Double tap(非エロ)
野立信次郎×大澤絵里子


「野立ぇ。今日うちで飲まない?明日非番なの。あんたもでしょ?」

そういって参事官室に入ってきたのは、同期の大澤絵里子。
20年来の腐れ縁の悪友で同僚で部下で仲間で、元バディで。…俺の片思いの相手。
それも20年間。

絵里子から誘いを受けるのは久しぶりだ。今日は野立会もないし、明日は確かに非番。
乗っとくか。

「おっ、いいなぁ。久々にやるか。」

2人でコンビニで酒やつまみを買い込み、絵里子のマンションに向かう。

「お前、明日非番だからって飲み過ぎるなよ。」
「わ〜かってるって!!」

すでに飲んでるようなこのテンション…。こいつのこんな時はヤバいんだよなぁ…。

家に着くと、絵里子はラフな服に着替え、化粧も落としてきやがった。枕とブランケットまで用意してやがる。潰れる気マンマンじゃねえか…。
俺は背広を脱ぎ、ネクタイを外し、ワイシャツの首もととベルトを緩め、靴下を脱ぐ…許されるのはここまでだろう。

ソファーを背もたれにして、フローリングに敷いたラグ上に並んで座り、まずは缶ビールで乾杯する。家飲みのいつものスタイル。
たわいのない日常の話や部下のこと、仕事の話、刑事部長のグチなどをしゃべっているうちに、久しぶりに昔の話になった。

正直、ドキッとした。

森岡を逮捕してから、あの事件の捜査以外では、森岡の名前も話も全く出なくなった。最初からいなかったかのように…。
俺も触れないようにしていた。俺にとってもやはりまだ生傷なのだ。
絵里子はきっと、俺以上に大きい傷を抱えたはず…。しかもさらに生々しいだろう。

職場で顔を合わせても、仕事のことやバカなことを言って笑ったり、
いつものように軽蔑をちらつかせた突っ込みをいれられたり…と、
まぁ表面上はいつも通りだが、普段からそんなに森岡の話をしてい
たわけでもないのに、意識して避けようとしているせいか普段にない
緊張感があって、心地悪いような気がしていた。

名前を出さなくても、すれば森岡がちらつく昔の話に、多分俺だけじゃなく
絵里子も意識して触れないようにしていたんだと思う。

思い返せばあの日以降、絵里子と飲みに行ってないな…。

そんなことを考えてたら、絵里子はすでにビールを飲み終え、焼酎を
飲み出している。
俺も急いでビールを飲み切り、焼酎に移った。

「野立と森岡と、よく誰かの部屋で上司のグチ言い合ったよねぇ。
楽しかったなぁ。職場に不満だらけだったけど、あれがあったから
警察でやってこれた。」

絵里子が懐かしそうに切り出した。

「ああ、そうだったな。お前が俺らを並べて「男はこれだから
ダメなのよ!!」とかよく説教してた。で、決まってお前が潰れて…。
森岡とよく笑ったよ。」
「そうだったぁ?でも気づくといっつも3人で雑魚寝。女として扱
われたことがなかったわ。」

と絵里子がいつものように笑っている。

「女として扱われるのを一番嫌がったのはお前だろ?」
「そうだった。すっご〜く嫌だった。女が刑事なんて無理だとか、
一課なんて女の来る場所じゃない!!とか言われる度に悔しくてさ…。
男に遜色なく、いや男以上にいい仕事をして、絶対見返してやる、って
いっつも思ってた。」
「柔道も逮捕術も射撃練習も、同期の男どもより熱心にやってたもんなぁ。
捜査の勉強もよくやってた。」

「でも、射撃だけは森岡に勝てなかった…。」
「あれだけはあいつがダントツで上だったな。」
「練習場で何回勝負挑んでも勝てなかったわ。」
「よくやったな。俺は後ろでジャッジ。」
「そうそう、野立は絶対やらなかったよね。」
「だってお前には勝てるけど、あいつに負けるのわかってるし。」
「私ともやったことなかったじゃん!!」
「俺にまで負けたら、お前ますます練習場に籠もるだろ?」
「そんなこと言って、自信なかったんじゃないの〜?」

