俺の気持ち 続編(非エロ)
野立信次郎×大澤絵里子


バタンとドアを閉め、鍵をかける。
玄関でぼーっと佇む絵里子。
はっと気がついて靴を脱ぐ。
落ち着こうと冷蔵庫から飲み物を取り出しグラスに注いだ。
そしてまたぼーっとしている自分に気づき苦笑する。
参事官室をでてから家にたどり着くまでの記憶がない。
どこをどうやって帰ってきたのか。
人間にも帰巣本能ってあるんだなぁとくだらないことを思う。
とにかく頭の中がぐちゃぐちゃだ。
野立にキスをされた。そして野立が、私のことを・・・・
あぁ脳味噌がついていかない。

晩御飯を作らねばと思い冷蔵庫をのぞくが目ぼしい物はあまりない。
スーパーで何か買って帰るつもりだったのにすっかり忘れていた。
あいつのせいだ、と野立に腹を立てる。
ありあわせでチャーハンを作ろうと野菜を刻んでいると
ふと、以前ピーピーに言われたことを思い出した。
珍しく二人で飲んだ時のことだ。

『お前は仕事に関しては頭が切れるのに、どうして自分のことになると鈍感なんだ?みてるこっちの方がやきもきする。』
『え?どういうことよ?』
『お前が鈍感すぎるから向こうは変な方向にねじ曲がって引っ込みつかなくなってんだろうが。』
『はぁ?何のこと?もっと分かりやすく言いなさいよ。』

ピーピーはまじまじと絵里子の顔を見つめて言った。

『本当に何も分かってないんだな、お前は。まぁ正面切って向き合わない向こうも向こうだ。お互い様だなお前たちは。』

と言ってけたけた笑った。
その時の絵里子はかなり酔っていたので訳の分からない話につきあう気になれず、すぐ違う話題に移った。

あれは私と野立のことを言っていたのか....。
今更ながらピーピーの言葉の意味に思い至る。

えっと、これはいつの事だっけ?
絵里子は額に手をあてて他にどんな事を喋っていたかを必死で思い出す。

・・・・確か浩と別れた話をしたはずだから再びアメリカへ発つ直前の事だ。
少なくとも2年以上、野立は私のことを。
そんな一途なやつかぁ?と笑いそうになるがピーピーの言い方からするともっと前からってことになるわよね・・・・。
ますます脳味噌がついていけない。

『またアメリカに行くんだろ?どうすんだ今つきあってる男とは。』

ピーピーが問いかける。

『うん。別れることにした。』
『やっぱりそうか。』
『やっぱりって?』
『いや、アメリカに行く行かないの問題じゃなく、俺はすぐに別れると思ってたんだ。こんなに長く続いたのが意外だったよ。』
『??』
『お前、相手に自分の職業隠してただろ?自分が一番心血注いでいる部分を隠したままつきあうのは大変だろうと思って。』

ピーピーの言葉に絵里子はドキリとする。
浩のことはもちろん好きだった。
でも隠し事をしている後ろめたさをずっと抱えていたのは事実だ。
言いたくても言い出せず言葉を飲み込んだのは一度や二度ではない。
どこか遠慮している自分に気づかないフリをしていた。

『ま、次はお前の仕事のことをちゃんと分かってくれて、気ぃ使わなくてもいい相手にするんだな。』
『そんなこと言われなくたって私はいい男を捕まえますから、どうぞご心配なく。』

そんなやりとりをしたなぁと絵里子はぼんやりと思い出していた。

今思えば野立の言動に思い当たる節はいくらでもある。
でもそれを冗談で言い合う関係だと思っていた。
・・・・のは私だけだったってことよねぇ。
ピーピーの言うとおりだ。鈍感にもほどがある。
でもずーーっとはぐらかしてきた野立も野立だ、と少し八つ当たり気味に思った。

それでも、と絵里子は思い直す。
野立ははぐらかさず自分の気持ちを伝えてくれた。
今夜のこと、野立のことを落ち着いて考えようと絵里子は深呼吸をする。

すべてはあのメールがきっかけだった気がする。
いつものバーで1杯目のカクテルに口をつけた時に野立からのメールが届いた。

”今日行けなくなった”

