後悔120%
野立信次郎×大澤絵里子


頭痛がする。
と同時に、体のあちこちが痛い。
覚醒しきらず、目を閉じたまま、絵里子は寝返りをうった。
肩が予想していた薄い布とは違う何か固いものにあたる。

ーやっば…。まーたやっちゃたかぁ。

と思いつつ、顔を向き直そうとした瞬間思い出した。
そう、この肩にあたる感触はプラスチックではない。
皮膚と体温。
そっとずれて、あたった肩をシーツに落とし、絵里子は恐る恐る顔を向けた。

いつものバーで二人で飲んだ。
例によって例のごとく。
一つ事件が片付いて、珍しく定時で上がれた。
事件の多くはその結末に酷く苦いものを残していくが、昨日は違った。
一つの救いが、皆に温かいものを残した。
いつもなら、愚痴っぽく辛気臭い話題になることが多い野立との会話も、
たわいもないバカ話が多かった。
久しぶりに二人で素直な気持ちでよく笑った。

おまけに野立が持って来た、20年ぶりに全面改定された
新人研修のための冊子が拍車をかけた。
女性職員向けに、話題の欠かない対策室室長、栄光のキャリア組大澤絵里子の輝かしい歴史
(男問題で左遷されたとか、FBIへは本当は飛ばされたというのは、当然全面削除)が数ページ。
入庁当初からの写真がいくつか載っていた。
もちろんそれを肴に飲むつもりだったのだろうが、多分必要以上に昔話に花が咲いた。
同期であり、FBIに飛ばされる前は、ほぼ似たような道を通って来たのだから、
当然なのだろうが、資料として残されていたであろうその写真のほとんどは、
野立と一緒に写っていた。

ーある程度飲んで、じゃぁもう1軒ってことになって…。
絵里子は二日酔いだけではない痛む頭を押さえつつ、
隣で太平楽に眠っている野立を恨めしげに見ながら記憶をたどっていく。
ーウチで飲むって言い張ったのは私なんだよね…。
アメリカの友達から、滅多に手に入らないバーボンが来ちゃってたからなぁ。

「はぁぁぁぁぁぁぁ。」

思わず大きなため息を出して、慌てて野立を見返した。
大丈夫。起きる気配はない。

問題は、いつものことだから絵里子自身が何も身につけてないことだけなら良いが、
片腕と肩をブランケットから出している隣の男も、
少なくとも上半身は何も身につけてないと確信できることだ。
とりあえず覚悟を決めて、ベッド回りを見ようと、上半身を起こした。
瞬間、片腕を勢いよく引かれベッドに戻され、そのまま背中から腰回りに腕を回され、
うなじの辺りに息がかかった。

「どーこ、行くんだ?」

低く少しかすれた声が、問いかける。

密着したことによって、敵も当然あられもない姿だと分かり、
わずかにうなじに触れる髭と唇の動きで、絵里子は昨夜のすべてを思い出した。
一気に体が緊張し、体温が上昇し、心拍数が跳ね上がる。
耳まで赤くなっている自分を自覚する。

絵里子の何を察知したのか、野立がゆっくりと腰に回した腕の力をゆるめ、
少し起き上がり、絵里子の顔を覗き込んだ。

「…どうした?」

大澤絵里子ともあろうものが、四十を過ぎたいい年の女が、
恥ずかしさに顔を背けるなど有り得ないと思いつつも、
やはりまともに野立の顔を見る勇気がでない。

「絵里子?」

さらに覗きこもうとした野立の低い声が、耳元で響く。

いい気分で部屋の扉を開けて、
いつものように上着をソファに放って絵里子は真っ直ぐにキッチンに向かった。
野立を部屋に上げるのは初めてではない。
反対に、野立の部屋のトイレットペーパーのストックの置き場所まで、
絵里子は知っている。
けれどこの二十年、間違いは起こったこともなく、
いや間違いが起こること自体が想定外だった。

慣れた様子で、絵里子と同じように上着をソファに投げ、
野立はネクタイを緩めた。
そして、酒やグラスの準備をしていた絵里子を、
また慣れた様子でキッチンに来て野立は手伝う。
戸棚の上のナッツの缶を取ろうとして、絵里子は少々バランスを崩した。
いつもなら、

『おいおい、お前相当酔っぱらってるぞ。』
『うっさいわねぇ。私が取ろうとする前に、
俺が取るよくらい言うのがアンタの役目でしょうが!』

と、軽口を叩くはずだった。

だが、昨夜は落ちかけた大きめのナッツの缶を二人で慌てて押さえた瞬間、
至近距離で目が合った。
鼻が触るような距離だった。
目を閉じたのと唇が触れあうのは同時だった。
どちらかが積極的に行動に出た覚えはない。
仕掛けるでも仕掛けられるでもなく、本当にお互いに自然に引き合うように、
誰かとキスをしたのはもしかしたら初めてかもしれない。