良かった。いつもの絵里子だ。

「バカ言え。森岡には勝てねえが、お前にだけは負けねぇよ。」

絵里子が日本酒に手をつけだした。そろそろカウントダウンだな。

「ねぇ、野立…。」
「あ?」
「いつから森岡は、私たちと違う方向を向いちゃってたんだろう。」

やっぱりそこにくるか…。なんか言ってやりたいけど、
わかんねぇ…。俺も知りたいよ。

「…。」

「なんで森岡と銃を向けあったり、撃ったり、森岡に手錠かけなきゃ
ならなくなったんだろ。」
「…そうだな。」
「なんで…。仲間だったのに…。」
「だよな。あれから俺もずっと考えてる。答えはまだ見つかってない。」

絵里子が2杯目の日本酒を飲み始めた。

「私ね、あんたの肩越しに見た、森岡を撃った時の光景が頭から
抜けないのよ。ふと思い出したり、銃を見たり、銃声を聞いたりすると、
胸がズキッとするんだ…。だから、あれから射撃練習も行けてないんだ
よね…。」
「…そうか。」

知ってたさ。練習場の前まで行ってしばらく考えて、結局逃げるように
引き返してくるの、何回見たか…。それにお前のこと、何年見てきたと
思ってんだよ。20年だぜ?
お前は自分を隠すことはうまいけど、あんなことがあってそれでも平然
と過ごせるようなヤツじゃないってことは俺が一番わかってる。

「6年前、銃が撃てなくて、本気で刑事やめようと思った。
あの時、野立が私が進むべき道を示してくれたでしょ。
あのあと野立のピンチで銃を撃って、野立の腕にかすっちゃって…。
あんたに屋上で「もう銃を撃つのは最後にしてくれないか。」って言
われた時、それじゃ仲間を助けるためにもっと正確に銃を撃てるように
なる!!って誓って、毎日射撃練習に通って猛特訓したんだ。」
「…知ってる。」
「だけど今回、ほんとにもう拳銃持つの辞めようと思った。もう撃ちた
くない、って。」

絵里子の日本酒のピッチが上がる。

お前の気持ちはわかってる。でも黙って頷くくらいしかできねぇよ…。

「なんちゃって。らしくないでしょ?」
「まぁな。でも…」
「でも?」
「そんな時もあっていいんじゃないか?」
「え?」
「ブレることもあるってこと。あってもいい、ってことだ。」
「…」

絵里子に5杯目の日本酒をついでやる。

「お前、泣いてないんだろ?」
「えっ?」

図星だな。


「森岡を撃って、逮捕して、お前なーんもなかったように周りにも
自分にも芝居して、泣けてないんだろ?」
「…。」

森岡いないし迷ったけど…。やっぱり久しぶりにやるか、あれ…。

「…絵里子。」
「…ん?」

「…もう泣いてもいいぞ。見ないでやるから。」

絵里子の肩をダブルタップして抱いてやる。
いつも通り、堰を切ったように泣き出した。


「なんでよ…。もりおかぁ〜。仲間だったじゃん…。」
「なんで私に撃たせたのよ…。…なんで手錠かけさせたのよ…。
なんでよ…。」

だな、絵里子。俺もアイツにおんなじこと言いたいよ。
俺もお前もアイツも、目指すのは同じところだったはずなのに、
俺らはなんにも変わってないのに、アイツだけいつの間に違うとこ
向いてたんだ?…って。
同時になんで俺、早く気付かなかったんだろう?気づいてやれなかっ
たんだ?って自己嫌悪になる。
でも考えても考えても結論が出なくて、絵里子を納得させてやれないから、
昔のように黙って肩を抱いてやる。

三人で飲むとき、男の俺らはあまり必要のないグチを盛って言い、
絵里子のグチを一通り引き出す。いつもグラスで飲む日本酒が、
5杯飲み終わる頃に絵里子が潰れるのが定番だった。
なので、絵里子のグラスに5杯目の日本酒を注いだとこで発動すること
にしている、俺と森岡のミッションがあった。
それは…ダブルタップ。

