたいならその子とどうぞ、私はお断り」

苦笑いを含んだ溜息が聞こえ、野立が私から腕を離した。
それが残念に思えて、でもそれを悟られまいとパソコンのキーを叩く指に力が入る。
野立はまたソファに戻り、今度は普通に座って雑誌を広げている。


その姿をみて、ふぅっと溜息をついた。
結局仕事の苛立ちと、ちょっとしたヤキモチを野立にぶつけただけだ。
上手く進まない捜査、それでも焦りなど部下には見せられない。感情を抑える分ストレスが溜まる。
そんな中、部下の数名から聞いたくだらない噂に余計苛立っていたのだ。

野立が女好きなのは今更であるし、調子がいいのはわかっている事だ。
調子がよくても、案外真面目だという事もわかっているのに、どうしても悪態をついてしまう。

野立が雑誌をめくる横顔をぼんやりと眺める。
なぜあそこまで言われて帰らないんだろう?
きっと私ならさっさと帰ってしまう。

開いていたパソコンを閉じて自分もソファに移動し、野立の隣に座った。
野立が、ん?と無言でこちらを見てきたが目は合わさずに、絵里子の定位置になった右胸にもたれると
腕を回し、抱え込むようにキスをしてきた。
ちょっと、調子に乗らないでよね。
そう思ったが、とりあえず素直に受けることにした。

唇が吸われて、簡単に舌が差し込まれる。
キスがしづらかったのか、クイっと左手で顎を上げられ、キスがより深くなる。
苦しいと感じる一歩手前で唇が外され、見つめられた。

その瞳の強さに吸い込まれそうになり、自分の彼氏ながら見惚れてしまう。
40を過ぎ、若い頃とは違った魅力を身につけた元相棒は確かにモテる男なのだろう。
そんな風に惹きつけられていると胸元に違和感を覚えた。
下を見ると野立の手がボタンにかかり、脱がそうとしているのに気が付く

「ちょっと、何脱がそうとしてんのよ」

「あっ、バレた?」

「当たり前でしょうが」

一瞬でも酔いしれた自分がバカだった。
にやにや笑いながらそれでも手を止めようとしない野立の手をぐっと抑える。

「仕事場ではしたくないの」

「んー・・・・・・・・」

「ちょっと」

「すんげぇ、可愛いんだもん。」

「何言ってんの、離れなさいよ」

「あばたもえくぼだな、絵里子が可愛いなんて」

「失礼でしょ、それ」

「じゃぁ可愛いと思うか?」

「それは・・・・・・・・」

確かに自分でも可愛げがあるとは言えないけれど、仮にも自分の彼女に失礼だと思わないのか。
これも書いてやるぞ、相談メールに。

「でも可愛いぞ、絵里子」

そんな風に言われて諭されたわけではないんだけれど、
もう誰もいないし、触られるくらいならいいか・・・・となってしまう。

ジャケットを脱がされると、シャツのボタンが1つ2つとどんどん外され、全開にされた。
裾をズボンから出されたところで、くるっと反対向きにされ野立の膝に座らされる。
え?と戸惑っているところに、腕を回され、そのまま胸を両手で弄ばれる。
はだけたシャツを無視しするように、キャミの上からやわやわと指を動かされ、動けなくなった。

「やっ・・・・ねぇ・・・・・」

くすぐったさに身をよじる。
いきなり胸を、しかも後ろから攻められるなんて想定外で、心構えもできずに刺激がダイレクトに伝わってくる。
何度も後ろからこめかみや頬にキスをされ、相手が見えない怖さのようなものがより肌を敏感にしていく。

もどかしさで苦しくなってきた頃ふいに片手が離れ
背中からキャミの中に手が入りブラのフォックが外された
そして、締りのなくなったブラの下から両手で今度は直接揉まれる。

「ちょ・・・・それ・・・・・・や・・・・・・・」

手のひらで先を転がされ、思わず声が出る。
指先で何かされているわけではない、ただ転がされているだけなのに感じてしまう。

「かたくなってきた」

くすっと笑われ、腹がたつが何も言い返せない。
顔を見たくて、振り返ろうとするのに抱き着かれた格好なのでそれもうまくいかない。

「でも、俺もだ」

ぐいっとスーツのズボンの上からでもわかる熱を押し付けられクラクラする。
仕事場で最後までなどできない。
でもいつも自分の中を貫き快感を与えていくその存在感に、どうしようもないほど奥が疼いた。