唇を甘く噛みあい、当然のように舌が絡み合う。
首に腕を回したのも、腰に腕を回されたのも、おそらく無意識だ。
殺したいほどムカつく髭が、顔を動かすたびに頬をくすぐるのが何故か嬉しくて、
腹が立った。
しばらくして息が上がりかけて、唇が外された。
目を開けて、何か言わないとと思ったと同時に、首筋に強くキスされる。
思わず息をのんで、更にぎゅっと目を閉じると、
唇は離れたが耳に熱い息がかかる。

「絵里子…。」

低く呼びかけるその声は、この二十年間聞きなれたはずなのに、
瞬間体中の力が抜けそうになって、思わずしがみついた。
けれど、やはり腹が立った。
そこから数メートル先のベッドまでの長さは、更に腹立たしかった。

「どうした?」

昨夜こうして後悔することは覚悟はしたが、
色んな意味でこの有り得ないはずだった状況を恥じて恨んで
シーツに顔をうずめていた絵里子に、再度野立が問いかける。
ーだから、耳に直接話しかけるんじゃないっつーの!
と頭で思っていても、いつもの勢いで言うには、少し気持ちを落ち着けたい。

「絵里子?」

けれど、低い声は繰り返す。
ーやばい。マジで真剣にヤバイ。
この声に昨夜はさんざん翻弄させられたのだ。

再びキスをしながらベッドにたどり着くまでに、
あまりにもスムーズに下着姿にさせられたことにも腹が立ったが、
鎖骨の中心の窪みに強く唇を押しつけられた途端に
そんな気持ちは吹っ飛んだ。
続けて、鎖骨をなぞり、胸をゆっくり下りながら肌を刺していく髭に、
相手が誰なのか強く自覚させられる。
今度は胸の中心に強く唇を押しつけられ、
ここを過ぎたらもう戻れないことを一瞬で覚悟した。
120%後悔するとは思いつつも。

唇が離れ、2枚の薄いレースがずらされ、
固くなりつつある胸の頂きが、野立の口に含まれた。

「あぁ…。」

白い喉をそらし、甘い声が絵里子の口から洩れた。
一方の胸を舐め回され、もう一方を強く揉まれる。
それを交互に繰り返され、固く尖った突起を柔らかく噛まれるたびに、
しびれが下腹部の奥に直結する。
二年ほど男の存在がなかったとは言え、
早すぎる反応を絵里子は自覚した。

ようやく唇と手が胸から離れたが、予測していたことは起こらない。
髪を乱して目を閉じていた絵里子はゆっくりと目を開けた。
野立の顔がそこにある。
みっともない顔をしているのは十分に分かっているので、
顔を逸らそうとした。
同時に野立の手が伸び、絵里子の乱れた髪を柔らかくかき上げる。

「お前のこんな顔が見れるとはな…。」

思わず眉を寄せた絵里子に、野立は少し苦笑して続ける。

「今ならまだ止められるぞ。」

絵里子は更に眉を寄せた。

「あのねぇ…。ここまでしておいて、どういうつもり?」
「今ならまだ俺も止められるんだよ。これ以上やったら無理だけど。」
「…止めたいの?」
「俺よりもお前の気持ちの方が大事だ。」
「随分と紳士的じゃない。こんな格好にしておいて。」
「まぁそうなんだけどな…。嫌がる女を無理矢理抱く趣味はない。」
「じゃあここまでは何なの?」
「まぁ酒の勢いがあってだな…。」