ダブルタップとは銃弾をなるべく近い場所に2つ連続で打ち込む高度な
技のこと。当時絵里子が新米のくせに必死に練習していた撃ち方だった。
それを「同じ場所を2回連続で叩く」という意味で使っていた。

絵里子に1人が「もう泣いてもいいぞ。見ないでやるから。」と言い、
もう1人がダブルタップをして黙って肩を抱いてやる、というもの。
すると絵里子は堰を切ったように泣き出す。
黙って気が済むまで泣かせてやると、そのうちすーっと寝てしまう。
そしたら、森岡と片手でハイタッチをしてミッションクリアの祝杯をを上げ、
絵里子の寝顔を見つつ、男同士でサシで飲む。
これがお決まりだった。

本人の記憶は無いらしく、翌日のお前は、目は腫れるがすごくキレイで
良い顔をするんだよ…。
それが見たくて、飲みの度に絵里子が日本酒に手をかけるかどうかで、
2人で一喜一憂していた。
どっちがダブルタップをするかを、毎回絵里子に見えないとこでジャン
ケンして決めてたな…。

お前にはトップシークレットだったが。

考えついたのは森岡。

「女がそんなに強いわけはない。強がっているだけだ。」

というアイツの持論が、発祥。
アイツの読み通り、絵里子は一見男勝りで超強がりだが、根は怖がりで繊細。
グロテスクな死体を見たり触ったりはなんともないのに、当直の仮眠もとれ
ない変わったヤツ。
部下たちにはどかっと器のでかいとこを見せてるが、基本は今も変わらずだ。
お前が「女扱いしない」と思っている俺らが、多分
一番お前を女扱いして甘やかしていたってこと。

すべては、お前が選んだこの男社会の警察で、俺らのそばで、あの笑顔で
いきいきとしていて欲しかったから。
その思いは、森岡だって今でも俺と同じはずだと思っている。

アメリカに行ってしまったお前を呼び戻すために、飲みながらアイツと
一緒に作戦を練ったんだから…。
それが特別犯罪対策室。
作戦通り着々と進んでたのに、もうすぐ具体化するって時に、
なんでアイツは警察を辞めて、俺たちから離れて行ったんだろうか…。
当然、三人で飲む機会も減った。アメリカから帰ってきた絵里子は酒を
軽く楽しむ方法も覚えた。
森岡と2人で決めたミッションは、なかなか発動できなかった。

だから俺が、飲み以外でも絵里子を守り、甘やかしてきた。お前がしたい
ことをしたい時にしたいようにできるように、と、できる限りバックアッ
プしている。そのために常にお前のすぐ上で出世していたいと思うんだ。
お前の表情も、隠そうとしている心情も、いつも理解してきたつもりだ。
きっとお前は気づいてないだろうな…。

ひとしきり泣いた絵里子が、寄りかかって眠ってしまった。
俺の膝を枕にして寝かせて、ブランケットをかけてやる。

絵里子の泣き時間、今日は長かったな。最高記録だ。
森岡が原因だもんな…。当たり前か。
かなり複雑な気分だな…。

いつもみたいに片手でハイタッチしたり、絵里子の寝顔を見て、
「ミッションクリア!!」と笑って祝杯をあげて一緒に飲める相手がいない。

でも今日はあの時のように、絵里子の寝顔を見ながら、1人で飲むか。
明日の朝、目は腫れてるだろうが、昔みたいにすごくキレイでいい顔を
した絵里子がみれるかな。


決めた。
明日そんな顔を絵里子が見せてくれたら…。

そしたら、非番が明けた明後日の夕方、屋上に呼び出してあの時
いいそびれたことを言ってやろう。


「絵里子、もう拳銃を撃つのはこれが最後にしてくれないか。
お前には、もう撃ってほしくないんだ。

それ以外はいままでどおりでいいから、俺と結婚してくれ。」ってな。






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