ドタキャンのくせに素っ気ないメールだなぁと苦笑する。
あいつらしいといえばあいつらしいか。
そして、なんだ来れないのか残念、と思う。
・・・・残念?
そう思った自分に少し驚く。
以前なら他の友達を誘うか一人でゆっくり飲むかしていたはずなのに、そんな気分になれず1杯目を飲み終わると家に帰った。

絵里子が帰国してからいつの間にか二人で飲みに行くのが日常になっていた。
絵里子が誘うときもあれば野立が誘うときもある。先約があればお互い気兼ねなく断っていたし今回のドタキャンも別にどうってことないはずだ。
だがそれ以来、野立から誘いがくることはなく絵里子が誘っても何かしら理由をつけて断り続ける。
さすがに絵里子も何かあるんだろうとは思うもののわざわざ聞いたりはしなかった。
二人で飲みに行かなくなったこと以外は何も変わらない。
相変わらず対策室に顔を出しては捜査に口をはさんだり、木元や田所にセクハラをしたり。

最初は私に言えないようなことって何よ?!と野立に妙な怒りを抱いていたが段々心配へと変わっていく。
私じゃ相談役にもなれないのかぁと寂しくも思っていた。

今夜あのメールについて触れたのも別に怒っていたからではない。何かあったのか心配でそれを聞くきっかけを作りたかったのだ。
なのにあいつはいきなりキスをしてきた。
人が心配しているのにこのチャラ男は。
ふざけんじゃないわよ!と怒りが込み上げて平手打ちをかました。
真面目に心配していた自分がバカらしくて悔しくてあやうく泣きそうになり、慌てて扉の方へと向かった。

その時あいつは言ったのだ、あの言葉を。真剣な眼で。


そして今更ながらに気づく。最近の自分の苛立ちやもやもやが何であったのか。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・なんだ、相思相愛じゃない、私たち。

おそらく自分自身で無意識のうちに野立への感情に気づかないようにしていた。

何せあの野立だ。
20年来の悪友だ。
いまさら惚れた腫れただの、こっぱずかし過ぎてどうしていいのかわからない。

う゛ぁーーーーーと声にならない声が漏れる。
絵里子は自分の気持ちを持て余して途方にくれていた。

そんな絵里子の神経を逆なでするようにピンポーンとチャイムの音が響く。
人が大変なときに誰よ。しかもこんな時間に。
腹が立って居留守を決め込む。

野立はもう一度絵里子の部屋のチャイムを鳴らすが反応がない。
まだ帰っていないのか。バーに行くとも言ってたしなぁ。
帰ろうとするとドアの奥で人の気配がした。
もしや居留守か?
ドンドンとドアを叩く

「おい絵里子、俺だ。いるんなら早くあけろ。」
「えーりーこー!」

暫くすると鍵をあけ絵里子が顔を出した。

「ちょっとあんた今何時だと思ってんの。近所迷惑でしょうが。」
「お前がさっさと出てこないのが悪い。」
「こんな時間に訪ねてくるのはろくなヤツじゃないから居留守使ってたのよ。てか何の用よ?」
「何の用とは失礼だな。俺様がわざわざ届けに来たというのに。」

携帯電話を差し出すと絵里子は驚いた表情で受け取った。

「お前、携帯忘れてることに気づいてなかったのかよ。暢気なもんだな。でもま、ドアの鍵を閉めるようになったのは誉めてやるよ。じゃあな。」

野立は回れ右をして去っていく。その背中に絵里子が声をかける。

「コーヒーぐらいいれるわよ。飲んでけば?」

さっきのことがあるので追い返されると思っていた野立は、絵里子の言葉を意外に感じつつも「あぁ」と返事をした。

部屋に入るといい匂いが漂ってきて腹が空いていることに気づく。

「なぁ絵里子。コーヒーもいいけど俺は腹ぺこなんだ。何か食わせろ。」
「え?あんたまだ何も食べてないの?」
「お前の携帯を早く届けるために晩飯も食わず来てやったんじゃないか。なんて優しいんだ、俺ってやつは。こんないい上司をもって幸せだな、お前は。」
「ば、バッカじゃないのあんた。そんな恩着せがましいこと言うもんじゃないわよ。ちょうどチャーハンが出来たところだからあんたの分も用意してあげる。ちょっと待ってて。」