野立の腕を振り払い向かい合わせになって膝に座る。
勢いのままに乱暴に口づけをすると、唇を離した途端ににやにや笑う野立が目に入った。

「何笑ってんのよ」

悔しくてまた噛みつくようにキスをしようとすると躱されてぎゅっと抱きしめられる。

「俺をこんなに煽るのはお前くらいだなって思ってさ」

低い声で耳に直接囁かれる。
顔を離せば指で唇に触れてくる。
触れていた指を噛んだら、そのまま舌をいたぶるように口内を犯してくる。
これ以上したらダメ、そんな事わかってるのにお互いが止まらなくなって、キスをしたり触ったり。

ブラジャーとキャミソールをたくし上げ胸を口で揉みしだく野立の頭を撫でていると
急に鎖骨の少し上に噛みつかれ、痕をつけられる。
明日になればそれとわかってしまうだろう、
辞めてほしいのに抗議をする気になれない。

獣じみた野立の目が自分を見つめていて、その視線に追い立てられるように下半身だけ裸になる。
同じく半身だけ晒した男の上に跨ると、腰に手を添えられくちゅっと入口が合わさった。
ゆっくりと腰を下ろすと、ずぷぷっ・・・・とねちっこい音を立て収まっていく様がいやらしい。

「ん・・はっ・・・・・・」

呼吸を合わせて動かし始めると、じゅぷじゅぷとやらしい音が響き渡る。
腰を持たれて、入口付近からソフトに攻められたり、ごりごりとこすられたり、
姿勢を保っていることさえ難しくなって、目の前の男にすがりついてしまう。

意識が朦朧とし、もう目も開けられない状況で
いかせて欲しいと懇願すると野立の腰を持つ手が強くなり、腰の動きも早くなった。

「あぁ、もう、もう・・・もう・・・・・」

もう来る。
直観でわかった途端に抜けるギリギリまで持ち上げられ、
思わずイヤっと叫んだ瞬間、一気に奥を衝かれ絶頂を迎えた。


くたっと野立にもたれかかり、息を整える。
相手も上着は脱いでいたが、ワイシャツにつくった絵里子の唾液や涙であろう染みが広がっている。
そしてはたと気づいた、中に入っている野立のものがまだ熱い。

普段は絵里子の動きやその瞬間に合わせて吐き出す事が多い彼にしては珍しい。
ピルを飲んでいる為避妊具をつけない自分たち、
きっと帰りの絵里子のことや後始末を考え中には出さなかったのだろう。
そう思っているうちに、体が離され、野立がティッシュを数枚とるのが見えた。

自分の中で出されなかった事が不満なわけではないけれど
なんとなくもったいない気がして、ティッシュをソコに持っていこうとしていた野立の手を思わず止めた。
ソファに座ったままの野立が問いかけるような目でこちらを見ているが無視して、床に膝をつくと口でいきり勃ったものを咥えた。

びくんと跳ねる体や漏れる声が嬉しくて、舐めてよじって吸い上げて。
舌で何度拭っても先走りが溢れ、張り裂けんばかりだったそこが解放を求めより膨らむ。
野立の癖でイキそうになると右足の内側により力が入り、そんな男の反応により深く銜え込む。

「え・・りこ・・・・・も、離して・・・・・・・」

口の中で出すのはためらわれるのだろうが、離したくない
その意思を伝えるようにストロークを更に早く力強くする、のどの奥に響くそれが苦しいが構わなかった。

「え・・・・り・・・・・」

野立も諦めたのか、私の頭を持ち数度腰を打ち付ける。
最後に打ち付けられるのに合わせ、思い切り吸い上げると勢いよく精が吐き出されのどの奥から順に生暖かいものが広がった。

私の頭を抱え込んんだまま、震えるように最後まで吐精する男の様に満足する。
ちゅぽんと音をたて柔らかくなったものが口から外れると、唾液や精が混じったものが糸を引いた。