その言葉に思わず絵里子は起き上がる。

「ちょっとアンタねぇ!」

野立もゆっくりを体を起して、絵里子と向き合った。
そして自分が乱した絵里子のブラジャーとキャミソールを丁寧に直し、
自嘲するように続けた。

「お前相手に遊べるわけないだろ。でも酒の力でも借りなきゃ、今更手なんか出せねぇよ。
お前だって、酒でも入ってなきゃ、絶対最初に俺のこと蹴りとばしてるぞ。」

絵里子の頬が緩んだ。

「随分と情けないじゃない。」
「今回ばかりは否定しない。」

「ったく。ホント情けないわねぇ。」

絵里子はゆっくりと体をずらして、
座る野立に跨り腕を首に回し、見下ろした。

「で、アンタはどうしたいの?」

片手でムカつく髭と頬を撫でる。

「だからお前の気持ちの方が大事だって言っただろ。」
「私はアンタの気持ちが聞きたいの。」
「お前はそれでいいのか?」

腰に置かれていた手が、緩やかに背中を撫で始める。

「いいかどうかは聞いてから決める。」
「ったくお前なぁ…。」
「この期に及んで逃げられると思ってるの?正直に吐きなさい。」

諦めたように野立が笑った。

「お前が欲しい。やらせろ。」

いい終わらないうちに、笑いながら絵里子は唇で野立の口を塞いだ。

今度こそ、はっきりと意思を持って互いの口内を貪った。
確かに野立の言う通りだ。
今更、酒の力と勢いでもなければ、きっとこんな風にはなれなかった。
ためらいのなくなった野立の手が、圧倒的に絵里子を支配する。
舌を絡ませながら、容易に残った下着をはぎ取り、
片手で器用に胸の突起を弄ぶ。
もう一方の手は、首から背中、脇から尻へ、
そして脚へと、幾度となく往復する。
角度を変えて、奥歯の裏まで舐め回され、
足の指の1本1本までも丁寧に撫でられる。
足首を強く掴まれて、喉の奥で悲鳴を上げた。
そんなところが弱いことを初めて知った。
絵里子の方が見下ろしているはずなのに、
両手で野立の肩につかまり耐えるしかできない。

疼く腰が何度も浮いて、少し唇が緩み、
ようやく溢れきった場所に指が浸された。

「んあぁぁぁぁ…。」

背がそり、細く長い悲鳴に似た声を絵里子は上げる。
野立の肩に置いた手に力が入り、爪が食い込む。
少しだけ野立の顔が歪んだ。
すぐに差し込む指が増やされ、別の指が外側の芽を探る。
片手は再び胸を弄られ、絵里子は荒く息をしながら、
額を野立の肩に預け、切なげに腰を揺らし続けた。
そして時折「絵里子」と耳元で低く呼ぶ声に、軽く体を震わせた。
けれど、再び細い悲鳴を上げそうになったところで、野立の手が離れた。

「いや…。」

思わず口から出て、顔を上げた。
いやらしく笑った髭面の男にこれ以上腹が立つことはないと思った。

「何がいやなんだ?」

絵里子の頭を片手で押さえて、短いキスを何度もしながら野立が言う。
腹が立つのに、体に正直に言葉はでる。

「早く…。」
「何が?」
「もっと…。」
「何を?」

くそったれと殴れないのが悔しいのに、
出て来たのは「お願い」という潤んだ声だった。
もう一度、野立がいやらしく笑ったような気がしたが、
その瞬間ぽんとベッドに投げ出された。
そして膝の裏を持たれたと思ったら、熱い塊に体の中心を裂かれた。
その後は、もうよく覚えていない。
耳元で、あの声で、名前を呼ばれる度に体のずっと奥の深い場所で
弾けるものが増えていっただけだ。

「絵里子?」

もう一度、野立が呼びかける。
観念して絵里子は顔を上げ、振り向いた。
野立が昨夜と同じように乱れた絵里子の髪を柔らかくかき上げて、笑った。

「大丈夫か?」
「大丈夫じゃない。」

絵里子の答えに野立は更に笑みを深くして、再び背中から絵里子を抱き直す。

「なぁ、後悔してるか?」
「してる。」
「即答かよ。」
「昨夜の時点で後悔するって分かってたし。」
「同情されたわけか、俺は。」

自嘲するような溜息が聞こえ、絵里子を抱く野立の手が緩んだ。

「でも、あそこで逃げたら、もっと後悔すると思った…。」

野立の腕の力が再度強くなった。

「安心しろ。俺がちゃんとお前を幸せにしてやるから。」
「なに寝言言ってるの。あんたが私といると幸せなんでしょうが。」

そう言って絵里子は野立の向こうずねを軽く蹴った。

暴れた脚を抑えつけようと、別の脚が絡まる。
そして野立は絵里子の髪に顔をうずめた。

「そうだな。絵里子、俺を幸せにしてくれ。」
「相変わらず、自分のことばっかり。」
「お前は俺を幸せにする義務がある。」
「どこにあるのよ、そんな義務。あんまり調子に乗ると殴るわよ。」
「恐えーなー。お前もうちょっと弱くてもいいんだぞ。」

呆れたように野立は笑ったが、絵里子は反撃して来ない。
何か別のことを考えているらしい。
しょうがねーなーと思いつつ、野立は腕の中のぬくもりを楽しむことにした。

昨夜だけで、色んな意味で自分の弱い部分を
新たにいくつか絵里子は知った。
きっかけがきっかけだけに、
死んでも絶対教えてやらないと思っている。
そして、何よりもこの先自分の弱点が
野立信次郎そのものだと言うことは、
どんな手段を使ってもバレないようにしないとと、
特に本人には、と絵里子は固く心に誓っていた。






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