Double tap 絵里子編(非エロ)
野立信次郎×大澤絵里子


どうしよっかな…。
朝から迷っていた。内容は、今晩ヤツを飲みに誘うかどうか。
ヤツというのは、20年来の腐れ縁の悪友で、仲間で、同期で、
同僚で、上司で、元バディの野立信次郎。

今までなら、なんにも考えず軽く声をかけあっていた。
でも、森岡の事件があってからは躊躇うようになった。
多分私だけじゃなく、野立も…。

でも明日は私も野立も非番。こんなことはめったになくて、
サシで飲むにはもってこいな日。

いい加減、前に進まなきゃいけないから。
そのためには森岡のことを避けて封印したままではいけない。
でも1人では自信がない。
この場合、適任者は野立しかいない。
私と野立の関係も、表向きはいつもと変わらないけど、
やっぱり何かが違う。
やっぱり、このままじゃいけない。
覚悟を決めた。
今夜は野立と、森岡の話をしよう。できるかわからないけど、
なるべく前向きに。
こんな話だから、腰を据えて話せる家飲みだな。

よし、誘ってみるか。

「野立ぇ。今日うちで飲まない?明日非番なの。あんたもでしょ?」

ドキドキしながらも、いつものように振る舞ってみる。
野立はどう言うだろう?困った顔をするかな?

「おっ、いいなぁ。久々にやるか。」

良かった。いつもの野立じゃん。それだけでホッとする。

2人でコンビニに寄り、お酒やつまみを買い込んで、うちへ向かう。

「お前、明日非番だからって飲み過ぎるなよ。」

「わ〜かってるって!!」

なんか急に痛いとこをつかれて、声張っちゃったし…。
酒飲まなきゃ切り出せないし、腹割って話せない。
私のことだから飲みすぎない自信はないな…。
まぁなるようになるか!!

たわいのない話をしているうちに、家に着いた。

じっくり飲むためには準備が必要。
スーツやストッキングは脱ぐ。
野立が相手だからブラも取り、化粧も落とす。
ラクな服を着る。日本酒があるということは、
枕とブランケットは必須。
野立もスーツを着くずして、飲む気マンマンじゃない。

家で飲むときは、ソファー用のテーブルを前に
ラグ敷きのフローリングに直に座るのが定番。理由は一番ラクだから。
まずは駆けつけ一杯ということで缶ビールで乾杯する。

日常の話やおもしろかったこと、捜査の話、刑事部長のグチなど、
やっぱりたわいのない話をいつものようにする。
捜査について相談しあったり、他はいつもの軽いノリで聞いてくれたり
、ふざけあったり、たまには味方になって一緒に怒ってくれる。
野立が監修した山村会の話も聞けた。私には見せない、部下の違った一面
を知れて、楽しかったりする。なんかいつもの飲みと変わらない。
それが嬉しい。
野立とこんな飲みするようになったのっていつからだっけ…と
考えると、ふと大学校時代や卒業配置の頃を思い出し、
懐かしくなってあまり考えずに野立に振った。

一瞬、野立の顔がこわばった気がした。

森岡を逮捕してから、あの事件の捜査以外で、森岡の話をすることはなかった。
森岡の話をすると、胸が痛くて、苦しくて、野立の前だとヘタしたら
泣いちゃいそうでできなかった。

夢なんじゃないだろうか…って思ってみるけど、職場に行けば
捜査資料には被疑者として森岡の名前がある。
極めつけは、銃で撃ち、手錠をかけた私の記憶。
あの廃工場の匂いや、地面の感覚、背中から聞こえた声も、
あの銃声も、あの時の森岡の顔も、血しぶきも、手の感触も、
野立の匂いや抱きかかえられた手の暖かさも、すべてが頭から離れない。
数ヶ月経った今も、頭や耳や鼻や腕に全く薄れずに残っていて、
腐乱死体を扱ってもなんともないくらい切り替えの早い私なのに、
頭の大部分を占拠されているようだ。
野立も触れてこないのは、やっぱり私と同じように辛いからなんだろうか…。
それとも私に気を使ってるの?