飲みきれなかったものを野立の握りしめていたティッシュでふくと口の中に広がる苦味を味わう。
普段こんな不味いものなど飲めるわけもないのに、
今はその味さえも自分の欲望を満たすのだから不思議なものだ。

ぬちゃぬちゃと口の中でまだ残った精を転がしながら、だらしなくソファにもたれる男の濡れたそこをティッシュで拭う。
イッたばかりで感じやすいらしく、ビクっと反応した男に拭くだけよと笑いかけながら
それでもわざとらしく丁寧にふき取り、膨らみそうになる直前に体を離す。

残念そうな男の名残を感じながらも、脱いだ服をぱぱっと身に着け、常備している歯ブラシを手に取る。

「口、すすいでくるわ」

このままじゃキスもできないでしょ?と、未だだらしなく下半身を晒している男を置いて対策室を出た。



一緒に持ってきたタオルやティッシュなどで色々身なりを整えてから化粧室を出てくると
先ほど話題にしていた婦人警官の天野さんが廊下に立っていた。
どうやら私を見かけ、待っていたらしい。

「大澤さんですよね?対策室室長の。私、天野っていいます」

今日は当直なのだろうか?
でもこんな時間にこんな処で何をしているのだろう
少し疑問ではあったが、別に聞くような事でもないので黙って先を促す。

「野立参事官どこにいるかご存じですか?明日非番だって聞いて」

私も非番なんでぇ、えへへへへっ
としなをつくる彼女を見ていたらなんだかばかばかしくなってきた。
まだ帰ってないという情報を仕入れ、明日非番だという情報も仕入れ、
そしてライバルの目が光っていないこんな時間に攻撃をしかける事にしたらしい。
あの男はこの子のどこがいいんだ?うちの部下も含めて。

「あいつなら対策室にいるわよ、待ってたら出てくるんじゃない?」

言外に対策室には入るなと伝える。
あの男のことだ、さすがにもう服も着ているだろうし、
それなりに処理もしているとは思うけれどまだ入られるのは気まずい。
それに仕事上でも彼女の入室はイヤな予感しかしない。

勝手に対策室の前までついてきたので、
中に入ってから掃除やら後始末やらをしていた野立に彼女が外で待っている旨を伝える。
にやにや笑って出て行った野立の背中を見送ると
やっぱりばかばかしくなって、独りで帰り支度をする。
閉じてスリープ状態になったパソコンの電源を落とし、カバンに私物をしまいこむ。
と、そこで野立が帰ってきた。

「あら、あの子とどこかに出かけるのかと思ったわ」

「奈津美ちゃんは今日当直だよ」

「あらそ?明日は一緒に非番なんでしょ、よかったじゃない」

「妬くなって、ちゃんとお断りしました。」

「妬いてないわよ、勝手に遊んでればいいでしょ?私は事件が未解決だから休めません」

「ばーか、俺が本気で落とそうしてきてる子と遊ぶと思うか?野立会の鉄則は本気にならない子なんだよ」

「・・・・・・あんたホントに最低ね」

「おう、最低上等。
しょうがないだろ?俺を本気にさせる女は一人しかいないんだから」

本気になられても答えようがないと、またもや耳元で囁かれて、びくっと震えてしまう。
そんな私に気をよくして抱きすくめてくる男の男たる部分を撫でると、
ソコはまだ少し熱を帯びていて、気持ちよさげな顔をするものだから結局私まで気分がよくなる。

「本当にお前は俺を煽るのがうまいな」

「もうしないわよ?」

「わかってるって、早く家に帰ってもう1回しようって事だろ?」

「・・・・・・違うわよ」

「嘘が下手だな、絵里子は」

話している間にも何度もキスを交わす。
そのキスが熱を帯び始めたので、スルリと逃げ出し、先に対策室を出た。
全く油断も隙もあったもんじゃない。
と、すすり泣きが聞こえ、ぱっと見るとあの子だった。
私と目が合うと逃げるように去って行ったが、もしかしたらもう一度野立が出てくるのを待っていたのかもしれない。