とキッチンへ向かった。
絵里子の「バカじゃないの」というタイミングがいつもよりワンテンポ遅れていた。
やはりさっきの事でかなり動揺しているらしい。

チャーハンを食べる間、いつものようにくだらない話をする。
参事官室での事など無かったかのように二人とも努めて普段通りに振る舞っていた。
食後のコーヒーを飲み終わり、帰ろうと立ち上がった野立の目の端に何か言いかけてやめた絵里子が映った気がして野立はおや?と思った。

てっきり参事官室のことで動揺しているのかと思っていたが何か違うような気がする。
まさかとは思うが・・・・
それを確かめるために絵里子の腕をつかみぐいっと引き寄せ抱きしめた。

「ちょっと何すんの。放しなさいよ。」

そう言うもののあまり抵抗はしていない。
最初はぎゃあぎゃあ喚いていたものの野立が優しく髪を撫で絵里子の香りを楽しんでいる間に何も言わなくなった。

何があったのか分からないがこいつも俺を・・・・

待ってみるもんだなぁ。
しみじみと嬉しさがこみ上げ、さらにぎゅっと抱きしめる。
この香り、たまんねぇな。野立の顔が自然とほころぶ。

「ちょっと、苦しいってば。」

絵里子の言葉にごめんごめんと腕を緩める。
そして頬に手をあて絵里子の顔を自分の方へ向けると唇を重ねる。
何度か優しく唇を重ねたあとに上唇をついばみ、するりと舌をいれ絵里子の口の中を味わう。それに応えて絵里子も舌を絡ませてくる。
二人の息づかいだけが静かに響いていた。

唇を離し目を合わせるとお互いに言葉がみつからず、にへっと笑いあう。

「どういう風の吹きまわしだ?」
「さぁ、どうしてだろ。自分でもよく分かんない。でも気づいちゃったのよね、私はあんたを、その・・・」

野立は優しく絵里子を見つめながら髪を撫でる。

「あ、あのさ、一つ頼みごとがあるんだけど。」
「ん?」
「えっと・・・もう野立会はやらないでよね。」

ぶっきらぼうに絵里子が言う。

「え?お前、野立会に嫉妬してんのか?」
「いや、その、そうじゃないけどさ・・・って笑わないでよ。」

いつになく素直な絵里子をからかうのは無粋だと思い野立も正直に答える。

「ごめん、つい嬉しくて笑ったんだよ。やめるよそんなもの。野立会は解散だ。」

分かってないなぁこいつは、と野立は思う。
野立会でどんな女に出会っても、結局自分はこいつじゃないとダメなことを思い知らされる。
こいつを忘れる為のものだったのにとんだ逆効果だった。
やりきれなさだけが残るあの会に未練はないが、こいつを嫉妬させた点は評価すべきかな。

もう一度、口づけようと顔を近づけると絵里子が野立の唇に手を当てて遮る。

「続きはあれ片づけてから。」
「えー?やだよー。皿ぐらい後で片づければいいだろ。」
「後でやったらカピカピになって大変じゃない。私は作ったんだから片づけはあんたね。」
「・・・・しょうがないなぁ、分かったよ。じゃあお前は先にシャワー浴びてこいよ。」

少し目を泳がせた後、絵里子はこくりと小さくうなずいた。

寝室に入った絵里子は落ち着こうと深呼吸する。
身体がふわふわして変な感じだ。
今夜はいろんな事がありすぎた。そしてあいつに振り回されっぱなしだ。
でも・・・あいつの腕の中は心地よくて自然と素直になっていた。
今までもあいつといる時は楽しかったけれど、これからはもっと楽しくなるんだろうなという予感が絵里子を心地よく満たしていく。

「おい、絵里子ー、皿洗い終わったぞ、どこにいるんだ?」

野立が寝室をのぞくとベットの上ですやすやと眠る絵里子を見つけた。

「ったくお前はどこまで俺を焦らせば気がすむんだ。」

ため息まじりに言う。
まったく・・・・俺が今までどれだけ待ったと思ってるんだよ。
一晩ぐらいどうってことない。

「明日は覚悟しておけよ。」

そうつぶやいて優しく絵里子の髪を撫でた。






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