やっぱり飲まなきゃ無理だ…。
一気に残りのビールを飲み干し、野立の分と2つのグラスに焼酎をいれる。
焼酎を一口飲み、いつもの調子を心がけて切り出した。

「野立と森岡と、よく家飲みやったねぇ。
上司や先輩のグチとか言い合ったよね。
楽しかったなぁ。職場に不満だらけだったけど、あれがあったから
警察でやってこれた。」

「ああ、そうだったな。お前が俺らを並べて「男はこれだからダメなのよっ!!」とかよく説教してた。
で、決まってお前が潰れて…。森岡とよく笑ったよ。」

良かった。いつもの野立だ。

「そうだったぁ?でも気づくといっつも3人で雑魚寝。
女として扱われたことがなかったわ。」
「女として扱われるのを一番嫌がったのはお前だろ?」
「そうだった。すっご〜く嫌だった。女が刑事なんて無理だとか、
一課なんて女の来る場所じゃない!!とか言われる度に悔しくてさ…。
男に遜色なく…、いや男以上にいい仕事をして、絶対見返してやる、
っていっつも思ってた。」
「柔道も逮捕術も射撃練習も、同期の男どもより熱心にやってたもんなぁ。
捜査の勉強もよくやってた。」
「でも、射撃だけは森岡に勝てなかった…。」
「あれだけはあいつがダントツで上だったな。」
「練習場で何回勝負挑んでも勝てなかったわ。」
「よくやったな。俺は後ろでジャッジ。」
「そうそう、野立は絶対やらなかったよね。」
「だってお前には勝てるけど、あいつに負けるのわかってるし。」
「私ともやらなかったじゃん!!」
「俺にまで負けたら、お前ますます練習場に籠もるだろ?」
「そんなこと言って、自信なかったんじゃないの〜?」
「バカ言え。森岡には勝てねえが、お前にだけは負けねぇよ。」

いつものペースで話してたのに、いい思い出には変わりないのに、
話してたら悲しくなった。
日本酒を飲んでごまかしてみる。

「ねぇ、野立…。」
「あ?」
「いつから森岡は、私たちと違う方向を向いちゃってたんだろう。」

「…。」

野立の返事がない。

野立、ごめん。もう歯止めがきかない…。

「なんで森岡と銃を向けあったり、森岡に手錠かけなきゃならなく
なったんだろ。」

思いがけず、声が震えた。

「…そうだな。」
「なんで…。仲間だったのに…。」
「だよな。あれから俺もずっと考えてる。答えはまだ見つかってない。」

やっぱり野立も苦しんでた。そうだよね。悪友だもん。
バカもいっぱいやった仲だもんね。辛くないわけがない。

「私ね、森岡と銃を向けあった光景や、あんたの肩越しに見た、
森岡を撃った光景が頭から抜けないのよ。
ふと思い出したり、銃を見たり、銃声を聞いたりすると、胸がズキッと
するんだ…。
今までだって銃口を向けることも向けられることも、
銃を撃ったことも撃たれたこともあったのに…。
あれから射撃練習も行けてないんだよね…。」
「…そうか。」

驚かない。野立、知ってたんだ。だから触れなかった。私のために…。
この男はいつもこうだ。私より、私のことをわかっている。

「6年前、銃が撃てなくて、本気で刑事やめようと思った。
あの時、野立が私が進むべき道を示してくれたでしょ。
あのあと、野立のピンチで銃を撃って、野立の腕にかすっちゃって…。
あんたに屋上で「もう銃を撃つのは最後にしてくれないか。」って
言われた時、それじゃ仲間を助けるためにもっと正確に銃を撃てるよう
になる!!って、毎日射撃練習に通って猛特訓したんだ。」
「…知ってる。」
「だけど今回、ほんとにもう銃持つのやめようと思った。
もう撃ちたくない、って。」

野立は私の顔を見て、優しい目で黙って頷く。わかってる、って感じに。

必死で耐えるけど、正直もう泣きそうだ。自分の気持ちが辛いのもある。
それよりいつもの(お前のことは理解している)と言わんばかりのあの
頷くしぐさが優しくて…。
でも今日ほど響いたことはなかったな。
今まで20年、意識のあるなかでは、野立の前でも森岡の前でも
泣いたことがないことになってるのに、結構やばい。
日本酒飲んでなんとかごまかそう。

「なんちゃって。らしくないでしょ?」

ってちょっとおどけてみる。

「まぁな。でも…」
「でも?」
「そんな時もあっていいんじゃないか?」
「え?」
「ブレることもあるってこと。あってもいい、ってことだ。」
「…」

そうだった。
野立はいつも、私のどんなところもそのまま受け止めてくれる。

「それでいい」

って。

出会った時から、基本いつも軽くてチャラい男だけど、いつも見守
ってくれていて。
私がピンチの時には、わたしの動きを止めたりせずにさりげなく
近くても当たらない距離にいてくれる。
きっと不器用で助けを呼べない私が見える距離。
それがわかるから、だから私はなぜか野立のそばに戻ってきてしまうのよ…。