あの純情さ?可愛さ?は私にはないわ・・・・
と思いつつ、見送る。


「半分以上演技だな、あれ。」

後ろから野立が出てきた。
この男も同じすすり泣きと走り去る後姿を見たらしい。

「泣けば男がよしよししてくれると思ってる、そんであわよくばキャリアと結婚して寿退社。
本気の子って言ったけど、本気にも色々あってさ、
本気で俺を好きな子と本気で俺を落とそうとしている子、彼女の場合は最初は前者だったけど、今は後者だな。」

人間の女性の中にも動物と一緒の奴がいるんだわ、なるべくいいオスを探し求める。
そんなん狙ってる子は大学時代からいーっぱいいた。
と両手を広げ、おどける隣の男。

何度か大学時代の写真を見たが、確かに女の子がキャーキャー寄ってきそうな風貌ではあった。
甘いマスクで髪を長くし、左は耳にかけ、右だけ垂らしたそんな髪型。
私から見たらただの薄っぺらい男でも、そんなキザな男が好きな女の子も沢山いて、
それに将来が約束されたようなあの大学名がつけばそりゃぁわんさか女も寄ってくるでしょうよ。


「あれだろ?あの相談メール、俺の昔の話を元にしてるだろ?」

まだ気にしていたのか、相談メールの事をまた持ち出してきた。

「若い頃は確かに色々あったからなぁ〜・・・・」

そんな話を飲んだ時にしたの覚えてたんだな、なんて一人で納得して。
部屋に片方のピアスが落ちているのは日常茶飯事。
女の子と飲んで、エッチして、
その後に当時の彼女の部屋に行ってまたエッチ・・・・
と思ったらパンツにルージュで浮気した女の子の名前が書いてあったとか。
ナンパに成功して、街中を歩いていたら彼女未満の女の子3人と鉢合わせて大変な目にあったとか、
エッチ中に名前を間違えて、誤魔化したけれど結局最後まで名前がわからなかったとか。

そんな本当に最低な話ばかり。
私が彼女だったら、いやそんな男の彼女を今現在しているわけだけれど、絶対別れてる。

・・・・・・・・・・別れるか、今すぐ。

「ま、そんなんくぐり抜けてきた俺だからこそ、この観察力が養われたわけ」

そんな観察力を持ってる彼氏なんていらないんですけど。
やっぱり別れるか、今すぐ。

「で、そのくせ実らない本気の恋に20年も振り回されちゃうわけだ」

ま、実際は15年くらいか?恋だって気付いてからは。
なんて一人でぶつぶつつぶやいている野立の横顔を呆れながら見る。
その横顔に先ほどの女の子の笑顔が重なり、
自分の中で黒くもやっとしたものを思わず言葉にした。

「・・・・それって最初から手に入ってたら、本気の恋になってなかったんじゃない?」

自分でも驚くほど冷たい声だった。
野立もびっくりしたような顔でこちらを見ているが、見返さない。


「すぐに手に入ってたらほかの子と一緒だったんじゃない?私も。」

今のところ特別に思われているのは否定しないけど。
野立の言う本気の恋が私だという自信もあるけれど、
でも、きっと他の子たちと一緒なのだ、自分も。

自分は野立の顔や権力を追い求めたわけではなく、そのベクトルが違っただけ。
一緒にいるのに都合がいい男を選んだだけだ。

飾らなくても嘘をつかなくても済む、一緒にいて楽しい、仕事の事も理解してくれる。
そんな自分にとっていいオスを選んだだけだ。

そして野立も同じなのだ、他の男のように可愛いだとかスタイルで選んだのではなく、
ただ手に入らなかったから追いかけたのが私だっただけだ。

そう思い至り、口にした事は私を納得させそして酷く傷つけた。


「・・・・・・・・泣くなよ」

仕事場で泣いたりなんかしないと言い返そうとして、自分の頬を濡らすものに気が付いた。
真面目な顔をして頬を拭ってくる野立の手が温かい。

「俺は、手に入らない女なんて興味がなかった。
高嶺の花なら諦めればいい、本気の女は捨てればいい、
適度に遊んであとは自分の信じる道をいくそう決めてたんだ」

それを崩したのはお前なんだ、お前が俺に恋を教えた。
そう告白をしてくる男の瞳は慣れてしまったから大してカッコイイなどとは思わないけれど、
それでも愛おしいと思ってしまうのが悔しい。
都合がいい男のくせに、愛おしくて涙がでる。

