弱い部分(非エロ)
野立信次郎×大澤絵里子


夜中に目を覚ますと暗闇が広がっていた。

だからどうというわけではない筈だ、
明かりを消して寝ているんだし、当然の暗闇である。
でもたまに夜中に目が覚めて、どうしようもなく恐くなる事があった。

2年前、まだ対策室ができたばかりの頃木元に

「泣くことあるんですか?」

などというような事を聞かれたが、
泣いて目を腫らす事も、こうやって目を覚まし、眠れなくなって・・・・という事も多々あった。


明日は目を冷やさなきゃ・・・・
そんな冷静な自分と言われぬ切迫感で押し潰されそうになる自分がいる。
いてもたってもいられなくなり思わず起き上がると、かけていた布団ごと膝を抱え込み、
ギュッと目を瞑って苦しさをやり過ごそうとする。


その時だった。


ガチャガチャと玄関の方で音がして、より体が強ばり、ハッと顔を上げた。
もし物取りならこんな悠長な事はしていられない、
でもきっとあいつだ、あいつに違いない、だから落ち着けとどこからか声がする。

玄関の物音は、とても控え目で、その気配は絵里子の寝ている寝室に向かっている。
そして、そーっとドアが開くと、案の定野立が顔を出し、起き上がっていた絵里子に目を丸くした。

「悪い、起こしたか?」

野立は絵里子が夜中に起きてしまう事を知っている、しかしそれには触れずに謝ってくる。
気なんか使わなくていいのに・・・・
、そう思いながらも、
声を聞き、顔を見れた事でほっとして膝に顔を埋めた。
そんな絵里子の様子を見ていたからなのか、次の瞬間、柔らかな体温が自分を包み込んだ。

野立の愛用しているオードトワレと、野立自身の体臭がまじり、
いつの間にか絵里子の一番落ち着くようになった匂いがする。
忙しかったんだろうに、そんな素振りさえ見せずに抱き締め、撫でてくれるこの男を頼りすぎてしまっている自分を自覚した。

以前は、どんな男が隣にいたってこんな風に落ち着けなかったのに。


自嘲気味に心の中で呟く。
男が隣にいてもこんな風に夜中に目が覚めると独りで耐えていた。
それは愛情の差ではない筈だ。
あんなにも恋い焦がれ、命さえも惜しくないと、狂おしい程に求めた男であっても一緒だった。

そんな時は隠し事をしていれば尚更苦しくて逃げ出したくなり、
どうせできないくせにと弱い自分を責めてまた苦しくなった。
隠し事がなくても、起き出した自分に気付き、一緒にいてくれる男などいなかった。

しかし野立は違った。
フラフラ出歩いて仕事をしてるんだかしていないんだかよくわからない男だが、
実際は徹夜になる事も多く、かなりの量の仕事をこなしていた。
それでも、どんなに睡眠時間が短くても、
絵里子が起きるとそれに気付き「どうした?」と抱き締めてくれる。
トイレや喉が渇いて起きた時には全く反応しないのに、
そんな時は眠気が残る、トロンとした微笑みをくれるのだ。

その安心感が自分を変えたのか、こんな発作も久しぶりだった。
ここのところ野立が忙しく、一緒にいれる時間が少なかったせいかもしれない。
しかしそそう思い至った自分に嫌気がさす。


どんだけ依存してんのよ、私は。


普段どんなに悪態をついていても、どんなにケンカのような事をしていても、こんな時は優しくて思わず頼ってしまう。
自分はこの男の隣に胸を張って立てる女になりたかった筈なのに、
バディ時代から、恋愛する前からそうなりたくて努力していた筈なのに、
このありさまはどういう事だろう。


「仕事じゃ強ぇんだから、夜くらい俺の下にいろ」

笑いを含んだ声で、野立が下品とも取れる言葉を投げ掛けてきた。
何よ下って・・・と思いながら、思ってる事さえバレバレなのかと少し悔しくなる。
しかし、その悔しさが嬉しくもある自分がまた悔しくてイヤになる。


結局自分はこの男の事が好きなのだ。

「散歩でもするか?」

野立が背中をさする手はそのままで、額にキスを落としながらそう問いかけてきた。
性的な意味を持たないキスは優しくてまた嬉しくなる自分がいる。

寝不足のくせに無理しちゃって。
でも今日はその優しさに甘える事にした。
絵里子が着替えて玄関に向かうと、
野立は上着とシャツを脱ぎブランド物のポロシャツを着て待っていた。

手を繋ぎ外に出る。
温もりを感じたくて距離を近づけるとポロシャツが洗いたてで、
あの落ち着く匂いが薄れ少し残念に思う。
だがそんな事は恥ずかしくて絶対に言うもんかと1人、心に決める。


以前はこんな真夜中の暗闇も恐かった。
街灯がついていても、人の殆どいない街並みは昼間とは違って見えて・・・
普段なら当たり前に素通りする壁さえ自分を吸い込んでしまいそうで目をそらしていた。
飲んでいる時気にならなくても、仕事で遅くなり、タクシーを降りた瞬間、家に駆け込んだり、
終電で帰る時は駅から家までがどれ程遠く感じたか。
車を運転するのをためらった事も1度や2度ではなかった。

それなのに、
それなのにただ隣にその人がいるだけでこんなにも安心するのだ。
夜中の街並みが優しく受け入れてくれているような気がするのだ。

繋がれた手や傍に感じられる温もり、
ヒールを履いていたら殆ど変わらない目線が、少しズレる事が嬉しくて。
でも、そんな事はやっぱり言えないし言わない。
本当は睡眠を削らせてしまった事も謝ろうと思ったが、
それさえバレている気がしてやめておく事にした。


ずっと追いかける存在がいるって事かな。


自分に言い訳しているような気もしたけれど、
その分仕事では負けないっ。
そんな気になれる事も嬉しかった。

積み上げられた仕事に区切りをつけ家に帰ると、絵里子が膝を抱えていた。


また起きちまったか・・・・・
と思いながらも、でも久しぶりだよなぁなんて冷静に考えつつ、
着替えもせずにくるっと包み込むかのように抱き締めると絵里子は自分に体を預け、安心したような顔をした。


そんな様子と、互いの体温が混ざりあう感触に気をよくしていると、
絵里子が複雑そうな顔をして呻いていた。
なにやら甘えている事に自己嫌悪を抱いているようで、少し笑ってしまった。

芝居をすべきところと、しなくていいところの区別がまだついてないんだな。
そう思えて、でもそれは自分のせいでもあるのだと、思考を巡らす。

もしこれが自分でなかったら、同期であり、仕事仲間であり、上司の自分でなかったら、
それこそ以前のような全く職種の違う人間であったなら、
もっときっと簡単に甘えさせてやれるのだ。
気兼ねなく、弱い部分を見せられるのだ。


まだまだ度量が足りないんだ、自分には。


軽口を叩きながらもそう心に刻みつけ、
そして絵里子との時間を作ろうと、散歩に誘う。
無言で頷いた絵里子を立たせてやり、彼女が着替えている間にコップ1杯の水を飲む。
汗くささが気になったので、上だけ洗って干してあったポロシャツに着替え絵里子と外に出た。

部下や自分を取り巻いている女の子達には見せられたもんじゃないが、
柔らかく手を繋ぎ外に出るとまだ少し風が冷たくて、互いの体温が嬉しかった。
少し目線の低くなった絵里子がまた何かを言いたげにしていたが、
気にせず握る手に想いを込めた。






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