うつむいてると、野立が日本酒をついでくれたので口をつける。

「お前、泣いてないんだろ?」
「えっ?」

内心、ドキッとした。
めったにない強い鼓動が止まらくてマジで焦る。

「森岡と銃口を向けあって、森岡を撃って、手錠をかけて、取り調べて、
お前なーんもなかったように周りにも自分にも芝居して、
泣けてないんだろ?」

考えたこともなかったけど、図星だ。なんでそうズバッと核心をつく?
声が震えてるのがバレそうで、なんも言えずに俯く。
「…。」

「…絵里子。」
「…ん?」

頑張って耐えて、野立の目を見た。すごく優しい目をしてる。

「…もう泣いてもいいぞ。見ないでやるから。」

肩にダブルタップをして、抱きしめるように肩を抱く野立の手は
あったかくて、力強い…。
うわ…これ、久しぶり…。

野立、私、これ一番弱いんだ。一番苦手。知ってるからやるんだよね。
涙があふれてくる。もう耐えられない。

「なんでよ…。もりおかぁ〜。仲間だったじゃん…」
「なんで私に撃たせたのよ…。…なんで手錠かけさせたのよ…。
なんでよ…。」

もう泣きじゃくりじゃん…。
子どもみたいだ…私…。いい歳して、ボスとか呼ばれていながらカッコ悪い…。
情けなくて、部下には絶対見せたくない。
でも野立はいつもの通りに何もいわず肩を抱いてくれる。
だからもういいか。


昔から日本酒を飲むのは忘れたいことがある時だった。
ある時、いつものように三人で飲んで、結構酔っぱらっていた。
足もたたないくらい。
そんな時、野立の甘い声がした。

「絵里子、もう泣いてもいいぞ。見ないでやるから。」

私は泣き上戸じゃないのに、その言葉が聞こえて横に座っていた森岡が、
肩をダブルタップして抱いてくれた瞬間、涙が止まらなくなった。
何で?と思うのに、止められない。催眠術みたい。
そんなことを考えつつ、ぼーっとしてみたら次々と涙がこぼれる。
忘れたいことが次々思い出されて、辛くなる。でも私が泣いている間、
黙って肩を抱いていてくれた。
だから何にも気にせず安心して泣けたんだ。
そしたら疲れて、目が熱くて眠くなる。そうすると普段寝付きの悪い私が
自然に眠れた。
そして朝には、飲みすぎたのになぜか頭がすっきりしていて、
リセットされたみたいな感覚。
野立と森岡には、「お前昨日のこと覚えてるか?」と聞かれ、
恥ずかしくて「記憶ない。ごめ〜ん」と照れ笑いすると、
「キスするわ、服脱ぐわ、大変だったんだぞ。」とからかわれた。
していないのはわかってても「そんなことしてないわよ」と怒って
否定せずにいたのは、やっぱり恥ずかしいのと心地よかったからかな。

それからなぜか、いろんなものが溜まってパンクしそうなころに
絶妙なタイミングで日本酒とあの呪文とダブルタップが来る。

そのたび酔って記憶をなくしていることにした。
今思えば、全部知ってて仕組まれたことのような気がする。
私が強がりでイキがってるわりに、不器用ですぐ溜めこんだり、
泣き下手なのとか、怖がりで当直の仮眠が苦手で
寝ずに当直していたこととか…。
知ってたんでしょ?と聞きたいけど、やっぱり恥ずかしくて聞けない。
だからいっつも家飲みで、早い時間から飲み始めてたんだよね、きっと。
男2人でさんざん上司の文句言ったりとかしてたから、
私も言いたいだけ言ってた。
それも初めは気づかなかったけど、私のためだったんじゃない?って
今は思ってる。

女のくせにとか、女だからっていう扱いを受けるのが嫌だって、男勝りで
強い女のようにふるまってきたけど、私は全然強くなくて、むしろ弱くて。
結局女として守られていた。
普段は私がイキがってて張り合ってても何にも言わないで、野立と森岡が
家飲みでさりげなくフォローするように、そっと泣かせてガス抜きさせて
くれていたから、今も警察(ここ)で立っていられる。

私がアメリカにいる間に、森岡は警察から離れてしまった。
理由はわからなかった。
それをきっかけで会う機会も、もちろん家飲みの機会も減った。
それでも私が変わらずにこうやっていられること、ボスと呼んで慕ってくれる
部下を守ろうと強がっていられるのは、
私を理解して近くで守ってくれてる野立がいるから。

だから今こうやって刑事を続けていられるのよ。
結局、私は野立や森岡に甘えて依存して生きてるんじゃないかと思うけど、
決してカッコいい女じゃないけど、
やっぱりちょっと心地いいからそれもいいかと今は思える。

今日も泣き顔を上げる勇気がない。でも明日になったらきっといつもみたいに
すっきりしてるはずだから、
また記憶のないフリはやめて、ちょっと素直になって野立に伝えてみるか。

「野立。ずっとそばにいて、私のピンチの時にはまたダブルタップと呪文をかけて。」って。






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