「絵里子・・・・・」

先ほどとは違った涙が頬をつたい、それを拭う指。
その温かさが自分の中にある黒いもやもやを消していく。

あぁ、この手の温もりも、
私を呼ぶ声も、気障な仕草もなぜか私を満たす。
理由などわからない、ただこの男が好きだと全身で感じてしまう。


「・・・・ごめん」

「いいさ、妬いてたんだろ?」

「違うわよ、自惚れないでって言ったでしょ」

仕事やくだらない噂への苛立ちがちょっとでちゃっただけよと笑う。
こんなところでする話題じゃない、明日も仕事だ早く帰ろう。

そう思っていると、唇に柔らかい感触が。

「・・・んぇ!?」

って廊下の真ん中でキスなんぞしてきやがった。
そりゃちょっと感極まっちゃって泣いた私も私だけど
普通キスなんてする?夜遅いとはいえ、人がいないわけじゃないに。
さっきの子だってそこら辺にいるかもしれないのに。

「ちょ・・・な、なにすんのよ!!!」

「何って、誓いのキス?」

「はぁ!?」

誓いって結婚式か、嫌だこんな結婚は。
しかもなぜに疑問形。
絶対ろくに考えてないだろ、この男。

人が感傷に浸っているというのに、
しかもちょっとぐっときていたというのに、なんて男だ。

そして、なんとなく先ほど野立が後ろに立っていた時のようにふわっと人の気配がして、
ものすごくイヤぁな予感に、恐る恐る振り返ると、さっきの子よりもっとまずい面々が立っていた。


「・・・BOSS・・・・あ、あの・・・・・・・・」

うろたえているのは、花形に岩井に山村さんだ。あれ?片桐と木元はどうした・・・
いや今はそんな事どうでもいい、見られた、絶対見られた
帰ったんじゃなかったのか、今何時だと思ってるんだ。


「す、すいません、あの、声かけようと思ったらBOSSが泣いてて、その・・・・」

そこから!?
花形はそこから見ていたというの!?


「実は天野さんが泣いてたので気になって・・・」

やーまーむーーーらーーーーーー!!
お前はそこからか、そこから見てたというのか!!!


「野立っちが、誰もいない筈の対策室に入っていったから追いかけてったら・・・
なんで、なんでBOSSと・・・・・なんでBOSSなんかと・・・・・酷い!酷いわ!私を捨てるのね!?」

・・・・・・・・・・ちょっと待て。
今なんて言った?
もちろん「捨てるのね!?」のところではない、
BOSSなんかの「なんか」も引っかかるが、それよりもその前だ、最初の部分だ。
もしかして、
岩井、あんたはもしかして!?


「せめて鍵くらいかけてからやってよ!!!」

なんでオカマ口調なのよ!と突っ込みたいけど突っ込めない、全部見られてたー・・・・
あぁ、あぁああああああ・・・・・・

「あははははっ、見られちゃったな絵里子」

なんであんたはそんなに軽いのよ。
逃げ出したい、もう全部放り出して逃げ出したい。

「帰ってからもっかいするつもりだったけど・・・・」

やめてよ、そんな報告こいつらにしないでよ。

「真面目に仕事して帰ってきた部下たちを残して帰ってえっちはできないもんなぁ・・・
しょうがない、俺は参事官室で仮眠してるから帰るなら声かけて。」

手をひらひらと振って、すたすた消えていく野立。
ちょっと、ちょっとちょっと。
いてもらっても困るけど、私をおいていくなこのやろー
これも相談メールに絶対書いてやる。

「BOSS・・・・?」

あぁ・・・・
岩井に見られたってことは、絶対この2人にも話してるし・・・・

「・・・・対策室、入っても?」

・・・大丈夫だけど、ちょっと今は・・・・気まずい。
でも、捜査の話をこんな廊下でするわけにはいかない・・
・・・・・・そうだ。


「参事官室行くわよ」


続きができなかった事は残念だろうが、
先ほどの余韻を引きずって満足して寝ようとしているだろう男がいるあの部屋。
恥ずかしい?もうそんなんどうでもいい、毒を食らわば皿までだ。
独りで勝手に寝させるもんか、このやろー。






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